幼馴染が無双するそうなので便乗したいと思います。 作:馬刺し
「【ペネトレーター】!」
撃ち放たれた一撃は、やはり鹿の目の前で防がれてしまう。
「……壊れそうにないな、あの結界。やっぱ、ギミックか?」
「…………うん、ちょっと本気で調べてくる。メイプル、防御任せるね!」
何度かサリーに協力してもらい、砲撃を放っていた俺だったのだが……鹿を守る結界は未だ、健在。
手応えからして、ゴリ押しでどうにかなるものではなさそうだった。
「任されたよ!【挑発】!」
自信ありげに、ポンッと胸を叩いたメイプルが【挑発】スキルを発動。それを見たサリーが、ギミック解除のために1人離脱した。
その瞬間、鹿がこちらを見て、地面を踏み鳴らす。そして、それと同時に、足元の地面を突き破る勢いで太い蔓が、俺とメイプルに襲いかかった。
「【カバー】!」
メイプルが、俺の前に立ち塞がるようにして、防御を行う。
女の子に守られているだけ、というのも尺なので、こちらも弾幕を張ってみることにした。
「【超速交換】!」
左手に青白いエフェクトが生じたと思えば、手元にあったのは以前大量入荷した短剣。
防御を気にしなくて良い今、ストレージ内に眠るそれらを、全力で投げ飛ばし始める。
「【ペネトレーター】!【シングルシュート】!【ニードルスピア】!」
前回は、作戦により使えなかった、実は習得していたシリーズの小技を使い、何度も攻撃を行う。
着弾する度に、結界による守りが発動するのだが、その様子を見ていたサリーが、あることに気がついた。
「林檎が、原因!ツノは結界の影響を受けてないみたいだから……メイプル、頭部に毒竜!」
結界を展開する度に、鹿が実らせていた林檎が、輝いていたのだ。ヤケクソではじめた攻撃は、意外と役に立っていたらしい。
延々と、相手の蔓による攻撃を【悪食】によって防ぎ続けていた少女は、サリーの言葉にニヤリと、口角を上げて……そのスキルを叫ぶ。
「全部、落っことしちゃうよ〜!【
少女に掲げられた短刀、新月から生み出された三つ首の毒竜が、鹿の頭部へと襲いかかる。うわぁ……いい笑顔してる。
それらの林檎が完全に落とされたことを確認すると、それまで観察に徹していたもう1人の化け物が、本領を発揮し始める。
「【ウインドカッター】!……ッ!よし、攻撃が入るようになったみたい!」
そんな報告をしながらも、彼女は向かってくる攻撃全てを、わざとスレスレで回避し、隙あらば攻撃を仕掛け続ける。
攻撃を受けようとも我関せずと、毒竜を打ち込む
そんな2人に対して、一層の主である鹿が遂に、本気を出しはじめる。
鹿が雄叫びを上げると、毒竜が与えた最高レベルの毒が回復した。
そして、先ほどとは比にならないレベルの全範囲攻撃が、俺たち全員に襲いかかった。
俺の場合はさらに太くなった蔓が、左右から二本ずつ、叩き落とすように上から一本と計五本の蔓から、狙われたのだが……まだ、回避可能なレベルである。
となると、当然サリーも無事だ。
回避は当然、なんなら反撃に転じている姿からは……常人ではありえないPSの持ち主だと言うことを実感させられる。
誤算だったのは、メイプルだ。
攻撃を直撃しても、体力は一切減っていないのだが……効果時間が、一分以上のスタンを喰らっていた。
盾を手放し、大の字で伸びているメイプルの元へ、全範囲攻撃を回避し終わった俺とサリーが集まる。
2人で目を合わせると、考えていることは同じだったようだ。
「結界が壊れたなら、働きどきかな?」
装備変更で再び『氷龍ノ咆哮』を装備しながら、左肩を回す。VRだから、関係ない……なんてツッコミは知らん、気分だ。
「だね……頼むよ、火力要員。【ファイアボール】!【ウインドカッター】!」
「【刃状変化】!」
フィイアボールを長剣の形に変化させながら、自力で魔法も、撃てるようにならなければ……と戦闘に関係のないスキル構成を考えている内に、どうやらサリーが仕掛けるようだ。
サリーが攻撃を回避し、鹿の足元へと辿り着いたのを見ながら、攻撃のタイミングを測る。
幸い、結界で防がれていた際に【一極集中】は発動していなかったようで、狙い放題だ。
サリーが鹿の背中へと、飛び降りた瞬間、鹿の警戒が完全にこちらから逸れた。
よって、今が最大のチャンス。
属性・炎と氷という謎すぎる一撃を喰らうがいい。
「【ペネトレーター】!」
狙いと寸分違わず放たれた攻撃が、鹿の右目に突き刺さる。
ギミックがある分、そこまで体力は多くなかったのか……目に見えて相手のHPは減っていき、ギリギリ残った一割ほどの体力を、サリーがアッサリと刈り取ったことで、俺たちの初ボス戦は幕を下ろした。
……戦闘後に目を覚ましたメイプルが、府に落ちない、といった様子で俺達のことを、ジト目で見ていたのは、仕方のないことだった。
◇◆◇
『暇だよぉ〜!あっくん!』
『しょうがないだろ……メンテナンスでゲームが出来ない、なんて愚痴られても困るんだが』
最近はゲーム内で直接会っていたため……楓と電話をするのが、随分と久しぶりに感じる……ゲーム内で直接って、変か?
まあ、細かいことはいい。
そんな、久しぶりな行動をとっている理由は、楓が先ほどから言っている通り、NWOに大規模なメンテナンスが入っているのだ。
その期間、丸二日である。
一体何をすれば、そんな長期メンテナンスになるんだか……と思って詳細を見ると、そこには、第二回イベントのための時間加速機能の追加、と記されていたので、文句を付けることなど出来なかった。
『む〜……あっ、そうだ!』
『……?何、どうかした?』
突然、上機嫌になりはじめた彼女に、何を言われるか不安で仕方がない。
……大丈夫、ここは現実怖くない。
……楓、メイプルチガウ。
『すっかり、忘れてたよ〜!覚えてる?』
『だから、何をだよ?』
もうちょい情報くれ、情報。
ノーヒントとか無茶言わないで頂きたい。
『デート!』
『は?』
思考停止した、俺に対して……上機嫌そうな楓は、もう一度言ったのだ。
『明日、駅前デート!』
◇◆◇
朝6時半 起床
珍しく気分良く起きることができた。
楓とのデートが楽しみだったわけではない、ただ単純に睡眠時間が長かっただけだ。
最近の生活からゲームの時間だけを抜いた結果……昨日の就寝時間は22時よりも早かったので、快眠である。
二階にある自室から、下の階のリビングへと移動して、先客に挨拶をする。
「おはよう、母さん」
「あら、おはよう彩華。休みにしては、随分と朝早いじゃない……出かけるの?」
うちの母親の勘、鋭すぎませんかね?
「ま、まあ、ちょっと用事があって」
バレるのも面倒なので、適当に誤魔化しておくことにした。
用意してあった、朝食を食べて始める。
昨日の夕飯の余り物であろう煮物をおかずに、ご飯をかきこみ時間をかけずに、食事を終えた。
余り、今日の予定について詮索されたくなかったからである。
「因みに……どっちと?」
「ああ、今日は楓と……って違う!?なんで、最初に、どっちって言う質問が出てきちゃうんだよ!?俺の外出って、いつもアイツらとセットだっけ?」
「八割はセットでしょ?」
誤魔化せていなかった。というか、モロバレでした。
八割を否定できないのが辛い。
「……はぁ、なんでもいいだろ」
そこまでバレているなら、隠す必要などない。
「今度、理沙ちゃんにも、サービスしなきゃダメよ?お母さん、どっちかを贔屓なんてしたら、怒るからね?」
「……わかってるよ」
理沙はそこまで心が狭いとは、思わないんだが……まあ、アドバイスとして受け取っておこう。
なんだかんだ言って、困っている時に助けてもらったことは少なくない。
「そうそう。どっちかと2人で遊んだら、もう1人とも2人で遊ぶ。プレゼントを送るなら、2人に送る。恋人にするなら、どっちも恋人にーーー」
「親が堂々と、二股を推奨すんな!」
やっぱダメだ、この人。
一瞬でも、頼りになると思った俺が間違いだった。
準備をするから、そう言って自室へと戻ってしまった息子のことを思い浮かべながら、彼の母親は呟いた。
「……冗談でも、ないんだけどなぁ」
開いたスマホのトークアプリには、母親同盟というグループが表示されている。
知らず知らずのうちに、外堀が埋まってきているのを、彩華はまだ知らない。
暫く時間が経ち、その母親が主婦としての仕事を片付け、コーヒーを楽しむ至福の時間を過ごしていた時のことである。
ピンポーン、という簡素な呼び鈴の音が響いたのは……
◇◆◇
「幾ら相手が楓でも、ある程度は見た目にも、気を使っておかないとな」
服選び、めんどくせぇー!と叫び続ける本能に言い聞かせるように、独り言を溢した俺は、1時間ほどで準備を終わらせた。
男子にしては、かなり時間をかけた方だとは思うのだが、そこに深い意味はない。
折角出かけるんだから、と言って本気で服を選んだり……なんてしてないったら、ない。
集合は10時。
詳しくは聞いていないが、昨日の会話を思い出すに、駅前に向かえばいいのだろう。
それまでに時間が少し空いていたので、週末課題を終わらせてしまうことにした。
左手に握られたシャーペンの動きが止まることは、滅多にない。
数学の課題をスラスラと、解き続けている内に……時間を忘れてしまっていた。
気が付いたのは、数学の問題を解き切ったその瞬間である。
「ヤバっ、やらかした!?」
机に置かれた時計を見ると、時刻は丁度10時を示している。
「ああもう、クソ!俺のアホ!時間忘れるとか、馬鹿じゃねぇの!」
着替えを終わらせていたのが、唯一の救いだった。
自室から、リビングへと降りて財布を手に取る。腕時計を身につけてから……
「はい、コレ!」
「おう、サンキュ」
楓から、バックを受け取る。
そして、2人して『行ってきます』と口にして……
「何でいんの!?」
「うひゃあ!?」
かなりの時差を経て、俺が楓にツッコミを入れた。
いや、お前我が家に馴染みすぎなんだよ。
「え、えーと、それは、その……楽しみにしてたら、待ってられなくなっちゃって……来ちゃった♪」
無邪気に向けられる笑み。
『デート』と本人が意気込んでいただけあって、楓の服装はいつもよりも、見た目に気を遣っているように見える。
「やばい、超可愛い」
(お、おう。そうか……)
「へ、え!?い、いま……か、かわーー」
本音と言葉が反対に出てしまった。
お陰で滅茶苦茶、楓が顔を赤くしている。
昔、理沙に似たようなことをやらかした時『何で怒ってんの?』と聞いて『怒ってない!』と怒られたことがあったので、楓も怒っているわけではないのだろう。
……過去の俺、結局怒られてるとか不憫すぎない?
それはそれとして……
「ちょ、超可愛いウサギの形の雲があるな〜!……アハハハ!」
結局、全力で俺がヘタレっぷりを見せると、楓は表情をいつも通りに戻してくれた。
ため息を深くついた後、一言だけ小声で声をかけてきた。
「……いつか、しっかりヘタれずに言ってね」
その時の彼女の表情は、どこか大人びていて、ダメな弟をゆっくりと待っていてくれるような……そんな、優しい眼差しをしていた。
「……まあ、いつかな」
「うん、待ってる!」
なんとか一言だけ、そう言い返す。
すると……先程までの、シリアス感はどこに捨ててきたのか問いただしたくなるテンションで、楓は言った。
「もちろん、その時は理沙も一緒!皆で、仲良くしようね〜!」
……お前も、二股推奨者だったりしないよな?
◇◆◇
その後、元々はカフェでなんでも奢る、という約束があったため、デートのお誘いを受けたはずが……映画館やら、買い物やら、用事が盛り沢山な1日となってしまった。
母さんから軍資金を貰っていなかったら、危なかったかもしれない。
「それじゃ、またね〜!」
「ああ……またな」
ブンブンとこちらに、腕を振ってくる彼女の姿に苦笑しながらも、小さく腕を振り返してやる。
それに気づいた彼女は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
……本当に、調子が狂う。
彼女がこちらに、好意を抱いてくれていることには気づいている。
恐らく、もう1人の彼女もそれは同じ。
俺も、彼女らには好意を抱いている。
だが……そのどの好意も、俺には種類がわからないのだ。
親愛か、友愛か……家族愛か、仲間意識か……それとも、本当に恋愛感情なのか。
だから……今はただ、真っ直ぐに彼女らに向き合って行こうと思う。
休憩にこそならなかったが、かなり有意義な週末を過ごせた……好意の種類がわからなくとも、その事実に間違いはないのだから。