[WR]FGORTA YAMA育ちレギュ [66日22時間15分32秒]   作:HIGU.V

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エピローグです。


今宵は此処まで

それはどこかの不思議なお城のお話です。

 

そこには一人の王様がいました。

 

彼はずっと一人で暮らしていました。長い間一人でいた王様は人と話す事を忘れてしまいます。

 

ある日王様は、このままだと世界が滅びてしまう、そういう予言を聞いて旅に出ます。誰もいない国よりも、誰かと一緒にいる方がいいと思ったのです。旅を始めた王様は世界を救うために、多くの仲間と一緒に7つの海を股にかけた大冒険をはじめました。

 

友達や3人の美人な奥さん、腕利きの戦士たちと一緒に世界を滅ぼそうとする悪魔を倒した王様は、戦いの果てに死んでしまいます。

 

戦士と一緒に、とても綺麗な奥さんを助けるために、友達を救うために悪魔と相打ちになった王様は、皆に感謝して死んでいったのです。

 

そんな王様は、目が覚めると不思議なお城に帰っていました。

 

不思議に思いながらも、周りには多くの仲間が、あの戦士たちもいます。そう、一人だった王様は、皆が戻ってきてほしいという声を聞いて、お城まで帰ってこれたのです。

 

こうして王様は、3人の麗しくで器量が良くて素敵な奥さんと、名もない戦士たちと一緒に、時々友達のところに遊びに行きながら楽しく暮らしましたとさ。

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このような感じでしょうか?」

 

ある日の千夜一夜チェイテ城の昼下がり、多くの物語を記憶し語っていますが、この度は自身で物語を記してみるという全く別のことに挑戦しています。

 

それは、彼のいる証をより強固にするための物で。半分は手慰み近かったのですが、始めてみれば意外と気づくことも多いものです。たった数分で語り終える短いお話にも、これだけ書き手に込められた思いはあるのだと、また一つ語り手としての技量があがっている気がしています。

もはや、時間的な束縛から切り離されたこの城では、私達は飽きるまで語れますし、好きなだけ書ける以上。少しでもなにか糧となれば、それは何れどこまでいけるかの楽しみになるのですから。

 

この城は、時々ハロウィン要素が暴発する以外、特に過ごすことに不満はないのです。

 

生活能力という点に関しては、私も含めて、マタ・ハリ以外は全員が平均未満なので、彼女がヒエラルキーのトップにいますが、基本的に各々が思い思いに過ごしています。

 

「マスター! 今日はクリンチを練習しましょう!」

 

「ポルクス待て! 服装を考えろ! おい! シンドバッド! くっつきすぎだ!」

 

窓から見えるディオスクロイのお二人は、結局この場に残っています。彼らがそもそもこの場にいるのは、マスターが召喚され得るからという理由でしかない訳なのでしたが。

他の聖杯で呼んだサーヴァントたちと違い、彼らは気が付けばこのあやふやな世界にいらっしゃいました。結果的に、本来は3人だけのつもりのこの城で暮らしています。まぁ賑やかしにはなるので良いでしょう。

 

何よりも、マスターも喜んでいるのです。それは私達にとっても嬉しいこと。

 

 

「ポルクス、カストロ、いくぞ!」

 

「行きますよ! 兄さま!」

 

「まてっ! なんでいつも2対1になる!」

 

「だって、ディオスクロイがそろったら敵無しなんだろ?」

 

「そして兄様はマスターと組もうとしませんし」

 

「こうなるよな?」

 

聖杯からの知識が入ったのか、以前よりだいぶ大人っぽく、普通の人らしさも出ているところがあって。時々昔のあの、何もかもを自分たちに委ねていた頃と違うということを、強く感じてしまいます。それでも一人前の男性になったのですから、それはとても良いことなのでしょう。寂しくはありますが。

 

愛の向きも重さも量も質も、何も変わっていないものが向けられています。それならば、それ以上を求めること無く、こういったあり方を愛でていければ、そう思ってしまいます。

 

「戻ったわよ。あら? シェヘラザード、あなただけ?」

 

ミストレス・Cは変わらず気ままに怪盗をしています。時々立香さんの所にもちょっかいを出しに行っているそうで。というよりも、彼が召喚している方の『シンドバッド』に会いに行っているのでしょう。

まぁ、どちらも彼ではありますし、多少思う所がないこともないのですが。彼女の特権でもありますから。

 

「今回もまた、美しいものが手に入ったわ……ああ、これでまたビューティーでエレガントな、私達に相応しい物を手に入れることができた。あの小娘、もとい自分にはできないことよね」

 

既にどこかに置いてきたのでしょう、彼女の手には何もなかったのですが、恍惚とした表情で、私の後ろのソファーに体を預けて、こちらの方を向きながら彼女はどこまでもリラックスしています。一応この城の持ち主でもあるので強く文句は言えませんね。

 

「みんなー!ご飯できたわよー」

 

そこにマタ・ハリの声が響くと、窓の外の3人もそして私達も直ぐに移動を開始します。なにせ彼女は普通に専業主婦に近い生活をしているのです。

日がな一日、庭仕事や掃除に食事を作ったりと、楽しそうにしています。私は元々王妃と言う事になりますし、ミストレス・Cは変わらずミストレス(女主人)、ディオスクロイはあれで、スパルタの王族で戦士。マスターは言うに及ばずです。

 

「マタ・ハリ! 今日のご飯は?」

 

「あら、マスターおなか減ったの? 今日は、ケールのスタムポットよ! 好き嫌いはダメだからね?」

 

食卓に用意された席は6つ。それぞれが不思議な因果で、一人の人間の処に集まったわけです。ああ、本当にこんな生活はずっと続いていくのでしょう。代わり映えのしない日々が延々と、永遠に。

 

ああ、願わくば……

 

「みんな、大好きだ。ありがとうな、一緒に入れて嬉しい!」

 

 

彼のこの言葉が心からの本心であるように。そう願ってしまうのです。テーブルの向かいに座りながら、私は彼の笑顔を見続けます。死ぬことがないこの場で、世界が終わるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生と死の差というのは、現在を生きている生物の主観的な捉え方の差でしかない。

高次の次元から見た場合、生物が生きているのか、死んでいるのかということ自体が論ずるに値しないのだ。そもそもその区分で生物の状態を生死という『状況』に分類したいとしても、自身の意識以外に自身の生死すら認識できていない以上、何を持って他者が『生きている』とするのか。

 

哲学的ゾンビとはすなわち、唯そこに実在するということの保証なのである。どんなに親しくなっても、相手のことを思っていても、それが自分と同じ主観をもって、共感した上にその行動を返すのか、ただそうあれかしと誰かに決められているのか、自分が認識している相手はいるのか。それすらも判別する方法も本質的には存在しえない。

 

だからこそ、人は自分だけは良いものにしようと足掻く。その方法は、努力して積み上げるものもいる。何もせずひたすら進む者もいる、欺き奪い取るものもいる。そういった多様性のある環境で、どれだけ自分が『強く在れる』かというのが、その人の人間的な生き方というものである。

 

死後の英霊というものが珍しくはあるが存在するこの世界で、今を生きる人にどれだけの価値があるのであろうか? 何が自身の生死を分けているのであろうか?

それは恐らく、自身の生き方がどれほどに誰かを巻き込んでいるかであろう。人を人たらしめているもの、生物を生き物と示しているもの、それは存在があやふやである、他者からの視点、刺激、反応、そして強い感情なのだ。

 

例え自分以外全ての人が、そうあれかしとされた反応を返すだけの、いっさいの自由意思が存在しないものであっても。それでも相手に自分と同種の自己があり、自分の存在定義を相手に委ねたいと思う。そう思えることこそが生きている証拠なのだ。

 

マシュ・キリエライトは自身の生まれてきた意味を知り、それを全うして、自身の生を終わらせようとした。彼女は人よりも短く終わりが設定されているが、周りを見れば彼女より醜悪な環境に生まれて、凄惨な死を遂げ得るものなどごまんといる。そもそも自意識を確立し、食事があり、飢えがなく育つことができていること自体を喜ぶ人もいる。

 

ただ彼女は、何も知らぬまま生き、旅路で多くの色彩を得ることで。最後に自分の答えを得たのだ。結果的に何者かに拾われて、生をつなげたのだが、それは偶発的なものでしかない。

 

ロマニ・アーキマンはどうであろう? 彼はそのマシュを見て、自身のやっておくべきだったことを改めてみる機会を得た。当時の環境としても特殊すぎる、上位の存在に何を願うかと問われた彼は、見る力を知る力こそを望み、それにより何も使わずに一度は生を終えた。

その際に残してしまった、巻き込んだことの片づけをするという形で、彼は本当に終わりを迎えた。生前自身のすべてを終えて、次に進めた人類というのは本当に少ない、彼は独自の方法でそこに至った、確かに生きた人であった。

 

それであるのならば────

 

ただ一緒にいるだけならば、『彼』が生きている意味はない。

きっと彼の在り方はどうしても変わらないからだ。終わりに向かって走っていく彼とは、一緒に居られない。

 

故に、最も苦しみが少ない形が良い。

人であるかどうかというものすら論じなけらばならないほどに変質していった、雑種の竜や、キメラになる彼ではない。そんな彼の形で一緒にいるのならば、安らかに眠っていてくれればよい。

 

そしてなによりも3人は、自分たちと近い形でいる『彼』の方が望ましかったのだ。

 

人の顔を持ち、二足歩行で、優しく接してくれて、激しく求めてくる。そういった性質を持っている『彼』の方が、本物の生きている『彼』よりも求められているということだった。

 

別にそれは裏切りでもなんでもない。だが、同時に別のものへの裏切りであった。

ただ、好きな人に理想の形であってほしいと思うだけの、浅ましくて、それでも人が相手に求める事である。

 

だから、『彼』には死んでもらったのだ。

 

だって、死んでくれた方が、より理想に近い『死ななくて、殺さない彼』が『優しくて、溺れてくれる』彼が『老いることなく、変わらない』彼が手に入るのだから。

 

彼女たちの選択がそうである以上、あと大事なのは、受け手側の感情だけなのであろう。

 

どんな形の方法でも、彼を満足させられるのであれば、きっと彼と彼女たちの関係は良好だ。一夫一妻の論理感がない故に、奥さんがたくさんいても、それで円満にやっているのならばよいのだし。一人と一人の関係でも、求めるものが一致していないのならば、それは不幸せな関係になる。

 

そして『彼』にとっては、好きな人から『何かしらを』貰えるのであれば、なんでも嬉しいのだ。

 

それは死でも苦痛でも絶望でも、『愛』という形であれば、どんな刺激でも。無味乾燥であった人生を歩んできた彼にとっては、声を掛けられるで嬉しかったのだ。子供が好きな人からの反応が欲しくて、嫌がらせをしてでも注目してもらうように。

彼はどんなものでも良いのであり、最初から好意的にこちらを篭絡しようとする、奪おうとするという存在の、探り程度の行為ですら、砂漠にまかれる水ほどに吸収してしまう。

 

自身の存在を、人生を否定して、都合の良い形に歪められて、永遠に閉じ込められることすらも、彼にとっては深い尊い愛情と等しいのだから。

 

いかに不健全でも、彼女達が幸せであればよかったのだ。

 

しかし、なぜかわからないが、余分な物も付いてきた。あの双子神は、彼等なりに正しく導こうとしている。それはきっと、規範的に考えれば良いことなのであろう。

 

それ自体は、彼女たちにとっては不快ではある。フリーライドをされたような気もする。しかし、彼等こそが一番やりたくない仕事をこなしてくれた以上、何も言えないのも事実であった。

 

ならば、ちょっと怪しい趣味まで嗜むことが心配だが、もう離れることもない場所に来た以上。多少の不満には目を瞑ることだ。

 

それが彼女たちの処世術、欲しい物を欲しいだけ手に入れたいが、最低限を手に入れたのならば、妥協をする。諦めるというものだ。

この少し足らなく感じるくらいが良いのであろう。

 

そんなどこまでも独善的、否、利己的な彼女たちの企みは成功した。してしまった。

ここに全てを暴く正義の味方はもう来ない。そうなり得る人物は抱き込んで、報酬を渡して帰ってもらったから。

正義の組織ももう来ない。正義の味方と組織への貢献を考えれば、わざわざ労力を払うこともないであろう。一つはそちらに置いている以上、これ以上を求めてくることも感情的にないはずだ。

 

これは、女達の生んだ醜悪な人形劇。糸を操る者も、操られる者も、紛れ込んだ者も、等しく踊り続ける歪んだ喜劇。だが、百点満点で不満がない。永遠に続く夜明けだけがそこにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、マスター、準備できたわよ、入って頂戴?」

 

マタ・ハリのその言葉に導かれる様に、彼は気が付けば浴槽に体を預けていた。場所は豪華な装飾に包まれたタイル張りの部屋、湯気が広がりつつあるこの部屋にいるのは二人だけ。

 

「かゆいところはないかしら?」

 

「あるものなのか?」

 

「あら? こう言うのは気分の問題よ?」

 

広い浴室には、平均的なサイズともいえる、相対的には小さい浴槽が中央に置かれているだけ。この形式は、きっと日本人にとってはあまり馴染みがないものであるが、シンドバッドにとっては関係がなかった。入浴というもの自体をそこまで好むことはなかったが、好きな人と行うことということに意味があり。マタ・ハリもこの行為自体への憧れがあるからそうしているのであって、機能性など求めていないのだから。

 

「はい、髪の毛終わったわ」

 

彼女は甲斐甲斐しく世話を焼いているのだが、シンドバッドは少々複雑な気分だ。なにせこのようにされると昔を思い出すからである。一人で何も出来なかった、あの旅のはじまったばかりの頃を。

 

「それじゃあ私も失礼するわね?」

 

彼女は泡を洗い流して軽い調子でそう言うと、ふわりと回り込んでそのまま狭い浴槽にするりと体を預ける。人ひとり分のお湯が溢れて外に流れていくが、二人共気にもとめていない。それほどに相手に夢中なのだから。

 

「ふぅ、いい湯加減ね?」

 

「ああ、流石だよ」

 

思わずといった様子で漏れた言葉。彼女は体の力を弛緩して彼へと寄りかかる。状況的にそれは自然な行為であり、誰も見ていない以上止めるものなどいなかった。そしてふとと言うよりは、改めて確認するかのようにシンドバッドの胸板をなでる。

 

「ああっ……ちゃんと温かいわね、本当に」

 

「お湯が暖かいからな」

 

「もう冷たくならないでね……マスター」

 

「ああ、グレーテわかってるよ」

 

生前、鱗のようになり、見た目通り冷たくなっていた彼の忌むべき肌はもうない。なにせ、彼は召喚される際に、そのように調整されたのだから当然だ。人と同じ普通のものがあるだけ、違いを述べるとすれば

 

「傷、やっぱり残ってしまってるのね」

 

体を預けることで、より近くで見る彼の肌にある、無数の戦傷だけであろう。

彼がこの体になってから、肌を合わせる度に、こうする度に何度も見てきてはいるが、見る度に思い出してしまう。

シンドバッドの体は聖杯によって呼ばれ、半ば受肉に近い形でこの世界に固定されている為に、生前の体の傷も再現されていた。勿論、爬虫類のような、竜の鱗のようだった肌はなくなってはいる。それは嬉しいことであるが、経験として得た傷は残したせいか、事実としてそこにあるのだから。

 

「ん、やっぱり嫌か?」

 

「そんなことないわ! あなたが守ってくれた証ですもの」

 

シンドバッドが前線に出て戦い傷を負っていたのは、それほど長い期間ではない。大まかに言うのなれば、オケアノスまでだ。それ以降は、常にサーヴァントが前に出れるまでの、支援程度に活躍する程度だった。

それでも彼の体の傷は多く、それが彼の旅路の険しさを表している様子だった。

 

「あなたは、いつも新しいことを頑張って覚えていくから、私は少し不安なの」

 

「そうか?」

 

彼女は、ローマより旅を共にしてきた。出会った当初の彼は、話すことすらたどたどしさがあるほどに、無知で普遍的なことを知らない人間だった。しかしローマでは初めて海を見て、彼は泳ぎたいと思い泳ぎを覚えた。その後も、閨で囁けばその技も覚えていき、戦い方も新たな武術を身に付けた。ダンスだって教えてみたら直ぐに覚えて上達した。そう、彼は成長をする人間であり、向上心に溢れていた。

 

「私には眩しいわ、先生になる夢も、いい奥さんになる夢も諦めちゃったから」

 

それは彼女の生前の後悔、美しすぎるゆえに、若く優しいがゆえに、彼女が巻き込まれていったこと。生前の不幸の始まり。それを話しながら、落ち込んでいく気分を感じ取ったのか、太い腕が彼女の臍の下鼠径部の辺りに回り込み、きつく抱き寄せられる。痛みとそれ以上の充足感が、心の自尊心を舐めて彼女を絆していく。

 

「グレーテは頑張ってるよ……俺はずっと見てる」

 

「ええ、ありがとう……でも時々考えてしまうの、こんな過去を持った女は、貴方お嫌いかしらって?」

 

「そんなことは全くない、信じてくれる?」

 

なにせ彼の過去こそに、何ら大きなものはないのだ。最低限の生きてきた道筋という虚無に近い物が辛うじてあり、そこに特別意味はない。故に、彼女がどんな過去があろうが、今ここに居られる以上、全力で受け止めて、一緒に居たいという気持ちだけだから。

 

「今、一緒にいる、それで楽しいから嬉しい」

 

シンプルだが、それゆえに強烈な結論だった。二人とも、複雑な経緯があってここにいる。今また会えているから嬉しいのだ。

 

「そうね、らしくなかったわ」

 

彼女は笑顔で彼の肩に頭を預けて、下から彼の顔を覗き込む。彼女の太陽が陽の目に映り込む。

 

「一緒に、今を楽しまないとね」

 

「ああ、そうだな」

 

その人の肌を感じられる体を愛おし気に撫でながら、彼女はこの日々が続くことを祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、飲みなさい」

 

「ありがとう」

 

ミストレス・Cは相も変わらず盗んできたものを愛でながら、勝利の美酒に酔っていた、その美酒も盗品ではあるのだが、彼女的には問題はない様子だ。愛しい男に酌をさせ、自分も注いであげる。それは彼女の至福の時なのだ。

 

「本当に、ここまで長かったわ」

 

「ごめんね、迷惑をかけて」

 

「いいえ、私は怪盗。欲しいものはどんな手を使っても奪い取るもの、ただ今回は、なかなか大きい獲物だっただけのことよ」

 

そうは言うものの、彼女が果たした役割は大きい。彼女がいなければ、仮にシンドバッドが普通に最後まで人理修復を果たしたとしても、その後死に絶えて終わりであったであろう。

正攻法では、何をしても彼の寿命というものは取り除けない。逆説的にメディアなどの神代のキャスターと十分なリソースがあればあるいは……というものではあったが。それでも消耗した寿命の殆どは戻ってこなかっただろうから。

 

たった20名も知らない英雄譚を、守護者にもならずに、怪物の痕跡を残さずに、この場に呼び戻す。タフな仕事だったが、それでも充足感は大きい

 

「マスター、私の真名、気になるかしら?」

 

実は今まで一度も聞かれなかったことを気にしている彼女。明かすことが自身の矛盾になってしまうゆえに、名乗ることはできないのだが。

 

「いや、ミストレス・Cはミストレス・Cだ。俺にとってはそれだけで良い、それだけで十分だよ」

 

「そ、そう?」

 

彼にとって彼女は、ただの大切な人。もとより名前を持たなかった彼にとっては、呼び方は相手がその名前を気に入っているかどうかだけが重要であり、呼んでほしいのならばそう呼ぶという形だ。一人の例外を除いては。

 

「そうね、そういうものなのかもね……って、グラス、全然減ってないじゃないの?」

 

シンドバッドのグラスは一口しか減っていない、彼は酒がやはりまだ得意ではなかった。まぁ仕方ないことであろう、彼にとって発酵しているもの、それそのものに馴染みがないのだから。

 

「ごめんね、ちょっと得意じゃないから」

 

「そう? それじゃあ……こういう趣向はどうかしら?」

 

彼女は彼のグラスを手に取り、口に含むのかと思いきや、それをその場で少しだけ傾ける。すると、当然中身はこぼれていくのだが、水着で抑えられていたものを、さらに左腕で包み込むように抑え、持ち上げていたことにより、首筋をつたって、谷間に赤い水溜りができる。

 

「さぁ? 飲んでみて頂戴?_」

 

「う、うん。わかった」

 

イタズラ気に笑う彼女は、この夜がずっと続けばよいと、そう願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと起きましたね!」

 

どうやら、良いのをもらって、少しばかり気絶していたようだ。シンドバッドは少しばかりぼやけた意識で、すぐに状況を確認する。

 

「だいぶ強くなりましたけど、まだ拳闘では負けませんよ、マスター!」

 

「ポルクス、こいつは厳密にはもうマスターではないのだぞ?」

 

「あ、そうでしたね兄様」

 

起き上がると周囲にはディオスクロイの二人がいる。シンドバッドは、また稽古をつけてもらっている途中に気を失っていたのであると再認識すると同時に、僅かばかりの悔しさを覚える。それは仕方がないことであるが、本能のようなものだ。否定など出来なかった。

 

「好きに呼んでいい、俺は気にしない」

 

シンドバッドは立ち上がりながらそう告げる。そして時計を見ると、気を失っていたのは、ほんの数分という所であった。それでも意識を手放したのは事実である。

 

「やはり、基礎的な数値が上がったからか、見違えるほどの耐久力にはなったな」

 

基本的に辛口のカストロもそういうほどには、シンドバッドはサーヴァントとなって強くなっていた。もとより肉体に関してはかなりの物だったが、その強度の屋台骨を担っていた『多くの物を取り込んだ』という事実そのものが、器が変わったことにより無くなってしまっている。

 

それでも、シンドバッドという幻霊に近い英霊を器に使ったことと、ベースの彼がもとより技量で捌くタイプであった為に、総合的には大きな戦闘力の上昇が実現されていた。

 

「マスターが一角の勇士になられて、私も師匠として鼻が高いです、スパルタ流は正しいのですね!」

 

「ああ、そうだなポルクス、お前の美しさに俺もいつも鼻が高いぞ」

 

「俺も二人が楽しそうで鼻が高いぞ」

 

ずれた発言を返しながら、もう一回と姿勢を低く構えようとするが、やはり足元がふらつく。ダメージはそれなりに大きい様子だ。

 

「あっ! マスター!」

 

「無理をするな」

 

一瞬で両腕を両方から取られて、倒れないように支えられる。こんなやり取りももはや慣れっこであったが、昔に比べて仲は深まったのであろう。シンドバッドはあまりそう感じないのだが、他の人達がそう言っているわけだし。

 

しっかりと重心が定まったのを確認すると、二人はそのまま顔を覗き込む、焦点が定まっているかの確認であろう、双子故に造形が似通っているが、性別が違う二人の顔をこうしてみると、少し不思議な感じはするが、とても美しい相貌に吸い込まれそうになる。

 

「カストロ、睫毛長いな?」

 

あまり近くで見ることのない、二人のグレーの瞳を注視しながら、シンドバッドはそう漏らす。自然に出た言葉で他意はないのであろう。

 

「むぅ!? 何だ!」

 

「兄様、ファイトです!」

 

思わず後ろに跳び退るカストロ、あわや尻餅をつきそうなほどの急撤退である。シンドバッドは疑問符を浮かべながら、更に謎の声援を送っているポルクスの肩に手をかける。急にバランスが崩れたので致し方ない、なにせちょうどよい高さにあるのだ、

 

「というか立てるではないか!? えぇい!! とっととポルクスから離れろ!!」

 

「あっ、もう兄様ったら、私はどちらでもよろしいのに……」

 

双子は何時ものように楽しそうに掛け合いをしている。空に浮かぶ星にすらなったこの神様は、シンドバッドにとって、最強の仲間であり、その象徴的な存在である。信仰という概念を、知識でしか知らない彼が、もし神を信じるとしたら、きっと彼等なのであろう。

 

そんな視線に気づいたのか、二人はいつの間にかじゃれ合いを止めて、此方へと歩み寄ってくる。ふわりと飛び上がり、今度は腕ではなく両手を双方から取られて、中空へと身を投げ出す羽目となる。堕ちても死ぬわけではないが、どんどんと高さを増していく中、双子は空いた手を繋ぎ合い、3人で1つの輪となる。

 

「本当に、ずっと一緒にいましょうね、マスター私達の大切な人」

 

「俺とお前は、ポルクスに捧げられた者同士だ、果てることは許されない」

 

吐息が掛かりそうなほどに顔を寄せられて、シンドバッドはそれでもしっかり耳に届く声を聞いて力強く頷く。

 

「勿論だ、これからも俺を導いて欲しい、二人にはずっと一緒に」

 

その言葉は満額の回答だったのだろう、双神は更に勢いをまして登っていく、日は暮れて紫の空は薄暗いなか、蒼い光が彼等の金糸のような髪に反射している。

 

「元より我等は、欲しいものは奪ってきた身です。余り期待をもたせると、本当に貰っちゃいますよ?」

 

「ローマにある我等の神殿、今残っているのは柱のみだという、3本だけのな?」

 

元より二人はギリシャの生まれ、神であったものではあるが、その文化に深く根ざしている。

故に、何時かレウキッポスの様になってしまうかもしれない。それでも3人は今日この日を楽しく生きるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足を絡める。彼がこの場から離れぬように、貴方の温度を感じられるように。

腕を取り、包み込む。貴方が此処に居たくなるように。

身を委ね、頭を預ける。自分の香りを染みつけて示しているように。

 

そして、彼の耳朶に響くように、甘く優しく蠱惑的に囁く。

 

「……今宵は、此処までといたしましょう?」

 

そんないつものルーチンワークを終えて、彼女はただ同じ寝台の上で、彼の隣に横たわっていた。

 

サーヴァントになっても、もはや彼女の物になったといっても過言ではないほどに、目の前の男を染め上げたのに。それでも何時か、目を離せばどこかに行ってしまうような。そんな漠然とした不安に苛まれる時がある。

 

彼女は何時だって、寝屋の上にいる男を信用できない、生前から、魂からそういうものだからだ。それでも、全幅の信頼と、根の深い依存をこちらに向けるように、彼のことは育て上げてきた。だからこそ、彼女は安心してすべてを委ねつつ、同時により多くを求めようとする。

 

「ふふっ、そんなに気に入ってくださいましたか」

 

「うん、すごく良かったよ」

 

余韻が残る甘い痺れと、今も少しだけ弄られているもどかしさを感じながらも。それでも息を乱さぬように、少しの合間で呼吸を整えること。それは語り手としては必須の技術であり、彼女もサーヴァントである以上、その程度の事は容易かった。

 

「ふふっ……頑張った甲斐がありました」

 

だが、それでも少しだけ肩で息をするように嘯けば、彼は優しく肩を抱き寄せて、逞しい腕で包み込もうとする。

ああ、これだ。こんな風に、どこまでも優しく私を包み込み、安寧を感じさせて欲しいのだ。

 

狂って殺すことはないでしょう、怒って罰することもないでしょう。激しく求められて死んでしまうことは……もしかしたらあるかもしれませんが。それでもきっと、死ぬ前の部分で止めてくれるように、仕込みもしておりますと、きっと彼女は言うのであろう。

 

それは、欲しいものを時間をかけて、欲しい形にして、欲しいようにした。まさに欲しいがままの女の手腕に裏打ちされた確実な成果であった。

 

「どうした?」

 

此方に気を遣うように顔を覗き込んでくる、その彼の額に汗一つ書いていないのは少し癪だが、今日はそれでも良いのだ。本当に彼を溺れさせるのならば、もう既に一人だけでは足りないのだから。

 

虚脱感と共に体を寝台にあずけて、少しずつ思考が正常に戻ってくると、彼女はもっと欲しくなってしまう。

彼女の体は既に悲鳴を上げているが、心もまた別の悲鳴を上げている。浅ましくも求めている。

 

『欲しい、欲しい、もっと欲しい。もっと私に溺れて、もっと安心させて、もっと安寧をください』

 

愛と生存欲が結び付き、生前の恐怖と生存本能ゆえに磨いた技能は、暴走を始めている。

死への恐怖という、マイナスの物から逃げるために踏ん張った彼女は、その技術を遺憾無く発揮して、プラスの極点へと、上り続けてしまう。

 

彼女にとって、現状維持こそが目的であり、それが不満なのだ。既に安全と感じているのに、今を安全にするということは、次が安全でないかもしれないという思いに、徐々に置き換わっていく。

そして今の幸せを、『より強くしたい』という思いが、欲深く浅ましい女へと思慮深い彼女を変貌させていくのだ。

 

人というのは、危険なところから戻ってきた事に感じる安堵感そのもので興奮してしまう。その興奮が強すぎる故に心を壊した彼女。生存への回帰が、生きる前提にあった彼女にとって、絶対の安定という今の場においては、通常通り満足するには、常に満たされ続ける必要がある。

 

それこそ、もう2,3人増えてもらって、まとめて同時に求めてもらい。結果死にそうになるくらいの方が、彼女にとっては安心するのかもしれない。きっと彼は殺さないという確信があるゆえに、同時に彼女はより強く求められたいと思ってしまうゆえに。

 

「ふぅ……すみません、マスター。私はどこまでも、卑しい女のようです」

 

彼女にとって、行為も手段であり、目的ではない。生きる事、自身の周りごとの幸せの存続が、目的であるのだから。安定しきった今の状況は少しだけ危険であるのだ。

 

「どうしたの?」

 

そんなことを露とも知らずに、この男は私という沼に入ってくる。少々大きすぎる故に、膝までつからせようとまだ余裕があり、どんどん深く潜ろうとしてくる事が心地よい。そう彼女は思ってしまう。

 

「ふと、考えてしまうことがあるのです、英霊にとって逸話の再現というのは、宝具であるということを」

 

「今なら、少しはわかる。だから続けてよ」

 

昔なら、どういうことだ? そう帰ってきたことが、こうして聞いてくることが、少しだけ悲しい。これは彼女が教えたことでなく、サーヴァントになったことで、頭に入った知識なのだろうから。

 

「きっと、難しいでしょうけど。私のこの宝具は、私が語ったことで世界を騙す物語の再演ですが、それはすなわち、私が生き残るための術そのものとも言えます」

 

「そうだな」

 

シンドバッドは気にもしていないが、彼女の所作のすべては、一人の王の関心を得るために磨かれたものである。満足させ、期待させ、殺されないように働き続けた、そのすべてが千夜一夜物語である。そういう解釈は別段おかしいことではない、なにせ彼女は、語り手であると同時に、その物語の登場人物なのであるから。

 

「この宝具は生前の私の技量の再現、生存のために取った行動すべてが宝具であれば、もしかしたら騙せるかもしれません」

 

「……何が欲しいの?」

 

シンドバッドは、賢くなった、いや平均的な聖杯の常識を中途半端に入れられた程度ではあるが、それでも多少のことは知った。そしてその知識と、何よりも経験則が、今まで長いこと接してきた彼女を見て、きっと何かをしようとしていることは、強く分かった。

 

どんなに馬鹿馬鹿しくても、どんなに難しくても、それが自分の協力がいることであるのならば、力になりたい。

それはシンドバッドの存在意義、彼が人間性というものを辛うじて失わないでいれたのは、確かに少年の頃の一人の女性のおかげだ。彼女がシンドバッドに人間性という種を植えた。

その発芽しない種だったものが、育ち実を結んだのは、ほぼ全てこのシェヘラザードが懇切丁寧に水を与え世話をしたからである。

 

彼にとって、サーヴァントに序列は一切ない、それでも一番自分を大きく構成しているのは彼女なのだ。

 

「私が、あの王から殺されないためにしたことの一つが、あなたともできるかどうか、試してみたいのです」

 

シェヘラザードは、というよりも千夜一夜物語は、多くの人の手によって、多くの改編と編纂がなされており、オリジナルなどあってないようなものだ。

そして、その中には様々な結論と枝葉の分岐があるとも言える。大きな流れの中に手を加えた人物の意思が多く介在する故に、逸話自体の遊びが非常に大きいのだ。

 

「婚姻というのは、つまるところ、家同士のつながりを、血で結んで強くするものです。それゆえに不貞は許されないのですが」

 

彼女の倫理観的にはそのような解釈となる、家の繋がりを血で結ぶのだ、夫婦同氏は他人なので、証を作って契約とするのだ。それによって彼女は殺されなかった。そうされる話もある。

 

「できるかな?」

 

「やってみましょう、私にも曖昧なので、丁寧に何度でも」

 

それはこれから千と一つの夜程は繰り返してみようとする、彼女との新しい試みだった。シンドバッドは何時もそうだ。彼女がそういうのだから正しい。歪んだ関係だ、不健全ですらある。しかし彼等の主従は全幅の信頼を向けられた彼女が絆されたから続いている。これもまた主従のあり方の1つなのであろう。

 

「私と貴方の間に、子供を3人程授かれるか、やってみましょう?」

 

千夜一夜物語の終わり、王妃シェヘラザードは子宝に恵まれて、王様は長い夜を経て良い心を取り戻し、幸せに暮らしたという終わりまでなぞる。逸話再現という宝具の昇華という実験。きっと長い険しい道程になるであろうが、二人なら歩いていける。道がなくなればそのままそこに居ても良いし、別のところを目指してもよし、戻ってきても良い。何をしても彼女とならば楽しいと思える彼なのだから。

 

「それじゃあ、もう一回頑張ろう」

 

「い、いえ、次からで充分、あっん、マスターそんな、いけません……」

 

そうして夜は更けていく。だが、朝は必ず来るのだから、彼等のお話はここで終わるが、朝と夜は巡り回るのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そうして、6人は末永く、楽しく暮らしたのでした、めでたしめでたし……」

 

女は、長い長い話を終えて、読んでいた書物を胸にしまい込む。

 

「物語は、ここまでです。だって、もう日も登りきってしまいましたので」

 

外から差し込む光は眩しく、夜はずっと遠くに行ってしまったのであろう。

だが、日はまた沈むのだ。

 

 

「それでは、皆様、良い夜をお過ごしください……ご清聴ありがとうございました」

 

 

 

改めて好きなヒロインは?

  • シェヘラザード
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