ポラクス・マルフォイは陰キャを極めたい   作:於涼

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45話 僕は懐かしい歌声に浸りたい。

 

 

 

 

おかしい……!

吸魂鬼(ディメンター)は魔法省の命令でホグワーツの警備に当たっていて、ターゲットはシリウス・ブラック。魔法使いが完全に縛れる存在ではないといえ、そのシリウス・ブラックが今ホグワーツ内に姿を現していることを奴らは感知しているはず。なんでわざわざ僕らのもとに……!!

 

透明薬を飲んできたのは、もちろん先生たちに外出をばれないようにするためだったが、吸魂鬼の対策でもあった。だから、わざわざ姿だけでなく臭いや体温も隠せる高級品を使ったのだ。……吸魂鬼がどんな感覚を元に世界を認知しているか分からなかったから。

 

吸魂鬼に有効な防衛手段は守護霊(パトローナス)の呪文のみ。

大人でも高難易度の魔法だ。優秀とはいえ1年生のアストリアでは習得していないだろうし、杖が使えない僕が扱える道理がない。

 

逃げるしかないのだ。

 

 

「アストリア!立つんだ!」

 

アストリアは状況を呑み込めていないようだったが、僕の言葉に反応はしてくれたようだ。僕の後に続き駆け出した。

 

 

「リャナンシー、君は守護霊の魔法は使えないのか?」

 

「できないわ!吸魂鬼は”人間”の幸福しか狙わない。だから対抗策である守護霊の魔法も”人間”の魔法使いにしか扱えないものなのよ!」

 

霧の深さから相当数の吸魂鬼がいる。リャナンシーの手も借りられない。

 

僕は冷気により立った鳥肌に汗を垂らす。

 

 

もうこっそりなどと言っている場合じゃない。助けを呼ばなければ。

幸い近くの小屋にはダンブルドア校長がいる。

 

「アストリア!上に火花を打ち上げて――…」

 

 

振り返りながら僕はアストリアに呼びかけたが、真後ろにいたはずの彼女の姿はなかった。

 

「!!」

 

僕は目を見開く。

5mほど後ろで、アストリアが地面に膝をつけていた。

 

転んだのか!?

 

彼女は今にも深い霧に覆われようとしていた。空気が一段と冷え込むのを肌で感じる。吸魂鬼がもうすぐそばにいるのだ。

 

 

「ポラクス!足を止めちゃダメ!!」

 

 

リャナンシーの焦りが滲んだ叫び。

だけど、僕はアストリアから目が離せなかった。

 

アストリアが鈍い動きで顔を上げる。

ローブは薄汚れ、髪も乱れ、目元は腫れ泣いた跡がくっきりと残っていた。胸を張り高飛車な言葉を放ついつもの彼女とはかけ離れた姿だ。

 

 

彼女と視線が合う。

 

 

その瞳は震え、絶望に染まっていた。

 

 

「あ……」

 

口から掠れた音を漏れる。

 

 

「ポラクス!!!」

 

耳元で叫んでいる筈のリャナンシーの声が遠く感じられる。

 

 

 

いやだ、いやだ、やめて……!!

 

 

幼い少年のたどたどしい声が脳裏に響く。

いや、これは……昔の僕の声?

 

 

少年の拒絶の言葉に煽られて、膨大な恐怖が僕の心を襲う。

 

 

ああ、そうだ。

遠い昔、僕はソレを明瞭に見たことがある。

 

そして、その時悟ったのだ。自分は決してコレに勝てないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が頭によぎった時、僕は身体の奥底から焼き尽くされるかのような熱とおぞましい冷気を同時に感じた。

 

自分の身体の輪郭が溶けていくような奇妙な感覚。

そして熱と冷気に内蔵が爛れているのではと錯覚するような激痛。それに耐えようと僕は身体を丸める。

 

 

 

 

 

ふと、

 

 

自分がアストリアと彼女を囲む吸魂鬼たちを上空から見下ろしていることに気が付いた。

 

 

吸魂鬼の一体が、顔を覆ったベールを上げ今にも彼女に死の接吻を施そうとしている。

その光景に僕は無性に苛立ちを覚えた。

 

 

何なんだ、あいつらは。あの少女は僕のお気に入りなのに!

なのに彼女を壊そうとするのか

 

 

僕はそのイライラをぶつけるように腕を振る。

すると突如現れた黒いモヤ……赤い火花が飛び散る雷雲のようなものに吸魂鬼たちは吹き飛ばされた。

 

薄暗い霧と漆黒のモヤが混じり合う。

 

 

吸魂鬼はしばらくこちらを窺うように辺りを漂っていたが、僕がもう一度腕を振るうと何処かへと去って行った。

 

その後ろ姿に僕は満足する。

 

 

勝ったぞ!勝ったぞ!ヤな奴は消えた!

 

 

溢れ出る高揚感に酔いしれる。

こんなにテンションが上がったのはこの間のクィディッチの決勝戦以来だ。そう、あの時はハリーとドラコが熾烈なスニッチ争奪戦を繰り広げ……

 

 

――ドラコは地へと落ちていった。

 

 

吸魂鬼たちが去り、取り残されたアストリア。

彼女は力なく茂みに埋もれるように横たわっている。

 

青白い顔で、いつも力強い光を宿している目は固く閉じられている。

その姿がいつかのドラコと重なる。

 

 

嫌だ、嫌だ!

 

 

激しい頭痛が襲い掛かり、腹の奥の熱も再びじりじりと身を焦がし始めた。

いくつもの電子音のような耳鳴りが降りかかる中、一つ、馴染みのある音が混じっていた。

 

 

「――…ポラクス、ポラクス!!」

 

遠くにあったリャナンシーの声がだんだんと明瞭になっていく。

 

いつもの甲高いその声音に僕は安心感を覚えた。

激しい苦痛の渦の中に溶け込む麻酔のように染み渡る生暖かい眠気に僕は身を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫なのか?』

 

僕が僕である最初の会話。

父上の表情は、今思えば息子を案じているものではなかった。

 

”あり得ない光景を見た”

 

と、ドビーが一つも家具を壊さずに掃除を終えたと報告してきた時とよく似た反応だった。

 

どうして、あの時父上はあんな言葉を口にしたのだろうか?

どうして、あんな”怯えた”顔をしたのだろうか?

 

僕は母上から絶対の愛を受け、父上からも十分な慈しみと教育を受けて育った。それに、隣にはいつも兄がいて。あまりにも満ち足りた家庭だった。

 

だからこそ怖いのだ。

 

 

それが(他者)に壊されることが。

 

 

自分が壊してしまうことが。

 

 

 

あの時、僕は父上の目に”(他者)”として映っていたのでは?

そんなどうしようもない妄想に僕は駆られてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり……」

 

 

とても寒い世界にいた気がする。四肢はかじかんでしまったのか感覚が薄い。しかし、首元だけほのかな温かみを感じる。その熱を通じてトクトクと動く自身の脈が伝わってくる。

 

ん……?この感覚は……

 

 

 

 

「何しているんだ!リャナンシー!!」

 

「何って味見よ、あ・じ・み!」

 

目が覚めたのね!、と軽快に僕の周りを飛び回るリャナンシー。

 

「僕の許可なく吸ってただろ!」

 

「だって、あなたの調子を見るには魔力の味を見るのが早いし。うん……やっぱりアナタの魔力は最高に好みだわ!」

 

満足そうに頬を両手で包むリャナンシーだが、辺りを見ていなかったせいか浮かんでいった先で棚の上に置かれた鉄瓶にぶつかり「いったあい!」と悲鳴を上げた。その間抜けな姿に僕はため息をつくしかなかった。

 

そういえば、ここは……階段裏の隠し部屋か。

 

物置小屋のごとく立ち並ぶ棚に用途の分からない大量の魔道具が詰められた隠し部屋。リャナンシーが元々閉じ込められていた場所だ、今は他人が存在を知らないのをいいことに、魔法の練習やジーニーと会う時によく使っている。

……今日はなんでここにいるんだっけ?

 

 

「あら、まだぼんやりしてる様子ね」

 

僕の心境を読んだのか、リャナンシーはそう言って頭をさすりながら降りてきた。

 

「アナタ1時間ぐらい気を失っていたんだけど……それまでのこと覚えてる?」

 

ええっと、

テストが終わって開放感で有頂天になってたらアストリアに声をかけられて……

 

 

「ああ!リャナンシー、アストリアはどうした!!」

 

そうだ、僕はヒッポグリフの処刑に憤る彼女を宥めるために一緒に城を抜け出して。そこで吸魂鬼に囲まれて……

 

 

「あの小娘なら森番の小屋の前に置いてきたわ。流石に二人ここまで運ぶのは骨が折れそうだったもの。魂を抜かれはしなかったから、多分大丈夫でしょ」

 

リャナンシーは茂みの中で気を失った僕らを運んでくれたらしい。肩をポキポキと鳴らす彼女に僕は素直に礼を言おうとした。しかし、口を開けかけた時、「ねえ、」とリャナンシーが珍しく真剣な眼差しで僕を射抜いた。

 

 

「ポラクス。どうして吸魂鬼たちが逃げたか覚えてる?」

 

吸魂鬼が逃げた?僕らが逃げたの間違いじゃなくて??

 

 

「えっ、冷気で気絶してしまったからよく覚えていないけど……リャナンシーが何とかしてくれたの?」

 

「いえ、私は悔しいけど何もできなかった」

 

リャナンシーは首を静かに首を振る。そして、改めてこちらに顔を向けた。

 

 

「ポラクス、恐怖から逃げちゃダメ。アナタはちゃんと覚えているはずよ……自分が吸魂鬼を追い払ったことを」

 

「ええ?僕は守護霊の魔法なんて……――」

 

 

突如激しい頭痛が走る。

 

 

僕が吸魂鬼を追い払った?

 

追い払う……そういえば、何か鬱陶しいものを手で払った気がする。そう、今のように頭痛に襲われながら……。

 

 

 

「やっと、分かった。アナタの甘美な魔力に混ざる腐った卵味の正体が……!」

 

そういえば以前、彼女は僕が杖を使えなくなった原因をそんな風に表現していたっけ。

鋭い痛みに歯を食いしばりながら、僕はなんとか顔を上げる。

 

リャナンシーは浅く一息吸い言葉を続けた。

 

 

 

 

 

「クィディッチの試合の時も今思えば漏れ出していた。その忌まわしい魔力が……

 

 ポラクス。アナタの魂の半分には、”抑圧の成れ果て(オブスキュラス)”が巣食っているわ」

 

 

 

 

 

 

「……はあ?」

 

 

 

 

 

僕の喉からは、自分でも驚くはど低い音の呻きが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 








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