2-1「薬草畑」
この世界には、『妖精』という存在がいる。
妖精たちは、いわば自然の管理者。
普段は、人の目には見えない。
でも、この世界の自然は、そのほとんどが、妖精の営みによって育まれている。
多分、微生物みたいな存在…だと思う。
妖精は、自然の変化にとても敏感だ。
妖精自身の意思とは関係なく、周囲の環境に強い影響を受ける。
特に、人の「負の感情」を浴び続けると、妖精は突然変異を起こしてしまう。
本来、管理するはずの自然や生命を、壊そうとしてしまう。
そして、人の目にも、禍々しい姿で写るようになる。
そんな状態の妖精を、人は『モンスター』と呼ぶ。
モンスターは、その体から負の感情だけを取り除けば、無害な妖精に戻る。
それができるのは、優れた魔法や、なんらかの術を使える人間だけ。
そして、この行いを、人は『浄化』と呼ぶ。
フレイナの解説をまとめると、こんな感じになった。
「…なるほど、なんとなく、わかったよ」
「それならいいんだけど…」
フレイナは、不思議そうに僕を見ている。
「本当に、知らないでやってたんだね…。なんていうか、信じられないっていうか…」
「そ、それは…そうかもしれないけど…」
僕にも、よくわからない。
カイザーと一つになって、大きくなって。
その後のことは、勢いというか、なんというか…。
「無意識にやってた…ってことだよね?」
「…うん。…なんていうか、『こうしたほうがいい』って思ったことを、そのまましたというか…」
正直なところ、僕もちゃんと説明できる自信がない。
「上手くいえないんだけど、体が勝手に動いた…っていうか…」
そう付け足したけど、自分で言ってて、変な感じだ。
「うーん…」
フレイナは困った顔をしていたけど、
「…うんっ、まぁ、いいや!」
やがて、こくんと頷いた。
「とにかく、イセくんはすごい! ってことだね!」
そう言ってくれる。
けど…、
「…うん…」
僕自身は、まだ納得できない。
自分の力。
この世界に来る時に、光の人がくれた力。
僕の思う、僕の力…。
「あれが…僕の、力…?」
そうだという、実感がない。
僕にできること、だとは思えない。
まるで、違う人のことを考えているようで。
でも。
機械は、僕の左腕にある。
「これが…、僕の…?」
…やっぱり、信じられない。
さっきまでのことが、全部夢だったのかもしれない。
…もしかして、異世界に来たといえことすらも、長い夢の中なのかな…。
「ねぇ、イセくん」
気づけば、フレイナが僕を見ていた。
「…今日のこと、みんなにはナイショにしておくね?」
…気を遣ってくれるのかな。
「うん。…ありがとう」
答えると、フレイナは優しく笑ってくれた。
「じゃ、帰ろっか」
ホウキを出して。
「…あっ、そっか。折れちゃったんだっけ…」
結局、その夜はカイザーに乗って帰った。
翌朝。
借りた部屋で目を覚ますと、厨房からいい匂いがしていた。
覗いてみると、ジュルンさんが料理をしている。
「あら、イセくん? おはよう」
「おはようございます、ジュルンさん」
挨拶を交わすと、ジュルンさんは料理の手を止めた。
「ちょうど良かったわ。フレイナを迎えに行ってくれないかしら?」
「フレイナを?」
「ええ。裏山の薬草畑に行ってるはずなんだけど、いつもより帰りが遅いから…」
言いながら、ジュルンさんは紙に何かを書いている。
「…はい、これ」
やがて、その紙を僕に渡した。
手書きの地図だ。
「目印を辿っていけば、迷うことはないと思うけど、お願いしてもいいかしら?」
見ると、とてもわかりやすく書いてくれている。
これなら確かに、僕一人でも行けそうだ。
「わかりました。行ってきます」
「ありがとう、お願いね」
ジュルンさんに笑顔で返して、僕はお店を出た。
地図を頼りに、薬草畑まで来た。
ここにフレイナが居るって聞いたけど…。
「…いないなぁ」
フレイナの姿は、ぜんぜん見えない。
どこかで入れ違っちゃったのかな。
「フレイナー」
名前を呼んでみる。
すると、
「うん? あ、イセくん!」
少し離れた場所に、フレイナの頭が見えた。
どうやら、穴に入っているらしい。
「…何をしてるの?」
近付いて、聞いてみる。
「魔法石を掘ってたの。ほら」
フレイナは、左手に持ったものを僕に見せてくれた。
「これがあれば、折れちゃったホウキも直せるはず…」
…なるほど、そのための材料を掘っていたのか。
「そういえば、なんでイセくんがここに?」
「ジュルンさんに、フレイナを迎えに行ってほしいって頼まれて」
「えっ? …あっ!」
フレイナは魔法陣を浮かべて、それを見る。
「やっぱり、もうこんな時間…」
魔法陣の文字は読めないけど、どうやら時刻が書いてあるらしい。
携帯電話の画面で時間を確認する…みたいなものなのかな。
「帰ろう、イセくん。薬草は摘み終わってるから」
穴から出て、帰路を辿ろうとするフレイナ。
僕もついていこうとしたけれど、
「…あ、そうだ」
途中で止まった。
「今ここで、ホウキを直して飛んだ方が早いかも!」
そして、右手を上に掲げる。
魔法陣が浮かび、その中から、真っ二つに折れてしまっているホウキがゆっくり降りてきた。
「これと、これを…えいっ!」
フレイナは、左手の魔法石を軽く投げた。
折れたホウキと魔法石が、同じ高さに揃ったところを、両手でパン、と叩き潰す。
再び手を開くと、そこにはクリーム色のボールのようなものが浮かんだ。
「こうして、こうして…」
両手でボールを持って、左右に引っ張る。
びよーん。
ボールは大きく広がった。
フレイナはまた両手を閉じて、ボールを小さくする。
びよーん。びよーん。
同じことを何度か繰り返す。
空中で、パンの生地をこねているみたいに。
「…よし、いい感じ!」
そのうち、フレイナはボールを、右手の指の上でクルクルと回し始めた。
ボールを左手でちょいとつまむと、ボールは糸を伸ばしはじめる。
フレイナの手が遠ざかるほど、糸は伸び続けて、ボールは小さくなっていく。
毛糸の玉をほどいているみたいだな…なんで思っていると、ボールは完全に、一本の糸になった。
「あとはこうして…」
フレイナは糸の先端を合わせて、輪っかを作る。
その中に両手を通して、拍手を始めた。
「ま・ほ・う・の・ホ・ウ・キ!」
リズムに合わせてそう言うと、7回目の拍手が終わった時、糸が光って、彼女の頭上に舞い上がる。
「でーきたっ!」
言いながら振り上げた右手に、フレイナのホウキが落ちてきた。
昨日、僕を乗せて夜空を飛んだ時の姿で。
「修復完了! すごいでしょ?」
得意げに僕を見るフレイナ。
「…うん、すごいよ。びっくりした」
魔法みたいだ、なんで言おうとして、やめる。
みたいじゃなくて、本当に魔法なんだから。
「えへへ。…さて、じゃあイセくん、昨日みたいに、後ろに乗って?」
「うん」
僕らはホウキに乗って、昨夜のように、空へと飛び上がった。
山の木々の高さを超え、視界が急に広がる。
それは、夜では気付けなかった、色鮮やかな景色で。
「…すごい」
思わず、そんな声が出た。
「ちゃんと座っててね、イセくん」
フレイナの声に、我に帰る。
「スピード出しちゃうよ!」
「えっ? …うわわっ!」
ホウキが加速した。
すごいスピードだ。これなら数秒でお店に戻れる。
そう思ったんだけど…。
ベキッ!
「あっ!」
僕の乗っていた座席が、大きな音を立てて、ホウキ本体から外れた。
「うわあああっ!」
勿論、そこに乗っている僕も、吹き飛ばされてしまう。
「イセくんッ!」
フレイナが気付いて、急旋回して僕に手を伸ばした。
「捕まって!」
僕も手を伸ばし、彼女の手を掴む。
なんとか助かったけれど、その衝撃で、ホウキの軌道が大きく変わった。
「うわわわわっ!」
下降し、木に衝突しそうになる。
「上がれぇぇーっ!」
フレイナが叫びながら、ホウキを持ち上げた。
ホウキは急上昇して、なんとか衝突を避ける。
「なんとか、避けられたね…」
避けた木を見ていた僕は、フレイナに向き直った。
「うん、でも…」
その顔が引きつっている。
「あがったのはよかった。よかったんだけど…無理に持ち上げたから…」
その左手に、ホウキの先端の棒を持っている。
僕らが乗っているはずの。
「また、折れちゃった…」
苦笑いを見せてくれる。
…いや、ちょっと待って。
「折れちゃって、じゃあ…」
「うん…」
僕らの上昇が止まった。
「お…」
「お…」
一瞬、ふわりとした感覚。
「「落ちるゥーーーーーッ!!」」
声を重ねた僕らは、言葉通り、重力による落下を始めた。
「ふ、フレイナっ!」
なんとかならないの、と聞こうとしたけれど、
「おちる!ぶつかる!死んじゃうーっ!」
ダメだ、パニックになってる。
ここは、僕がなんとかしないと!
「なんとかしないと! なんとか…」
上着を脱いで、ムササビみたいに…なんて考えたところで、気がつく。
左腕の機械。
そうだ、今の僕にはこれがある。
うまくできるかわからないけど、やるしかない!
「勇合転生!」
輝き出した左腕を中心に、カイザーが描かれていく。
半透明に描かれたそれは、僕の体を包み込んで、車から人へと形を変える。
僕の意識が大きくなって、カイザーの中に溶ける。
『ふんっ!』
足が、地面に着いた。
屈伸で衝撃を和らげながら、後から落ちてくるフレイナを視界にとらえる。
受け止めなきゃ!
『ボールド・ハンド!』
モンスターの尻尾を受け止めた時のように、掌からエアバッグを膨らませた。
これなら、彼女を落下の衝撃から守れる。
そう思ったけれど、
ぼよーん。
「きゃーっ!」
膨らんだ掌は、逆にフレイナを弾き上げた。
『しまった!』
エアバッグが強すぎたんだ。
少し空気を抜いて、改めてフレイナの落下予想地点に向かう。
『ここだっ!』
ぼよーん。
また弾いてしまった。
「あーん!」
フレイナは舞い上がる。
『…まだ強すぎたか!』
更にエアバッグの空気を抜き、落下予想地点へ移動、また彼女を受け止める。
ぼよーん。
「わーん!」
『またしても!』
空気を抜きながら移動。
受け止める。
ぼよーん。
「やーん!」
『くそっ!』
空気を抜いて移動。
受け止める構え。
ぼよーん。
「ほぇーん!」
『もっとか!』
移動。
構え。
ぼよーん。
「ふぇーん!」
『ぬぅっ!』
移動。
構え。
ぼよーん。
「うわーん!」
『くぅ…っ!』
キリがないかと思ったが、フレイナが弾かれる高度は、着実に低くなっている。
次こそ…!
『来いッ!』
ぽよん。
「わっ!」
弾かれてしまったが、その高度を大きく下げることができた。
『今だっ!』
あとはこのまま、彼女の動きを見ながら、手を添えて…。
ぽよん。
ぽよん。
ぽよぽよぽよぽよ、ぽんぽんぽんぽん、ぽぽぽぽ…。
最終的に、フレイナはその両足で、しっかりと僕の手の中に着地した。
「『ふぅ…』」
思わず、二人揃って息をつく。
『…怪我はないか?』
「う、うん。大丈夫…」
そうは言うけど、フレイナはまだ落ち着けていない。
『すまない。余計危険な目に合わせてしまって…』
「大丈夫だよ! ほら、あたし、どこも怪我してないし!」
すくりと立ち上がったフレイナ。
その顔が、また少し引きつる。
「あー…、うん。ええと…」
僕の背中の、その向こうに視線を向けて。
「…大丈夫なのは、あたしだけ、かも…」
振り向いた僕の後ろには、山の地肌が露出した、一本道が出来ていた。
その先には、クレーターのような窪みもできている。
『これは…』
僕がフレイナを追った時、こんな風にはなっていなかった。
『いつのまに、こんなことが…』
地肌の露出は、僕の足の下まで続いている。
…僕の、足の下?
思わず片足を上げた。僕が踏んでいたポイントか、地肌と草原の境目になっている。
そうして、ようやく気がついた。
『そうか…。私が、やったのか…』
その後、すぐに僕は人間の姿に戻って。
僕らは歩いて山を降りた。