僕が
重い瞼を上げてまず目に入ったのは、涙を溜めて人生で一番幸せな瞬間だと言わんばかりの笑みを浮かべる母上。母上は僕の手を力強くも、優しく握りしめた。僕はその手の暖かさを今でも覚えている。
その傍にいたドラコはそんな母上を不思議そうに眺めていた。僕がドラコ、と呼ぶとドラコは尚更首を傾げた。
外から荒々しい足音が響いてきた。大きな音を立てながら扉は金具が外れてしまうのではないかというぐらい勢いで開かれる。現れたのは父上だ。その背後には怯えて縮こまるドビーが微かに見える。父上は僕を見た途端静止した。だがその表情からは明らかな困惑が伺える。父上は絞り出すように声を絞り出し僕に訊ねた。
「大丈夫なのか?」と。
「うん」と僕は頷きながら答えた。
僕は風邪でもひいていたんだったけ。寝起きのためまだ頭はぼんやりとするがこれといった不快感は無い。心配してくれてるのだろう父上を安心させようと僕は「元気だよ」と笑顔で続けた。
……だがそんな僕の言葉に父上は期待していたような微笑みは浮かべなかった。その代わりに呆けたように口を開き理解出来ないというふうにそのグレーの瞳を向けた。
「……っていう気持ちの良くない夢を何度も見るもんだから睡眠不足で参っててさ。しかもその時の父上の姿を書類棚から飛び出てきたまね妖怪に化けられたんだよ。ついつい正気を失って酒を飲んでも気づかないぐらいにはバカになってたみたい」
「確かに最近ボーッとしちゃって様子が可笑しいとは思っていたけど、まさか一日出掛けてた間に部屋を壊滅させるとは思っていなかったわ」
だけどお義父さまがシリアス顔で書類棚から飛び出てくる光景は見てみたかった、とリャナンシーは呟いた。
僕は荒れ果てた寝室の修理をしながら事のあらましを出版社帰りのリャナンシーに説明する。
説明、といっても僕自身は今日の朝までの記憶が思い出せないのでドラコから聞いた話だ。
どうも僕は怪しげな通販に手を出し、届いた『聖水』なんていういかにもなラベルが貼られた粗悪な酒が入ったビンを飲みまくり酔っ払ってしまったらしい。
しかも僕は悪酔いする性質だったらしく、火花しか飛び出さない杖を振り回し部屋をめちゃくちゃにし止めようとしたルームメイトと寮監に喧嘩をうったらしい。
我ながらなんてバカな奴なんだろう。
自寮贔屓が評判のとてもとても優しいスネイプ先生が減点するほどの惨事となった。……その後すぐに「果敢に兄弟の暴走を止めた」とドラコに点を与えたのでプラマイゼロではあるが。
罰として、というか当たり前なのだが土曜日である今日は一日部屋を修理することとなった。瓦礫と化したベッドは流石に新しく購入したが、それも組み立てたりしなければならなかったり、剥がれた壁の塗装なども命じられた。
スネイプ先生に一通り怒られた後、何があったのだとと部屋の前には他のスリザリン生が集まってきたが、呪文学の授業で『元気がでる呪文』が効きすぎてハイになったクラッブとゴイルが一晩暴れたと言えば彼らは納得して解散してくれた。
ドラコは床に伸びたクラッブとゴイルを少し見てから信じられないものを見る目を僕に向けた。
その時のドラコの表情が例の父上の表情とそっくりだったので僕はかなりの精神ダメージをくらった。
「でも、アナタが魔法が使えないことを気に病んでた原因がお義父さまだったとはちょっと意外ね。傍から見たらお義父さまってポラクスとドラコ坊やに対してかなり甘いイメージだったけど」
「実際可愛がって貰ってると思うよ。良い父親さ。だけど父上の世間的な立場は魔法の力がある血筋を至上とする"純血主義"。その息子が出来損ないだと笑えないよね、って考えると怖くなるんだ。薄情かもしれないけど、僕は父上を信じきれない」
父上は確かに僕を大切にしてくれている。ドラコとも分け隔てなく扱ってくれる。しかしそれは家族という無償の愛を注ぐ対象への扱いなのだろうか。ずっと昔、たった一度のあの顔のせいで僕は父上にとっての僕の価値を見極められずにいるのだ。
「考え過ぎよ……とは言ってあげられないけど別にそんなに気負わなくて良いんじゃない?お義父さまのアナタへの思いも全部嘘っていう風には感じないし。それに、いざとなったらこの出来る恋の妖精リャナンシーが養ってあげるじゃないの!!」
リャナンシーは胸を叩きながら懐から一冊の文庫本を取り出し掲げてみせる。そのタイトルは『妖精とゴースト貴公子の恋物語2』。どうやら売れ行きは去年までのロックハートの本並に好調らしい。世の中って不思議だ。
「申し訳ないけど僕は孤高の一匹狼になる予定なんだ」
ご親切な提案は丁寧にお断りしておこう。
「あら、強がっちゃって。けど本当に辛い時は相談して頂戴よ!アナタの力になりたい、手助けしてあげるから。例えばホラ……杖なし魔法の特訓とか!!」
そう言ってリャナンシーは組み立て終えたベッドにシーツを敷こうとする僕の手を止め握りしめてくる。妖精の手も思っていたより暖かいことを僕は知った。
「……頼むよ」
僕の返事に満足そうにしてリャナンシーは笑みを浮かべた。
しかし、この日行われていたレイブンクローVSグリフィンドールのクィディッチ観戦の結果によって、僕の悩みはまた一つ増えることとなった。
「まさかポッターの新しい箒がファイアボルトだったなんて!貧乏人のアイツがどうやってプロでも早々使えない高級箒をどうやって手に入れたんだ……。しかしあの加速力は素晴らしかった。ファイアボルトの見事なフォルムバランスのお陰だろうな。ニンバスシリーズは尾の先端に僅かながら傾斜があるせいで数年もたつとこれが抵抗になってしまうことが欠点と言われていたがそれと一線を凌駕するカット。前回のニンバス2000が現代の魔法族の技術の最高傑作とされたのにそのハードルを軽々超えてきた。話には聴いていたが想像以上だ……」
グリフィンドールは有力選手のハリーの愛箒が前回の試合で暴れ柳よ餌食になったことで落ち目かと思われていたところ、なんとハリーは最新の超高級箒ファイアボルトを新たな相棒にしてきたことで、以前より更に磨きのかかったプレイで圧勝しスリザリンとの決勝戦へと進んだ。
天才選手のハリーが最高の箒に乗ってプレイする光景は刺激が強すぎたらしい。ドラコは只々ファイアボルトを賛美する"炎の雷教"の信者になってしまった。
同士であったらしいマクゴナガル先生と教室で妙な効果音を叫びながらファイアボルトの飛行を再現しているのを見た時、僕は兄の脳天を叩けば良いのかみぞおちを突けば良いのか分からなかった。