1-1「光の人」
美を育んで良く生きる。
そんな意味の四字熟語…とかじゃなくて。
これは、僕の名前だ。
変な名前、だと思われるかもしれない。
けれど、僕自身は、この名前が気に入っている。
だから僕は、この名前に恥じない生き方をしようと思っている。
思っていた。
思ってたんだ。
けれど、僕は死んでしまった。
そう、死んでしまったんだ。
愛車での長距離ドライブを楽しんで、その帰り道。
下り坂の急カーブで、スピードを殺しきれずに、ガードレールを突き破って。
谷底に落ちた。
すごく痛かった。
自分の体から、大量の血が出ているところも見た。
疑う余地はない。
僕は死んだ。
そのはずなんだけど…。
ーー目覚めよ、勇者よーー
頭の中に声がする。
「えっ…?」
辺り一面、真っ暗な世界。
目の前に白い光が現れた。
ーー若者よ…。お前は選ばれたのだ…ーー
光は人の形になる。
ーーお前は、勇者となるのだ…ーー
この光が話しかけているんだろうか。
「あの、これはどういう状況なんですか…?」
ーー勇者になるのだ…ーー
貫禄のある声が答えてくれる。
…答えになってないんだけど。
「僕、さっき死んだはずじゃ…」
ーー選ばれたのだ…ーー
「…はい?」
ーーお前は…勇者なのだ…ーー
光の人は、その手を上に向けた。
つられて僕もそこ見る。
すると、光が集まって、車があらわれた。
僕の愛車、『K-Aiz @model』。
ケーアイズ、アットモデルと読む。
僕は略してカイザーと呼んでいる。
それが、転落で大破した姿のまま、現れた。
ーーお前の思う『おまえの力』。お前のものにしてやろう…ーー
光の人が、腕を下ろした。
「うわっ!」
同時にカイザーが落ちてきた。
僕の体にぶつかる!
…と思ったら、カイザーは小さな光の塊になって、僕の腕に巻き付いた。
「…えっ?」
光が収まると、それはガントレット状の機械になっていた。
ーー世界を救うのだ…。お前と、お前の力で…ーー
光の人は、徐々に小さくなっていく。
ーー私は…休まねばならない…ーー
「えっ、あの、もう少し説明してもらえませんか?」
ーー頼むぞ…勇者よ…ーー
「あの、僕の声聞こえてますか? あれ? ちょっと!」
やがて小さな球になった光は、そのまま消えていく。
ーーたのんだぞ…。たの……ん……ーー
完全に消えた。
「いや、ちょっとォ!」
思わず叫んで手を伸ばす。
ごつん!
「痛っ!」
何か硬いものに当たった。
木だ。
「…あれっ?」
さっきまで謎の空間にいたのに…。
いつの間にか、僕は違う場所に立っている。
「どこだろう、ここ…」
森の中だろうか。
左右に木々が生い茂り、前後には獣道のようなものが広がっている。
側から見たら、僕は獣道の真ん中に佇んでいる感じだ。
「僕…生き返ったのかな」
体を動かしてみるけど、なんの痛みも感じない。
っていうか、この木。
見たことのない葉の形をしている。
いや、木だけじゃない。
足元の草や花、それらの合間に見える虫たちすら、 僕には見覚えがない。
「ここは…僕が落ちた谷底とは、違う場所なのかな…」
あ、落ちたといえば。
カイザーが変化した、謎の機械。
これは一体何なんだろう。
どうやって使うんだろう…。
何がなんだかわからない。
「僕はどうしたらいいんだ…?」
ぐー。
答えてくれたのは、僕自身のお腹の音。
そういえば、しばらく何も食べてないっけ。
「とりあえず、食べ物を探そう…」
呟いて、僕は本格的な周囲の散策を始めた。
少し歩いて、赤い実のついた木を見つけた。
一つ、もぎ取ってみる。
「これ…食べられるのかな?」
リンゴにとても良く似ている。
試しに、爪で少しだけ皮を剥いてみた。
中からは黄色い身が姿を見せ、ほのかに甘い香りがする。
…うーんこれだけリンゴに似ていれば、大丈夫かな…?
果実を口に運び、一口かじった。
その時。
「うわぁ!」
突然背後で声がして、振り向くと。
「き、きみ、何してるの…?」
一人の女の子が、引きつった顔でこっちを見ている。
「そ、それが何か、わかってて、食べてるの…?」
え? …いや、よくは知らないけど。
なんて言おうと思った瞬間、喉に鋭い痛みを感じた。
「ぐがっ!?」
なんだこれ。口の中が、熱い。
体が膝から崩れ落ちた。
全身に力が入らない。
視界が歪む。
熱い感覚は喉を通り、胸のあたりから全身に広がり始めた。
「うわ、ヤバいっ!」
女の子が僕の首に触れる。
「じっとしてて!」
その手が僅かに光ったかと思うと、何かが僕の首をすり抜けて、体内に入った。
「…よし、間に合った!」
数秒も立たず、体内の熱さの侵攻が止まった。
同時に女の子が、苦痛で開いたままの俺の口に、二本の指を入れる。
「てぇぇえええい!」
それを、思い切り引き抜いた。
その動きに合わせて、黄色いスライムみたいなものが、僕の喉から抜けていく。
「たぁっ!」
べちゃっ!
女の子は、それを地面に叩きつけた。
「ふぅ…っ」
一息ついて、僕に向き直る。
「キミ、大丈夫?」
「え? あ、ああ…うん」
言われて、改めて立ち上がった。
軽く全身を動かしてみる。
さっきまで全く力が入らなかったけど、今は特になんともない。
あの感覚は一体なんだったんだ…。
「良かった…」
僕の様子を見て、女の子は胸を撫で下ろした。
そして、僕が一口かじった後の、リンゴのような果実を指差す。
「キミ、それが『パロポロの実』って、知らなかったの?」
「ぱろぽろ…?」
聞いたことがない…。
僕の反応に、女の子は小さく息をついた。
「パロポロの実は、食べた生き物を石化させちゃう果物なんだよ。今はもう、あたしが引っこ抜いたから、大丈夫だけど…」
石化…。
「石化ァ!?」
大きな声を出してしまった。
「わっ。…そんなに驚かなくても」
「い、いやいや、石化なんてそんな、魔法じゃあるまいし…」
人間が石化する果物なんて、そんな、ゲームの世界みたいなことが…。
「うん、魔法だよ?」
…えっ?
「魔法…?」
いや、そんなものが本当に存在するわけが…。
「うん、魔法」
女の子は、地面のスライムっぽいものに、片手を翳した。
すると、その周りに変な模様が浮かんで、グーニルは小さな棒になる。
「ほら、普通はこうやって、物干し竿とかに使うんだよ」
……。
…………。
「…聞いてる?」
…はっ、あっけに取られていた。
「う、嘘でしょ…?」
まさか、魔法が本当にあるなんて。
「魔法なんて…初めてみたよ…」
「えっ? 魔法が初めて、って…。変なひと…」
いや、そんな、当たり前のことのように言われても…。
「…そういえばキミ、見たことない格好してるね。ひょっとして旅の人?」
女の子が、まじまじと見つめてくる。
「ま、まぁ…そんなところかな」
答えると、また僕の腹が鳴った。
飲み込む前に体が痺れたから、結局何も食べていない。
「あー、お腹がすいてるのか…」
見かねた彼女は、少し考えてから、
「…よしっ」
ポンと胸を叩いた。
「ついてきて、ご馳走してあげる。あたしの家、喫茶店なんだ」
…それは嬉しい。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
礼を言って、彼女について行くことにした。