悠々自適猫生活   作:充椎十四

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拾ったのがネズ氏だった版、番外編


【箸休め】スパイクタウンの幸せなぬこ

 ネズがそれを見つけたのは、日が落ちたばかりの街中だった。定期的に手を入れているとはいえ、使わない家はすぐに朽ちていく――何年も前に閉店した店と、今もなおこの街にしがみつくように店を開き続けるレストラン、その間にある細い路地にきらりと光る双眸があった。

 ゴーストタイプのポケモンかと思い放置しかけたネズだったが、それがぬるりと動いたことで認識を改めた。ゴミ箱の中から、モルペコより一回りほど大きい程度のレパルダスが出てきたのだ。他地方のポケモンだろうか。闇に紛れる濃い色の体毛と薄汚れた腹巻の小さなレパルダスを見るのは初めての事だ。

 

 寂れた街の、と冠詞が付くとはいえネズはジムリーダーだ。ガラルに暮らすポケモンで知らない種類はないし、ガラル地方におけるポケモンの所有や持ち込みについての規則はそらで言える。

 あの小さなレパルダスはガラルのポケモンではない。そしてゴミ箱から出てきたこと、手入れがなされていない毛並みや腹巻からして、今現在トレーナーの手持ちではない。密輸か逃げられたか逃がしたか、何にせよジムリーダーとして見過ごせない事態だ。

 

「面倒なことをしてくれやがる奴がいたようですね……」

 

 溜息を吐き路地へ爪先を向けたが――小さなレパルダスは怯えた様子で奥へ逃げて行ってしまった。迷わずスカタンクを出し、小さなレパルダスを連れてくるよう指示を出す。

 五分も待つことなく戻ってきたスカタンクの口に、だらりと伸びた小型ポケモンがぶら下がっている。

 

「バトルしなかったんですか」

 

 スカタンクにも小さいレパルダスにも怪我一つない。レベル差があり戦意喪失したのかもしれない。

 何にせよ怪我がないのは良かった、とモンスターボールを当てた……が、何故か作動しない。誰かが手持ちとしているようには見えないのだが。

 

「今晩だけでも保護、ですかねぇ……面倒ですけど」

 

 スカタンクの頭を撫でて仕事ぶりを褒め、地味な色をした小さなレパルダスを逃げないよう腕に抱いた。体重は三キロなさそうだ。軽い。

 大きさに対して軽すぎるポケモンは、ネズの憐憫など知らぬ顔で、自らの口の周りをぺろりと舐めた。

 

 手持ちのポケモンもドラゴンタイプのような巨体でないし、兄一人妹一人の家は大きくなくて良い。流石にそれぞれ個室はあるがベッドが部屋の半分を占めるような広さで、お互いのプライバシーが守られることだけは長所と言えるだろう。まだ一桁の年齢の妹は日没が門限、ネズが帰宅した時には既に家にいた。

 

「帰りましたよ」

「お帰り兄貴――その子は?」

「ゴミ箱を漁っていたので保護しました」

「へえ……ちっちゃくて可愛い」

 

 この小さなレパルダスは生ごみに頭から突っ込んでいたのだ、触ったら汚いとマリィの手を避け、洗面台に向かう。ふわふわの体毛は寒さに弱いからだろう、蛇口から出る水がお湯に変わるまで待ち、洗面ボウルにぬるま湯を溜める。汚い腹巻を剥がせば――バリカンで毛を刈られた腹に縫合痕があった。

 訳有りは確定だ。顔をしかめ、この小さなレパルダスを清潔にすることが先だと頭を振る。泡で出るハンドソープを使い全身を洗ってやる間、小さなレパルダスは大人しくネズにされるがままになっている。洗われることに慣れているのだろう。

 よく動く耳はチョロネコと同じ三角形だが、体の形はレパルダスだ。肉球を押せば薄く頼りない爪がにゅっと出る。口の中を確認すれば、牙も貧弱と言う他ない。本当にポケモンなのか? これでは生まれたばかりのコスモッグの方が頑丈で屈強ではなかろうか。

 

 泡を落とし切ってドライヤーを構えれば、小さな生き物はネズの腕から逃げようとしてぬるぬると暴れた。

 

「濡れたままでは風邪を引きますよ! ええいナマズンのように滑るな、跳ねるな!」

 

 どうにか生乾きまで乾かしたが、この小さな生き物は小ささゆえに機敏らしい。ネズの胸を蹴ってダイニングキッチンの方へ逃げた。

 

「ちょっ! こら!」

 

 ドライヤーを置いて追いかければ、小さな生き物はソファーに飛び乗ったがそこで寝ているモルペコに驚いてクッションと共に床に落ち、じたばたと逃げてテレビ台の下にぬるりと潜り込んだ。マリィの姿がないのは部屋にいるからか。

 テレビ台の前にしゃがんで――あいにくとネズは行儀に厳しい家庭の生まれでも育ちでもないので、俗にいうヤンキー座りだ――優しく声を掛ける。

 

「……何も怖いものはありませんよ。そこは冷たいでしょう、出てきたらどうです」

「そこを出たら美味しいものをやりますよ」

「まだ生乾きでしょうが。ちゃんと毛を乾かしてからならいくらでも隠れて良いんですが」

 

 言葉を重ねても、テレビ台の下に隠れた小さな生き物が出てくる様子はない。ふうとため息を吐いて立ち上がり、先にこの生き物の食料と水を用意してやることにした。

 手持ちたちがまだ小さかった頃の水皿やフード皿は流し台の下にあった。レパルダスに似ているのだから肉っ気の強いポケモンフードが良いだろう――丁度良いことにネズの手持ちには肉食系が多い。水とフードをテレビ台の前に置いてやり、そこから数メートル離れた椅子に座った。

 

 数分待った。小さな生き物がテレビ台の下から頭を出し、耳をぴくぴくと動かしながら水皿に首を伸ばす。首を伸ばすだけでは届かないとなると一歩、二歩、と台の下から這い出て、隠れているのは後ろ脚と尻尾だけになった。勢い良く水を飲む姿はどこか哀れみを誘う。

 未だしっとりとしてボリュームのない小さな生き物の姿に、ネズはふむと考えた。ドライヤーが嫌なのは音か、それとも風の強さか。どちらの要素もないなら、逃げないかもしれない。

 

 玄関からダイニングキッチンに繋がる短い廊下、脱衣所の出入口の正面に小さな物置部屋がある。そこからネズが出したのは小さなハロゲンヒーターだ。デスク作業時の足元用に買ったが、まだ使う時期ではないから倉庫に仕舞っていたそれを、ダイニングキッチンに持ち込んでコンセントに繋げる。

 つまみを回して電源をつければ、ブーンと鈍い音を立てて白い電灯がオレンジ色に染まっていく。

 

 生き物が顔を上げ、ネズを見た。問うような目をじっと見つめ返せば、不機嫌そうに視線を外して――ハロゲンヒーターの前に転がった。

 山盛りのフードは、山の斜面が少し抉れ、減っていた。

 

 

 

 

 

 水差しにパンチしたら異世界トリップした――無機質な空の色と歴史を感じさせる日本ではない街並み、聞いたことのない言語と見た事のない文字の看板。平成原人はペットのクワガタに涙を落とせば帰れたが、私がペットな生き物な場合はどうすれば良いのか。困ったにゃん、と街の中をうろついて、嫌なことに気が付いた。

 私以外に野良猫がいない。野良猫はいないが、野良モンスターやペットのモンスターがいる。街の中でもペットのモンスターと野良モンスターが人智を超えたファンタジックな技を打ち交わして戦っている。

 

 あれらは私の知っている動物ではない。つまりそれが何を意味するかと言えば、巻き込まれれば私が死ぬ。

 鳴き声が静かな猫ちゃんで良かった。うっかり吠えたら目立ってしまう犬だったらどんな目に遭っていたか分からない。雄弁は銀、沈黙は金というやつだな。

 

 頭の良い猫ちゃんは黙ってその場から逃げ、レストランの残飯で腹を満たして生活すること約三日――髪の色のセンスが人智を越えた男に捕獲された。髪が横方向にモノクロボーダーとか正気か? 初めて見たぞこんな髪の色をした奴。こんな髪色を頼まれた美容師さんは大変だったろう。

 髪の色もそうだが、この男はこう、何と言おうか、病的だ。ひょろりとした体格で不健康に細く、顔色もちょっと悪い。全体的な雰囲気として、尖り過ぎてファンとアンチが極端なバンドマンっぽい男だ。

 

『今晩だけでも保護、ですかねぇ……面倒ですけど』

 

 なんだ、私を見てため息を吐くんじゃない。腹の立つ野郎だな。こんなに可愛い女の子をお持ち帰りするのだから、もっと嬉しそうな顔をするべきではなかろうか。

 

 病気一歩前バンドマンに連れ帰られた家には可愛い女の子がいた。未成年だし、この病気一歩前バンドマンが誘拐事件の犯人でなければ妹なのだろう。私を見て瞳を輝かせた顔が可愛い。

 生ゴミ漁りをしていたから汚い自覚はもちろんあり、洗面台で洗われる際は大人しく借りてきた猫ちゃんになった。ハンドソープの泡が薄く茶色っぽく染まる……たった三日でよくもまあこんなに汚れたものだ。

 

 予想よりも優しい手つきで洗われたのは良いが、ドライヤーは駄目だ。音がでかい。人間だった時の感覚で言うなら、解体工事現場に耳栓なしで入るとか、音量マックスのスピーカーが頭のすぐ横にあるようなものだ。

 液体である猫ちゃんの特性を生かして逃げようともがくも、男もさるもの、なかなか逃がしてくれなかった。どうにかこうにか逃げて飛び込んだ先は居間、なんとなく飛び乗ったソファーには変な色のカピバラが寝ていて焦った。最終的に私が隠れたのはテレビ台の下、液体である猫ちゃんでもなければ入れないような細い隙間だった。

 

『……何も怖いものはありませんよ。そこは冷たいでしょう、出てきたらどうです』

『そこを出たら美味しいものをやりますよ』

『まだ生乾きでしょうが。ちゃんと毛を乾かしてからならいくらでも隠れて良いんですが』

 

 男が、子供に言い聞かせるような柔らかい声で何か言っている。しかしいくら親切そうな声を出そうが、奴は私にドライヤーをかけようとしているから駄目だ。絶対に出ない覚悟をもって無視していれば男はまたため息を吐き、テレビ台の前を離れた。

 水の音やカリカリを出すような音がしたな、と思ったらまさしく予想通りで、男は水とカリカリっぽい何かを皿に出してくれていた。それに加え、私にこれらを出した後、離れた場所で座ったのだ。マナーの分かる奴だ。

 先ずは水――三日ぶりの奇麗な水をがぶがぶ飲む。不純物のない水の美味さに胸が撃たれる心地だ。

 そしてカリカリっぽい何か――肉が主成分であるようだが、雑穀の匂いも強い。家にあるものを出してくれたのだろう。ちょっとだけ食べたらやはり麦の風味が強く、えぐみを感じた。

 

 顔を上げれば、男がハロゲンヒーターを出していた。見上げれば見つめ返される――喧嘩を売ってるのか、この野郎。

 しばらく睨み合ったが男は目を逸らさず、仕方なく私が目を逸らした。私は負けたのではない。ハロゲンヒーターで温もりたかっただけだ。嘘ではない。

 

 そんな初日のベッドは台所用足元ぬくぬく電気マットと毛布で、二日目には足元マットが小型犬猫用サイズのペット用ヒーターに変わり、三日目には木製チップの敷き詰められた箱型トイレも室内に設置された。猫ちゃんが存在しない世界で猫ちゃんに必要な物を揃えられたこの男に花丸合格を与えたい。しかし言葉が全く分からないので、男の腕を抱え込み、爪を仕舞った脚で連続キックしてやった。男は不思議そうな顔をしていたが、そのうちこれが私の愛情表現の一つだと分かることだろう。泣いて喜ぶが良い。

 ところで私を家へ連れ帰ったこの男についてだが、不健康そうなバンドマンだと思っていたら、なんと本当にバンドマンだった。どうしてそれを知ったかと言えば、男と同居している妹がテレビをつけて私を抱きかかえたからで、テレビ画面では男がマイクを抱えて歌をがなり立てていた。イメージ通りで笑える。

 

 早朝に出かけた男が読みもせずテーブルに放り投げただけの新聞に、折り込み広告があった。休日なのか妹は十時近くまで寝ていたが、シリアルの朝食を済ますと新聞を開き広告を確認し始めた。

 スーパーの広告らしきものに牛乳だろう紙パックや野菜類にマジックで丸印をつけていく妹の横でそれを覗き――魚を見つけた。切り身ではなく煮干しだから塩分が少し気になるが、えぐみのあるカリカリもどきよりマシだ。

 ワーンワォーンと鳴きながら煮干しを前足で連打すれば、妹が苦笑いしながら煮干しに丸を付けてくれた。

 

『魚食べたいの?』

 

 次に私が目を付けたのは、ササミっぽい肉だ。解像度が悪い写真だからササミなのかどうかはっきりしないが、私がササミだと思ったからこれはササミで間違いない。私はササミが食べたい――誰よりも食べたい……凄く食べたい! ので、私はこのササミの写真を連打させることができる……たとえば断られても。

 胸肉でも良い。

 

 また妹はササミに丸を付けてくれたが、何故か外出する様子がない。どういうことなのか。私の舌は既にササミに染まっているから、早くササミを買ってきてほしい。ちょっとレンジでチンしてから冷ましたササミを食べたい。ササミを求めて胃が泣いている。

 ササミをくれと鳴きながら妹の足元をうろうろと回るも、妹は撫でてくれるだけで家を出ない。何故だ。

 

『兄貴がいなくて寂しいのかな……昼過ぎに帰ってくるよ』

 

 唸りながら家の中をうろうろ歩く。期待させておきながら買いに行きもしないとはどういうことなのか。水をがぶ飲みしても、このじりじりとした気持ちのささくれが治まらない。

 

『帰りましたよ』

 

 一時を回った頃に帰宅した男は買い物袋を持っていて、なんとその袋の中には出汁用煮干しと鶏のササミが入っていた。煮干しを袋ごと部屋の端へ持っていき袋を齧ろう――としたら袋を取り上げられた。

 

『目を離したらすぐとはね。開けてやるから待ちなさい。待て、です。待て。分かりますか、待てですよ』

 

 掌を向けられて繰り返される『待て』という言葉。もしや「待て」と言いたいのだろうか。ちゃんとくれるなら五分程度まで待ってやっても良い。足に擦り付きながらにゃんにゃん甘えれば、ご飯皿に煮干しが五尾も置かれた。

 うーんジューシーで最高。やはり煮干しは良い。もともと持っている塩分以外に塩が加えられていない、自然な味わいが素晴らしい。だが頭部は苦くて好かん。

 

『こら、頭だけ残さない』

 

 首から下だけ食べて逃げようとしたが、男に胴体を掴まれてご飯皿の前に戻された。顔を背けてもイヤイヤと身を捩っても男の手は動かない。

 

「うぅー……わぉーぅう」

『唸らない。身が食べられるなら頭部も食べられるでしょうが』

「うわうー!」

『我儘を言わない』

 

 しつこいので頭も食べ、苦かったので水を飲んだ。今回は仕方なく従ってやったが、猫ちゃんに言って聞かせても言う事を聞くと思うなよ。やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやっても猫は動かじと、かの山本五十六だって言っていた。猫ちゃんはブルジョワでグルメなのだ。この繊細な味覚に合わぬ物など食わぬ。

 

 恨みを込めて睨めば腕組みして見下ろされた。猫ちゃんを見下ろすとは良い根性だ。

 腹立ちまぎれにレースカーテンをバリバリやったら怒られたし、柱に飛びついてムササビの術をしたら無視されたし、食器棚に潜り込んだら摘まみ出された。男はそんな調子だが、宙に浮いたスマホがずっと私を追っているのは何なのだろう。走って飛びつこうとしても逃げられてばかりだ。

 

 廊下は短いし居間以外の部屋は全然広くないが、この家には猫ちゃんが上るのにちょうど良い棚や隠れるのに最適なテレビの裏などが揃っている。多少甘えても許される寛容も、猫ちゃんの生態を理解しようという意識もある。ここはなかなかの好物件だ。――好物件だが、だからと言って私は媚びぬ。猫ちゃんを飼いたければ跪いて乞い、自らが差し出せるものをアッピルするべきだ。バンドマンと妹が私にメロメロなのは魚とササミの件からも確定的に明らか、つまり猫ちゃんはこのおうちで幸せに過ごす。

 

 一生一緒にいてくれや。

 

 

 

 

 

 先日ネズが路地裏で拾った動物は、折れやすい爪に小さく攻撃力のない牙しか持たない。火を吹くわけでもなく、石礫を飛ばせるわけでもなく、濁流を出せるわけでもなく――野生で生きていくには向かない生き物だった。

 6番道路を根城にしているウカッツ博士に遺伝子や唾液の調査をお願いした結果、どのポケモンとも類似しないこと、レベルアップ等による進化をしないこと、人間と同じ胎生であること、肉食であることが分かった。

 

「じぶんはシャーレ上の調査はできるけど、生態調査は向いてないんだよね。これ以上のこと知りたいなら、この遺伝子の本体連れて他の研究者のところへ行きなよ。マグノリア博士とか。ジムリーダーなら伝手が有るよね」

「……ええ、そうします。調査していただき有難うございました」

 

 あの生き物はポケモンではないから、モンスターボールに入らなかった。胎生だから腹を開かれ調査された。なるほど嫌な話だ。

 アーマーガアタクシーでスパイクタウンに戻る途中、マリィからメッセージが届いた。帰りに買ってきて欲しいもののメモと、あの生き物の動画だ。

 

「うなーん、なあー」

「うんうん、兄貴いなくて寂しいねー」

「なあー、なあー」

「うちも寂しいよ。一緒」

「うなー」

 

 生き物がマリィの脛に頭を擦り付け、明らかに甘えている声で鳴いている。

 

「は? 可愛か……」

 

 マリィと小さな生き物の組み合わせが可愛すぎる。それぞれ単体でも可愛いのに、セットにすると可愛いの二乗倍だ。あまりに可愛すぎる動画に、ネズは天を仰いだり片手で目元を覆ったり工夫してみた……が、残念ながら全く効果がない。可愛さで胸が締め付けられるような心地がして胸元を掴む。

 この胸の苦しさは一人で抱え込むべきものではない、ということで、親のスーパーで経理をしている友人を呼びだした。呼び出したと言っても、マリィに頼まれた買い物をするためスーパーに来たのだから、そう大したことではないだろう。

 

「黙ってこれを見やがれ」

「突然呼び出して何なの!? マリィちゃんかわいか~……は? このポケモン何? どこの子? は? メロメロされてないのにメロメロになっちゃうんですけどこれ? かわ……語彙が溶ける……画面がマブい……」

「そうでしょう!」

 

 このカワイ子ちゃん達の動画をくれ、と言われたが、可愛い妹のマリィが映っている動画をくれてやるほどネズの心は広くない。小さな生き物単体の動画なら後で送ってやると約束して買い物をし、家に帰った。

 

「兄貴おかえり」

「留守番ありがとう、マリィ。少し遅いですが今から昼食を作りますから、あと三十分ほど待ってくれますか」

「うん」

 

 素直で可愛いマリィの頭を撫でて留守番の労をねぎらい、さきほど椅子の上に置いた買い物袋から冷蔵のものを取り出して仕舞っていれば、いつの間にか煮干しの袋が逃げていた。――小さな生き物が部屋の隅で煮干しの袋を齧っていた。

 先ほどネズと友人が約束したのを聞いていたからだろう、スマホロトムが真面目にその姿を録画している。

 

「目を離したらすぐとはね。開けてやるから待ちなさい。待て、です。待て。分かりますか、待てですよ」

 

 掌を見せて「待て」と繰り返し、袋を取り上げて封を切る。この小さな生き物の大きさと体重から考えて五尾程度が適量だろうか。

 皿に置いてやればがっつく様子で食べ始め、心のメモに「この小さな生き物は煮干しが好物」と書き留める。しかしこの小さな生き物、一尾はまるごと食べたくせに、残る四尾は器用にも頭だけ残して逃げようとした。

 

「こら、頭だけ残さない」

「うぅー……わぉーぅう」

「唸らない。身が食べられるなら頭部も食べられるでしょうが」

「うわうー!」

「我儘を言わない」

 

 逃げようとじたばた動く胴体を掴んで皿に体を向けさせ続ければ、ついに諦めたのか、見るからに嫌そうな態度で残る四つの頭を食べた。口直しと言わんばかりに水を飲んだのち、恨みのこもった目をネズに向ける。

 

「何ですか、文句が有るんですか。お前を拾ってやったのは俺ですよ」

「うぅー」

 

 手を離したからだろう、脱兎のごとくネズの足元から逃げた小さな生き物は、レースカーテンに爪を立ててバリバリと爪とぎをした。一度手を止めてドヤァと言わんばかりにネズを振り返り、また爪とぎを始める。

 

「こら!」

 

 叱れば広いとは言い難いダイニングキッチンを走り回り、椅子を踏み台にして柱に飛びついた小さな生き物にため息を吐く。ドヤァという顔をしているのを無視して生モノを冷蔵庫に仕舞った。

 ネズが昼食の皿を出すため食器棚を開けっぱなしにしていたら、いつの間にか小さな生き物が食器棚に入り込み、満足そうな顔で狭い隙間に座っていた。もちろん摘まみだした。

 

「悪戯しない」

「ぅううう」

 

 叱責など聞きませんとばかりに耳を後ろに向ける小さな生き物の動画がスーパーの友人経由でスパイクタウン振興会に流れることも、小さな生き物がスパイクタウンのイメージキャラクターに起用されることも――この時のネズは知らなかった。


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