竹林には熱風が吹き荒れる。
蓬莱人たちの戦いは未だ衰えを知らない。
もはや、そこには言葉という知的概念はなかった。
在るのは獣のようなお叫びと、とめどのない死の連鎖。
お互いが完全に死ぬることがないと分かった上での全力の殺意の応酬。
魂のぶつかりあいであった。
不幸にも、その付近に居を構える者たちがいた。
一人の人間と河童だ。
彼らはこの騒ぎを何事かと、様子を見に行ってしまった。
そこにある種の油断が生じていたのには違いない。
男は自分の能力を過信していた。
それが………。
「これ以上近づくのは危険だよ」
「まだ敵の姿すら確認していないんだ。せめて、それくらいはしないと」
「雅、いいかい。他の者に姿が認識されないってのは利点こそ大きいがそれ相応の欠点もあるんだ」
「だからといってこのまま、引き下がるのも危険だ。状況は把握しておかないとまずい」
「あんたの能力は実体が消えるものじゃないんだろ?さっきから行われてるのは広範囲に渡る爆撃のようなものだよ。それを避けれるのかい?」
「大丈夫だ。俺に攻撃は当たらない」
「確証はあるのかい?」
「‥あぁ」
「それでも─「行ってくる」
ひとりがまだ何かを言おうとしていたが、雅は無視して現場へ向かった。
「ヴォ"ォ"ォ"ォ"!」
「アハハハハハハハ!」
踊り狂うかのように二人は肉体を跳ねさせる。
ノーガードの戦いに竹林は悲鳴を上げていた。
地は裂け、竹は塵一つ残らない。
永琳が展開した結界内の三分の二が荒地と化していた。
「なんだ、あれ…」
雅は遠目ながら、その狂気を目の当たりした。
姿こそはっきり見えないが、それらが常軌を逸した化物だということは分かった。
その時、雅の頬に痛みが走る。
「えっ…」
手を当てると血が手についた。いつの間にか頬が切れていた。流れ弾が雅の頬をかすったのだ。
まずっ!
雅は真っ先に退避を考え、行動を取ろうとした。
が、その前に虹色の弾幕が雅に向かって飛んでくる。
あっ、死─
次の瞬間、雅は空を見上げていた。
「えっ、生きて─「この馬鹿っ!何が大丈夫だ!危うく死ぬ所だったじゃないか!」
「あっ、ひとりすまな─「あんたが死んだらあたしは…」
ひとりは涙を流す。嗚咽混じりに何かを言っているが聞き取れない。
「ごめん。ごめんよひとり。もう二度と、危険な真似はしない」
雅はひとりを抱きしめ、背中を撫でながら諭した。
「検知!目標の匂いを検知しました!」
「方角は!?」
「南!竹林方面です!」
「ほんと、貴女って
楓の報告を聞き、花櫚は楓を抱え、全速力で竹林へと向かった。
「なに、これ?」
竹林に近づき、その地の状況が異常だということに気づく。
「もしかして、罠だった?」
花櫚はこの場は撤退すべきかどうか考えた。
不確定要素の多い中であるので、ここは一旦上に指示を仰ぐのが正解だ。
だが、一瞬、たった一瞬、彼女の心の中になにかが沸き上がった。
それは彼女の妖怪としてのプライド。今まで味わされた屈辱。人間ごときに翻弄され続けたこの幾日の鬱憤が彼女の闘争心に火をつけた。
「どうしますか?」
「このまま目標を追うわ」
「…了解しました」
羽根を広げ、再び加速しようとした時、楓は声を上げた。
「目標を視認!こちらへ向かってきています!」
「わざわざお出迎えってわけね」
数秒後、竹林の影から2つの人影が出てくる。
今宵は満月。その姿はよく見えた。
一人の男と河童。
間違いなく、山側が追っていた目標であった。
だが、まだあちらはこちらに気づいていないようだった。
「まだこちらに気づいていないようですが、先に仕掛けますか?」
「ええ、先手必勝よ」
花櫚は楓を下ろして、団扇を取り出し、思い切り振るった。
扇いだ先から真空刃が彼らに襲い掛かる。
かのように思えた。
着弾する瞬間、ひとりは顔をこちらへ向け、腕を払い、真空刃を打ち消した。
「なっ!?」
「…化物ね…」
天狗二名は彼女その剛力に改めて驚いた。
そして来るであろう追撃に備え、構えたが
「逃亡!?」
彼らがとった行動は逃亡であった。
「なぜ逃げるの?!奴らは私たちを誘き寄せたんじゃないの!?」
花櫚は理解できなかった。
この状況も、奴らの考えも。
この時、彼女は思考を放棄し、自らの感情に流されてしまった。
憤怒。
何も理解できないが故の怒り。蓄積されてきたその感情はついに爆発した。
「舐めやがってぇぇぇぇぇ!」
その羽根は反り返り天を指し、体のありとあらゆる血管は筋を張る。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
体を震わせ、全身全霊の力を彼らに向かって解き放つ。
それはまさに嵐と形容すべき暴力。
その凄まじさに空間は歪み、近くにいた獣たちは一瞬で細切れとなった。
それでも
「喝ッッッッッッ!」
この規格外の化物には到底通じるものではなかった。
花櫚の全力の一撃を咆哮だけでかき消した。
「は、はは、こりゃ想定外。……楓、山に戻りなさい」
その事実に怒りは吹き飛び、自身の敗北を悟った。
「花櫚様!私は!」
「いいから!私が時間を稼ぐから早く虎金様を呼んできて!」
「…死なないで、下さい」
楓は自身が出せる最高速度で山へと戻っていった。
「…どうか、彼らがここにいる内に帰ってきてちょうだいね」
花櫚は手汗にまみれた団扇を握り直し、再び戦闘態勢へと入った。
「厄介な奴らに見つかったねぇ」
「どうする?戻るか?」
「いや、竹林に戻る方が危険だ。あれらは私でも手にあまるよ」
「なら、応戦か」
「相も変わらず好戦的だね」
「仕方ないだろ。それしか思いつかない」
「そうだね。ここまできたらもう話し合いを、とも言ってられない。これが終わったら次は地の底か、天の上かにでも逃げようか?」
「俺はひとりと一緒なら何処だっていいさ」
二人が話していると次々に風の刃が降り注いでくる。
ひとりはそれらを全て弾き、或いは打ち消していた。
「こんななまくらじゃ傷一つつかないよ」
ひとりは石ころを拾い、花櫚に向かって投擲する。
花櫚はそれをまるで地上から降ってくる小さな隕石かのように思えた。
打ち払おうとするが、完全には払えず、石は彼女の肩を貫いた。
「ぐぁっ!」
「ほれ、まだまだ行くよ」
ひとりは次々と石ころを拾い、投擲した。
地上から降り注ぐ流星群。
いくら団扇を扇ごうとも、いくら暴風を吹かせようとも、それらは確実に花櫚の肉を削った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「どれだけ離れてても目視できる範囲にいるなら簡単に打ち落とせるよ」
「糞っ…」
もはや力の差は歴然。
たとえ、花櫚がこの場から逃走しようとも誰も彼女を非難したりはしないだろう。
それでも、なお彼女は戦い続けた。
「うおおおっ!」
花櫚は空を蹴り、また蹴り、蹴り、蹴り、加速を始めた。
その速度はもはや同期の天狗でさえも目視できないであろうものだった。
せめて、一撃!この化物に!
速度が最高到達点に達した瞬間、ひとりに特攻を仕掛ける。
鬼ですらも捉えることが難しいこの攻撃を!奴のどてっ腹にぶちこんでやる!
もちろん、その攻撃による体の負担は凄まじい。骨は軋み、肉は骨から剥がれようとする。目は乾き、四肢が千切れるかもしれぬほどだ。まさに捨て身の一撃。
この技を見て虎金は思わずこう声を漏らした。
『まさに
「くらぇっっっっ!」
花櫚が着弾した先は
硬い土の上だった。
「がぁっ…」
同時に頭に強い衝撃が襲う。
「速い。確かに凄まじい速さだったよ。でも、
ぁぁ、悔しいなぁ。一撃も当たらなかった。一矢報いることもできなかった。
───ザシュッ───
地面に倒れる花櫚の胸に刃が突き立てられる。
「用心深いというか、念入りというか。もう戦闘不能だってのに、丁寧だねぇあんたは」
「そりゃ確実にトドメを刺しとかないとだめだろ。実はまだ力が残ってて反撃くらって死にましたなんか洒落にならないぞ」
「確かにそうだ。それに関してはあんたが正しいね」
他愛のない会話を薄れ行く意識の中で、花櫚は耳にいれていた。
だが、その思考は、思いは
虎金さま、ごめんなさい。楓、強く生きてね
愛する者たちへの想いであった。
「悔しかったろうなぁ、花櫚」
空気が一気に重みを増す。
「力が及ばず、それでも立ち向かい、志半ばで絶えた。その悔しさ、我が身のように感じられるよ」
現れるは鬼の四天王 大熊 虎金。
その浮かべる表情はまさに鬼であった。
たとえ、何者であろうと、想うということはなんと尊いことであろうか