人魚の復讐   作:ジャガピー

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タイトルは某アクションバトル漫画のスピンオフ小説から。


番外編
マリ、花を手向ける


 

 

「うわあ!綺麗な海だあ!お魚いるかな?!こーんなおっきいやつ!」

 

「さぁどうかしらねえ。」

 

「人魚とか河童とかもいたらいいなぁ!」

 

不規則に揺れる車内に響く快活な話し声を聞きながら、窓の外に広がる海を眺めている。

反射する太陽光で海面が輝くその光景はみずみずしく煌びやかで、内陸育ちの私にはとても新鮮な光景だった。

 

目的のバス停に降りると、潮の香りとジメッとした湿気が鼻腔を擽った。炎天下の太陽の下、冷房が効いていた車内を出ると一気に毛穴から汗が噴き出る。

 

暑いのは嫌いだ。肌を焦すような夏の日光が煩わしいから。

片袖でぐいっと汗を拭うと、石造りの階段を見上げる。目的の場所まで行くにはこれを登って行くしか無さそうだ。

はぁ、と息を吐くとゆっくりとその階段を踏みしめるように登って行く。

 

所々伸びきった草が脇から飛び出して、私の足や腕を擽っていく。暑い、暑い、と心で連呼しながら最後の一段を登り切ると、等間隔に並んだ多くの墓跡が立ち並んでいた。

 

肩で息をして、汗を拭うと後ろから湿り気のある浜風が背中を掠めた。

その風の方を向くと、大きな水平線が広がっていた。壮大で躍動感のある晴れ渡った青い空と海は私の視線に焼き付いて離さなかった。

 

暑くて、湿り気があって、蒸し蒸ししている。それでも、この場所は美しいと本能が言っていた。

 

 

『海が、好きなんだ』

 

 

そうあの人が言っていた意味が理解できた気がした。

 

 

 

目的の墓石まで行くと、1人の女性がそこでしゃがんでいた。その人と目が合うと、立ちが上がり私をじっと見つめる。腰まで伸びたブロンドヘアが風に靡いて、一つの絵のような光景を生み出している。それ程に、その人は綺麗だった。

 

 

「あなたが、マリちゃん?」

 

その私への問いにコクリと頷くと、彼女にっこりと笑って私を手招いた。

私はそれに従って彼女の近くへと寄る。

 

「あの、名前…」

 

その言葉に彼女は反応して、

 

「小原鞠莉」

 

そう名乗った。

松浦さんから貰ったメモに書かれていた名前の人だった。

ぼーっと目の前の彼女を見ていると、鞠莉さんは優しく笑って墓石の方を見た。

 

「ほら、果南に挨拶してあげて。」

 

私は慌てて墓石に向き直って手を合わせた。

そして、袋に入った青い薔薇を手向けた。

 

「青い薔薇?」

 

「はい、綺麗だったから…。その、松浦さんの髪色に似てたし…。」

 

何の花を手向ければ良いのか分からず、花屋で目を引いたものを持ってきた。もしかしたら間違いだったのかもしれないと杞憂したけれど、綺麗ねと笑う鞠莉さんを見て少しほっとした。

 

 

 

 

松浦さんが亡くなって2週間が経った。

 

 

 

力になってくれるからと渡されたメモに連絡をすると小原鞠莉さんが出て、松浦さんとあった出来事を事細かに説明すると、会わせてあげるからここに来るようにと言われて…、もうあなたがこの世にいない事はテレビで知っていたけれど、もう一度会いたいと思ってここにきた。

 

猟銃のこともあり、警察が色々調べにきたけれど、免許を持ったお母さんはもう居ないので、失踪事件ということで更に警察が騒いでいるらしい。

 

 

松浦さん、私はどうすれば良いのかな。

 

警察の目は私には向いていない。このまましらを切り通せば、殺したあの新しい父親のことも、その男に殺された母親を山に埋めたことも、当分はバレることなはないだろうと私は思っている。家で殺したという証拠も、それなりの時間が経っていて、証拠らしい証拠にもなっていないようだ。

 

 

このまま、殺したという十字架を背負って私は生きていかなければならないのかな。

 

 

その答えを、私はあなたに聞きたいと思ってここに来た。

 

 

私は、どうすればいいですか?あなたなら私になんて言いますか?

 

 

 

 

返ってくるはずもない固く佇んだ墓石からの返答に私は耳をすましていた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

 

『あ、えっと、私…果南です。

鞠莉、心配かけてごめん。急でびっくりするかもだけど6日前に私、沼津で人を殺したの。4年前、私から彼を奪った未成年だった2人のうちの1人を…。

 

許せなかったの。奴らは更生なんてしてなかった。私から幸せを奪っておいて、彼の人生を奪っておいてのうのうと沼津の地に戻ってきて暮らしていた事が許せなかった。

 

だから、私は復讐を誓ったの。

 

人間として終わってるかもだけど…、殺した事は後悔していない。そして何があっても、復讐を絶対に成し遂げる。それが済んだら、私は潔く死ぬつもり。

 

鞠莉やダイヤ、Aqoursのみんなと居た時間は凄く楽しかったし、私の宝物だった。みんなにはいっぱい迷惑をかけたけど、私のわがままをどうか許して欲しい。

 

それから、私がこの道中出逢った子が居て、その子も何というか…たくさん辛い思いをしている子だから、もしその子が鞠莉を頼ってきたら、助けてあげてほしい。

これが私の最後のわがまま。

 

今までありがとう。じゃあね。』

 

 

 

何度も聞いた携帯電話の留守録に入っていたメッセージ。携帯から耳を離して机の上に置くと、目の前の少女を見る。

 

『あの、松浦さんに困ったらここに電話しろって言われて…』

 

 

そう言って電話をかけてきたこの子は、マリと名乗った。何かの悪戯なのか偶然なのか分からないけれど、私と同じ名前で、しかも何処となくダイヤに顔や雰囲気が似ている。

 

年は15.6歳というところだろうか。垢抜けていない顔がまだ幼いと言うことを表現している。

 

「ねえ、」

 

「はい。」

 

「あなたが会った果南は、どんな人だったの?」

 

 

私が知っている果南は、花のように笑って底抜けに明るくて、ちょっぴり頑固で素直になれない優しい女の子。でも、彼女が愛する彼を失ってから、心から笑うことは無く、常に何かに追われ苛まれ苦しみ、抜け殻のようにあの頃とは別人のように変わり果ててしまっていた。

 

愛する人を失って、これから育むはずだった幸せも失って、どこを見て良いのか分からなくなっていた彼女をどうにかして前を向かせようとみんなで彼女を支えて来た。

 

それでも、果南は笑うことは無かった。

 

 

 

 

運命に、全てに絶望した彼女には、この世界がどんな風に見えていたのだろうか。

色を失い、二度と色づく事がなくなった世界を彼女はどんな気持ちで生きていたのだろう。

 

きっと、私には想像もつかないのだろう。

 

 

忌まわしき呪いのような記憶を掘り起こされた彼女は、1人、2人と惨殺した。復讐に骨の髄まで侵された彼女を私は知らない。知っているのは、目の前の子だけ。だから、その時の果南がどんな感じだったのかが、知りたかった。

 

 

「ずっとどこか辛そうで…、何かに囚われて苦しんでるような、そんな感じがしました。」

 

「そう。」

 

「でも、とても綺麗で優しくて、海が好きだって教えてくれました。」

 

「果南が?」

 

「うん。海中から見上げる水面が綺麗なんだって。その、婚約者の人も好きだったって。」

 

「婚約者のことは何か言っていた?」

 

「うん。馴れ初めとか、プロポーズの事とか、。」

 

 

もう、その復讐が終わって仕舞えば、この子と会う事はないと分かっていたから話したのだろう。彼が死んで以来、楽しかった頃の彼との思い出は、果南自身を不安定にさせるだけだったから私たちからも彼女からも極力する事はなかった。

 

 

復讐を遂げて死を選んだ。どんな気持ちだったのかな。復讐をして、晴れやかだったのかそれとも気持ちは晴れなかったのか。それはもう居ない彼女にしか分からない。

 

それでも私は、彼を失った過去よりも、彼と刻んだ時を思い出しながらこの先を幸せに生きていて欲しかった。

 

 

墓石の向こうに広がる海を眺める。彼女が好きだった海。青く綺麗。まるで果南のように…。

 

 

 

ーーねえ、果南、彼には会えた?

 

 

 

 

それに向かってそう尋ねるけれど、答えなんて返ってこない。

 

 

 

「私の知らない果南さんのこと、教えて下さい。」

 

その声に現実へと引き戻された。目の前のマリという少女は私の目をじっと見つめて離さない。

 

「私、私も人を殺しました。私とお母さんに暴力を振るってくる新しい父親を。殴られてお母さんが頭を打って動かなくなったから、カッとなってお母さんが持ってた猟銃で殺したの。そのあと、バレないように山に埋めた。ねえ鞠莉さん、私どうしたら良いのかな。それから、果南さんだったらどうするのかな。」

 

 

自分の事を、抱え込んでどうすれば良いか分からなくなるその姿が、かつての果南を思い起こさせた。何が正しいか分からずに、下を向くしかなかったあの子は次第にどんどんやつれて変わっていく。

 

果南が、この子の力になってあげて欲しいと言って来たのは、こういう姿を自分と重ね合わせたからなのだろう。自分のようになってはいけないと。

 

この彼女が背負う十字架は重くのしかかるだろう。この先、前を向けたとしても、それは一生につきまとうことで。

 

 

「あなたはどうしたい?」

 

「え、」

 

「これから先、あなたの人生を生きて行くためにはどうすれば良いか、自分で決めるのよ。」

 

 

そうだ、人生は選択の連続。進むも下がるも自分で決めることなのだ。

だからこそ果南は自ら命を経った訳で。

 

この子にも、その大きな選択が迫られる時が来る。遅かれ早かれ自分で選ばなきゃいけないのだ。

 

 

「私は……」

 

 

 

彼女の出した答えが、正解かどうかは分からない。

ただ、その選択で彼女が救われて、前を向いて彼女の人生を歩んでいけるのなら、それは素晴らしい事だ。

 

 

彼女がボソリと呟くように答えた。

ぐっと顔を伏せて、気持ちを吐き出した。

 

 

「そう…。なら、私もあなたの力になるから。」

 

「え?なんで…そこまで。」

 

 

 

驚いた彼女は、どうしてそこまで、みたいな顔をしている。どうしてって、だって…

 

 

 

 

 

「あなたは果南が最後に残した私達へのわがままだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までありがとうございました。これにて完結となります。

この世の中には多くの矛盾が存在します。例えばここで挙げた少年法などもその例だと思っています。もしこれが他人事では無く自分ごとだと置き換えれば少し考えが変わったりもするかもしれません。法が守る正義とはなんなのか、悪とはなんなのか。視点によって変わる矛盾だらけのこの世界で、少しでも皆さんが考えるきっかけなどにしてくれれば書いた甲斐があります。

感想評価等、お気軽に。いつでもお待ちしております。

ではまたどこかで。
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