まだ五話までしか書き終えてませんが
ひとりが俺と住むと言ってから一晩たった。
何か生活に変化が起きると思っていたがそんなことはなく、昨日は何気ない平穏な日だった。
「おい、薪が無くなりそうだよ」
「そうか、なら取りに行かないとな」
「あんた一人じゃ不安だ。着いていくよ」
こいつと生活してみて分かったことがある。
それはこいつが非常にお節介なやつだということだ。
「ほら、ぼやぼやしてないでさっさと行くよ」
「分かったよ!」
ひとりに急かされながら、二人は薪を拾いに森へと向かった。
「そういえばここは魔法の森と言ってね、あんたみたいな常人じゃあとてもじゃないが居られない場所なんだが平気かい?」
「あぁ、なんともないが」
「へぇ。なら耐性があるみたいだね」
「どういうことだ?」
「ここは他の土地よりも魔力が濃くてね。耐性がない奴だと魔力酔いを起こすんだ」
「そうなのか」
「ま、あんたは心配いらないみたいだね」
「ありがとう、ひとり。心配してくれてたんだな」
「ばっ、そんなんじゃないよ! ただあたしは─」
ひとりと一緒に住むことによって確かに生活は楽になったのかもしれない。ただ、俺は彼女に頼りっぱなしだ。
本当にこれでいいのか?
俺の胸中は未だつっかえが取れない。
「なに俯いてんだい。そんなんじゃ見えるものも見落としちまうよ」
「大袈裟だな」
手頃な木の枝を拾いつつ、俺とひとりは森の奥へと進んでいった。
「ふぅ、少し疲れたな」
「頃合いだね。お昼にしようか」
そう言うとひとりは腰掛けのポーチから包みを取り出し、二つある内の一つを俺に手渡した。
「それ……」
「あぁ、これかい? 意外と便利な代物だよ。見た目よりものが入るんだ。他の奴らはでかい鞄を背負ってるがあたしにはこれで十分さ」
「へぇー」
俺はひとりの説明に感心しながら、包みを開けた。
「これは、美味そうだな」
中には艶のある握り飯と俺が以前から漬けていた山菜があった。
「そうだろう? 不味いとは言わせないよ」
俺は握り飯を手に取り、かぶりついた。
「う、美味い!」
米の甘味とほどよい塩気が絶妙なバランスでほぼ完璧といえる塩にぎりだった。
「へへ、そりゃどうも」
ひとりは嬉しそうに鼻をこすった。
「でもあんたの漬けていたこの山菜も中々いけるよ」
「その漬物は見よう見まねでやったんだがうまくいってよかったよ」
こうして、俺とひとりは楽しい時間を過ごした。
ただ、その間にも俺の頭の片隅には一つの疑問が渦巻いていた。
なぜひとりは本当に俺と住んでくれているのか
常識的に考えてひとりが俺と住むことによって得るメリットはない。
ならば、これは彼女の気まぐれな遊びか? それとも信頼しきったところを裏切って俺を笑い者にするつもりなのか?
俺の考えていることは最低だ。だが、その可能性がないとも言いきれない。
だからといってそのことを言及するつもりもない。俺は今の関係を壊したくないからだ。それに一日でも長く生きていたい。
ひとりの施しを受けながらも俺は常に自己保身だけを考えていた。
「さて、茸でも取って帰るかね。ここで取れる茸は玉石混淆だが質の良いやつはとことん良いんだ」
「本当に物知りだな。お前」
「当たり前さ。何年ここに住んでると思ってるんだい。そこらの奴らとは訳が違うよ」
それにしても物知りだ。水辺の妖怪にしては陸上のことを知りすぎてるような気がする。
「今、河童の癖に陸のことを知りすぎてるって思ったね?」
「あ、いや、別に」
「なに、別に責めてるわけじゃないさ。その理由も話しておこうと思ってね」
理由? なんだろうか?
「この前、初めて会った晩にあたしの皿を見せたろう?」
「あぁ、見せてもらった」
「端的に言えばそれが理由さ。頭の皿が退化したことによって人並みに地上で活動できるようになったのさ。ま、頭のが先か、地上での生活が先か、どっちか分からないがね」
「適応するんだな。妖怪も」
「そういうこった」
ひとりは何でも教えてくれる。聞けば答えてくれるし、聞かずとも勝手に説明しだす。ありがたいがその心遣いが重なる度に俺の心に後ろめたさという重りがミシミシとのし掛かる。
我ながらなんと面倒くさい人間なのだろうか
昔からそうだ。自分では優しいだけと思い込んでたが実際はただ弱いだけ。心が脆いだけなんだ。俺という人間は。
「……あんた、浮かない顔ばかりしてるね」
「っ! そ、そうか? 元の顔の造りがこんなだからそう見えるんじゃないか?」
「ふぅん。話したくないなら話さないでいいよ」
「すまない。せっかく優しくしてくれてるのに……」
「いいさ。あたしの好きでやってるんだからね」
家に帰るまで、ひとりは世間話を交えながらこの"幻想郷"と呼ばれる
家に着いた頃にはすでに陽は傾いていた。
「さぁ、晩飯でも作ろうかね。あんたにも手伝ってもらうよ」
ひとりは籠を下ろし、休む間も無く飯の仕度に取りかかろうとしていた。
「もちろんだ。というより、晩は俺が作ろう。お前は昼の分を作ってくれたし、休んでてくれ」
「そうかい? でもまぁ、なんにせよあたしも作るよ。二人の方が効率がいいだろう?」
「いいのか? 悪いな。それじゃ二人で作ろう」
そうして俺は米と主菜を、ひとりは汁物と副菜を担当し、それぞれ取りかかった。そのおかげで調理はあっという間に終わり、いつもより早い晩飯となった。
「いただきます」
まず汁から手をつける。
「ズズ……。これ
味気ないお吸い物だと思ったがなんとも深みのある味わいだ。こんな出汁、どこで……?
「驚いたかい? その汁に入ってる丸米茸という茸が良い出汁を出すんだよ。生えてる所も比較的取りやすい場所にあって数も多いから人里でも結構使われてるみたいだよ」
「これはいいな」
丸米茸、これを入れるだけで旅館に出てくるレベルのものになるなんて、幻想郷おそるべし。
「く、……んふふふふふ」
何が可笑しいのかひとりはいきなり口を抑えながら顔を背け、堪えきれなかったのか笑い声が漏れていた。
「な、何が可笑しいんだ?」
「いや、ね。あんたがあまりにも良い反応するから面白くてね。……ふふ」
「──ッ!」
ふと見えたひとりの笑顔
人間の形をしているだけなのに
本質は妖怪であるのに
きっと思ってはいけないのに
思ってしまった
想ってしまったんだ
綺 麗 だ
瞬間、俺の中に巣食っていた心の闇が祓われたような気がした。
そして、俺の心に彼女に対する愛おしさが急激に湧いてきた。
彼女の優しさが実感として胸の奥に突き刺さったんだ。
利害なんて、道理なんて関係ない。俺は
「どうしたんだい? 黙りこくってさ。もしかして気にでも障ったかい? そりゃすまないね」
俺は─
「ひとり」
「なんだい?」
「…いや、なんでもない」
「なんだいそりゃ。まぁいいや、とっとと食べて寝な。今日は疲れたろう」
「あぁ、ありがとう。そうするよ」
まだだ。まだ言うべきでない。
告白するにはレベルが違いすぎる。あまりにも俺が未熟すぎる。もっと、もっと強く。ひとりを守れるぐらいに強くなってからでないと。ひとりにふさわしい男にならないと─!
飯をかきこみ、俺は布団を敷き、就寝態勢へと入る。
「おやすみ、ひとり」
「あぁ、おやすみ」
人も植物も寝静まった頃、ひとりは雅の隣に寝転がり、じっと顔を見つめていた。
「いつまでそうやって遊んでいるつもりなのかしら?」
「無論、死ぬまでさ。黙って
突然、天井から放たれる声にひとりは動じることなく声を返した。
「あなたとはそこそこ長い付き合いだったわね。もう少し賢いと思っていたけれど……残念だわ」
「聞こえなかったのか? 黙って
「まぁ人聞きの悪いこと。この郷に住む者たちの監視は賢者としての当然の責務。それに私は他にも結界の管理とか色々してるのよ」
「ふん。あたしは知ってんだよ。今現在に結界の管理しているのは巫女とあんたの式さ。育成だかなんだか知らないがあんたは今結界について何も触れていない。つまり、あんたが今してるのは監視という名の覗き見という悪趣味なことだけさ」
「相変わらず口が減らないわね」
「なに、何でもはぐらかすあんたほどじゃないさ」
「いいかしら。これは忠告よ。妖怪と人間の夫婦なんて不幸しか産まない。それはあなたとこの人間にとってもそうだし、生まれてくる子にだって降りかかる。あなただって分かっているでしょう? 道理から外れたものには相応の報いが─「うるさいね、こいつが起きちまうだろうが」
「それに何か勘違いしてるようだがこいつと契りを交わす気なんて更々ないよ。こんな弱っちいだけの男なんて夫になんかしたくないね。これは暇潰し、ただの遊びさ」
「……もし彼と契りを交わすようなことがあれば厳重な処置を施します」
「勝手にしな。そんなことは無いだろうがね」
ひとりがそう返答した時には天井にあったスキマは既に消えていた。
「雅…」
ひとりは雅の頭を撫でながら眠りについた。
とりあえず五話までは毎日投稿していきます。(ちょっとだけじゃん)
その後は書き終え次第、随時投稿していきます。
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