[WR]FGORTA YAMA育ちレギュ [66日22時間15分32秒] 作:HIGU.V
大くんの呼んだ鯖が何なのか予想しながら読んでくれよな~頼むよ~
(真名隠しサーヴァントの真名の記載がございます、閲覧の際には十分にお気をつけください)
目が覚めても変わらず周りは燃えていた。
先程よりも空気は渇いているし、いつの間にか外にいるようだ。
「なんだぁ、これは」
彼には、当然のように魔術的な深い知識はない。というよりも社会的な常識はない。
だから、当然のように、自分がどのようにしてこの場に来たのかはわからない。カルデア所属になる際に基礎的なことの説明は受けているが、文字の概念すらイマイチ理解していない彼が、理解できるはずもなかった。
しかし、逆によく作用したことは、一般人ならば信じられない状況と思考を止めるものが、彼にとっては等しくわけのわからない状況なのだ。
彼にとって燃え盛り骸骨が徘徊する街も、200メートル以上の長さの電車が入り乱れる街もどっちもよくわからない場所なのだ。自分が知らないだけでそういう物があるのであろうという程度には理解できることが、彼自身の柔軟性がパニックにならない理由であった。
火種のパチパチと弾ける音、高い石の塊の間を風が吹き抜ける音。静寂とは言えないものの、先程までのけたたましい音が何種類も鳴り響くことに比べれば、ずっとましだった。
さっき廊下を走っていた時の幸福感のような充足感は冷えこそしたものの、彼の胸の中で渦巻いていた。
ショーが始まる前の暗転のような、なにもない今を、もうすぐ始まる何かを前に身体が無意識に震え始めていた。
「お腹すいたなぁ……」
彼は自分の持ち物を確認してみるがよくわからないものばかりで『食べられるもの』がない。
仕方なく懐に戻して、そのまま不気味なほど静かな街を進む。
街というものにはたくさん人がいる。そう過去に聞いていた彼は、いつもどおり周りに誰もいないことになんとも言えないもどかしさを感じながら歩をすすめる。
導かれるように進んだ先は、燃えた後延焼を防ぐために切り倒されたのか、開かれた広場がそこにはあった。よく整備してしまえば、人の集まる憩いの場にできそうな場所だが、彼はそんなことを微塵も感じなかった。
震える、身体が震えるのだ。
さっきまであった、もどかしさも空腹もない。熱病に冒されたような寒気による震えが全身を苛んでいた。
きっと、横に老若男女の誰かしらがいたのなれば、彼と同じ様に、何かしらの寒気と忌避感を覚えてしまうのだろう。生物が持つ根源的な恐怖感のようなものが、目の前からしているのだ。
だからきっと、その誰かが彼を見たのならば、異常なまでのその様子に、自分よりも鋭敏に同じ感覚を共有していると『誤解するであろう』
寒気も、発汗も、震えも、全ては歓喜と狂喜によるものだ。
彼は、感じ取ったのだ、この先に自身の運命が待っている。
一生のうちに、自分が必ず、自分自身の手で、どのような手段を使っても雌雄を決しなければならない、そんな運命がいるのだと、かれは獣のような……否、野獣のような感覚から感じ取っているのだ。
それは、興奮と武者震いだった。当然彼はそんな事経験もしたことはなかった。
それでもなぜか、自分が生まれた理由が目の前にいてそれがきっと分かるんだと。
そんな確信があった。駆け出していた脚は止まらず、広場の中ほどまで進むと、ついにそれは現れた。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
黒い男だった。まるで影でできた人間だった。見たことないほど大きい。そして強そうだ。
彼は咆哮ではなく、その様相にこそ驚いた。だが、そういった人間もいるのだろうと、自分の見識の貧しさを恥じるだけだった。
そんな物を知らない自分でもわかった、あれはよく聞く「恵み」が襲いかかる前の威嚇なのだ。
だとすればやることは一つしかない。
「────フゥ」
大きく息を吐く。高く跳ぶ前には大きく膝を曲げる必要があり、靭やかに敵を打つには、逆にそらす必要がある。息を吐いた後にすることは、当然大きく吸い込むこと。目一杯吸い込んだ空気を惜しげもなく吐き出しながら、自分の感覚を信じて、駆け出した!
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
その声と同時に、彼の背丈ほどの剣をその影が叩きつけた。自身でも無意識に右から回り込み始めていた彼は、無事にそれを躱すことができた。その方向に体が動いた理由は、本当に単純だった。いつも見ていたドルヴァの周りの星の動きだった。本当にそれだけで彼は反時計回りに走ることを好んでいた。
全速力で、転がるようにかけて、まずは自分の拳の届く位置に入り込む。自分よりも大きい化け物を殴り倒したことはあるが、自分の頭のてっぺんが肩に少し届かないほど大きい相手は初めてだった。
頭上からもう一度と振り降ろされた斧剣を、彼はクルリと身体を捻って剣の腹を『気合で硬くして』肘と組んだ腕で弾き、自身の勢いを殺す。間髪入れずに、影の巨大すぎる故に空いた脇腹に、そのまま組んだ腕を素早く何度も打ち込んだ。
「────ッ」
僅かだが、手応えはあった。ならば戦える。こんな巨人の攻撃など、2,3回受ければ自分は死んでしまうが、ならば全て避けて、此方の攻撃を100か200当てればよいだけだ。
戦って道が拓けるのならば、それはもう彼にとってはできるかどうかの話ではなくなる。
やらなきゃ死ぬのだから、やるしかないのだ。
目の前の影は、持っていた斧剣を手放して、拳を打ち込んでくる。ああ、そうだ、それでいい。あの剣を持っている限り、此方は攻撃を『避けてから』打ち込まないといけない。それでは此方は体力がきっと持たない。
だけれど、拳ならば、『避けながら』打ち込めば良い。
相手からすれば、拳でも剣でも殺すまでの当てる数が変わらないだろうから、拳を選んだのだろう。それが何よりも彼にとってありがたかった。
瞬きを初めると同時に放たれた拳は、瞼がくっつく迄に此方に届く。早すぎて何も感じ取れないくらいだが、それは剣の先端だって同じ。さきほど硬くして、なお、剣の圧力で切れたのか、皮膚のあちこちから血が出ている。好都合だ。身体を蛇のように曲げて拳の着弾点よりズレて、再び腕を横からあわせる。
血で滑りが良くなった腕がそのまま相手の拳を自分の後ろに置き去りにする。弾かれた勢いをそのまま、身体のスピードを脚に伝えて『気合で硬くして』全力で打ち込む。
その反動で、1歩半ほどの距離まで後ろに飛ぶ。今度は上から組んだ腕を振り下ろしてくる。直感的にこれは組み付くわざと感じ、受ければ死ぬとわかった。だが、一度力を比べて見たくなった。その誘惑に蓋をしつつも、今度は地面スレスレまで自分の体を一気に折りたたんで、前に進む。予測で見えた着弾するポイントをずらして、勢いをそのまま、此方から飛びかかる。
まるで地面に飛び込んだような衝撃と、反発を感じたが、確かに効いた感覚だけはあった。
「■■■ー!!■■■■■■■■ーーー!」
「恵み」が弱った時、より力が強くなる、威嚇をするような叫び。
ああ、これだ。この感覚だ!!
これが聞ける時は、自分が生きている感じがする。ぶつかった衝撃で切った口に溜まった血を地面に吐き出す。
目に吹き掛けてやっても良かったが、そんなことに意味はない気がした。それならとっとと捨てて、空気を吸ったほうがマシだ。
こっちも叫んで気合をいれたいが、そんなことをして勝てる気もしない。目の前の男のほうが自分よりも数段強かった。ならば無茶をしてでも勝ちにいかなければいけない。
拳を握り込みながら、彼は駆け出した。
※※※※※※※
写し身の写し身でしかない、その身であっても、彼は大英雄であった。
狂わされた上で、影に写し取られた彼には、理性など砂粒程しか残ってはいない。
行動原理は只々、この場所を守るだけだ。
もうなにもないこの城を。誰もいない城を。
近づくものは壊した、叩いて砕いた。見るだけで何もしないものには手を出さなかったが、こちらの場所まで来た全ての存在を叩き潰してきた。
だから、今回も同じだった。どれだけの時間この場にいたかを影は覚えていない。
だが、しばらく時間が空いたのは覚えている。
肉食獣ならば、久々の獲物と歓喜して襲ったであろう。
狩人ならば、冷静に隠れる場がないところに無警戒に来た所を襲ったであろう。
戦闘狂ならば、期待しながら襲いかかるのであろう。
彼にはそんな機能が残されていない。
只々近づいたものを排除するシステムに近かった。
一度近づいたものであれば、この場から離れようが、始末するまで襲いかかる。
その目的も忘れた彼は、使命感のような残り滓で叫び声を上げて、侵入者との戦闘を始めたのだ。
「■■■ー!!■■■■■■■■ーーー!」
痛覚すらない、怯むことはない、そんな彼が彼でもわからないが、目の前の男に押されていた。
死を恐れていないような、後何かが一つずれれば一撃で戦闘不能になるような攻撃の捌き方。
力では自分が勝っているであろう。此方は攻撃を避けるくらいなら、続けたほうがよいと、本能が言っている。
技でも自分は負けていないのであろう。確かに優れた動きだが、少しずつ消耗している。此方の技量と最低でも拮抗しなければこうはならない。
体格は言うに及ばずだ、懐に入られれば厄介だが、リーチは目に見えて此方が長い。
だが、彼は仕留めきれていなかった。原因などない。ただ言うべきは此方を常に見つめ続ける。
『爛々と輝く曇った目』だ、あんな物を見て十全な力を出せる者などいないであろう。
戦いに身を置くものであれば、なおさらだ。
戦士と英雄は勝利を求める。死は恐れない、乗り越えるべきものだから。
狂信者は死の先を求める。勝利とはすなわち正しく死ぬことであり、同一のものである。
死に場所を探して戦っているのではない、相打ちに来ているのでもない。
生きるために死のうとしているのだ。生に絶望しているから、死なないのだ。
本能でそう感じた彼にとって、その違和感が多少なれど行動を鈍らせていた。
それこそが、今まで彼等が拮抗していた理由である。
だが、分水嶺は渡りきっていない。
彼は、勝利のために本能で感じ取っていた、その違和感を投げ捨てた。
「■■■ー!!■■■■■■■■ーーー!」
なんのために戦うかなど忘れ去った彼は、目の前の敵を打ち払うべく拳を振り下ろした。
※※※※※※※
だんだん呼吸が荒くなってくる。視界が青くなって、目尻に涙がたまる。
苦しくて投げ出したくなる。だが、動くのをやめた途端に、大木のような腕の餌食になる。
既に戦いを始めてからどれだけの時間が経ったかもわからない。
足が震える、恐怖で震えると思いたいほど、力が入らなくなってくる。
もう、攻撃を捌けているのは運が良いからなのだろう。
腕を硬くして横から弾いても、反動と余波で動きが止められる。
それでも、できることは攻撃しかない。
目の前の男には、負けることが許されていない。
勝たなければ、生まれてきた意味が全てなくなってしまう、そんな背中に絡みつき始めた喪失感が、彼を立たせている理由だった。
気合を入れ直す。まだ、まだできることがある。もうどうせ攻撃があたったら殆ど終わりなのだ。
振り下ろされ、此方の胸めがけて跳んでくる巨腕を右にも左にも避けることをやめ、脱力して後ろに倒れ込む。腕が鼻先をかすめたところで、勢いを再び脚に戻して、全力を持って蹴り上げる。
此方を殺そうとしている攻撃に当てたせいで、体勢が崩れるが、右手で地面を叩いてその場を逃れる。耳たぶをストンピングで弾かれた砂埃が叩く音で飛びそうになる意識が繋ぎ止められる。
地面を転がり起き上がる、もう目も見えなくなってきたが、構わない。
我武者羅に駆け出して、地面を蹴って高く飛び上がる。ぼんやりと見えた揺らめく影の肩めがけて膝を打ち込む。どうせ倒れないのだから、そのまま組み付いてしまうつもりだったが、そこが限界だったようだ。
宙を舞う此方を狙いすましたかのように、いや、まるで自分で当たりに行ってしまったかのように、杭のような見事な打ち込みが彼の身体を貫く。必死にかろうじて前に出していた手を硬くして受け止めようとするが、気の安め程度にしかならなかった。
まずは衝撃、続いて風を感じて、最後に痛みと音が体中を覆い尽くした。受け身など取れそうもない。食いしばっているが、噛み合せた奥歯が、まだあるかもわからない。
地面に弾みながら、吹き飛ばされているのに、打たれた所しか痛くない。
彼の膂力も決して貧相なものではなかった。だが目の前の男はすべてが規格外だった。
それでも転がる勢いが止まった後、彼は痛烈な痛みで気が狂いそうになりながらも、左手で地面を刮ぎ取り、拳に握り込んだ。そのまま渾身の力で、そこを支点に身体を持ち上げる。
「────ッンガハァ!!」
血を吐きながら、それでも気合と根性で彼は立ち上がった。
辛うじて、全身が軋むような痛みのおかげで意識を失っていない。意識を手放した方が楽になれるかどうかなんて、考えるに値しない。目の前の影を倒せなければ、何も意味がない。
それ以外には、何も価値がない。
速く速く戦わせてくれ!!
体の奥底からそんな声が聞こえるかのように、彼の身体は戦闘を求めていた。
きっと、子供の投げる石礫を食らっただけで、今の自分は倒れてしまうであろう、だが、今立っていることその事実こそが、何よりも大事だった。
彼は死ねないのだ。目的を果たして、自分の命の意味に価値を見出すまで。
ゴミクズみたいな人生を送っている彼は、ゴミクズにすら劣るような、おぞましい生き方しかできていない。
それは彼が今まで喰らってきたものを貶める行為だった。
人の胎から生まれたものも、ガラスの筒から生まれたものも、全てがこんなゴミクズ以下の、下等生物の排泄物程も価値がないモノにすら劣る事になってしまう。
「死にたくない……生きたくない……死ねない……生きられない……」
ならばこそ、彼は勝利を勝ち取る必要があった。
本当は、戦うことが楽しいわけではないのだ。
今までで積み重ねてきた人生が、これしかないのだ。
自分のこの体の冴えと、戦闘能力を否定することは、今までの自分の細く不揃いな轍にすら、土をかけることで。
それだけは許されないことだった。
「生きられないのに、死んでたまるかぁ……こんなの間違っている……」
ならせめて楽しもう。
戦って、勝ち取って、それで終わりでよいのだ。
価値ある存在と雌雄を決することができたのならば、自分の血肉となった、あの白い肉たちは、
討ち取った首と同等の価値を持っているのだから。
霞む視界が、再び剣を取り出し、此方へと歩を進める影を見据える。
立ち上がり、活を入れたが、強すぎる痛みで脚が動かせる気がしない。
なら、別の勝ち筋を探す。
脚が砕ければ拳で、拳が砕ければ歯で、敵を滅ぼし尽くす。
彼は無意識に、だいぶ慣れてきたのに、既にボロボロになってきている服の懐を弄った。
いくつか投げられそうなものがある、木の実は丸くて軽いが、極彩色の石は当たれば痛そうだ。
3つを握りしめ最後の抵抗とばかりに、影に向かって振りかざそうとすると、強く握りすぎたのか、石が砕けてしまう。
その刹那、彼の身体が硬く熱く強張った。
痛みだ、先程影に殴られたときのような痛みが、彼の身体から再び発せられていた。
自分の中の何かが、より鮮明に駆け巡っていくことを感じる。虹色の光が、地面より溢れ出し、環状に取り囲む。神秘的なその光景は、科学信奉者には訳のわからないもので、神秘信奉者にはありえないものであった。
どちらでもない彼はただ、その光景を目に焼き付けていた。
光が一層強くなっていく中、彼の左手の甲に、赤い文様が現れた。縦に長い楕円に左上の方向へと弧の形が大きく突き出て伸びている。右中央側からも同じく弧が小さく伸びる。左右非対称な歪んだその模様に、彼は一切気づくことがなく、光の先を見つめていた。
「サーヴァント、キャスター……」
光が収まるとそこにいたのは、女だった。
小さな白い帽子を頭に載せ、赤い宝石のあしらわれた装飾品が額を覆っている。髪は長い濡羽のように、腰元まで背中を覆うように伸びている。憂いを帯びた新緑のような瞳より下は、白い布に覆われていてもなお、美しさを感じられる。
そして何よりも、浅黒い褐色の肌を僅かな布が辛うじて隠している肢体は、蠱惑的で恐ろしいほどに実っており、魅力的という言葉が陳腐に聞こえるほど、美しい女だ。
「喚ばれて、しまいましたか」
長い杖を左に持ったその女は、暴力的なまでに浅ましい男の欲望を向けられるような身体を持ち、燃える街に照らされ、それはより一層美しかった。だからであろう、彼はその女を初めて、『食べたくない』と感じることができた。
その女を視界に入れた瞬間、まるで今まで囚われていた柵から開放されたように、身体が軽くなった。
後一度だけ、それなら動ける。
彼は此方に迫り来る影へと向き直る、光を直視したからなのか、今度ははっきり、その影が見える。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
「マ、マスター!! あ、あんな物が来たら、死んでしまいます……!」
どんどん新鮮なことが起きる、自分に庇護を求めるようなことを言ってくる存在に、彼は会ったことがなかった。命乞いならば何度も会ったが、無視するか、聞き入れないかのどちらかだった。
だからこそ彼は、実に12年ぶりに、自分の意志を自分の意志で伝えることにした。
「そこで待ってて!!」
「!? ま、マスター? 何を」
走る、ボロボロの身体で、死体と見紛うような体躯で。
目指すは振り上げた斧剣を飛び込みながら振り下ろす影に向かって。
振り下ろされた斧剣はもう、見ていなかった。今はただ、そんなものよりも見たいものがあったから、彼は全力で駆け寄り、そして振り下ろされるのよりも速く、渾身の鍛え抜いた蹴りを、下から掬うように影の顔へとねじ込んだ。
着地は考えない、蹴りぬいた爽快感のまま地面に背中から倒れる。もしかしたら頭を打つかも知れないし、剣に切られるかも知れない。だが、そんな事は起きないという確信があった。
「■■、■■■、■■■ー」
断末魔だ。親の声など知らぬ彼には、子守唄よりも聞いた心地よい勝利を祝うその声を聞きながら、拳を宙へと振り上げた。
「勝っ────たぁ────!!」
地面に倒れ込んだ彼は、何もかも開放された気持ちから思わず雄叫びを、否勝鬨をあげた。
そんな事を生きて生きてしたこともなかった。
それでもそうせざるを得なかった。彼は人生で最初の歓喜という感情が処理できないのだから。
「マ、マスター!!」
逆さまになった視界に、此方へと駆け寄る女性の姿が見える。長い脚はすらりと伸びつつも、女性らしい曲線を描いている。脚の間には白い布がひらひらと風に舞っており、それがまた扇情的であった。
「アハハハッハ!! やった! やった! 勝った! 勝てた!! 俺の価値が! 勝った!!」
「お怪我を……ああ、ひどい怪我死んでしまいます」
彼女は杖を一振りすると、ポンッという軽快な音とともに、蛇女(ラミア)が現れる。いくらか彼女が言葉を紡いで、そのラミアから液体の入った入れ物を受け取ると、それを彼に飲ませた。
すると見る見るうちに、彼の傷はふさがり、色冷め始めていた顔も、血の気を取り戻す。
「ああ、ありがとう」
「いいえ、貴方が死んでしまえば、私も死んでしまいます」
「?? どういうこと? まあいいや」
彼は、満足に動くようになった身体を確かめるように、起き上がりその場で軽くはねて体を動かす。
「改めて、マスター私の名は────「よっと!!」きゃ! な、何を?」
「美しい人!! あなたのおかげで助かった。ありがとう!!」
体の調子が問題ないことを確認した彼は、そのまま女を『昔習った女性を抱き上げる作法』に従い抱き上げる。膝の裏と背中に手を回すということらしい。
そしてそのまま、森の茂みの方へと足を向ける。
「いえ、礼にはおよびません……あの、これは?」
「この嬉しさを、あなたと分かち合いたい」
彼女にはその言葉で、マスターの狙いを察してしまったが、それを認めるわけには行かなかった。それで安全が確保されるのならば全く構わないのだが、なにせこの場は、彼女が最も嫌う、危険に溢れた場所だった。
「そんな……困ります。マスターこの場がどんなところか、おわかりでしょう?」
「いや、わからないぞ?」
「それでは、まずお話しさせていただきます」
彼はその言葉にピタリと脚をとめた。不思議と彼女の話に聞き入ってしまうような、魅力と力があった。それはまるで、何千回も繰り返したかのような、熟達する必要があったような堂に入る語り口だった。
「ですが、その前に改めて名乗ることをお許しください。」
そこで一度小さく息を吐いた彼女は、身体を軽くよじり地面に降り立ち、彼と向き合った。
上目遣いで覗き込むように、彼女のマスターの顔を、透き通った瞳を見つめて、彼女は彼女の知るすべてを語るために、
────まずは自身の保身のための契約を迫ることにした。
「私の名はシェヘラザード。単純な一つの願いを聞き届けてくださるならば、私は永遠にあなた様を王としてお仕えするでしょう」
この時、彼は初めて、自分のいる状況が染み入った。
もともと与えられていた知識を、『人間』より聞くことができたからだ。
長い長い人理を取り戻す旅の一夜目はこうして幕を開けたのであった。
くぅ疲
みんなも、偉大なるbiim兄貴とでち公様を見習って、RTA風小説かこう!
単発でもレギュを決めれば走れるゾ。俺もやったんだからさ?(同調圧力)