[WR]FGORTA YAMA育ちレギュ [66日22時間15分32秒] 作:HIGU.V
帝政ローマという、西洋の歴史を語る上で欠かせない燦然と輝く大国。当然のように人類の歴史の起点となっており、特異点でもあった2つ目の歴史の淀みを正したカルデア一行は、無事帰還していた。
新たな戦力も加わり、現地で任を果たしたマスターは部屋へと戻っていた。
シンドバッドと名乗っている、名前を持たないマスターも、藤丸立香と同じ様にあてがわれた自室へと戻ってきていた。形式上護衛でもある彼の2名のサーヴァントも彼の自室までは連れ添っている。事実上不要ではあるのだが、ある種の大義名分とも言えた。
彼は、特異点攻略中には『そう教わったから』自身のサーヴァントとの魔力供給はパスを由来するものにとどめている。フランスでもそうだったし、今も出てきたローマでもそうだった。
故に帰還した日というのは、彼はそういう意図も勿論あったし、サーヴァントもその部分はドライに認識していた。
もとより生娘でもない彼女たちは、戦略的に考えてもその方が良いのと、嫌悪感を抱くような相手でもなかった。年齢を考えればもう少し自制を知ってほしいところはあるが、育った環境も同情できるものであり、なによりも特異点の攻略をしている間は我慢するという約束を守ったのだから、褒めてあげないといけない。
サーヴァントを守る代わりに、支援をして戦ってほしいという、やや歪な契約に対する信賞必罰である。
少なくともマタ・ハリはそんな思考であった。
「二人共、ありがとな。今回も勝てたのはお前らのおかげだ」
「ええ、マスターもお疲れ様」
なによりも、彼は思惑というものがない、非常にわかりやすい精神構造だ。彼女の働いていた『職場』よりの帰路、自分のことを見つめていた純朴な少年とそう大きな違いはないのであろう。
少なくとも『面倒な客』程色々な思惑や欲望とは無縁なことは、このローマの旅で痛いほど認識できていたのだから。
「マスター、申し訳ありません。少々疲れてしまいました、申し訳ございませんが本日は御暇させていただきます」
「そうね、シェヘラザード。今日は貴方がしっかり休むべきよ……サーヴァントでもね」
「ああ。さっきはあのでっかい目ん玉の奴と戦って疲れたんだろ? よく寝ろよ」
しかしながら、正直言ってこの場でのシェヘラザードの離脱は、先程の決戦の際に覚悟はしていたが、苦笑に近い感情が湧き上がってくるのも事実だ。別のベクトルで面倒な客と同じだ。主導権は容易に取れるし、従順で優しいので辛さはないが、疲れるだろうなという、諦観が彼女にはあった。
「マタ・ハリ」
「何かしら?」
シェヘラザードが退室して二人きりになった途端に、自身の名を呼んだマスターへと彼女は改めて向き直る。鍛え抜かれた身体が疲れを感じさせない声が、先程の考えを補強している。
「疲れてるなら、お前も休んでくれ」
だが、それ以上の優しさはあった。
それは客が気を引くために口にする優しさと同じであったが、チップを多く積まれるよりも、宝石があしらわれたブローチを送られたことよりも、彼にとっての大きいものを自分へと送ってくれているのがわかる。戦いと三大欲求しか無いような人間なのは、彼女は既によく知っているのだ。
「ねぇ、マスター。もし私が貴方の事を好きになったって言ったら、信じてくださる?」
ちょっとした冗談ではあった、だが問いは本気でもあった。言葉と所作と、何よりも自分のすべてを用いて、多くの男を魅了して、その魅了によりこの場にいる彼女にとっては、剣士が目の前にいる敵に剣を振るうように、寝室でそう問いかけるのは当然の動きなのだ。
勿論だと肯定した男がいた。その男が自分をスパイだと証言していたのを彼女は知っている。
そうだったら嬉しいと濁した男がいた。彼が別の踊り子も口説いているのを前室で知った。
信じられないと言った男がいた。彼は処刑の際に何か細工したようだが、無駄に終わったから彼女は英霊となっている。
「わかんねぇ」
その回答は、勿論経験があった。それは駆け引きとして本気にしてくれたら、自分も君を愛するよというモーションであったり、今日は気まぐれで持ち帰った女の言葉遊びを面倒になった人もいた。
だが、彼は本当にわからないから、わからないと言っているのだ。嘘をついて他人との距離感を調節する知恵も無ければ、人を愛して自分の物にしたいと思ったこともない子供だから、彼はわからないのだ。
「うふふ、そうね、マスターらしいわ」
予想通り、素直で飾らなくて、そして少しつれない答えだった。これが先程帰った彼女に聞かれた質問ならば、彼はきっと信じるというのだろう。彼女は柄にもなくそう思った。
彼女がこの場にいない理由とあの狼狽を見ればわかる。彼女はきっと私と同じで『愛に満たされなかった』のだ。だから、もう寂しくないように、まっさらなマスターを拠り所にしたのだ。
彼女の終着点は読めない、方法もわからない。
だけれどマタ・ハリは最初からわかっていた、同じ女としての経験と勘で感じ取った。彼女はマスターに委ねながら、マスターと共に終わろうとしている。そして
「好きかどうかが、本当かどうか分かんなくても、好きならそれでいいだろ」
「だって俺はマタ・ハリが好きだぞ。優しいし綺麗だし、一緒にいて楽しいから」
「マタ・ハリが好きと言うなら、それで俺は満腹だから」
このどこまでも素直で、拙い言葉しか紡げない、裏も表もないマスターにより掛かりたくなっているのであろう。たった1度しか旅をしていない自分がこうなのだ。
倫理も法も知らない彼は既成事実という考え方もないから縛れない。この肉体じゃ子供も産めないから繋がりも持てない。それでも彼と一緒にいることを彼が喜んでくれているのならば、それは一種の彼女が求めたものの別の側面なのだろう。
人間を食し、人を殺すことに忌避感を覚えず、社会における役割も知らない、粗野な野蛮人が、彼女にとっては、虚飾で身を包んだ女優にとっては、周囲を全く気にかけない生き様が驚くほど心地よいのだ。それが愚かなことと知っているからこそ、彼女は目が離せないのだ。
「それじゃあ、おやすみ。マタ・ハリ」
背一杯我慢をすることは、彼の単純な人間性において、彼が差し出せる中で、彼が考えた『1番の価値あるもの』。
それを惜しげもなく差し出す主人は、彼女が必要だったものとは少し違うけれど、確かに『大切なもの』をくれる男だった。
天井の明かりを消して、ベッドに腰掛けるマスターに背を向けて、彼女は『ドア』へと向かい、扉を開放する。そして一歩踏み出して振り返ると、イタズラげに笑みを浮かべながら声をかけた。
「マスター、寝る前にシャワーで汗を流しましょうね?」
「うん……わかった」
既に夜半、共同浴場などカルデアにはない。マタ・ハリは至極単純な一言を主人に忠言した。それが彼女の本日最後の『仕事』であり、そこから先は彼女の『プライベート』だった。
「改めましてはじめましてだね、えーと謎のヒロインXオルタ?」
「えっちゃんで結構です。マスターさん」
同じ頃、立香も自室ではなく彼女に充てがわれた部屋でだが、新たに召喚したサーヴァントと交流を図っていた。生身の肉体を持つマシュは既に休んでおり、ナポレオンも自室に戻っている。新たに出会ったよくわからない人類史に存在しないけれどアーサー王に顔と声が似ているサーヴァントと二人きりだ。
それでも立香には恐怖もなく、若干の緊張だけだった。その緊張もどちらかと言うと、新しい人と仲良くなれるかな? といったものであり、張り詰めた空気とは無縁だった。
「わかった、えっちゃん。オレ達の戦いは厳しいけど、来てくれて嬉しいよ。これからよろしくね。」
「若干不本意な所はありますが、此方こそよろしくお願いいたします」
メガネを掛けた内向的な女の子。そういう風にしか立香は感じ取れなかった。とても剣を持って戦う英雄とは感じられないのだから。
そういう意味ではある種マシュに近い部分もあったが、それでも彼女の雰囲気のほうが少し気怠げだった。
立香は一先ずそういったときは相手にどうしてほしいかを聞くことにしている。モチベーションは大事だ。気の合う仲間内でも、同じことをして皆が楽しいわけじゃない。それをしなければ友だちになれないわけじゃないけど、知ってるほうがきっといい友達に成れるのだから。
「それでこの部屋なにもないけれど、なにか欲しい物ある? あ、空調の設定はこれでできるよ」
「ご丁寧にありがとうございます。マスターさん、私は魔力転換炉オルトリアクターで、オルトニウムを触媒にエネルギーを生成できるのですが」
「うん」
逸話のないサーヴァントが、よくわからない変換器を持っており、それによってよくわからない過程を経てエネルギーを製造する。普通の魔術師ならば此処で頭痛が限界を迎えるか、理解を拒むのだが、彼には良くも悪くも魔術的知識は素人に毛が生えた程度、特にツッコミを入れることはなかった。
加えて立香には、シンドバッドの契約しているサーヴァント、シェヘラザードの存在が知識として備わっていた。読んだことはないものの、アラビアンナイトというなんか聞いたことある話。その登場人物がサーヴァントになっているという理解があるのだ。
そのため、今の会話だけで彼女が自分の知らないSF作品のキャラクターか何かなんだろうな。と恐るべき慧眼で正解に近いところまでを見抜いたのである。
「その際に必要になるのが、甘い物です。特に高級和三盆を利用した和菓子が最高効率での変換を可能にします。勿論チョコレートに代表される洋菓子でも十分な出力を得ることができます」
「うん」
だが、この時点で彼は、話の理解の仕方を変えた。相手の言うことを自分なりに噛み砕いて理解するのではなく、そういったものなんだろうなぁ。と聞き流しながら理解することにしたのだ。正しい方法である。数多の並行世界で彼が、その背後にいる者たちが経験で学び取った技術だった。
「ですので、戦闘の際と待機時には……いえ、毎日手作りの和菓子が必要になります」
「今のカルデアにどれだけ備蓄があるかわからないけれど、甘いものがほしいってことはわかったよ」
「よろしくおねがいします、決して私が食べたいからというわけではなく、これは必要なことです」
そういう事になった。
色々制約はあるようだが、素直に新しい仲間ができたことは喜ばしい、立香はそう思ったので、彼女に甘いものをあげようと快く思えた。
そして、優しい彼は面倒をしっかり見るし、後輩も世話をやこうとするであろう。それだけでこの主従はうまくいくのである。
「えっちゃんは剣を使って戦うんだよね、今後マシュと一緒に頑張ってもらうよ。オレ達のサーヴァントは、マシュ以外近接戦闘が得意じゃないんだ。だからシンドバッド、もうひとりのマスターが戦うくらいなんだ」
それは立香の悩みであった。自分はマシュの盾の後ろか、護衛のサーヴァントの後ろで戦闘を見ているだけだ。だが、シンドバッドは時々というか頻繁に敵に殴り蹴りをして戦闘している。それはリスクが有る行動で、危険極まりなかったが、立香もそれが必要な局面だと感じることが多かったから止められずにいた。
仲間の危険が減る。代わりに女の子がその分危険になる。それは諸手を挙げて賛成できることではなかったが、それでもチームとして強い人が前に出るのは仕方がないことだと思っているのだから。
「ああ、さっきの人ですね。ダークラウンズで肉を齧って酒を樽で飲んでそうな」
「それはよくわからないけど、もうマスターは彼とオレの二人しかいないんだ」
「わかりました……燃えてしまったこの世界をヴィランの闇色に染めるまで、貴方の騎士になりましょう」
「それ言葉的に悪役だよね!! まあ、うんよろしくね」
こうして、カルデア念願の前衛サーヴァントは、燃費の悪いけど、すごく強い女の子となるのだった。
「キャスター入るぞ」
シェヘラザードの部屋。魔力で編まれた肉体の使い魔たるサーヴァントにも当然のように与えられている部屋だ、そこには初めてと言って良い来客があった。彼女のマスターである。
「マスター、おはようございます」
彼は物怖じすることもなく、彼女の部屋に入ると、彼女が腰掛けていたベッドに拳一つ分の隙間を開けて腰を掛ける。礼儀は簡単に習ったものの、遠慮というものを十分には教わっていない彼は、彼女のまだ少し暗い雰囲気を気にしないでそういう事ができるのだった。
話ができる程度には、疲れていないと判断したのだから。
一晩、彼女の生前においては、とてつもなく長く絶望的なまで朝を遠く感じる時間。そこを彼女は自身の考えの整理にあてた。彼女はそう、死にたくないのだ、それは今も変わらない、彼女が死を避けるためにあがいたことが逸話となり英霊となった。
あらゆる方法を尽くして朝を求めた。その朝の先にあったのは次の夜だった。彼女にとって最初はあった崇高な志は、いつ摩耗したのかも思い出せないほど昔のことだ。
だからこそ、人理焼却。それを彼女は好機とみたのだ。触媒もなければ召喚されることも無いほど彼女は聖杯戦争へと参加をしたがらない。だが、サーヴァントの召喚というシステムがなくなるか、人理というものがなくなる。それが起これば彼女はもう死ななくてすむのだ。
二度と夜が明けなくなってしまえば、また夜になる恐怖を覚えずなくても良いのだから。
それが為に冬木で、あのメチャクチャな呼び出しに、死にたくないと言うだけの声に答えたのだから。マスターが人理修復という偉業に前向きで、可能な限り自分を危険に追いやらない。なるほど理想的なマスターだ。
サーヴァントを複数従えて、戦力を補充しながら戦う。これも良い。通常の聖杯戦争では、自分が6人の敵に狙われるのだ、ずっとましだ。
故に、マスターが善良であり、戦う事を諦めない限りは彼女はマスターにとって良い部下であり、良い母であり、よい女であろうとした。諦めてくれれば、彼とともに敵に下ってしまえば良い。それだけだったのだ。
夜毎に、今日ともにいて彼に足りないことを言い聞かせて、物語を紡ぐ。戯れに体をあずけることだって双方の目的にプラスに動くからである。
マタ・ハリを巻き込んだのもそうだ。マスターが奮起するのならば良い、弱さを出して自身の罪に耐えきれなくなっても良い。状況を早めたかっただけである。
「キャスター、今時間あるか?」
目的半ばでマスターが脱落したのならば、カルデアが持つ戦力は半減するであろう。唯でさえ絶望的なこの戦いはより険しくなり、彼女の目標に近づくだろう。だからそれで良かったのだ。
それでもあえて、マスターを殺して不確実な永夜を目指すよりも、両天秤で大穴にも賭けておく。それだけの話だったのだ。
「これは……」
だから、甘えるように、小脇に挟んでいたそれを渡してくる目の前の男への興味は、さしたるものではなかったのだ。
「マスター、昨日は良く眠れましたか? あまり寝付きが良くなければ、此方を読み聞かせさせていただければと思います」
だから、これは目的のために必要なことだ。王が眠れば自分を害することはない。王が健康ならばストレスで不安定になることもない。王が喜んでいれば自分を罰することはない。ただの処世術に基づいた行動なのだ。
「頼む、キャスターの話を聞かないと、眠れないんだ。昨日は寂しかった。このままずっとキャスターがいないと俺は頑張れないと思う」
話をせがまれること、それは彼女にとって安心を覚えることだった。明日が約束されたのだから。次があるということなのだから。自分と自分の技能に飽きられたわけではないのだから。
だから彼女は語るのは好きで、語ることを請われることは大好きで、語った物語を心から喜ばれると安堵と幸せを覚えるのだ。
それは、守ってくれて、怖いものから遠ざけてくれて、素直に言うことを聞いてくれることと比較ができないほどに。
毎夜無邪気に自分のすべてを求められて、差し出せばそれを喜んで、次を望まれることは、彼女にとってそれは最高の安全・安心だった。
「ええ、かしこまりました。それではこちらにどうぞ」
────嗚呼マスター、我が王。無邪気に私にすべてを委ねてくる人
────もっと、求めて下さい。貴方が望む限りあなたと共にいましょう。
────貴方が永遠の夜を望むのならば、それも良いことでしょう。
────ですが、貴方が夜明けを望むのならば。
「微力ながら、お話を紡がせていただきます」
マタ・ハリのようにすらりと細く美しい脚ではないが、王が好きだと言っていた膝にマスターの頭を招いて、彼女は語るのであった。
人食い鬼が、人食いのまま心を改めて幸せになるが、その業が断ち切れなかった話を。
いつか、そんな終わり方も、そういうお話だったと語れるように。
彼は浮気してるんじゃなくて、1番近くの女を愛してるだけなんです。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。