どれくらい歩いただろう。
森の中をひたすら歩いて、辿り着いたのは、小さな村だった。
さらに進んで、少し大きめの建物の前で止まる。
建物の入り口には『喫茶 ルクルエ』と書かれた看板。
その真下には『本日休業』と書かれていた。
「ここが、あたしの家。…正確には『あたしが住み込みで働いてるお店』だよ。…ささ、入って」
言われるままに、彼女の後についていく。
入った途端、木材の匂いが鼻をくすぐった。
それに混じる、微かな食べ物の匂い。
まさに『森の奥の食事処』といった具合だ。
「そこで座って待ってて」
カウンターの席に案内された。
「うん、ありがとう」
僕が答えると、女の子はその奥に行き、棚に手を伸ばす。
「うーん…、今すぐ食べられるのは、これかな…」
ボウルのようなものを、僕の目の前に置いた。
「これは…?」
中には、団子みたいなものがたくさん入っている。
「キビィだよ。…知らない?」
首を振って見せる。
「いろんな果物を混ぜて、魔法で固めたものだよ。保存食だからそんなに美味しくはないけど、コンパクトで腹持ちもいいから、ダンジョンの散策の時なんかに便利なんだ」
へぇ…。
「ごめんね。本当は何か作れたら良いんだけど、あたし、料理はそんなに得意じゃなくて…」
「そんな、充分だよ」
とりあえずひとつ摘んで、食べてみる。
程よい甘み。少しモサモサした食感だけど、水分が欲しくなる程でもないというか。
うん…これはこれで。
「…美味しい」
「ほんと? よかった」
僕が笑って見せると、女の子も笑ってくれる。
「そのキビィはね、あたしが作ったんだ」
「そうなの?」
さっき、料理は得意じゃないって聞いたけど…。
「うん。実は、お店のメニューにもなってるんだよ。『フレイナのキビィ』。…あんまり注文は入らないんだけどね」
「フレイナ?」
「あたしの名前。…って、そっか、まだ名乗ってなかったね」
…そういえば、僕もだ。
「ああ、ごめん。…僕は、育美良生っていうんだ」
「ハグクミーセ…くん?」
…なんか違う。
「育美、良生。…良生でいいよ」
「…イセくん、だね。わかった」
女の子は頷く。
「あたしは、フレイナ。よろしくね、イセくん」
「うん、よろしく」
そんなふうに、お互い自己紹介を終えたとき。
お店のドアが開いた。
「ただいまー。…はー。疲れたぁ」
入ってきたのは、30前半くらいの女性。
二つの大きな袋を持っている。
「フレイナ、運ぶの手伝って…って、あら、お客様?」
その目が僕を捉えた。
「ごめんなさい、今日は休業日なのよ」
「あ、違うのジュルンさん。この人はお客様じゃなくて…」
「えっ、じゃあ、フレイナのお友だち?」
「ええっと、友だちっていうか、会ったばかりなんだけど…」
この人は、この店で働いている人だろうか。
それなら、挨拶しないと。
「すみません、お邪魔しています。僕は、育美良生といいまして」
「そうそう、イセくんって言うんだよ。…旅人さんなんだけど、パロポロの実を食べようとするくらいだったから、ほっとけなくて…」
フレイナが補足してくれると、女性は目を見開く。
「ええっ!? …そこまでの人なら、確かに、ほっとけないわねぇ」
女性は僕の前に来た。
「はじめまして。私はジュルン。この店のオーナーシェフをやっているわ」
「はじめまして。…それから、すみません。お休みなのにお邪魔しちゃって…」
「いいのよ、そんなこと。…って、そうだ、じゃあイセくん、お代ってわけじゃないけど、ちょっと手伝ってくれない?」
ジュルンさんは、持っていた袋を一つ、僕に向けた。
ああ、僕に運んでほしいってことかな。
「わかりました、お手伝いします」
袋を受け取る。
「イセくん、あたしも手伝うよ」
フレイナが僕の持つ袋に手を当てた。
すると、なんだか急に軽くなる。
「あれ…?」
よく見ると、袋の下に、魔法陣のようなものが付いていた。
「ジュルンさんも」
「はい、お願いね」
フレイナが差し出した、もう片方の手。
そこにジュルンさんが袋を当てると、僕が持つ袋と同じように、下に魔法陣が浮かんだ。
「あー、いつもながら、助かるわ」
「ううん、気にしないで」
…うーんと、ひょっとして。
「これも、フレイナの魔法…?」
「うん。そうだよ」
驚いた。フレイナは、本当に魔法が使えるんだ…。
やっぱり、魔法って、実在してたのか…。
「じゃあ、食料庫に行きましょうか。イセ君もついてきてね」
「あっ、はい」
ジュルンさんとフレイナが歩き出した。
僕が後ろに着くと、それを確認した二人は、歩きながら会話を始めた。
「…今日は、荷台陣使わなかったの?」
「それがね、近頃、隣町への大通りに、モンスターが出るようになったらしいのよ」
「えっ! じゃあ、隣町には行けないの?」
「行けない、ってことはないらしいわ。…でもホラ、運び屋さんの特型荷台陣って、大きくて目立つでしょ? 運ぶのは食べ物だし、モンスターに襲われたら大変じゃない」
「じゃあ、運び屋さんはしばらくお休み…?」
「私もそう思ったんだけど、それはそれで困る人がいっぱいいるから、むしろ普段より運べない分、沢山往復してるんですって」
「そうなの? …大変だなぁ」
「ええ。…だから彼のためにも、ウチも明日からはお店は開けないことにするわ。常連さんへのお弁当配達に専念しましょう」
「うん、あたしも、そのほうがいいと思う」
二人の話はよくわからないので、僕は黙ってついていく。
「…イセ君も」
と思ったら、ジュルンさんが僕を振り向いた。
「旅の人ってことは、寝るところも決めてないんでしょ?」
「えっ、…まぁ、はい」
そういえば、全く考えていなかった。
「だったら、とりあえず今夜はウチに泊まって行きなさいな。部屋も空いてるし。貸してあげるわ」
「えっ、いいんですか?」
そう言ってもらえるのは、とても嬉しい。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「オッケーよ。…じゃあ、これが終わったら部屋を案内するわね」
ジュルンさんは優しく笑ってくれた。