ならば、今と未来はせめて掴め。
俺は愛されぬ人間だった。
産まれてこの方、愛というものを受けてきた記憶はない。
親にせよ、友人せよ、与えられるのは上辺だけの優しさ。
いや、それすら極たまに、親切であろう人から受け取ったに過ぎない。
親はいつも弟と妹ばかり可愛がっていた。
俺が産まれた当初は可愛がっていてくれたのだろうか。
だが、物心ついたころには既に弟と妹が愛を授かり、俺はただ彼らの都合の良い兄となっていた。
友人に関しても特に友情を感じたことはない。
感じたとしても大抵それは裏切られ、偽とかす。
利用され、利用され、利用され尽くされた。
俺は彼らにとって気持ちの良いことができる人形だった。
俺はそれが嫌だった。
でも抵抗する強さもなければ勇気もなかった。
為すがまま、されるがまま、流されるがまま。
それで俺は 生きる ということが分からなくなって
それで、それで─
目覚めたときには森にいた。
なぜその森にいるのか、自分に何が起こったのか、分からなかった。
とにかく家に帰ろうと、歩いて歩いて、森を抜けたとき、ある違和感を覚えた。
街が無い。
そこにはビルもコンビニも無かった。
あるのは歴史の教科書で見るような集落。
とりあえずここは何処かを聞こうと里へ入り、道行く人に尋ねる。
だが、同じだった。
嫌悪と無興味が入り交じった心地の悪い目。
彼らは面倒くさそうに俺を
ここらの人間を治める長は俺に里から三里ほど離れた家を与えてくれた。
その代わり、もう里へ頼るなという交換条件付きでだが。
人の温もりなんて無かった。
元の世界も。幻想郷にも。
在るのは己の利への果てしなき欲求。
"己"を形成できなかった俺は淘汰されるしかなかった。
生きる意味は知らない。
だけど、腹が減る。
怪我もする。
病気にも罹る。
苦しい。辛い。
もう生きていたくない。
でも死ぬのはもっと怖い。
何も成せず死ぬのは怖い。
何も知らず死ぬのは怖い。
自分が生きた意味も分からず死ぬのは怖い。
俺は、空っぽだ。
最初はただ適当にからかって怖がらせて、逃がすつもりだった。
でも、あいつはあたしの手を引き、あろうことか自宅へと招こうとした。
どんなに妖怪だと言っても信じず、歩いてはあたしの身を案じた。
振り払おうと思えば、いつでもできた。
でもあたしは、なぜか振り払うことができなかった。
家は人里からほど遠い場所にあった。
聞けばそいつは他人から疎まれ、差別されているらしい。
あたしと同じだった。
仲間から奇異の目で見られ、人間はおろか同族にさえ疎まれ半ば外れ妖怪として生きているあたしと重なって見えた。
どうしても妖怪だと信じないので、飯の途中にあたしの皿を見せた。
そいつは態度を一変させ、怯えながら喰うのかと尋ねてきた。
妖怪は恐怖さえされていれば生きていける。
人間の恐怖こそがあたしたちにとっての食事。
味覚を味わうものは全て娯楽食。
あたしに人を喰う趣味はない。
喰わないが、あたしは人間も妖怪も気に入らないやつは潰してきた。
けど、この人間は殺す気にはなれなかった。
去る直前、そいつはあたしの名を聞いてきた。
もう会うこともないだろうから餞別として教えてやった。
『ひとり』
いつも
親には名付けられなかった。
母はあたしを産んで死んだ。
いや、正確にはあたしが喰い殺した。
母の腹を喰い破り、母の妖力を、生命力を取り込んで産まれた忌み子。
父は生まれたてのあたしを殺そうとしたが、逆にあたしが父を消滅させた。
その事実は河童だけでなく、周辺の妖怪全てを震撼させた。
腕に自信があるやつ
あたしの存在が気に入らないやつ
恨みを持ってるやつ
皆あたしに向かってきたが悉く捻り潰した。
気がつけばあたしはその地域の頭となっていた。
それからあたしの周りに媚びを売る者、寝首を掻こうとする者、忌み嫌い関わろうとすらしない者が溢れた。
気分が悪かった。悪意しかないその場所に一秒たりとも居たくなかった。
あたしはある妖怪のすすめでこの幻想郷と呼ばれる場所に住むことにした。
そこは以前の場所よりいくらかはましだったが、それでもあたしの存在を受け入れてくれる者はいなかった。
結局、あたしはひとりぼっちのままだった。
二人が出会ってしまったのは偶然か、必然か。
しかし、二人が惹かれ合うのは当然の結果
たとえそれが道理から外れていても
触れた温もりだけは間違いない
人だからではなく、妖怪だからでもない
この想いだけは信じたい
だが、所詮は陽に生きる人間と陰に生きる妖怪
葉は華を
互いに合いまみえるはずのない両者がどうして互いのことを理解できようか
たとえ交えたとしても
後に待つは悲しき結末
ならばせめてこの一時は
甘美な夢に溺れてしまえ
それを愛と呼ぶのか、それとも…