[WR]FGORTA YAMA育ちレギュ [66日22時間15分32秒] 作:HIGU.V
その獣は、常にその少女と共にいた。
あのろくでなしのクソ野郎に追い出され、人と関わりを持つと自分がどうなってしまうかを正しく理解していた彼は、純粋で真っ白な、自分と他人を比べて憐れむことも羨むこともしない少女と共にいた。
自分がどういった存在なのかを気取られぬまま、比較的に平穏に過ごしていた。それでもあのクズを見かけたら天誅を食らわせるつもりだが。
だからこそ、彼は少女の腕の中で過ごしていた。
そしてこの巣が燃えた時に、美しいものを見た。
お互いがお互いを思い、身を投げ打ってもかまわないという心。
その輝きはそれからの旅でもずっとあり続けて、彼女と彼の美しいものを見れた彼は、そのままでいられた。
フランスで、ワイバーンに怯えながらも立ち上がり、ローマで意思に反して戦う人を乗り越え、オケアノスで在り方が悪でも悪者でないと知り、ロンドンで人との関わりを知り、アメリカで人の営みの流れを知り、聖地では自身の在り方を見つめ直した。
そんな二人を彼は、祝福したかった。
「フォウ!」
「あ、フォウさん、お見舞いにいらしたシンドバッドさんは、先程お帰りになりましたよ」
この少女の旅路を最後まで見る。それが今の彼の目的である。この少女とあの少年。それ以外には、ある種全く興味がないのだから。
その彼の考えは、彼が彼でなくなるそのときまで、終ぞ変わらなかったのだから。
そこは簡素なステージ。たまに気まぐれに彼女の同僚が話を語ったり、彼女自身も踊ったりと何回かは使ったという程度の場所。生前働いていた『ミセ』の設備と比較しても大差ないような、いうなれば前時代的な設備。
部屋の照明は落とされて、それでも壇上だけが明るい中で、彼女はマスターの、シンドバッドの手を取っていた。
「そうそう、上手よ。右足はこっち、左足はこっちよ」
「あ、ああ。難しいな」
「あら? 筋は良いわよ、武術をやっているからかしら?」
お世辞にも軽やかにとは言えないが、それでも楽しそうに踊る二人。マタ・ハリも社交ダンスやフォークダンスなどは専門ではない程度だ。基本は自分を魅せる踊りが本職なのだから。
そんな事はどうでも良いほどに、彼女は楽しげに男を誘わないで踊っていた。まるで今目の前の男性の姿を目に焼き付けるように。
「ねぇ、マスター」
「なんだ……グレーテ」
「フフ、覚えてくれたのね……そうね、マスターはいい子だもの」
くるりとターンして少しだけ相手に体重を預けて彼女はそう呟く。それは確かめるように、そして自分に言い聞かせるように。
彼女の通り名は通り名でしかないが、それでもそうして喚ばれたから彼女はそう名乗っている。しかしながら本名を、何よりもそのあだ名で呼んでもらいたい時もあったのだから。それは出会いという意味ではどこまでも幸せなことだ。
通常の聖杯戦争はこんなに長い期間やらない、呼ばれるサーヴァントだって、もっと戦闘に向いたものになるであろう。この出会いは本当に掛け値のない奇跡なのだから。
「……もうすぐお別れなのよね」
「ああ、もうすぐ終わる」
「……そうね、ええ」
彼女は先程言われた言葉を思い出す。そして出された提案のことも。それは、ある意味裏切りであり、だからこそ自分には相応しいのであろうと、そう感じてしまった。
「私は、貴方の力に成れていたかしら?」
「勿論だ! グレーテが居なければ、俺は頑張れなかった」
心からの言葉、彼にはウソをつくという概念が存在していない。それはそういうふうに設計されたのではなく、そういう風に育った……もとい育てられたからでもある。だからこそその言葉を信じられないのは、自分を信じられないことと同じである。
「嬉しいわ、私はそんなに強いサーヴァントじゃないもの」
それは事実であり、彼女がいないと局面として困ることは殆どないであろう。それでも彼女はローマより5つの特異点を旅したサーヴァントであり、シンドバッドにとっての特別な存在だった。
「強いとか役に立つとかじゃねぇ。一緒に居たいから一緒に居てくれた。だから俺は嬉しかった、グレーテじゃなきゃダメだった」
力がないならば彼自身が頑張ればいい、それでもダメならば、リツカの仲間を頼ればいい。彼にとっての旅とはそういうものだった。
「笑ってくれたから、優しくしてくれたから、一緒に居てくれたから俺は頑張った! 皆自分のやれることをすればいい。それが嬉しいことならもっと良い」
魅了することにかけては、ケルトのメイヴに劣るであろう。情報を集めるだけならばミストレス・Cで事足りるであろう。軍勢の意識を逸らすのも、そのまま滅ぼしたほうが速い。
魔力消費の軽さという、ある種性能の低さこそが彼女の最大の利点であった。
しかし、そんなものに何の意味もなかった。彼のもとに来たのはマタ・ハリであり、一緒に旅したのが彼女だった。
そう、もっと簡単に言うのならば、好きになった女性だから、それでいいのだ。
「次も最後も頑張ろうな」
そして、その言葉をその意図を理解した彼女には、もう迷いはなかった。サーヴァントの身でできることは、やりたいことは全てやろう。それが彼女の出した結論であった。
それが望まれていないことだとしても。
「……ええ! そうね、その後も、ねっ?」
「ああ!」
いつの間にか音楽は止まっていたが、二人はそのまま舞台の上で笑い合っていた。
「これは、なんというのでしょう、独特な味ですね」
「食えなくはないな」
「そうか? うめぇだろ」
ここはディオスクロイの部屋。この部屋への立ち入りができる人間など彼等のマスター位しかいないであろう。
彼等はマスターが急に持ってきていた、謎のヤドカリ料理を食べる羽目になっていた。別段マズイわけでもないが、何故そんなものを今持ってきたかという疑問に答えないまま、入室して自分の部屋のように座り込んだシンドバッドに対して、カストロは言いたいことはあったが。
ポルクスに食べ物を持ってきたのであれば断るわけには行かなかった。
「それにしてもマスター。なぜ急に?」
ポルクスの疑問は最もだ。なにせ今まで時間が合えば、いっしょに食事を取るということもあったが、こうしてわざわざ彼らの部屋に訪れて、ということはなかったのだから。
「んー? 気分だ、そうしたいと思ったからだ。ポルクスもカストロもまだあってそんなに時間たってないけど、この前の戦いは忙しかったし」
いうなれば気が向いたから。それだけではあったが、意外にもカストロでさえ嫌そうな顔をそこまでしていないのだ。
この男は復讐すべき人間ではあるが、それでもポルクスが共に旅をしたいと思った男であり、そして何よりも神であろうが人であろうが、態度を変えることはなくディオスクロイとともにあった。
それは、このような特別な存在である彼等を、ただのそれなりの戦力として扱ってきた、あの船のことを思い出させて。あそこも、あまり悪い居心地ではなかったから。
「まぁ、こうして食事をするくらいなら付き合ってやらんこともない、ポルクスは健啖家故な、カルデアの備蓄を気にして遠慮しているのだ」
「兄様!?」
「そうなのか? まだたくさんあるから、平気だぞ?」
男二人に、特に兄に対して恨みがましい視線を向けながら彼女は、それでも手は止めないで食事をとっていた。それをカストロは美しいものを見るように見つめる。彼にとっての数少ない大事な存在、それは最愛の妹ポルクスなのだから。
一方シンドバッドは前に出て武器で戦う女はたくさん食べるのだと、ポルクスとリツカのサーヴァントを思い出しながら新しい誤解を覚えていた。
「だが、せめて酒はないのか? 白い葡萄酒がよいな」
「その通りですね、兄様。慧眼です」
シンドバッドにはわからないことだが、酒というものは大変人気のようだ。しかしカルデアの備蓄に酒は調理用のものしかない。ダ・ヴィンチちゃんなら作れるそうだが、マスター達が酒を飲まない、好まないために、他の職員も我慢している様子だ。
「ないと思うぞ」
「そうか、久々にポルクスの酌で飲めれば良いと思ったのだが」
「そうですね……次の特異点で機会があれば、マスターもご一緒に」
「ああ! 楽しみだな」
この前飲んだワインという赤いのはあまり得意ではなかった。それでも、仲間が誘ってくれたのならば嬉しい。シンドバッドは笑顔で二人に答えるのであった。
「あら? 今帰りなの」
「……? ミストレス・C?」
「ええ、そうよ」
ディオスクロイの部屋からの帰り道、廊下を歩いていたシンドバッドは、サーヴァント
ミストレス・Cにすれ違った。
彼女は、いつもの赤い足が見えるドレスではなく、光っているどこか金属みたいな服だ。肌を惜しげもなく晒して、黒いサングラスと赤いブーツが格好良く光っている。端的に言って目に毒であったが、シンドバッドは気にせず声をかける。
「どうした? なんか、違うな?」
「ええ、わたしもいろいろ思う所があったの、今度……いえ後で話せると思うわ」
「うーん?」
「それじゃあ、良い夜を、貴方」
彼女はすれ違いざまに、シンドバッドの頬に唇を落とすと、そのまま去っていった。
シンドバッドは妙な違和感があったものの、彼女を見送り、やっぱり食堂へと水を飲みに向かうことにしたのであった。
「さて、マーリン。ようやっとカルデアが来る様子だな?」
「ああ、そうみたいだね。君はあれから何か見えたかい?」
「見てすらいないわ、たわけが」
ウルク、紀元前2600年という人類にとっては立ち上がり歩き始めた時代。
そこの都市の王座にて窮屈そうに座り、隣の男に声をかける賢王ギルガメッシュは、ようやっとひと段落がついた仕事を頭の外に追いやっていた。
「我が見たのは半年後全ての民が冥界にとらわれてしまう光景。故にこそ、民を決起させお前を喚んでやったのだ」
「うーん、僕としても、もっと綺麗な物語になると思ったら、変なのいるからあんまりやる気なかったんだよね」
でもさすがに呼ばれたから来たけど。そう漏らす人でなしは、あまりにも軽い口調だった。言う成れば推しているアイドルグループのユニットに、推しメンとそうじゃないのが混ざったような、たったそれだけの口調だ。
「何、貴様は魔力も融通してやっていたのであろう? 後はあのウドの細木の人生相談にも乗ってやった。十分であろうよ。ナイルの辺りの奴らではないが、きちんと埋葬しとけばこうはならなかったものを」
「まぁ、僕は君との契約通り、子守だけここでしてるよ。寝付きが悪くてね」
「たわけ、最低でも宮廷仕えの魔術師の仕事をさせるのは止めぬからな」
賢王様は、さぼり癖があるが有能な男という使いづらい駒も問題なく使えていた。むしろ変に都市の外に出さない以上、遊びが少なくレスポンスもよい為、想定よりも仕事が片付いてしまっているほどだ。
「だがお前の言うことにも、一理はあろう」
ギルガメッシュは、半年前に比べて少しばかり痩せたような気がする自身の身体を特に労ることをせずに語りだす。
「必死に綱渡りをしているようでいて、奴らは必死になりきれていない。このウルクの地を踏むことは許せるが、配下にしてよいかは」
「まぁ、ちゃんと目で見てからだよね」
超越者同士だからこそのテンポがずれた会話を、彼らはジグラッドにもうすぐ上る朝日を受けながら、只々紡いでいるのであった。