幼馴染が無双するそうなので便乗したいと思います。 作:馬刺し
「アサギ!」
「あっくん、後ろ!」
彼女達の声が聞こえる。
背後へ視線を向けると同時に……
俺の体は、迫ってきた黒海の中に飲み込まれていった。
洗濯機の中に入ったボロ雑巾の気分。
呑気なことに、カナヅチの俺が海へと放り込まれて最初に感じたのはそんなことだった。
いや、ボロ雑巾はもう使ったら捨てるでいいと思うのだが……そこは、掘り下げなくていいか……実を言えば、掃除は苦手だし。
家事全般できるって訳でもないの……サリーよりはどうにかなる自信はあるけど。
黒海による視界の悪さは、渓谷での霧が最も濃かった泉付近に匹敵するものがあり、海中にて振り回され続けた俺は、現在漂っている場所の特定すらできない。
嫌な静けさがその海にはあった。
嫌でも段々と何が起きたのか、脳が理解していってしまう。
そして、同時に思考力が奪われていった。
落ち着け、これはゲーム……死ぬわけじゃない。
力を込めずに……いれ、ば……浮く、から。
必死に冷静さを保とうとするも……身体が、それを拒否している。
あぁ、クソ。
無意識のうちに力が込められたその身体はまるで鉛になったかのように、海の中に沈み込んでいった。
背中が海底に叩きつけられ、空気が溢れた。
浮けよ……動けよ、と醜くもがき続ける。
それでも、身体の自由は取り戻せない。
おかしくなりそうだった。昔からこればかりはダメなのである。
そして、動くことができない状況により、ジワジワと恐怖心が膨張していった。
指先が凍るような、血が通っていなくなるような、そんな感覚。
恐怖は思考を鈍らせる。
一種の危機察知能力でもあるが、その存在は毒でもある。
嫌でもあの時の記憶が、脳内に蘇った。
もがいて、もがいて……声を上げた。
助けてくれと、誰か居ないか?と声を荒げて叫び続けた。
……うわっ、恥ずかし。
マジかよ、情けない。思い出すんじゃ、なかった。
そして……疑問を抱いた。
俺はカナヅチではあるが、トラウマ持ちではないのである。
そう……俺が泳げないのは、
…………じゃあ、なんで。
危機管理能力だけで言えば、優れているはずの俺に……
溺れた記憶なんてものがあるのだろうか?
意識が遠のく……その直前に
(うるせぇ……気張れ。それが、唯一の取り柄だろ!)
意地で動かした右手で持った蒼刃を、右太腿に突き刺した。
鈍い痛みにも似た痺れるような感覚が、精神を現実に繋ぎ止める。
時間はない。
既に呼吸は続かなくなってきている。
(【凍結封印】)
貫通部から発生していく冷気が、海の色を黒から青へと変えていく。
貫通による継続ダメージに呼吸困難と判定された窒息による継続ダメージ。
二つが合わさり、ジワジワとHPが減っていくのを横目に……俺は青色の光を眺めていた。
この景色……いつか、どこかで
今度こそ、限界だ。
『蒼刃』は抜いたが、時間が経てば呼吸ができない俺の体力は尽きるだろう。
目を閉じて、その時を待つ。
そして、大切なことを思い出した。
ああ、なんだ。
な、
◇◆◇
side サリー
「サリー、落ち着いて!今行ったら、サリーも……」
「ごめん、メイプル。わかってる……わかってるけど、ここだけは譲れない!」
海はアサギがいた中心部まで進行してきたようで、空気の残ったエリアは上から見ると、半円のようになっている状況だ。
私が、イカ墨により黒へ染まってしまった海へ飛び込もうとするのを、メイプルが後ろから押さえ込もうとしていた。
現実なら止められたのかもしれないが、メイプルのSTRは0である。
そんなステータスでは、私の体を拘束することなど出来なかった。
「…………」
羽交い締めされた状態から、簡単に腕を外してメイプルの目を真っ直ぐ見つめる。
彼女は私の左腕を掴むも、そこに大した力は込められていない。
振り払うことはいつだってできた。
それでも、できることなら彼女にも納得して送り出してもらいたかった。
「お願い、メイプル……これは、譲れないの」
もう一度、確かな意志を彼女へ伝える。
例え、ダメージを受けることになったとしても……例え、死んでも彼を助けるまでは死なない。
矛盾していようが、現実的じゃないと言われようが、そんなの関係ない。
それを、その感情論を……
それでも、というような表情を浮かべたメイプルに私は笑いかけてから……彼女が私を止められなくなる、少し卑怯なその言葉を口にした。
「私には……責任があるから」
何の責任?
とは問われなかった。
それは、勿論。
溺れる……という点にだけ、私が彼へ過保護になってしまう原因にも直結するものだった。
「……今、行くから」
一言、祈るように呟いてから、私は黒の世界へと飛び出した。
頼りにできるのは、直感のみ。
その難易度は気配探知などの領域ではなく、既に宝くじのような領域に至っていた。
「【超加速】!」
絶対、見つける。
そう決意を固めた私は、次の瞬間……
(……チッ!運が、悪い!!!)
右方向から接近してきた触手の存在を感じ取り、巨大イカへ向けていた怒りのボルテージは限界を超えた。
イカ墨だけでも怒り心頭だったと言うのに、コイツはまだ私の邪魔をするというのか?
(そこを、どいて!!)
「【ウインドカッター】【スラッシュ】!」
速度を上げながら、触手の猛攻を掻い潜り進行方向を直感という名の舵に全任せにする。
時に触手すらを足場にして、加速し続けているとイカを振り切ることができたのか触手による攻撃はなくなった。
絶対見つける、絶対助ける。
心の中で叫び続けて、黒海の中を進んでいく。
奇しくもそれは
『……やっと、見つけた。
俺が泳げないことは俺が一番知ってるよ。それでも、絶対に助ける』
彼の言葉と似ているものがあって……
そのとき、彼と私に一つの繋がりが生まれた。
それが理由ではないのだろうが……次の瞬間、私の視界に淡い青色が生まれていく。
優しい青色は、私を包み込んでいき……
澄み渡っていく青の中心に、彼の姿があった。
目を閉じて、満足げにしている彼の口から私の名前が紡がれた気がした。
見れば彼のHPは赤ゾーンへと到達している。
空気が足りていない窒息状態には、ポーションの回復は意味をなさない。
ここから、空気の存在するエリアまで連れて行くには、最速でも20〜30秒かかる。
どう考えても、彼の体力が尽きる方が早かった。
◇◆◇
side メイプル
「……責任、か」
その言葉は、ちょっとズルいよ……
サリーもそれを分かって言ったのかもしれない。
端的に言えば
あっくんが溺れたのは、海に溺れたサリーを助けようとしたのが原因だった。
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堤防に三人の子供達の声が響いていく。
「理沙、楓落っこちると危ないから……こっちこない?」
「大丈夫だって、私は彩華と違って泳げるもん!」
「あっくんもこっち来ようよ〜!」
「絶対、行かない」
あれは、いつだったか。
確か私達がまだ小学生の中学年(そんなものがあるのか、わからないけど)ぐらいで、身体能力の差もそれ程大きくなかったことは、記憶に残っていた。
その頃から既に男の娘としての才覚を現し始めていたあっくんは、全体的に身体が細くて、力もなくて……女の子だ、なんて弄られているのをサリーに守られているような、そんな男の子だった。
勿論、その頃から肝は座っていたみたいで……私にちょっかいをかけてきた上級生に、喧嘩売ったりはしてたみたいだけど……
まあ、取り敢えず……そんな私達が家族ぐるみの付き合いで海へ出かけたことがあったのだ。
そして……事件は起きる。
「あっくん、あっくん!」
「……ん、ん?どうしたの、楓?」
確か、折角海に来たと言うのに、泳げないため、理沙と私と散歩をした後に、パラソルの下へ直帰&睡眠を取り始めていた彼に泣きついたのだ。
今思うと、小学生時代から彼の協調性の無さは見られていたのかもしれない。
「理沙が……居なくなっちゃった!」
「……詳しく話して」
大人達が騒然としている様子、アナウンスにより迷子捜索の放送が流れていく音に、年頃の少年が出すには余りにも冷え切ったその声までは、しっかり覚えているのだが、そこから先の記憶はかなり飛んでいる。
どうやら気が動転していた私は、あっくんへ理沙が居なくなる前の状況を話し終えた後、精神的な疲れによりダウンしてしまったらしいので、そこから先は聞いた話しか知らない。
なんでも、多くの人が捜索に協力した中で
一番最初に理沙を見つけたのは彼だった、というのだ。
そのときに、理沙は三人で訪れていた堤防から転落し、足のつかない深さの海へと放り出されていた。
……小学生の力では、移動がままならない波の強さの中で、理沙は十数分耐え続けて……そして、足を攣ってしまったらしい。
溺れた彼女の姿は、海へと消えていく。
意識を失った理沙の元に、泳げない筈の彼は躊躇うことなく飛び込んだというのだ。
……結局、火事場の馬鹿力とでもいうべきか、一瞬だけ、理沙を海上へと引き摺り出して大声で助けを呼んだ後……二人して再び沈んでいったらしいが。
その後、泳げないのに飛び込んでいったことに対して、あっくんは多くの大人たちに怒られることになる。
『……俺がいなかったら、理沙は死んでたよ』との一言で彼らを黙らせたあっくんは、やっぱり協調性がないというか……本当に、我が道を行くタイプだと思う。
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理沙を助け出そうとした時のあっくんの様子を、私は知らない。
実際に目にしてないのだ。
だから、私が口を挟むことのできない数少ない出来事の一つが、その事件。
あっくんは変なところでバカだから、溺れたことしか覚えてないらしいけど。
「【挑発】!」
一瞬、黒い海に巨大な影のようなものが見えたため、もしかしたらと思いスキルを使用する。
すると、懐かしさを覚える(時間はそれほどたっていないのだが)触手さんたちがこちらの向かって伸ばされてきた。
どうか……二人が無事に帰ってきてくれますように。
そう祈りながら、触手に弾かれているとビシャッという明らかに触手が発した音ではない音が耳に届いた。
バッと音のした方向へ顔を向けると、私の視界に、待ち続けていた二人の姿があった。
「メイプル、マジで、ナイス!」
「あ、危な、かった」
何やらこちらに感謝を述べているが、私は特に何かをした覚えはないので、首を傾げておくだけにしておく。
それよりも、聞きたいことができたからだ。
「……それで、どうしてサリーのほっぺはそんなに真っ赤になってるの?」
ねぇ、サリー?
どうして、一歩私から下がったの?
何か……
◇◆◇
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「おはよ、
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そんな昔の出来事を思い出しながら、顔を遠ざける。
HPの減少が止まったと同時に、彼は目を開けた。
かける言葉は、今決めた。
(おはよ、
記憶の彼と今の私は、きっと同じいい
vsイカにここまで時間をかけるつもりはなかった……