「お姉さん。ここで何してるの」
眉間に皺を寄せて睨みつける少女は、ドスの低い声質を物置小屋の中に響かせた。
「ごめんね、ちょっと雨宿りさせて貰ってたんだ。」
そう言って立ち上がると、少女の構えた猟銃口は私に向いて動いた。
出来るだけ、少女の神経を逆撫でしない様に手に持っていたリュックを石畳の上におろして置くと両手を小さく上げた。
「ほら、そんなもの向けないで…?」
そう言ってゆっくり一歩近づくと少女はさらに表情を強張らせた。
「ここに何しにきたの。一体何の用。」
「だからここで雨宿りさせて貰ってただけで…。」
「本当に?」
「どうして嘘をつく必要があるの」
できるだけ声を和らげて彼女の質問に答える。
今は騒ぎになるとまずい。
「だったらそこに座って。」
「……、すぐ出て行くから。」
そう言って床に置いたリュックを手に取ろうとすると、"バンッッ"、と言う耳をつんざくような破裂音が倉庫の中に響いた。
反射的に顔を屈めると、少女の方を見る。
一体何なのだこの少女は。しかもこの銃……
「言っておくけど、これ本物だから。」
銃口から薄らと出る煙と、火薬の匂いが鼻腔を刺激すると同時に身体中から嫌な汗が流れる。
銃声ってこんなにも大きいのか…。数メートル離れたこの位置でも耳鳴りがする。と言うよりも、こんな大きな音が立て続けに鳴ってしまえば騒ぎになってしまう。
それだけは避けないと。
「顔がよく見えない。帽子を取って」
言われるがままに黒色のキャップを取る。後ろで纏めていた髪がはらりと落ちる感覚がした。
「本当に雨宿りしてただけなの。お姉さんはこの近くに用事があって来たんだけどまだそこまで距離があって…。」
「用事って。」
根掘り葉掘りと答えを深掘りしてくる事に違和感を覚えながら、なんとか誤魔化す。
「知り合いに、用があって。」
「距離があるって…、バスかタクシーで行けばいいじゃない。こんな山の中で場所歩いたって仕方ないよ。」
なんとか言い訳然り、言い逃れる口実を探してすこ沈黙が続く。この状況どうすれば良いのだろうと頭をフル回転させるがどうも良い回答が見当たらない。
どうにかして、怪しまれずここを抜け出さなければ。
「お姉さん、名前は…?どこから来たの。」
「え、」
「名前、何て言うの?」
銃口の向こう側で私の目を捉えて離さない。
「松浦…、松浦果南。静岡から来た…。」
そう反射的に言ってしまったあとで後悔した。
偽名でも何でも適当な名前言えば良かったのに…。どこから来たのかも偽りなく答えてしまった。
「松浦……、静岡……。」
少女は私の顔を凝視するなり大きく目を見開いた。
すると少女は、ゆっくりと長い猟銃を下ろして入り口の方へと向いた。
「ーーお姉さん、有名人だよ。」
「え、何が」
そう言って背を向けて雨の降る外へと出て行く。
「ちょっと、」
何のことか分からず、私はリュックと帽子を腕に抱き抱えてその少女の後を追って外へと出た。
不快な雨が身体中に打ちつける。
少女は小走りに隣の2階建ての木造の家へと入って行くと、手招きした。
「ほら、早く入って…」
その少女の理解できない行動に私は呆然と門の前で止まっていると、少女ははやくと催促をする。
今は妙な面倒事を増やしたくない…。
この少女、何考えてるか分からないし。警察なんか呼ばれたら面倒だ。
「いや、本当に雨宿りしてただけだから…、もうここで…」
「早く。」
ジッと私の姿を見る。その目には先程のような敵意はなさそうだ。
私は少し考えた後、彼女が招き入れる家へと入ることにした。
〜〜〜
壁に埋め込まれた大きな液晶テレビから流れていたのは、5日前の静岡県沼津市で起きた惨殺事件の概要と私の名前だった。
事件の残虐さから2日前ホテルで見た時よりも大々的全国チャンネルで報じられていた。
その番組の報道では、殺された20歳の男が4年前に殺人を犯していたという事まで報じていて、アナウンサーやコメンテーターの様なひとが神妙な面持ちで色々なことをコメントしていた。
「ね、有名人でしょ。」
そう言って大きな真っ白なバスタオルを私に渡すと大きなソファにどっしりと腰掛けた。
呆然とそのテレビの内容を見ていると、ねえっと私の太ももを突いた。
びくりと身体を逸らすと、ごめんと申し訳なさそうに眉を下げた。
「松浦果南さん。この事件の犯人だって、報道されてるけど。」
私は目の前の少女が何か得体の知れない怪物のように見えて仕方がなかった。
わざわざ、このテレビで報道されている残忍極まりない事件を起こしたかも知れない見ず知らずの女を、こんな平気な顔をして家に招き入れている事が怖くて怖くて仕方がない。
普通は、もしそうだと気づいても、追い払うか警察に通報する。
なにか、要求されるのかも知れない。
金か、それ以外の何か…、
ごくりと生唾を飲むと、私は小さく後ずさった。
それを見て少女は不思議そうに首を傾げると、何かに気づいたように慌てて立ち上がりブンブンと顔の前で手を振った。
「違う違う。別に取って食べたりとか警察に通報だなんて事もしないから!」
純粋無垢にニッコリと笑うと、左頬にエクボが浮き出る。
腰まで伸びた髪はは漆を塗ったのように綺麗な艶のある真っ黒な髪。緑色の瞳は大きくぱっちりとして小顔な、どこからどう見ても美少女と言える顔だった。
「じゃ、じゃあ一体…」
「ただの親切心って言うか…、ほら、外は雨だしあんな所で居たら風邪ひくし。」
正気とは思えない。
私を殺人者かもしれないと分かっていながらこんな事…こんな行動は普通はしない。
私の疑念の表情を見て、ポリポリと後ろ頭を掻きかながらうーんと分かりやすく少女は唸ると、ハッと何か閃いた表情をした。
「さっきの銃…、怖かったよね。ごめんね。ママが所持免許っていうの持っててさ。趣味でクレー射撃とかしてたんだ。カッコいいでしょ?本当は勝手に触っちゃダメなんだけどね…」
いや、私が気にしているのはそれじゃない。と言うか、よく考えてみればあの猟銃の事もおかしすぎる。こんな若い女の子があんな長い銃を持って、それを撃つなんて。
何かの漫画や映画のような。そんな光景だった。
「ーー怖くないの?」
「え?」
「私が、このテレビの報道通りに、人を殺した女なのかもしれないのに。そんな人を家に入れるなんて……、普通じゃないよ。」
私なら、怖くて怖くて震えてしまう。そして、どうにかして逃げ出すか、警察を呼んだり助けを求めたりする。それなのにこんなにも平然と…。
「あぁ、それなら大丈夫。」
頬を右手で掻きながら彼女は軽く微笑んでポツリと呟くように声を発した。
「ーーー私も人を殺してるから。」
少女の甲高いこえが、だだっ広い大きなリビングの空間をこだました。
ありがとうございました。
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