月夜に淡く照らされる竹林
そこには二匹の天狗と人妖のつがい。
決して話し合おうなどという雰囲気はなく、辺りは殺気で満ちていた。
「そこの妖怪、おとなしく投降するならば今は殺しはしない。少し話を聞かせてもらうだけだ」
白狼天狗の楓が剣を向け、忠告をする。
「ん?もしかして貴女、『ひとり』かしら?」
だが、花櫚の方は何かに気づいたのか名を尋ねた。
「そうだ。と言ったら?」
「ひとり。というとあれがあの【鬼殺し】のひとりですか?」
「鬼殺し…」
物騒な異名に雅は少々気が引けた。
「ふん。事実が歪曲されて噂が一人歩きしてるだけさ。それで、聞きたい話ってなんだい?わざわざ
「先日の集会でお前も聞いたと思うが、十四天の内の一人が何者かに殺された」
「ああ、そうみたいだね」
「その容疑がお前にかかっている」
「はぁ?なんだいそりゃ。全く覚えが無いんだが」
「でもね、犯人と思われる者の匂いの近くにあった人間の匂いを追跡してたら貴女のところへ来たの。その容疑者の匂いも貴女と一致。悪いけど、一度山まで同行してもらうわよ」
「ひとり、どうする?」
「嫌だ、というわけにもいかなさそうだ。同行するよ。ただし、条件がある」
「何かしら?大体想像はつくけど」
「それなら話は早い。もちろん、あたしの隣にいる人間も一緒に同行させることだ」
「貴様!神聖なる御山に汚らわしい人間を入れろというのか!」
「なら、あたしは行かないよ」
「別に私は構わないけど、他の連中が許すわけないよねぇ。特にあの堅物は余計にね」
「仕方ない。強制連行する」
「いいよ、かかってきな。雅、あんたは安全なとこで隠れてな。…雅?」
ひとりは雅の方へ向いたが、そこに雅の姿は無かった。
「あは、どうやら見捨てられたようね」
「雅、まさかあんた…」
「所詮、人間とはそういうものだ。結局、己の身が一番かわぃブブフッ」
楓の喉から発するものは途中から言葉ではなく、血の泡と飛沫になった。そして、その喉からは短刀が生えている。
「楓!?」
「全く、なんであたしより血気盛んなんだい」
花櫚は理解できなかった。
この攻撃は十中八九あの人間の仕業だ。
それはわかる。
だけど、楓は白狼天狗のエリートだ。
その攻撃方法から見て、接近攻撃に彼女が気づかぬはずがない。
そしてなにより
短刀は楓の喉からは擦り抜け、再び姿を消した。
花櫚は恐怖した。
恐怖!?
この私が!?十四天であるこの私が人間ごときに恐怖したというの!?
だが、そこからの判断の早さは凄まじかった。
楓を抱えての撤退。
その速さはまさに韋駄天のごときものだった。
「ちっ、さすがに速すぎる。仕留め損なった」
「雅、これであたしたち本格的に山の連中のおたずね者さ」
「あっ、もしかして不味かったか?」
「そうだね。白狼の方はともかく、上司の方はまだ交渉の余地はあったろうね」
「すまない。俺が痕跡を残したから、尻拭いくらいは、と思って焦ったみたいだ」
「終わったことは仕方ないさ。それに、どうせ山に行ったとしても結局罪人として処理されてただろうしね」
「…ありがとう」
ひとりの優しさ。
底無しの沼のようだ。
気がつけば、その優しさに溺れてしまいそうになる。
また、俺はひとりの優しさに甘えたんだ。
「そんな顔、しないでおくれ。あたしは全然きにしてないからさ。逆にそうやって自責されるほうがあたしは嫌だよ」
ひとりの悲しそうな顔。
また、俺は─
そうして雅はまた自己嫌悪へと至る。
それはまるで一種の永久機関であるかのように
グルグル、グルグルと…
「まさか、人間の方が脅威になるとは…」
「ぅ、か、りん、さま、ぁ…」
「まだ、喋っちゃだめ。一応、薬は塗ったけど傷は深いわ」
「すみ、ません、ゎ、たし、の、せぃ、で」
「喋っちゃだめだって。それにこれは楓のせいじゃない。あの局面は私でも避けられなかった。油断してたってのもあるけどね」
「ぁの、にん、げ、ん、まったく、
「もう!これ以上喋ったら気絶させるわよ!」
花櫚の一喝に楓は、コクン と頷いた。
「ひとりが謀反、か。それは面倒ね。…いや、彼女はあの時点でこちらに手を出してなかった。それに、実際に危害を加えたのは
花櫚はある仮説を思い付いていた。
もしかして、ひとりの敵対もあの攻撃もあの男の能力なのでは。
そしてその能力は
"洗脳"
他の者と関わることに拒否反応を示すひとりが、あそこまで、まして人間になんて入れ込むはずがない。
そして
もし、あのままあそこにいたら、私たちもひとりと同じように洗脳されていたかもしれない。
あの一瞬で花櫚は状況をそう捉え、逃亡という選択をした。
「痕跡を残したのは
おそらく、柿祢殺しは
きっと、調査に来た者たちをこうやっておびき寄せ、ひとりで注意を引き、その隙をついて致命的な部分に攻撃を加え、行動不能にして、その与えた怪我の治療をしながらもじっくりと洗脳を進めるんだ。
その考えに花櫚は思わず身震いした。
「あの会話も、恋人の振りも、洗脳を偽装するため。でも、その点に関しては誤った。恋人というには一番ありえない奴を選んでしまった」
同族ともまともに付き合えないひとりが他種族おろか人間となんてわかりあえるはずがないもの。
「でも、これで点が繋がって線となったわね」
あの人間の目的はおそらく山の乗っ取り。
山の利権を人間のものとしようとする企みなんだろう。
「あの人間さえ潰せば、ひとりも元通り。とにかく、上へ報告ね」
そうして花櫚は楓を抱えたまま、山の頂上にある屋敷へと入っていった。
ねじれ、こじれ、グルグル、グネグネ
それでも真実はただひとつだけで
皆様、体調にはお気をつけて下さい