空き部屋の掃除をしたら、いつのまにか、夜になっていた。
でも、ものすごく快適な場所になった。
元々誰かが住んでいたのか、ベッドがあったので、寝転んで、休憩する。
そうしてふと、考えてみる。
「…魔法、か…」
実在するなんて、思ってなかった。
けれど、フレイナの様子や、ジュルンさんの反応から見ても、あの二人にとっては当たり前のことのようで。
そういえば、ダンジョンとか、モンスターとか、そんな言葉も飛び交っていた。
…まるで、ロールプレイングゲームだ。
「…あれ?」
今一度、自分の状況を整理する。
僕は一度死んだ。
と思ったら、真っ暗な空間にいた。
光の人に会った。
カイザーを腕につけられた。
見知らぬ森にいた。
果物を食べようとしたら石化しかけた。
魔法を見た。
ダンジョン。
モンスター。
まさか。ひょっとして…
「異世界転生、ってやつなのかな」
そんなことを呟いた時、
どすんっ!
「あいたっ!」
隣の部屋で大きな音と、大きな声がした。
あっちには、フレイナがいるはずだ。
何かあったのかな。フレイナの部屋の前に立つ。
「フレイナ?」
「あ、イセくん! ちょっと手伝って!」
「え、うん。…お邪魔します」
部屋のドアを開けると、フレイナは、大きな箱の下敷きになっていた。
「うわ、大丈夫!?」
駆け寄って、それをどかす。
「ありがとう。…えへへ、ちょっと、召喚座標を間違えちゃって」
「召喚座標?」
「うん。久しぶりに出したから」
フレイナが立ち上がって、箱を見る。
「えっと…あっ、ここか」
フレイナが手を当てると、箱はパタパタと折り畳まれていった。
小さな板になって、フレイナの手の中に収まる、
そして、箱の中に入っていたのは…。
「なに、これ?」
見たことのないものだ。
長い棒の先に、大きな機械が付いている。
「何って、ホウキだよ」
「ほ、ホウキ?」
ホウキって…、
「ホウキってあの…掃除に使うやつ?」
「うん。…ま、まぁ、原形を留めてないのは、認めるんだけど…」
フレイナが言うとおり、それはホウキというには、かなり特殊な見た目だった。
たしかに、全体をフワーッと見れば、そう見えなくもない。
先端が細くて、後ろに大きなものが付いてて、その末端に円筒がたくさんついてて、末広がりになっている。
けど、なんというかこう、手作り感がないというか、工業製品みたいというか…。
「これで…掃除をするの?」
「ううん、これはもう、掃除道具としての機能はないから」
じゃあ、なんでホウキなんだろう。
「これはね、あたしの魔装具なんだ」
「…まそーぐ?」
「そう。いろんなことができるんだよ。…ほら!」
魔装具と呼ばれたホウキのようなものが、少し光った。
円筒が、パタパタと音を立てながら移動する。
やがて、そのうちの一本が、こぼれ落ちた。
「わわっ、と」
僕の目の前だったので、思わずキャッチする。
「…なに、これ?」
「開けてみて」
言われるまま、円筒を良く見つめる。上の方が少し材質が違う気がした。
まるでステンレス製の水筒みたいだ。
回すと開くのかな。
カポッ。
中には液体が入っていた。
暖かいものなのか、湯気が溢れ出して、僕の鼻をくすぐる。
「いいにおい…」
なんだろう、コレ。
なんとなく、コンソメスープを彷彿とさせる香りだ…。
「それは調魔液。魔装具の中の残存魔力が、熟成されて液体になったものだよ」
ちょうまえき…。
美味しいのかな。ちょっと口を近づける。
「わ、ダメっ!」
慌てて、フレイナが円筒を奪い取った。
「ちょっと、イセくん! 調魔液を飲もうとするなんて、おかしいよ!」
えっ…?
「そうなの?」
「そうだよ! お腹壊しちゃうよ!」
「…そうなんだ」
美味しそうな香りなんだけどなぁ。
「もうっ! …グーニルといい、イセくんはなんでもすぐに食べようとするね…」
フレイナは円筒を傾けて、調魔液を空中に垂らした。
うにょーん。
完全な液体というより、スライム状の何かのようだ。
濃い紫色をしている。
「これはね、こうするの」
フレイナは、それをこねこねと混ぜ合わせる。
やがて大きく引き伸ばし、ナスみたいな形になった。
さらに、フレイナは指先に魔法陣を浮かべて、ナスを通す。
ナスは赤茶色に変わった。
「これをこうして…はい、完成!」
赤茶色のナスを魔装具の上に乗っけて、フレイナは両手を広げた。
「じゃじゃーん! イセくんの席です!」
「…僕の席?」
「うん。さ、一緒に行こう?」
「行くって…どこに?」
話の読めない僕に、フレイナは笑顔で答える。
「モンスター退治、だよっ」
とにかく乗ってと言われたので、僕はフレイナが用意してくれた椅子に座った。
フレイナも、僕の前に横座り。
すると、ホウキは宙に浮いて、夜空へ飛び立った。
「わっ…すごい、飛んでる…」
思わず声が漏れる。
「えへへ。これも、あたしの魔法だよっ」
空飛ぶ魔法のホウキ…。
まるで、夢でも見てるみたいだ。
「さて、モンスター退治のために、大通りに行くよ!」
「えっ、僕、そんなことしたことないよ…?」
「大丈夫。あたしがやっつけるから。イセくんには、それを見てほしいんだ」
見てて、と言われても…。
「実はね、あたし、めっちゃ強い魔女なんだよ」
「…そうなの?」
そんな風には見えない。
「そう! …まぁ、普段は秘密にしてるんだけどね」
「秘密…?」
じゃあなんで、僕には見せてくれるんだろう。
そう聞き返そうとした時、フレイナは自慢を見た。
「あっ、そろそろモンスターが出たところに着くよ」
ホウキがゆっくり降下して、地面にたどり着いた。
座っていた僕たちが降りると、ホウキは小さくなって、フレイナの手の中に消える。
「じゃあイセくん、しっかり見ててね。…今から、モンスターをおびき寄せるから!」
ゴワッ!
フレイナが両手を地面につけて、大きな魔法陣を浮かべた。
「さあ、来いッ」
魔法陣は、夜の闇の中で怪しく光る。
光が中心にあつまり、黒い物体を呼び出した。
うにょーん。
物体は、魔法陣の光に引っ張られるように、細長い体を空へと伸ばす。
そのうち、顔みたいなものが現れた。
なんだか、ヘビみたいな生き物だ。
体長4メートルほどだろうか。
「…やっぱり! またキミだったんだ!」
キュオーッ!
フレイナの声に、ヘビが威嚇の声を出す。
「懲りないサーペントくんめ! 何度来ても、あたしが追い払っちゃうんだから!」
フレイナは空に手を掲げ、手の中がらホウキを出現させた。
フレイナはホウキをつかむと、それを頭上でぶんぶん回す。
その間に、ホウキの円柱の配置が変わっていく。
「勝負だっ!」
フレイナが振り下ろすと、それはもうホウキじゃなくて、大きな槍になっていた。