人魚の復讐   作:ジャガピー

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第一幕
憎悪


 

 

 

 

 

 

 

私、松浦果南はいつもの様にゆっくりと目を覚ました。

 

 

重くのしかかる錘のような瞼を開くと、重力に抗うように身体を起こす。

はだけた布団と毛布が身体からするりと落ちていくと冷たい空気が剥き出しの肌を刺激した。

 

 

携帯電話を充電器から抜き見ると、時刻は午前5時を表示していた。

自身の体温で暖かくなっていた布団の中から這い出し、部屋から出るといつもの様にキッチンに立つ。

 

昨日の残り物の味噌汁を火にかけ器に移し、保温していた炊飯器の中からお茶碗一杯分の白米をつぐと、薄暗い食卓に1人座った。

 

 

「頂きます。」

 

 

手を合わせていつもの様に呟くと、味噌汁を啜った。

 

少しぬるかったかなと、もう少し火にかければよかったことを後悔して、白米を口に運ぶ。

 

数分して、食べ終えた食器を流しへと持っていくといつもの様に、洗面所へ行き歯を磨き顔を洗う。

冷たい水に顔を晒すと、まだ覚醒しきっていなかった私の身体を叩き起こした。

 

濡れた顔をタオルで拭くと、愛用のシュシュで腰まで伸びた髪を後ろで纏めた。

 

 

いつもの様に着替えて、いつもの様に準備をして、いつもの様に実家で営んでいるダイビングショップを営業して、いつもの様に夕方に店を閉める。

 

 

今日はアルバイトの子は休みで1人でお店を回していたが、平日だった為にそこまで忙しく無かったなと1日の事を思い返していると、冷蔵庫の中に何も無い事に気づいた。

 

財布と買い物袋を手とジェットスキーの鍵を持ち、家を出る。淡島という場所に住んでいる私は、買い物などに行く時はこうしてジェットスキーやモーターボートで本島へと行く必要がある。

 

慣れた手つきで、いつもの様にジェットスキーを操作して本島の船着場へとそれを停めて、歩いてスーパーへと向かう。

 

そう言えば今日チラシの日だったなとスーパーへ入ると、食材や日用品で足りなくなっていたものなどを見繕いレジを通る。

 

 

交差点の信号を待っていると、くうっとお腹が鳴った気がした。

時刻を見ると、19時を過ぎたところだった。

 

いつもならもうご飯を食べている頃で、そりゃお腹も空くなぁと思うと信号が青に変わった。

 

歩き出すと冬の冷たい風が吹き、寒いと体を強張らせ、マフラーに顔を埋めると、向こう側の信号から男が歩いてくる。赤いライダースジャケットを着て帽子を被った中背くらいの若い男だった。

 

 

 

 

人1人分の距離の間を開けてすれ違った…と、同時にその男と一瞬目が合った。

瞬間、そこにある全てのモノや時間が止まったような感覚に陥った。

動悸と手足の震え、そして寒かったはずの身体がどんどんと熱を帯びていく感覚がする。

 

脳の奥底から揺らされている様な気分の悪さに口元を押さえた。

 

 

 

一瞬…。

一瞬だったけれど、あの目とおでこの特徴的な黒子。

 

 

私の、身体の底にこびりついて離れなかった、あのおぞましい2人の顔が脳裏に蘇る。

 

身体は熱を帯びているはずなのに、背筋に冷たいものが這い、喉の奥そこから何かが這い上がって来る。

 

どうして。

 

どうして、あいつが。

 

 

スロモーションの様に、漫画の様に一コマ一コマずつ蘇るあの記憶。

 

急いで後ろを振り返ると、その男は意気揚々に横断歩道を渡りきったところだった。

 

私は考えるまでも無くその男の後ろを追いかける。

適度な距離を保ちながら、時々見えるその男の顔を凝らして見た。

 

記憶の中にいる、あの時写真で見た、あの時一瞬だけ見た2人のうちの1人の姿と照らし合わせる。

 

 

 

ーーーやっぱり、やっぱりあいつだ。

 

 

 

 

 

4年前、私の婚約者を殺した男だ。

 

 

 

いつもの日常が…再び崩れ去ろうとしていた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

あの日も寒い冬だった。

 

何度も掛かってこない電話を握りしめている事に気づき、私はそれを机の上に置いた。

壁掛けの時計に目を向けるともう昼前になろうとしていた。

暖房の効いた部屋なのに、手足が震えて止まらない。嫌な予感が私を包み込み私の胸を押し潰そうとしていた。

 

ことが起きたのは当時の日の夜だった。

 

役所勤めである婚約者の柏木結月が時間通りに帰って来ないことに少し気になった。

 

仕事で何かあって残業でもしているのだろうと深く考えていなかったのだが、夜の23時を過ぎても帰って来ず何の連絡も無かった。

待ち合わせなどに数分遅れるだけでもきっちりと連絡をくれる筈の彼なのに…と、なんだか不吉な予感がして、何度も何度も彼に電話をかけたのだが応答がなく、知り合いにも何か知らないかと電話をかけていたのだ。

 

何か分かったら連絡すると言われ、電話を握りしめ、待ち続けていると夜が明けていた。

何度も何度も着信履歴を見ては、メッセージを開けての繰り返しをして、ふと時計を見た時に自分は昨日から一睡もしていない事に気づいた。

 

何か食べなくちゃ。

 

食欲もない身体に何か栄養を入れようと立ち上がった時、携帯のベルが鳴った。

 

飛びつくようにそれに出る。

 

 

「はい。」

 

「あの、か、果南ちゃん…?」

 

彼の母の様子や声色がいつもと違う事にすぐに気づいた。

 

「何かあったんですか?!結月は?!」

 

 

「今から、警察署に確認してほしいって、その、電話が…」

 

 

「か、確認って…?」

 

 

「ゆ、結月か、どうか確認を…して欲しいって…」

 

震える電話越しの彼の母親の声が聞こえると同時に、私は家を飛び出し、彼の母と一緒に警察署へ行った。

 

 

急いで向かい、通されたのは薄暗く寒い殺風景な場所だった。

 

 

ーーそこに彼はいた。

 

 

寝ているのか。

そう思いお間抜けな婚約者の顔をツンツンと突き起きろと優しく揺さぶった。

 

普段、起こす時と同じように。

 

 

おかしいと感じたのは後ろで彼の母が膝から崩れ落ち泣き叫んだ時だ。お母さんに心配させた彼を叱ってやろうと彼の身体に触った時、おかしいと感じた。

 

 

いつもの暖かさは無くなり、氷のように冷たい温度と、丸太のように硬直していた。

朝、いつもの様に彼とキスをした時の温もりは無かった。まるで…精巧に作られた人形のようで…。

 

死んでいる。

 

彼は死んでいる。

 

血色は無く、魂が抜けた彼を見てそこで初めて彼が死んでいる事に気がついた。

 

 

 

一体誰が。

 

何故こんな事に。

 

そうか、私は夢を見ているんだ。

最近ハマっていた推理小説に脳が侵されているんだ。

柄にも無く活字の本なんて読むからこんな悪い夢を見てしまっているんだ。

 

泣き崩れる婚約者の母と、現実か夢かどうかすらの区別も付いていない私達に2人の男が近づいてくる。

沼津署の刑事だと言っていた。その2人は何があったのか…どう言った経緯なのかを説明していた。

 

午前3時ごろ、路地裏で倒れている彼が発見された。

通報を受けて救急車が駆けつけた時にはもう既に死んでいた。身体には複数の殴られた痕があり、死因は撲殺。

 

わけのわからないお経の様に並べられるその言葉は頭に全く入って来ず、時間が経つにつれて強い吐き気と頭痛を催しただけ。

婚約者が死んだという事が、夢などでは無く変えようもない事実であるという事を突きつけられているだけで、悲しさと苦しさが体を纏う様に増すだけだった。

 

突きつけられた地獄の様な現実に絶望している間もなく、数日後には通夜と葬儀が行われた。

 

心中お察しします。ご愁傷様です。

 

そんなありきたりな言葉をかけらる度に、頭がキリキリと痛んだ。

 

悲しみと絶望に暮れ、泣き叫ぶ私に、彼とも面識と関わりのあった、高校時代に私と活動していたスクールアイドルのAqoursの子達、鞠莉、ダイヤ、千歌、曜、梨子、ルビィ、花丸、善子は付きっきりで私のそばに居てくれた。

 

営んでいたダイビングショップも休業にして、部屋に籠って吐き叫ぶ様に泣いていた。Aqoursのメンバーや義母さんの誰かが一緒に居てくれたが、現実を思い出しては、治らない頭痛と吐き気に苛まれていた。

胃の中から何かが咽び上がってくる感覚に襲われ何度もトイレへと駆け込んだ。

食欲はなく、何も胃に入っていないにも関わらず、吐き気は止まらず、何度も何度も嗚咽の混じった空気だけを吐き出すという作業を繰り返ししていた。

 

 

 

事が起きて1週間と少しが経った日の夜。

沼津署の刑事なるものが私の家に訪ねてきた。

 

「義母様にも今しがた報告しに行って来ましたが…、犯人が捕まりました。」

 

木製の椅子に腰掛けピンと背筋を張った私よりも一回りも年上の2人組は神妙な面持ちでそう言った。

 

その刑事たちの言葉に少しだけ安堵した。

 

「しかし、重い処分はされません。」

 

訪ねてきたその時から変わらない神妙な表情で言うもう一方の刑事の言葉に、は?と返すしか無かった。

放たれたその言葉の意味が分からず手と足が震え出すだけだった。この先に彼らから出る言葉が、私を更なる地獄へと突き落とす事が直感で理解できたから。

 

「2人は高校生です。高校一年生。沼津の高校に通う15歳の未成年なんです。」

 

脳でその言葉の詳細を必死に処理しようとするが、それが追いつかず、動悸と頭痛が激しさを増す一方だった。

 

「指紋、毛髪、現場にあるものから採取された証拠品から該当したのは、2ヶ月ほど前に原動機付自転車のスピード違反や万引きで補導及び指導を受けていた非行少年の犯行でした。」

 

ふうっと息を吐き間を開けると、刑事はジッと私の目を見ると再び重苦しく話し始める。

 

「問い詰めると初めの内は2人は否定していましたが、証拠と近くの防犯カメラに写っている事を突きつけると、自供しました。」

 

「お、重い処分はされないってどういう……」

 

「少年法という法律をご存知ですか?」

 

「名前だけ…」

 

「罪を犯した未成年者には成人と同じ様な刑事処分を下すのでは無く、家庭裁判所による、あくまで更生を目的とした処置を下すという法律です。ケースバイケースではありますが、更生をさせる施設に入所させるか、検察に逆送し少年審判にかけることもできますが、不定期刑や量刑などの緩和がなされる場合になります。」

 

「量刑…、緩和…、なんで…」

 

「そういう法律なんです。」

 

彼らから並べられるその言葉の意味を理解する事ができず、また頭痛と動悸が激しくなる。

ぐちゃぐちゃになる脳の中で様々のことが交錯する。

 

「どうして、」

 

「ご理解お願いします。」

 

「理解なんて…できるはずないでしょ?!その未成年の犯人たちは私の婚約者を殺してるんですよ?!!」

 

「やり切れないというお気持ち、お察しします。」

 

そうじゃない。

そんな言葉が欲しいんじゃない。

ただ、その犯人たちに然るべき報いを受けて欲しいだけなのに。

 

「その子たちはどこの誰なんですか。」

 

「お応えしかねます。」

 

「名前は?」

 

「少年事件です。ご理解お願いします」

 

「何故、何故殺されたんですか。」

 

その質問後、2人の刑事は顔を見合わせて少し考える素振りを見せると、重く口を開いた。

 

「少年事件ですので、詳しくはお答えできませんが…、事件当時の夜、彼らが同じ歳くらいの少女を恫喝している所を結月さんに見られ、それを注意されたことに腹を立てた…と答えています。殺すつもりは無く、警察に通報されるのが嫌で振り切るために暴行したと。」

 

 

 

 

 

底無しの沼に沈んでいく感覚に襲われる。

何かで殴やれた様な頭痛と、咽び上がってくる吐き気。止まらない手足の震え。

 

2人の刑事が帰った後もぐるぐると回る頭の処理に追いつかず、何度も何度もトイレへと駆け込んだ。

 

どうして。

 

なんで。

 

彼は正しいことをしただけなのに。

 

何故殺されなければならなかったの…。

 

何故、私は愛する人を奪われなければならなかったの。

 

チラリと見た左手薬指の指輪は光で恍惚と輝く。

 

押さえ切れない悲しみに、また咽ぶように泣く。

次の日の朝、いつもの様に代わり代わりで様子を見に来たルビィちゃんがそれに気づいて慌てて背中をさすってくれた。

 

全てを吐き出す様に、ずっと泣き続けた。何日も何日も。

 

 

そして悲しみに暮れる間もないまま2ヶ月が経った日、警察から電話で連絡がきた。

 

少年たちは家庭裁判所に送致され、少年審判に付された事。罪状は傷害致死。2人の少年は1〜5年の不定期刑に処され、最大限の保護をされながら更生に向けたありとあらゆる取り組みがなされる。

 

 

 

国が、法律が、世の中が、奴らを罰しないんだから。

彼の死は報われないから…。

 

 

量刑…緩和…

実名や本人などを特定できる情報は開示せず報道規制をかける。

社会復帰のために、更生に向けた取り組みがされる。

 

なんで、なんで私の愛する人を無惨にも殺した奴らが、こんな恩赦を受けなければならないのだろうか。

罪を犯せば、当然の報いを受ける。

こんな当たり前の事がどうしてできないのか。

 

私の彼は何故死ななければならなかったのか。

 

何故私から愛する人を奪ったのか。

 

知りたい。どうしてこうなったのか、こうなってしまったのか…直接本人たちから聞きたい。

 

そう思い、何度も何度も警察へと駆け込み直談判したり、犯人の少年たちの弁護士にも頼み込んだが、

 

「少年たちの更生のための措置です。ご理解お願いします。」

 

としか言わなかった。

 

何故。知ることすらできないのか。

泣き寝入りしか無いのだろうか。

 

 

 

 

少年A 少年B

 

この、忌まわしい呪いの様な仮名から、彼らの本名と顔を知ったのは、事件から1年近く経ってからだった。

 

少年法五条の二

「被害者等による記録の閲覧及び謄写」

 

当該保護事件の被害者等からの、事件詳細の閲覧又は謄写の申出があるときは、閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び少年の健全な育成に対する影響、事件の性質、調査又は審判の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き、申出をした者にその閲覧又は謄写をさせるものとする。

 

 

 

 

 

皮肉にも、私を苦しめた少年法によって、憎い犯人たちの顔と性別、そして名前を知ることになった。 

 

 

 

 

あの日から、彼を失った日から、慢性的な頭痛に悩まされ、眠れない日が続く様になった。

精神安定剤や入眠剤、睡眠剤などを服用して眠るしか無かった。

 

 

 

ーー後を追うか。彼のいる場所に、私も行こうか。

 

 

 

今は、心配してくれている子達が居るからと、そう何度も考えて、思い立っては辞めての繰り返しだった。

 

 

 

そうして日がが経つにつれて、彼の死をようやく頭で理解できる様になってからは悲しみとやり切れないと思い以外に、ある新しい感情が芽生え始めた。

 

 

 

 

 

「ーー私の愛する人を殺した奴らを、私の手で殺したい。」

 

 

 

 

その時、横に居た鞠莉は目をギョッとさせ何か言いたげに口を開けたが、ゆっくりと閉じてコクリと頷いてくれた。

 

 

憎い。

 

奴らが憎い。

 

会って、この手で地獄へと突き落としてやりたい。

四肢を裂き、目玉を抉り出して、全ての爪を剥がして、ぐちゃぐちゃにして、味わうことのない苦しみを与えて、命乞いと謝罪をしたところで同じように殺してやりたい。

 

尊厳なんて知らない。更生なんて求めてない。

 

ただ、彼と私の苦しみを、奴らにも味わって欲しい。

 

 

しかし、それが出来ないのは自身でも分かっていた。

 

未成年の犯人たちは、恵まれた環境で更生という名の下で恩赦を受ける。

殺してしまったと言う罪悪感を忘れるほどに。いいや、そもそも罪悪感や罪の意識なんてあるのかどうかも定かでは無いけれど。

 

そして、きっとこの地にはもう戻っては来ない。更生してまともになったと思い込んだ犯人たちは、どこか遠い新しい環境で、新しい人生を歩む。

 

結婚して…子どもができて…きっと彼を殺してしまったことなんて、記憶の奥底から消し去ってしまうのだろう。

 

もし、奴らの場所や詳細を知れたとところで、私がそこに行って憎しみをぶつけ殺しても、義母さんやAqoursの子達に迷惑がかかってしまう。

犯罪者の友達…だなんて、そんなの彼女達に背負わせたく無い。

 

 

そうだ、顔や名前を知れた所で、私個人では、何も出来やしない。

 

もう、この地獄からは抜け出せないのだ。一生、この苦しみを背に生きていかなければならないのだ。

 

 

ずっと、この殺意や憎しみ、悲しみをこの胸に秘めて、この先を生きていくしか無いのだ。

 

 

 

だから、せめて、彼と育ち、彼と愛を育み、結婚を、幸せを約束したこの場所で、静かに生きていこう。

 

 

そう、思っていた筈なのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

バレないように適度な距離を保ち、その男の後ろをついて行くにつれ、心の奥底にしまわれていたあの留めど無い憎しみと怒りが沸々と湧き上がるように出てきた。

 

間違いない。やっぱりあの、少年Bだ。

 

名前は、西島たかし。当時15歳だから、今は19か20と言った所だろうか。

 

呼吸が荒くなる。手足が震えだす。慢性的な頭痛が更に酷くなる。

 

目の前の男は何度か携帯電話を見ては閉じ、コンビニに入って少し立ち読みをすると、カップ麺と缶チューハイを買って再び歩く。

 

込み上げる吐き気をグッと押さえ、ふらふらと歩く目の前の殺人者を私は追う。

 

 

一体、私は何をしているのだろう。

 

こんな事をして、何がしたいのか、少年Bの実物を目の当たりにして、一体何ができるのか。

 

奴らは、罪を改めたのか。何故この地に居るのか。

 

 

ふと、2年前に奴等の弁護士が家にまで押しかけて持ってきた手紙の事を思い出した。

 

彼らは反省していると、素直な気持ちと謝罪を書いたと言って持ってきたその便箋2枚は、吐き気と頭痛を酷くさせるだけで、読みたくも無かったから、受け取るだけ受け取って事務用のシュレッダーにかけた。

 

改めて、謝罪して、許されると思っているのだろうか。

 

こんなにも苦しめて、それでごめなさいで済ますのか。

 

 

やっぱり私には未だに理解できない。

 

 

 

 

目の前の男は、古びたアパートの2階の1番端の部屋へ足を運ぶと、ポストの中をごそごそ漁り鍵らしきものを出すと部屋の中に入っていった。

 

あそこがこの男の家なのだろうか。

 

 

周りを一瞥すると、私はそのアパートの階段を登った。その男が入って行った部屋の前へと立つと、使い古されたインターホンに指をかけ、そこで止めた。

 

こんな所で、この男を問い詰めた所で、何になるのだろうか。

 

ごめんなさいか、それともしらばっくれるか。

 

 

それでも、何故こんな事をしたのか…、今どう思っているのか聞いてみようか。

 

 

そこまで考えて私はその部屋の前から踵を返して階段を降りた。

 

いいや、やはり無駄だ、奴らに罪の意識なんてあるもんか。奴らから謝罪なんてものも聞きたくも無い。

 

 

 

私は、そのアパートを出て、キリリとする頭痛に目元を抑えると、日が沈み暮れ、街灯が灯る細い歩道の上を力無く歩いた。

 

 

 




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