この世界における魔法の話をしよう。
といっても実践的な魔法の運用テクニックだったり小技のことじゃない。そっちに関しては全くの門外漢なので、あくまでこれは本とかを読んで学べる範疇の、基本的な魔法体系の話だ。
先ず、大抵の魔法には属性というものがある。それらは主に火水風土光の五つに大別されるんだが、どの属性にも分類不可な魔法は第六属性の固有魔法というやつに纏めて押し込められる。
すげー雑な分類だな。考えたヤツ絶対途中で面倒くさくなったんだろうなって最初は思ったんだけど、現在確認されてる固有魔法にはマジで規則性がなくて、こまかーく分類しようと思ったら百とか二百とかじゃ収まんなくなるので応急的な措置としてこうなったらしい。仕方ないね。ちなみに俺が持つ魔法もこの固有魔法に分類されている。
んでだ、固有魔法とか聞くとなんかオリジナルスキル感があってすっごいワクワクする語感があるんだけど、悲しいかな、世間的に評価されるのは五大属性の方だったりする。
理由はひとつ。ノウハウの有無だ。固有魔法は能力こそピンキリだが、使い方によっては強いやつはマジで強くて、五大属性なんてなんのそのって効果を持つのも少なくないんだが、如何せん一代きりの魔法故誰も修練方法や運用方法について知らない。
つまり実戦で活用できるような成果が出るまでかなりの期間を要するってことだ。しかも時間とコストを掛けても使い物になるかも分かんないときたら、煙たがられるのも無理はない。
その点で言えば五大属性魔法の方は過去にも保有者がたくさんいて、教育ノウハウが確立されているので短期間で実戦レベルまで仕上げられるし、そもそも五大属性の魔法はクソ強いのが大半なのでコスパでいえば圧倒的にこちらが良い。
そして魔法において基本的にエリートである貴族連中はこの五大属性のうち、2-3つに適性があったりする。中でもうちの妹は全属性に適性を持つっていうアベレージワンとかいう稀代の天才。そりゃ調子に乗るわ。俺だって乗る。
ちなみに俺は全属性に適性がない稀代の落ちこぼれでーす。いえーい。しかも持ってる固有魔法も実戦じゃマジのマジで使い物にならないっていうどうしようもないカスでーす。ふぉーう。はぁ、糞が。
「人の目の前でため息をつかないでくださいな。鬱陶しい。気が散りますの」
「へぇへぇ、悪かったわね。こちとらやる事が無さすぎて暇なのよ」
俺と妹のアロガシアは今、センセイから与えられた魔法の課題に取り組んでいる。いや、俺はなんにもやっていないのでアロガシアだけがだが。
まあ、俺に限ってはやらないからやっていないんじゃなくて、出来ないからやりようがないだけなんですけどね。
それに対して、アロガシアはなんというか流石だという感じ。
今こやつは火属性魔法の基本中の基本であり、深奥の技術でもある熱制御の練習をしているのだが、これがヤバいのなんの。
やり方は至って簡単。火の中に手を突っ込む。以上。
いやエグいよセンセイ。11歳児にやらせることじゃねえ。一見地味で簡単そうに見えるこの練習方法だが、ぶっちゃけ現役の魔法士にやらせても失敗するレベルの所業だ。
先ず、精神的負荷が凄まじい。
そもそも、魔法の精密操作っていうのはかなり神経を削る作業なのだ。特に熱制御っていうのは精密性が要る魔法の代表格みたいなもので、微細な分子の分布を正確に把握した上で常に魔法でそれらの動きを抑制し続けるなんてことは余程集中してなきゃ出来ない。
加えて、ミスったら即座に手が火傷するというプレッシャー。火の中に手を突っ込むって時点で、安全が確立されていたとしても一般人なら躊躇うくらいなのに、一体どれだけの精神統一が成されていればこれが出来るのか。
「ふぅ」
一段落ついたのか、アロガシアは燃え盛る炎から手を引っこ抜いた。時間にして30秒ほどだっただろうか、さしもの天才少女も堪えたのか顳顬から脂汗を流していた。
先程まで高温で炙られていたはずの右手は相も変わらず白く綺麗なままだ。それはつまり完璧な制御を行っていたということ。ほんとに、羨ましい限りだ。
「あら、熱心に私をお見つめになられて、どうかなさいましたの?」
ちっ勘づかれたか。羨望混じりの視線に気付いたアロガシアはめいっぱいのドヤ顔を貼り付けて、惚けたことを抜かしてやがる。
「別にぃ? 泣き虫で弱虫のアンタがまた無理してドジ踏んだんじゃないかって見てただけよ」
嫌味ったらしく言ってやるとアロガシアは物凄い形相をして俺を睨み付けてきた。魔法は一丁前のくせにこういう所は歳相応だなぁコイツは。そういうとこが可愛げでもあるんだが。
はぁ。昔はもっとちっちゃくて、いつもお姉ちゃんって言いながら背中にくっ付いてきてたのに、どうしてこうなったんだろうなぁ。
まあ俺が不出来なせいですけど。一度見下されちゃ、姉妹関係なんて容易く破綻するわな。はぁ。
なんだか凹まされた気分でセンセイが俺に渡してった羊皮紙を指先で摘む。
センセイは俺の魔法適性を見てくれた人なんだが、ウチで雇われた魔法の家庭教師でもある。でも結構有名な人らしくて、毎日忙しいところを合間を縫って来てくれるもんだから月に二三度しかやって来ない。
そんなんだから偶にやって来るときは個別で見てちゃ時間が無いので俺達姉妹をまとめて見ることになってる。
でも俺は基本的な魔法なんて使えないので専ら妹につきっきりになって教えていて、俺はその隣でペーパー問題だ。馬鹿にしてんのか。
隣で妹がどんどん魔法を使いこなしていく様をこれでもかと見せつけられる姉の気持ちを少しは慮って欲しい。
あーくそ。なんだかだんだん腹が立ってきた。むしゃくしゃを抑えるためにアレやるかアレ。
そうして俺が念じると指先で摘んだ羊皮紙がひとりでに捻れ、折り畳まれ、折り紙みたく鶴を象ってゆく。
これは魔法じゃない。魔力操作の応用だ。魔力は純粋なエネルギーとして活用できるだけでなく、量を貯めて放出するとちょっとした推力になる。
そうやって発生させた推力をこういい感じに捏ねるとあら不思議。手を使わずともこうして折り紙ができるわけである。
すごいでしょ。え? くだらないって? ああ、そうだよクソッタレ。これが俺の全力だ。こんなペン回しと同レベルの宴会芸擬きが俺の魔法技術の全てだ。なんか文句あるか。オォン!?
.........なんか悲しくなってきたな。帰るか.........。
「ちょっとどこ行きますの。まだ先生が課したノルマも終わらせていないでしょう」
席を立った俺の背中にアロガシアがそんな言葉を投げかけてくる。相も変わらず真面目ちゃんだなぁ~おめえはよぉ。
「何処にって、帰んのよ私の部屋にね。いい加減、アンタが必死こいて魔法使ってるとこ見るのにも飽きちゃったのよ。センセイにはよろしく言っといて」
先公がいない今がサボり時だしね、こんなとこにいたってストレスが溜まるだけだからとっととおサラバするに限る。じゃあな!
「あ、そうだ。忘れてたわ」
ふと懐に入れていたものを思い出して、そいつをアロガシアの方に投げる。突然投げ渡されたブツに、アロガシアは慌ただしく両手をワタワタさせながら取り落としそうになったソレをなんとかキャッチした。
手にしたブツをまじまじと見ながら、「何だこれは」とでも言いたげな訝しんだ視線を此方に寄越してくるアロガシアに、俺はぶっきらぼうに告げた。
「火傷に効く軟膏よ。今朝物置からくすねてきたヤツ。隠してるみたいだけど、痛みが酷いようだったら付けときなさい」
お前、上手く隠してるつもりだったんだろうが俺にはバレバレだかんな。今日俺にドヤるためにコソ練してたのかは知らんが、この間から微妙に庇っていた左手の方に結構な蚯蚓脹れが出来てるのが見えた。
精々嫌いな奴から憐れみを受ける屈辱と、日頃から天才なんて嘯いてる自分が地道に努力してるとこを知られた羞恥に悶え苦しむといいわ。ギャハ、ギャハハハハグベェッフォベェッフォ。
*
ギリィと、食い縛った歯が軋みをあげたのを感じた。無意識に、あの女が渡してきた軟膏壺を砕かんばかりに握りしめていた。
あの女はいつもそうだ。私を何時までも子供扱いして、いつまで経っても私のことを認めようとしない。いつも私を見下し、見透かしたような態度を取る。それが酷く許せない。
私はあの女より優れている。才もあるし、十分すぎる努力を重ねてきたし、これからも積み重ねてゆくだろう。
私を見る誰もが私のことを認めてきた。私のチカラを認めざるを得なかった。いずれ世界最高峰の魔法士になるだろうと皆が太鼓判を押してきた。
私はもうただの泣き虫じゃない。ちっぽけな姉の背中について回る弱虫じゃない。
なのに、あのひとは未だに私のことを庇護物でも見るかのような眼差しを向けてくる。私のことを守るべき弱者だと考えている節がある。
違うでしょう!
守られるべき矮小な存在はそちらの方だ。弱っちいくせに私を庇おうとするな。私はもうお前の背中に隠れて蹲るだけの存在じゃない!
そう、思っていたのに。
「なんでよ.........なんなのよこれは.........」
見やるのは、あの女が残して行った、どこかの鳥を模したオブジェに成り果てた羊皮紙。あいつがこれを手も使わず成したのは見ていた。
自分にこれは出来ない。魔法を学んでいるからこそ分かる。一体、どんな精度で魔力制御を行えば魔力の噴出だけでこんな芸当ができるのか。
やろうと思えば出来るものはいるのだろう。それなりの練習を積んだ上で、集中すればきっと出来るはず。でも、あの女のように、まるで片手間みたいにこんな事ができるかは分からない。才能の壁。
「くそっ」
まだあの女は私の上を行っている。足りない。まだまだ足りない。あの女に私を守られるに足る存在だと認めさせるにはまるで足りない。
もっと頑張らなくては。もっと努力しなければ。もっと。もっと、もっと。
でも、それはいつまで?
先の見えない現実から逃避するように拳を振り上げる。その手の中にあるあの女の優しさを振り払えないから、私はいつまで経っても弱いままなのだ。
捨てろ。
捨てろ。
捨てろ捨てろ捨てろ。
捨てろ!
けれど私は、そうやって何度も念じて、何度腕を振り下ろそうとしても、これまであの人の手を払いのけられたことはない。