目が覚めると知らない天井……、ではなく去年嫌ほど見た白い医務室の天井だった。
ぼんやりとした頭で何があったか思い出す。確かクィディッチ試合を観ていて……
「リャナンシー!ドラコは、ドラコはどうなった!?」
そうだ、確か試合の中で箒から落ちるドラコの姿を見て、僕は……
「そんなに慌てなくてもドラコ坊は見事な箒捌きで着地したからピンピンしてるわよ。肝が小さい哀れな人……、アナタは勝手に早とちりして気絶しちゃったのよ。まあ、そんなところもアナタのチャームポイントなんだけど」
シーツの端に腰をかけたリャナンシーがため息交じりに語る。
「そうか、良かった。本当に良かった」
どうやらドラコは無事らしい。
その事実に僕の胸には安堵感が広がった。
「だけど、またドラコの活躍シーン見逃しちゃったな。後で文句を言われるだろうな……」
苦笑しながらそんなことを言えるぐらいには元気を取り戻した僕にリャナンシーは何故か微妙な顔をする。
「ええ、ドラコ坊や肉体的にはピンピンしてるけれど、そんなことを考えている余裕があるかどうか……」
リャナンシーの曖昧な言葉に首を傾げつつも、マダム・ポンフリーに押し付けられたチョコレートを片手に僕はスリザリン寮へと帰った。
寮に一歩踏み入れたところで、僕は先ほどのリャナンシーの言葉に納得した。
目に映る光景は厳粛な葬式会場と見間違うほど暗鬱としたものだったのだ。試合の結果がどういったものだったのかは火を見るよりも明らかだ。
毎年クィディッチの決勝戦後はスリザリン寮は暗い雰囲気となるが、今年はそれ以上だ。特に暖炉前のソファ付近からはどす黒いオーラが漂ってきている。
ん?その中央にいるのはドラコじゃないか。
酷く怯えた様子のクラッブとゴイルに絶妙に距離を置かれ、ドラコはソファに下を向きながら不気味に鎮座していた。
「あー……ただいま、ドラコ」
「やあ!お帰り、ポラクス。調子はどうだい?」
僕の呼びかけにドラコは俯いたまま返事をした。その表情は見えないが声音はやけに陽気だ。
「もう少しも悪くないよ。マダム・ポンフリーには疲れが溜まっていたんだろうって言われたよ。心配かけてすまなかった。キミの方は……、気は確かにしてるかい?」
「いやあ、最高で最低な気分さ!!興奮と失望が渦巻く初めての感覚、君に言葉で上手く伝えられないのが非常に残念だ」
そう言ってドラコは僕に笑顔を向けた。僕はその笑顔で彼が正気ではないことを悟った。何か、こう、グレーの瞳の奥に底知れない狂気を感じた。
「そうか。今日は早く休みなよ」
触らぬ神に祟りなし。僕は撤退した。
寝室に向かう途中にすれ違った顔馴染みのセオドール・ノットに声をかける。
「ねえ、ドラコの様子グリフィンドールに負けたにしても異常じゃないか?僕が気絶している間に何かあった?」
「ああ……。実は今日の試合自体には勝ったんだ。アイツがスニッチを捕ってね。だがシーズンの総合得点でスリザリンは負けて……あんな感じになっちまったんだ」
「……なるほど」
母上に手紙を書いてドラコの好きなお菓子をいっぱい送ってもらおうか。
そんなことをベッドで考えながら僕は眠りについた。
───次は自分の気が触れる番なことをすっかり忘れて……。
クィディッチの決勝戦が終わり、その興奮の熱が冷めないうちにホグワーツの生徒はとある現実を叩きつけられた。
6月が迫る中、僕は机に広げた一枚の大判の紙を目線で穴ができるんじゃないかというほど見つめていた。
僕の命綱、カンニングペーパーである。
「1日目は数占いに変身術、その課題は生年月日からの運勢占いと亀をティーポットに変身させること。数占いの方は数字とそれが示すワードの組み合わせを暗記さえすれば何とかなる。問題は変身術だ。特訓のおかげでティーポットの形にできるようになったが、失敗率も高い。しかし呪文学の”元気の出る呪文”の方にも時間を割きたい。優先順位が難しいところだ……」
僕は全てはこの試験に備えるために、この1年多くの時間を捧げてきた。
何もかもは反抗期を急に迎えた杖のせいだ。
魔法実技の科目において、この試験ででる呪文以外はからきし。先生たちからは本気で心配の目を向けられている。だが、ホグワーツの成績評価は8割以上この期末試験で決まる。課題の呪文さえ本番で杖なし呪文を成功させればいいのだ!いいさ、やってやるんだ!!
僕はひたすら試験勉強に打ち込んだ。
リャナンシーには気迫がマジ過ぎて近寄りがたいと言われた。
「まあその気迫のお陰でドラコ坊やがクィディッチのショックから試験に頭を切り替えられたようだから良いのかしら?」ともぼやいていたが。
さあ、時は満ちた。
かかってこい!!
と意気込んでついに始まった試験。
1日目は概ね計画通りにことは進んだ。
数占いは解答紙を全て埋められたし、変身術では質感は完全亀の甲羅のままだったもののティーポットの形はしていた。落第点はおそらく貰えただろう。
2日目は古代ルーン文字と魔法薬学。呪文を使わないので問題なし。
3日目は闇の魔術に対する防衛術と薬草学、それに天文学。
闇の魔術に対する防衛術の課題は障害物走であり、魔物が配備されているなど魔法なしでは苦労する内容であったが、懐に忍ばせていたクィディッチ用のこん棒と鉄球であるブラッジャーを取り出し、魔物にブラッジャーをぶち当てることで乗り越えていった。我ながらエイムが良い。ドラコとの夏休みの特訓がこんなところで役に役に立つとは……。
ゴールの際にはルーピン先生から「来年はビーターとしてクィディッチチームに志願してみてはどうだい?」とお褒めの言葉?をいただいた。
苦手な天文学も、スケッチ課題がだされる方角まで情報を入手していたため事前の対策が残っていたためどうにかなった。
最終日は魔法史と呪文学。
呪文学での”元気の出る呪文”はまあ、酷い有様だった。
僕はクラッブとペアになって互いに呪文を掛け合った。僕は念には念をと、実家のルートを使って手に入れた飲むと魔法の効きがよくなる薬を予めクラッブに飲ませていた。しかし、僕の呪文は思いの外大成功してしまい、薬の効果と合わさってクラッブは過呼吸になるまで笑いの発作が止まらなくなってしまった。悪かったとは思っている。
呪文学の教室を出た時、”元気の出る呪文”の効果をなしにしても僕は最高の気分だった。
ああ!これで試験が終わったんだ!!
何とか全科目乗り切ったはずだ!!
今なら社交パーティーにだって出てやっても良い、と口に漏らしたところドラコは「明日にはイギリス中にバジリスクの血が降るんだ」と馬鹿なことを言っていた。
心なしか夕食も普段の数倍美味しく感じられる。
幸せな気持ち一杯に食堂を後にし廊下に出た時、アストリアがいるのを見かけ、気分の良かった僕は魔法の練習に付き合ってくれたことでお礼を言おうと自ら彼女に声をかけに言った。
……後から思えばこれが良くなかった。
目があったアストリアは、勢いよくこちらの方に走り寄り僕の肩を掴んだ。
「ポラクス先輩。今、借りを返してください!!」
有無を言わさない重い響きをまとった声だった。