「止めろ!」
雅は思い切りひとりの両腕を掴んだ。
「嘘でもそんなこと言わないでくれ!」
必死だった。みっともないほどの懇願だった。
まるで闇を照らす光が消えてしまうのを拒むような─
ひとりは、雅の歪む顔に手を添えた。
そして、そっと頬に口づけをする。
「大丈夫。雅が望む限り、あたしはいつまでもそばにいるよ」
あぁ、ああああ。
分かっていた。
気づかないふりをしていた。
まだ、見ないふりをしていたかった。
まだ、今の俺じゃふさわしくないから。
たとえ、ひとりが良くても
俺が納得できないから
でも、今の言動で全てが打ち崩された
俺は強くなりたかった
ひとりと付き合うために
でも、その必要は無くなった
目的はなくなった
俺は弱いままでよくなった
それでいいのか?
それでいい
と弱い俺が囁く
「いや、だめだ。だめなんだ。弱いままの俺じゃあ」
「あたしは、弱くてもあんたのことが─」
好 き だ よ
もう、抗えなかった
あの強いと思われた意志は吹き飛ばされた
雅は自分の腕が折れるほどの力でひとりを抱きしめる。
「俺も、俺もひとりが好きだ!好きで好きでたまらない!」
「あぁ、これが想い合うってことなんだね。とても、とっても心地よいものだねぇ」
ひとりも雅を抱きしめ返す。
そして、二人は唇を重ねた。
「あぁ、なんて、なんて憐れなのかしら」
二人の愛の空間にスキマが生じる。
「八雲、今回は見逃してやるから、とっとと消えな」
「それは本当に愛?どこが愛する理由になったの?自分を疎まず受け入れたから?たったそれだけ?」
「黙れ。あんたには理解できないだろうよ」
「受け入れてくれるなら誰でもよかった。別に彼でなくても、自分を受け入れてくれるのなら」
「黙れ!受け入れようともしなかったあんたが知った風な口を利くな!」
「私は受け入れようとしたわ。それに山の河童たちも他の妖怪たちも貴女の存在を疎ましいとは思っていないわ。ではなぜあなたは受け入れられなかったと感じるのか」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「それは貴女が私たちを受け入れようとしなかったから。自らの殻に籠り、関係を造ることを拒絶したから。」
「黙レェ!」
それは異形の声だった。
凄まじい殺気が紫へ向けられる。
それは対象者ではない雅でさえ、震えあがるようなものだった。
「図星。怖かったのね、他者と関わることが」
「ガァァァァァ!」
怒り狂ったひとりは巨大な弾を紫に向けて無数に飛ばした。
「少し、頭を冷やしてなさい」
紫は弾幕をかき消し、ひとりを何処かへ飛ばした。
「ひとり!」
「どうも、人間さん。あなたにも問うわ」
「ひとりをどこへやった!」
「なぜ貴方はひとりのことが好きなったの?」
「俺の質問に答えろ!」
雅は殴りかかろうとするが、それよりも速く紫のスキマが手足を拘束する。
「この場の主導権を握っているのは私。質問に答えるのは貴方よ」
「糞!…他人を好きになるのに理由なんているかよ!それにあったとしてもお前には理解できない。俺の気持ちもひとりの気持ちも」
「えぇ、本当に解せない。論理的な生き方ではないわね。感情的で、刹那的で、愚かな生き方」
「人間なんて皆そうだろ」
「貴方の物差で人間を総括的に語らないで。これは貴方個人に対しての意見よ」
「…なんでこんなことすんだよ」
「そうね、端的に言えば貴方とひとりとこの幻想郷のためね。貴方も分かっているんじゃない?自分たちがしていることが間違っていることを」
「それでも!俺はひとりのことが─」
「本当に彼女のことを考えるのであれば、尚更貴方は身を引くべきだわ。貴方と結ばれることによって、ひとりは妖怪としての寿命を大幅に縮めるのよ」
「………」
「貴方が
「……………………」
「異論ないわね。せめて、この幻想郷がもっと不安定で曖昧な世界であったなら、また違ったのかもしれないわね。…さようなら」
紫は扇子を雅の方へ向ける。
「飛ぶよ!しっかり掴まりな!」
いきなりひとりが超速で現れ、雅を抱え、跳躍する。
二人が居た場所にはスキマが展開されていた。
「ひとり…」
「なにをぼやぼや考えてんだい?あたしはあんたと過ごす未来しか考えられないよ」
「お荷物抱えて、私に勝てるのかしら」
「なに、あんたにはちょうどいいハンデだ」
ひとりの腕の中、雅は唇を噛み締める。
ひとりは、覚悟できてるのに。俺は─
雅は動かない。
みっともなくとも、それが今取る最善の行動だからだ。
紫が次々と攻撃を仕掛けるがひとりはそれを全て往なす。
スキマを張られようと、躱し
弾幕を飛ばされようと、弾き
結界を張られようと、砕いた。
しかし、着実にひとりの体力は削れていった。
「防戦一方ね。あとは時間の問題。考えは変わらないかしら?」
「はぁ、はぁ、まだまだ余裕だよ。あんたこそ、死に際の言葉を考えとくんだね」
「そう。なら、
《紫奥義・弾幕結界》
無数の弾幕が二人を覆う。
逃げ場はない。
「くっ」
ひとりは雅を庇うように上から覆い被さる。
「ひとり!」
「あんただけは死なせないよ」
次の瞬間、一気に弾幕が着弾する。
「ぐあああああああ!」
「ぐぅ、ひとり、もういい!離せ!俺のことはいいから逃げろ!」
「あたしは、死なせない。やっと、命を、共に、できる、ひ、と、に………」
弾幕が止んだ。
煙が晴れ、そこには二人の跡すらなかった。
「人の気配は無し」
紫は扇子を閉じる。
「私、あなたのこと結構気に入ってたのよ。残念だけど、またいつか会いましょう」
「もう会えねぇよ」
「な─」
雅が短刀を紫の喉目掛けて振るう。
─ブシュッ─
紫は躱しきれず、その刃を直にくらう。
「ガハッッ」
間髪入れず、雅は紫の胸を刺す。
─ズシュッ─
さらに短刀で体を切り刻む。
─ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ─
それは原型が生物だとわからない形になるまで続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ひとり…」
雅の後ろで倒れるひとりの方はまだ辛うじて生物の形を保っていた。
「ひとり、ひとりひとりひとり。ごめんよ、俺のせいで。俺が弱かったから」
ひとりの体を抱きしめ、涙を流しながら謝り続ける。
─トクン、トクン、トクン、トクン─
血の流れる音
脈の音
生命の音
ひとりはまだ生きている!!!!
雅は手首を切り、流れ出る血をひとりの口元へ運んだ。
「妖怪なら!人間の血を飲めば!少しは─!」
しかし、ひとりの容態が良くなる様子はない。
ひとしきり血を与え、雅は効果がないことを悟る。
「糞!ひとり、死ぬな!死なないでくれ!」
雅は必死に呼び掛けた。そして願った。
どうか死なないでくれ、と。
「…ぅ」
その願いが届いたのか、ひとりが反応した。
「ひとり!」
「ぅぁ、ま、さ、ぶ、じ、か、ぃ、?」
「あぁ、俺は大丈夫だ!ひとり、死ぬな!」
「ゆ、か、り、は、?」
「俺が切り刻んでやったよ。もう生きてはないさ」
「ば、か。あ、い、つ、は、そ、れ、く、ら、い、じ、ゃ、し、な、な、い」
「─っ!」
雅は紫であった肉塊の方へ振り向く。
だが、それらが動く気配はない。
しかし、雅は
「そうか、それじゃこのままここにいたらまずいな。どこかへ逃げないと」
「だ、め、だ。や、つ、は、ど、こ、へ、で、も」
「大丈夫。俺にあてがある」
雅はひとりを抱える。
そして背負い籠に必需品を入れ、家を去った。
「ど、こ、へ、?」
「竹林さ。
雅たちが去って数刻ほどたった後、紫であった肉塊は不思議と手をつけられていなかった。
そして、そこに六つの尾持った女性が現れる。
「おいたわしや、紫様。あなた様ほどの御方がこのような
「藍、御託はいいから。さっさとしてちょうだい」
隣にいる霊魂に急かされ、藍と呼ばれる女性は肉塊に妖力を込め、肉体を紡ぎ始める。
「それくらいでいいわ。あとは自分でやるから」
肉塊が人の形を取り始めたころ、霊魂がそれに入る。
それはみるみる内に紫の姿へと変わっていった。
「ふぅ。私としたことがぬかったわ」
「おぉ、紫様。よくぞ戻られました」
「持つべきものは式ね。私ひとりじゃ彼岸から帰れても肉体の復元に手間取ってたわ」
「やはり、ひとりという河童はそれほど…」
「いえ、彼女も厄介だけれど、問題なのはあの人間。
「なんと…!」
「あの能力、非常に厄介ね。これからの捜索にも骨が折れるわ」
「一度、手を引かれては?」
「いえ、それはだめよ。これは私の自尊心の問題ではなく、この幻想郷にとっての問題。後回しにはできないわ」
「御意。ではこの私も─」
「あなたはやるべきことをやりなさい。同じことを言わせないで」
「はっ、失礼しました」
「とりあえず、一度帰って立て直しましょうか」
一方、雅たちは竹林へ着き、体の休まる場所を探していた。
「ひとり、大丈夫か?」
「ああ、だいぶ、ましに、なって、きたよ」
「そうか。…どこか、休まる場所は無いのか…」
「おい、おい、あてが、あったんじゃ、ないのかい?」
「
「はは、それに、関して、は、いい線、いってるよ」
「だろ?あとは家さえ見つかれば…」
雅が探し回ること数十分、なんと運良く打ち捨てられた小屋を見つけた。
「あった。あったぞひとり!少し汚いがあそこで休もう!」
「あぁ、無いより、ましだ、ね」
雅は嬉々として小屋に入り、ひとりを寝かせた。
「いやー、なんにせよ休める場所が見つかってよかった」
雅は嬉しそうにひとりの治療を始める。
治療といっても、薬草を塗ったり、飲ませたりしてるだけだが。
「なぁ、まさ、ここって、ひとが」
ひとりが何か言いかけていたがその前に、小屋の戸が開いた。
「おい、お前ら人の家で勝手に何やってんだ?」
「!」
小屋の持ち主であろう人物。
それは雅が早朝に見た白髪の少女であった。
それは敵かそれとも味方か