人魚の復讐   作:ジャガピー

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第二幕
追跡


 

 

 

 

 

 

 

目を開けると薄暗く、見慣れない天井があった。

 

時刻は朝の7時を指していた。

昨晩から付けっ放しのテレビからは、沼津市のアパートで男が惨殺されたと言うニュースが流れている。

 

あれから2日。あの日の感触が、人を刺した感覚が脳裏に手にこびりついている。

罪悪感、なんてものは生まれなかった。その時点で私はもう人では無くなったと理解した。

 

寝心地は良いが、慣れないベッドから起き上がり、服を脱いで風呂場に入り、シャワーの蛇口を捻る。

 

暖かいお湯が身体に降り注ぐ。

 

 

 

例え過去に戻れたとしても、私は同じ事をするだろう。

 

この世で最も愛する存在を失ったあの日、深い哀しみと怒りに溺れ 何度も何度も考えた。

 

一体何故こんな事が起こったのだろう。

 

どうして、あの人がこんな目に合わなければならなかったのだろう。

 

あの日から時間が経過した今でも理解できない。

 

 

 

 

 

2日前の事を思い出す。

 

刃物を突き刺した時、罪悪感なんて気持ちは全く起こらなかった。

むしろ、憎しみと怒りというものが、身体の隅々の細胞から燃え上がるように沸々と湧き出て、何度も何度も刃物で"それ"繰り返し突き刺した。罪悪感なんてものは全く起こらなかった。

 

ただそれと同時に、目の前のそれが絶命したと分かった時、ひどい喪失感に襲われた。

 

私は意味のない事をしているのかもしれないと。

こんな事をしたって、失ったものは戻ってこないのだから。

 

しかし、ドス黒い液体が床を侵食し、原型をとどめない異形のそれをボーッと眺めて自分が人間ではなくなってしまったと分かっても、それでも私は許せないと思った。

 

幸せの道はずっとずっと遠くまで続いていくものだと思い込んでいた。

壊されて奪われて初めて、その幸福が薄っぺらい紙の様な物の上に成り立っているものだと知る。

愛する人や大切な人は、明日もその先も生きていてくれている気がするから。

それはただの思い込みでしかなくて、絶対だと約束されたものではない。

 

でも人はどうしてか、そう思い込んでしまう。

 

 

 

 

許せない。

 

彼の将来を、私の幸せを、私の生きる糧を奪っておいて、この先もヘラヘラと笑いながら生きて行く奴らが憎い。憎くて堪らない。

 

 

私は…復讐を誓ったのだ。

 

 

愛する人を私から不条理にも奪った上に、社会の温室で矯正教育を受けたのにも関わらず改心しなかった奴をこの手で消す。どんな事があっても、私の手で相応の罰を下してやると。

 

 

キュッと蛇口を閉める。

鏡を見ると、酷くやつれた顔が虚しく映っていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

応接室に入ってきたのは、背の高い短髪の若い男性と、目の細い小太りの中年男性だった。

 

「こういうものです。」

 

2人はテレビでも良く見る黒い重厚な縦開きの手帳を開くと、背の高い若い刑事と中年男性の刑事がそれぞれ名前を名乗った。

 

従業員に紅茶を用意させ目の前のソファにそれを置き、そこへ座るように促すと、彼らはお構いなくと一言添えて、私の前に向き合うように座った。

 

「小原鞠莉さん。この方をご存知ですよね?」

 

若い方の刑事がなんの脈絡もなく一枚の写真を机の上に乗せた。

 

そこに写っていたのは、柔らかな紫色の瞳に高校の時から変わらない長い海色のポニーテールの女性。刑事が言う通り、まさしくよく知る人物だった。

 

「あなたは、この女性と昔にスクールアイドルと言う活動をしていましたよね?今は廃校になった浦の星女学院高校というところで。あなたたち合わせて9人のAqoursという名前で。」

 

「ええ。」

 

「この女性、知り合いですよね?」

 

テレビでもよく見る嫌らしい聞き方をしてくる。そこまで調べてあるなら聞く必要無いじゃない。

 

「松浦果南。それがこの子の名前よ。」

 

そう言うと、欲しかった確認が取れたからなのか、机の上の写真を手早くメモ帳の中にしまった。

 

「ある、事件を捜査していましてね。この女性、松浦果南さんから重要参考人としてお話を伺いたいと思ったんですが。」

 

そこまで言うと少し間を開ける。私の顔をジッと見つめてくると言う事は、こちらの出方や表情を伺ってるのだろう。

 

「4日前の夜中に行方が分からなくなりまして。彼女の家がある淡島の船着場の入り口の防犯カメラに、リュックを背負って出て行ったのが写っていたのを最後に行方が分からなくてまして。」

 

真顔で人の顔をジッと逸らさず見つめてくる。

若い刑事がそこまで言うと、中年の刑事が物腰柔らかく私に聞いた。

 

「彼女の行方、何かお心当たりがあるかなと思いましてね。だもんで、お話をちいとお聞きかせ願えますかな。」

 

少し訛りのある話し方をその人はした。

 

「果南がどこに行ったかは、残念ですけど私は知りません。」

 

そう言うと、2人は顔を見合わせて再び私に問いかけた。

 

「あなた、4日前に松浦さんに会ってますよね?防犯カメラに写っていました。」

 

「ええ、それがなにか。」

 

「松浦さんの行方が分からなくなる前、最後にお話しされたのは小原さんなんですよ。何か不自然な点とかありませんでした?」

 

私と同じ歳くらいのこの刑事は、初めて少し微笑んだ。一体なんの笑みなのかは知らないが、気味が悪い。

 

「いえ、特には…。」

 

そう答えると、微動だにせず次の質問を繰り返した。

 

「捜査上の必要な確認ですけれど、ちなみにどんなお話をされたのですか?」

 

「それ、必要あるの?」

 

「ええ。差し支えなければですが。」

 

差し支えなければ。言い換えれば、聞かれて困るものでなければと言う意味か。

ここで隠そうものならあなたを疑ってしまってもいいのですね?と言う無言の圧力。

私はあの日に話した事を覚えている限り目の前の刑事に話し、最後に気になっている事を質問した。

 

「ねぇ、果南に何があったの?」

 

「申し訳ありませんがそれはお応え出来かねます

。」

 

「私の事は喋れとか言うくせに…」

 

「どうか、ご理解のほどお願いします。」

 

不毛なやり取りだ。そんなの、教えてもらえる訳なんてないのに。

そう思った時、ある事を思い出した。

そう言えばあの日、何か考え事をしていて様子がおかしかったと。

 

何かあったのかと問うと、いつも通りだと答えてくれたから、その日は特に追及することも無く帰ったけれど。

 

そして、その言葉を最後に彼女は消えた。

まさか。果南は。

 

 

 

 

 

「どうかされました?」

 

その言葉に現実に戻される。

 

「いいえ、他にはもう何も話してないわ。彼女と会って話したのはそれだけよ。」

 

そう言うと、少し目を閉じて2人は立ち上がった。

 

「そうですか、ご協力感謝します。また何かあれば再びお話を聞くかもしれませんので、その時はよろしくお願い致します。」

 

紅茶には手を付けず、足早に部屋を出て行き、ガチャリと扉が閉まるのを見送るとパソコンを開き、ここ数日のからのニュースをひたすらに漁った。

 

ここ、沼津市で起きた事件事故。何でも良い、何か手がかりらしいものがあれば。

 

下へ下へとスクロールするマウスをピタッと止める。

 

20歳の男、アパートで惨殺。

 

その見出しが気になりクリックする。

 

発見されたのは3日前午前10時。第一発見者はその男の友人。発見当時、腹、脇、胸を六十カ所以上。喉、そして顔まで数十カ所、所謂、滅多刺しにされた状態で発見。現在捜査中と静岡県警が発表。

 

あの日の翌日の事だ。

 

まさか……いや、そんなはずはないだろうけれど。

 

携帯電話には果南からの連絡は来ていない。返信があったのは、会って話したあの日が最後。それ以降も送り続けているが返信はない。警察が彼女の事を聞きに来たって事は、やっぱり彼女の身に何かがあったのだろう。

 

一体、どこにいるのよ。

 

もう、大切な人を失うのは嫌。

虚しくも、何も出来ない自分が情けなくなる。

果南の婚約者の彼が死んだ時もそうだ。不幸は突然襲ってくる。

 

あんな思い、もう二度とごめんよ。

未だ立ち直れない彼の死に、悲しみに暮れているのは、恐らく果南と私以外の7人もそうだろう。

 

出来ることを、やろう。

そう思い、久しくAqoursのグループメッセージを開いた。

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

気がつくと空は厚みのある雲が覆っていた。

今にも雨が振り出しそうなその曇天は陰鬱な陰を作り、重苦しく世界を包み込んでいる。

やけに細い登山道の木の階段を緑色のスニーカーで踏め締めるように歩くと、落ちた木の枝がぱ切りと音を立てた。

 

目的のペンション街へと続いているであろうけもの道はやけに細く、間違えたかなと黒いリュックからさっき駅で買った地図を広げて位置を確認する。

 

「間違っては無いけど。まだちょっとかかりそう。」

 

ボソリと独り言を呟くと、地図を丁寧に同じリュックにしまう。

 

 

 

 

 

場所は長野県白馬村。

 

 

5日前、少年Bの家で解除した奴の携帯電話で何か少年Aの手掛かりになるものは無いかと操作していると、メッセージアプリには数十人ほどの連絡先があった。

 

それらを適当に漁っていると、"YOSHIKI"と書かれたその連絡先を見てまさかと思い、トークルームを開くとついその当日の昨日までやり取りをしていたログが残っていた。

 

そこには近況を報告し合うようなメッセージ内容だったが、ログを遡ると、施設から出たどうのこうのと言う会話をしていた。ログを見る限り、最近も会っているらしい。

 

3年前、私と彼の家族で見た事件の記録。加害者である少年Aの名前は、高崎よしきだった。間違えるはずはない…忘れたことも無いその名前。

 

少年Bの西島たかしの携帯にあるメッセージアプリの"YOSHIKI"と表示されたそれは、少年Aである高崎よしきだと疑うには十分だった。

 

[今どこで何してんの?]

 

そうメッセージを送ってみる。夜も深いにも関わらずすぐに既読がついて、返信がすぐに返ってきた。

 

[ああ?前にも言ったろ。じいちゃんが昔使ってたペンションにいんだよ。長野の。]

 

[長野のどこだよ。今度行ってやろうかなって思ってたんだ]

 

 

出来るだけ怪しまれない様に、会話のログ通りの口調でメッセージを送る。

 

[えっとな、白馬村とかって場所だ。位置情報送ってやるよ]

 

そう言って律儀にそいつがいる位置情報を送ってきた。

長野県白馬村。

私自身の携帯電話でその位置情報を検索すると、そこは有名な別荘地だった。

 

プロフィールに表示されているそいつの電話番号と位置情報を控えると、防波堤の向こう側へと少年Bの携帯電話を投げ捨てた。

 

 

明日、早ければ早朝に恐らく少年Bの遺体が見つかる。捨ててきた包丁や私の血まみれの服で、恐らく私の犯行だと数日もすれば分かるだろう。

変にそれらを処理しようとして、万が一にも人に見られて仕舞えば、それこそそこで終わりだと思い、血まみれの服から少年Bの服に着替えて、何もせずそのままにして家を出た。

 

ジェットスキーで家まで帰ると、積めれるだけの荷物と、仕事で時たま使うサバイバルナイフ2本をリュックに詰めてすぐに家を出る。

私の携帯電話は家に置いてきた。これから私の位置を追跡…なんてされたら厄介だから。控えた少年Aの位置情報と携帯電話番号はメモに控えてある。

 

 

 

 

 

ポツリと雨雫が頬をを伝った。

まずい、雨か。

さっきの駅のコンビニで天気を確認して傘を買っておけばよかったと後悔する。

 

本降りになりそうな空を見て、急いで後輩のある道を駆け上がると、深く被った黒いキャップから前髪垂れ目を隠す様に覆う。

 

雨が強くなってくる。

 

どこか雨宿りできるところは無いかと探していると、木造の家が向こうに見えた。そのすぐ側の倉庫の様な建物のそばに入る。

 

通り雨ではなさそうだなとため息を吐く。

 

ますます強くなる雨脚。

これからどうしようと考えながら、試しに倉庫の引き戸に手をかけてみると、ガラリと音を立てて空いた。

 

中は真っ暗だが、かなりのスペースがあった。

腕時計を見ると午後5時を指している。

一日中、気を張りながら移動してきた為、かなり疲弊してしまっている。警察内で私の犯行でいると言うことが割れているのだろうと踏んで、極力顔や姿を隠しながら警戒して移動してきたのだ。

 

 

 

隣の木造の家からは灯りは無く人の気配も無い。恐らく誰かの別荘か何かで、平日だし人もいないのだろう。 

 

メモに書かれた位置情報と地図を照らし合わせると、まだ少し距離がありそうなので、雨が上がるまでここで休ませてもらおうと、倉庫の中に入った。

 

隅に座り、リュックを抱き抱え、少しだけ目を瞑ると、私の意識はすぅと途絶える。

 

 

 

 

 

 

 

そこから何分経過したのだろう。

ゆっくりと瞼を開け、少し眠ってしまっていたことに気づいた。

 

しまった、今何時なのだろう。時計を確認しようとすると……。

 

 

 

 

 

「ーーー動くな…!」

 

 

 

 

 

そう甲高い声がする扉のほうへと反射的に向くと、髪の長い少女が、長い猟銃の様なものを私に向け構えて、睨みつける様な表情で扉の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

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ではまた次回。
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