店に帰ると、僕とフレイナは、ジュルンさんにお手伝いを頼まれた。
常連さん達への、お弁当の配達だ。
ジュルンさんから地図をもらい、僕とフレイナは村を周り、あちこちにお弁当を届けてきた。
そんな中、いろんな人が、噂をしているのを聞いた。
「山に巨人が現れて、山を荒らして消えた」
と。
さいごの弁当を届けた時も、お客さんが、フレイナにその話を振った。
「…どう思う? フレイナちゃん」
「うーん…」
小太りのおじさんを前に、フレイナは返答に困っている。
「おじさんはね、その巨人、最近噂になってるモンスター達の親玉だと思うんだよ」
おじさんは、フレイナの困った様子に気づかない。
「モンスターは本来、衝動のままに目的もなく暴れるモノだ。…けどね、世の中には、モンスターの破壊衝動を刺激して、意のままに操る奴もいる。都の友達が言ってたよ。そいつは人間の姿をしているけど、バケモノみたいな力を持っているんだって」
「へ、へぇ…そうなんですね…」
捲し立てるように喋るおじさんに、フレイナは愛想笑いを浮かべている。
なんというか、あからさまに『苦手な客をを相手にしている時』の反応だった。
「おじさんはね、フレイナちゃんが心配だよ」
そんな中、おじさんは、両手でフレイナの手を取った。
「そうだ、おじさんがルクルエを警備してあげるよ。それならフレイナちゃんも安心だろう?」
「え、ええ…と…」
フレイナの顔が、更に引きつる。
「そうだ、いっそフレイナちゃん、しばらくうちに住むかい? もちろん、お金なんていらないからさ」
「あの、お気持ちは嬉しいですけど、そこまでは…」
フレイナは、取られた手をさりげなく引き抜こうとするけど、おじさんにぐっと掴まれてしまう。
…これ、僕が間に入ったほうがよさそうだな。
「あの、すみません。僕らまだ、配達があるんで」
「誰だね君は。黙っていたまえ」
僕の声は、一瞬で蹴散らされた。
「前々から気になってたんだ。ジュルンも悪い人じゃないけど、モンスターと戦う力はない。フレイナちゃんの安全のためには、おじさんの家にいたほうがいい。ね? そうしようよ」
ぐいぐいと迫ってくるおじさんに、フレイナは冷や汗を浮かべはじめる。
「大丈夫。空き部屋ならあるさ。ジュルンには、おじさんが伝えておくから。ほら、こっちにおいで?」
「いえ、お、お仕事もあるし…」
フレイナは、無理にでも手を引き抜こうとする。
「そんなの、そこの男に任せればいいじゃないか」
おじさんは僕を指差し、声を荒げた。
手を離す素振りは見られない。
「でも、やっぱり遠慮します!」
「いいからいいから!」
見てられない。
「その辺にしてください」
僕は文字通り、二人の間に割って入った。
繋がれた手を上から叩き、強引に離させようとする。
しかし、
「君には関係ないだろう?」
僕の手は、おじさんとフレイナの手の上で止まった。
今一度、力を加えて下ろそうとするけど、びくともしない。
「引っ込んでいてくれないか?」
おじさんの、冷たい声。
「い、イセくん…!」
フレイナの、震える声。
「…そういうわけには、行きません!」
僕は右腕を振り上げて、今一度、今度はかなり強めに、二人の手の上に叩き付けた。
けど…、ダメだ、やっぱりビクともしない。
「…邪魔をしないでくれるか?」
おじさんは、冷たい目で僕を見る。
…確信する。
この人は、危ない。
「いい加減にしてください!」
両手を組んで振り上げて、全力で振り下げる。
今度こそ、絶対にこの手を離させる。
そう思ったけれど、これでもダメだった。
どうなっているんだ?
まさか、これも魔法…?
「君には関係ないと言っているんだ」
その可能性に気がつくのは、少し遅かった。
「えっ!?」
気付けば、僕の手首には輪っかのようなものが付いている。
「うわっ!」
輪っかが僕の腕を引っ張り、ものすごい力で壁に引き寄せられた。
つられて僕の体も、壁沿いに移動し、二人から遠ざけられてしまう。
「イセくんっ!」
「フレイナ…っ!?」
声に応えて近付こうとするけど、腕が壁から離れず、動けない。
「大人しくしないからだ」
そう言って、おじさんはため息をついた。
「だいたい何なんだよ、君は。せっかくフレイナちゃんが一人で会いに来てくれると思ってたのに…」
フレイナから片手を離し、僕に向ける。
「せっかく、自然に魔素をもらうキッカケができたんだ…」
おじさんの掌から魔法陣が浮かぶ。
途端、僕は腕だけじゃなく、全身を壁に貼り付けられた。
「がはっ!?」
なんだこれ。
まるで、壁全体が強力なテープにでもなったみたいに、僕の体は全く身動きが取れなくなってしまった。
「君は、特定転移、という魔法を知っているかい?」
更に、おじさんの手には別の魔法陣が浮かぶ。
「予め『マーカー』を描いた場所に、あらゆる物質を転移する魔法なんだけどね」
新しく浮かんだ魔法陣は、じわじわと僕に近づいてくる。
「以前、観光で離島に行った時、マーカーを描いておいたんだ」
魔法陣が、大きくなり始めて、
「おじさんの言いたいこと、わかるかな?」
僕の体より大きくなった。
「その島、ここからとても遠いんだよ」
…ッ!?
全身に悪寒が奔る。
まさかこの人、魔法で僕を遠くの島にワープさせるつもりなのか…!?
「こ、このっ!」
なんとか壁から離れようとするけど、ダメだ、やっぱり動けない。
一方で、大きくなった魔法陣は、僕の眼前まで迫る。
「う、動けっ!」
動いてくれ、僕の体!
このままじゃマズい! このままじゃ…!
辛うじて頭が動いて、左腕が視界に映る。
そうだ。
『これ』なら、もしかしたら。
「大丈夫。夏まで待てば、観光船が通るようになるからね」
おじさんの声と共に、魔法陣が、僕の目と鼻の先まで来た。
迷ってる時間はない。
やるしか、ない。
目を瞑り、叫ぶ。
「勇合転生!!」
再び目を開けたとき。
大きくなった僕の左手の上に、フレイナが居て。
僕の周りには、大量のゴミが散らばっていた。
それに気づいてから、更に数秒が経過して。
そのゴミがさっきまで、おじさんの家だったものだと気付いた。
思わず息が漏れる。
『間一髪、といったところか…』
今一度、左手の上に居るフレイナを見た。
『怪我はないか?』
「…えっ? …う、うん。大丈夫…」
僕を見上げて、フレイナは頷く。
その視界の奥で、僕は小さな人影が動くのを見つけて。
『待て!』
左手を背に隠し、代わりに右手で、人影を捕まえた。
「ひいっ!」
間違いない。さっきのおじさんだ。
『…さっきは、随分痛めつけてくれたな』
摘み上げ、睨みつける。
「か、勘弁してくれ! どうか、どうか命だけは!」
みっともない顔で、涙を流すおじさん。
僕の姿が大きくなったから、身の危険を感じたのだろう。
なんて都合の良い人なんだ。
少し、懲らしめてやろう。
『…いいだろう。許してやる』
おじさんを地面に下ろした。
すると、彼は一目散に逃げ出す。
『この一発でな!』
その眼前に、僕は全力で足を踏み込んだ。
おじさんの顔に触れるか触れないか、というギリギリの距離。
「ぎゃあああああーっ!」
情けない悲鳴と共に、おじさんは飛び上がり、泡を拭いて気絶した。
『フン、良い様だ』
僕の口は、そんなことを言った。
「逆転生」
僕の体が元の大きさに戻り、フレイナが隣に立つ。
「イセくん、大丈夫?」
そうしてすぐに、フレイナが心配そうに聞いてくれた。
「えっ? うん。僕は全然、なんともないよ」
「それならよかった…」
彼女はホッと胸を撫で下ろして、遠くを見る。
つられて僕もそっちを見ると、そこには、泡を拭いて倒れているおじさんが居た。
あの様子なら、しばらくは意識が戻らないだろう。
なんで思った直後、隣でドサッと大きな音がする。
見ると、フレイナが地面に膝をついていた。
「あ、あれ…?」
小さく体を震わせる。
「あ、あはは…」
笑い声を出すけれど、それは絞り出すかのようで。
「…なんか、今になって、怖くなってきちゃった…みたい…」
自身の体をぎゅっと抱きしめて、うずくまる。
「さっき、あたしの魔素を貰うって…」
怯えている。
「あたし、魔素をとられかけたんだ…」
僕を見上げる。
「イセくんにも…あんなこと…」
目に涙を浮かべた。
「あ、あはは。…イセくん…」
それを拭おうとした手で、顔を隠す。
「あたし…すっごく怖かった…」
膝を抱えて、ぎゅっと座り込む。
「怖かったよ…っ」
言葉になったのは、そこまで。
あとはひたすら、声を殺して、顔を隠して。
泣き続けた。
ただ、静かに。
「…うん」
僕は、彼女の肩に手を置いた。
「…もう、大丈夫だよ」
本当は、もっと気の利いたことを言いたかったけれど。
「…大丈夫」
…結局、ありきたりな言葉を告げるしか、できなかった。
ジュルンさんが駆けつけたのは、フレイナが落ち着いた頃だった。
「フレイナ! イセくん!」
血相を変えて、僕とフレイナの肩を掴む。
「大丈夫? 怪我してない? 何もされてない?」
「…う、うん。大丈夫」
「大丈夫です」
フレイナと僕が答える。
「良かった…。トアロの家が壊れたって聞いたから、心配で心配で…」
言いながら、フレイナの目をじっと見つめる。
…トアロというのは、おじさんの名前なのかな。
「…うん、大丈夫そうね。とにかく、帰りしよう。…トアロなんかのせいで、変な噂が立ったら大変よ」
背中を押されつつ、僕とフレイナは、ジュルンさんと共に、ルクルエへと帰った。