ある男と河童の道理外   作:ありそーす

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たとえ、壁が多くとも


第四話

「今日はちょいと用があってね。山に行かなくちゃならないんだ。悪いが1日一人で過ごしてもらわなきゃならないんだ」

 

「そうか。気をつけていってこい」

 

「いいかい。いくらあんたの能力があるからってフラフラと色々なとこに出歩くんじゃないよ。この前みたいに─」

 

「分かってる分かってる。用心するよ」

 

「それならいいけどさ」

 

ひとりは下駄を履き、戸に手をかけると

 

「行ってくる」

 

とこちらを向いて微笑んだ。

 

それに俺は

 

「あぁ」

 

としか返せなかった。

 

 

 また、見惚れた。

 

 

 気がつけばひとりはもういなかった。

 

 

 どれくらいボケていたのだろうか。

 

 

顔を パンッ と叩き、気合いを入れる。

 

 

 俺は強くなると決意した。そのためには─

 

 

     鍛練

 

 

 

といっても具体的に何をすればよいのか…。

 

 

 まぁ、とりあえず体を鍛えることから始めよう。

 

 

 まずは、腹筋100回、腕立て伏せ100回、背筋100回………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、そこには息を切らせながら倒れている雅の姿があった。

 

 

 駄目だ。こんなの続けられん。

 

 

結局、合計で100回にも満たずに雅の鍛練は終了した。

 

 

 

「ゴクゴクゴク…っはぁ!」

 

 

雅は桶に顔を突っ込み、そこから水を飲むというなんとも下品な飲み方をしていた。

 

 

「我ながらこんなに体力が無いとは…。継続は力なりと言えど時間がかかるのは好ましくない。どうすればよいのだろうか…」

 

 

じっ…と考え込み、しばらくするとおもむろに立ち上がった。

 

「とりあえず、休憩」

 

雅は家の縁側へ行き、そこへ寝転がり、昼寝を決め込もうとしていた。

 

「無理はいかんね、いかんいかん」

 

先日の決意むなしく、雅は睡魔の闇へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

   ──カァカァカァカァ──

 

「ん、ふぁぁ。ちょいと寝過ぎたかな」

 

烏の鳴き声で目を覚ます。

 

既に日は傾いていた。

 

「ちょいとどころじゃないな…」

 

雅の胸に重石がのし掛かる。

 

「結局、俺なんて駄目な奴なんだよ。変わろうなんて無理な話だったんだ。所詮、俺は…」

 

「悩めるねぇ、若い若い。」

 

茶の間からひとりの声がした。

 

「ひとり!?帰ってたのか! それに今の…」

 

「別に、あたしはそのままでいいと思うけどねぇ。無理に変わろうとしなくても、あんたはあんたらしく生きていけばいい。それじゃあだめなのかい?」

 

「でも、俺は、強くならないと─!」

 

「ここで生きていけない、ってかい?」

 

 違う!俺はひとりを─!

 

「ふふ、なに別にあんたが強く無くともあたしが守ってやればいいだけの話だ。あんたが無理して強くなる必要なんて無いんだよ。だからさ───」

 

 

 あぁ、やっぱり、ひとりは優しいなぁ

 

 

 俺は俺でいいって

 

 

 こんな俺を守ってくれるって

 

 

 だから強くなる必要もないって

 

 

 俺にとって、甘く優しい言葉を

 

 

その時、俺のどこかのネジが外れる音がした。

 

 

 

 ひとりを、汚してはいけない。

 

 

 ひとりを、悲しませてはいけない。

 

 

 ひとりを、傷つけてはいけない。

 

 

ならば、どうすべきか。

 

 

ならば、

 

 

 

 

 

 

こ の 魂 を 削 っ て で も 

 

 

 

俺 が 強 く な れ ば い い

 

 

 

 

「ありがとう、ひとり。でも、俺は決めたんだ。強くなるって」

 

 

雅の目は煌めいていた。

 

 

その輝きは白き希望の光か、それとも──

 

 

「そうかい。それならあたしはもう何も言わないよ」

 

 

ひとりは納得したのか、やれやれという雰囲気を出しながら体を伸ばした。

 

 

この後、雅の身に何がおきるとも知らずに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鳥もまだ眠りについている刻、雅は一人、迷いの竹林と呼ばれる場所に来ていた。

 

そこで何をしているのかというと

 

 

 

「ふぅ、結構な量が採れそうだな」

 

 

筍を取りに来ていた。

 

 

「ここの筍、美味いんだよなぁ。下処理がちょいと面倒だけど」

 

 

  ─グルルル…─

 

雅から向かって南の方向から獣の唸り声が聞こえてきた。

 

 

以前の雅なら慌てて隠れようとしていたが、

 

 

「来るなら来い」

 

 

動じず、筍を取り続けた。

 

 

「アォーウ!」

 

「ギャン!ギャン!ギャン!」

 

 

狼と思われる獣たちが何かに気づいたようだ。

 

「チッ、仕方ねぇ。これくらい一人で殺らなきゃ、ひとりなんて守れねぇよ!」

 

雅は臨戦態勢をとったが、

 

「あれ?」

 

狼たちは雅とは全く別の方向へと駆けていった。

 

 

緊張の糸が解け、呆けているといきなり爆発音が耳に響いた。

 

 

「なんだ?」

 

 

音のする方へすぐさま振りかえり、再び臨戦態勢をとる。

 

 

そこには火の海が広がっていた。

 

 

「はは、なんだよこれ」

 

一瞬気が抜けたものの、すぐに気を張り直した。

 

 

 気配を探らないと。なんでもいい。獣か、妖怪か、何かいるはずだ。

 

 

雅は自分でも驚くほど冷静だった。

 

先日まで死に怯え、震えていたのにも関わらず、この死ぬかもしれない状況で汗一つ、流していない。

 

 

 ─ジャリ…─

 

 

 足音!これは…獣のものじゃない!なら妖怪か!

 

 

息を潜め、様子を伺う。

 

 

 まずは敵の姿を確認しないと。逃げるかどうかはそれからだ。

 

雅が現在持っている武器といえるものは、スコップと護身用の短刀だ。

 

この短刀、押し付けられた家の蔵で初日で見つけ、今日までずっと身につけていたのだが、臆病な雅には使う度量はなかった。

 

だが、やはり今は違う。

 

死の恐怖は無論、殺すことにさえ躊躇なし。

 

あのとき外れたネジの1つはこれにあり。

 

 

─ジャリジャリジャリ─

 

足音はどんどん近づいてくる。

 

「まったく、鬱陶しい狼たちだな。こんなんじゃおちおち筍も採れやしない」

 

現れたのはモンペ姿の白髪少女だった。

 

そして、雅は思考をフル回転させる。

 

 

 人間!?いや、こんな時間に幼い子が、ありえない。それにさっきの爆炎を見る限り、相当な手練れ。勝てるか?殺るなら一瞬。仕留め損なえば、死。危ない賭け。乗るべきでない。なら…

 

 

雅がとった行動は逃亡。判断は冷静そのものだった。

 

ただ、

 

 

─パキィ!─

 

 

周りが見えていなかった。竹を踏んづけてしまった。

 

 

 しまった!

 

と思ったがもう遅い。

 

 

少女は音のした方へ無数の弾幕を放つ。

 

 

「くっ…」

 

雅はできるだけ体の丸めて面積を縮めながら、躱そうとするが

 

「ぐぁっ!」

 

やはりいくつかの弾をくらってしまう。

 

「くそったれ…死んでたまるか」

 

なおも取る行動は応戦ではなく逃亡。

 

正面から戦えば、勝ち目はないと判断したのだ。

 

しかし、雅の逃亡を少女が追うことは無かった。

 

そもそも彼女は雅がいたことすら気づいていないのである。

 

弾幕を放った後、

 

「気のせいだったかな」

 

とのんきに筍取りを再開していた。

 

 

 

 

 

命からがら、雅は筍の入った籠を抱え、家についた。

 

日はまだ昇っていない。

 

ひとりもまだ眠っている。

 

そのことに雅はホッとしていた。

 

 

 こんな怪我して帰ってきたのを見つかった何を言われるか。それに、心配させたくないしな。

 

雅が負った傷は軽い火傷と切り傷に擦り傷。特に重い部分はなかった。

 

患部を水で冷やし、薬草を磨り潰し、塗った。

 

「これですぐに治るだろ」

 

「なにがさ」

 

雅が独り言を呟くとひとりがそれに答えた。

 

「あっ」

 

「怪我したのかい?」

 

ひとりが歩み寄り、雅を覗き込む。

 

「あ、あぁ、ちょっと料理に失敗してな」

 

「ふぅん。それにしては火の気がないが」

 

「すぐ消して処理したからな」

 

「怪我の治療より火の後始末かい?」

 

「あぁ、ちょっと気が動転してたんだ」

 

「それに火傷の仕方も独特だね。全身にかけて点々と」

 

「大きな火の粉が飛び散ったからな」

 

「傷も火傷だけじゃなく、裂傷が見られるね」

 

「そのとき包丁で切ったのかも」

 

「…どうしても、あたしに隠すのかい?」

 

「何言ってんだ。隠し事なんてないぞ」

 

「あたしは()なんて一言も言ってないが」

 

「それは、揚げ足取りだ。ひとり、いい加減してくれ」

 

「…どうしても心配なんだよ。昨日から様子が変だからね。あんたがもしかして─」

 

「いいから!大丈夫だから。ひとり、お前はなにも心配しなくていい。俺なんかほっとけばいいんだ」

 

ひとりの言葉を遮り、雅は言い聞かせる。

 

それはひとりになのか、それとも自分になのか。

 

ひとりはそれを黙って聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

二人の間に朝日が差し込む。

 

 

その時、はっきりとひとりの顔が見えた。

 

 

悲しげで哀しげな顔。

 

 

 やめてくれ。そんな顔しないでくれ。違うんだ。俺は─

 

 

「もし、さ。あたしが邪魔ならさ」

 

 

 やめろ。それ以上言うな。俺はお前のことが─

 

 

 

「あたし、雅の元から去るよ」

 

 




互いに想えど、交わり難く

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