「長らくお前には辛酸を嘗めさせられてきたが、今日はそうはいかない。決着をつけてやる」
「やれるもんならやってみなさいよ。そのヘナチョコ剣法で出来るもんなら、ね」
「なんだとこの野郎。負けてほえづらかくなよ」
「口先だけじゃなくちっとは行動で示してみたら? まあアンタにゃ無理でしょうがね」
そんなトラッシュトークを交えながら、俺は目の前の人物を見やる。
視線の先、大層に木刀を構えながらやられキャラ特有の三下オーラを振り撒いているのは我が愛しの許嫁であるシリウス君だ。今日も今日とて見るに堪えぬ糞ガキっぷりである。
そんなシリウスと俺が何をしているかというと、果し合いである。というのもこの若僧、俺と顔を合わせる度に俺に勝負を吹っかけてくるのだ。以前私が戯れにウチでお兄さまと稽古していたこいつにちょっかい掛けてそのまま張っ倒したことを根に持っているらしい。女の子に負けちゃって男のプライドが傷ついちゃったんだろうね。
まあ俺も悪いことしたなーって思うし、精神的な年長者として大人気なかったなとは思うんだけど、こいつが弱すぎるのが悪い。
素人の俺から見てもあまりにもすっとろいもんだから負けるに負けれんのよな。それにこいつに負けてイキられるのも癪だから嫌なのだ。
でもまあ、毎度毎度こうして見てると確かに成長は感じられるのは確かだ。以前は馬鹿みたいに突っ込んでくるだけだったのでそこを転ばしていたが、最近は猪口才なことに牽制の真似事は出来るようになったらしい。やたらと剣先をカチャカチャ言わせてる。
まあ真似事に過ぎんがね。見てりゃ分かるが本命の打突を隠すなんて芸当はまだ出来んらしい。やる気ないのが見え見えなんだよな。付き合う気にもなれないから木刀肩に担いで欠伸をかます。
そんな態度を取っていると舐められていると捉えられたのかシリウスが顔真っ赤にしてるのが見えるが、こちとら女の子だから一々構えるの割とキツイんだから多少大目に見て欲しいわ。
生前はこういうのに触ることなかったから初めて知ったんだけど、木刀って結構重いのよね。漫画のキャラとかが片手で余裕綽々と振り回してるのをよく見てたから舐めてたんだけど、無理。重心が引っ張られる。手から離れる。両手持ちでギリだ。まあ、これは今まで身体鍛えてこなかった俺にも落ち度はあるんだろうけど。
そんなことを考えていたら流石に業を煮やしたのかシリウスが木刀を振り上げて吶喊してきた。ご丁寧に雄叫び付きで。
でもフェイントかな、多分。腰が微妙に退けてる。重心が後ろ寄り。次には踏みとどまって、こっちが対応したところをズドンって感じかな。
小賢しくなったもんだ。お兄さまの薫陶のおかげかな。まあ見え見えなんスけど。
けど、付き合ってやる。向こうが右足を踏ん張って慣性を殺し始めたタイミングに合わせて踏み込む。
シリウスの表情がギョッとしたものになる。そらそうだ。想定より深い踏み込み、フェイントを読まれた動きをされている上、慣性を殺しきるまでお前は動けないもんな。いつもみたいにちょこちょこ俺の剣から逃げ回れないってことだ。
でも安心して欲しい。バッサリとはいかん。受けさせてやる。
気持ちスローに振り下ろした木刀を、想定通りシリウスは剣の腹で受け止めた。必然、鍔迫り合いの形になる。圧をかける。ギリギリと軋むような音をたてて、俺の木刀がシリウスの側へと押し込まれてゆく。必死の形相で踏ん張ろうとするシリウスだが、にじり寄る重圧は少しずつ歩を進めている。
膂力だけでこうはならない。男と女。性差による筋力量に加え、まして俺は生まれてこのかた鍛えたことなんぞないので、その差はシリウスの方に軍配が上がるのは確かだ。
だがこちらには魔力がある。魔力の放出によって得られる推力は、使い方次第でこのように剣の重圧を引き上げることにも使える。
シリウスも魔法は使えるので似たようなことが出来ないわけではないだろうが、悲しいかな、そこまで頭が回らないようなのでこのまま潰されるしかないのである。
でもそれじゃあつまらない。俺が求めているのは華麗なる勝利。つまり魅せプだ。
わざと、剣に掛けていた魔力による重圧を解く。瞬間的に、辛うじて拮抗していた力のバランスが入れ替わる。つまり、シリウスの剣が俺の方に押し込まれた。
雪崩込んできた剣を横から抑え込むようにして受け流すと、刃は逸れ、シリウスの体勢が前につんのめった。俺に半ばもたれ掛かるようにして本気で力を込めていた故に、不意に支えが消えて姿勢が僅かに崩れたのだろう。それが、驚愕の表情となってシリウスの顔面に表れていた。
それをむざむざと見逃しはせん。右脚を軸に半身をシリウスの背後をとるように回転させると、遠心力をそのままに肩を押し込んで更に前へと倒してやる。
極度の前傾姿勢。今にも倒れこもうとする身体を支えるために反射的に動こうとしたシリウスの左脚に、その膝を抑え込むように右脚を絡めてやればあら不思議。
「ぐぇっ」
潰れたカエルみたいな鳴き声を上げ、無様にずっこけた。楽勝だぜ。
「はい私の勝ち。これで何戦何勝だったかしら、途中で数えるのやめちゃったけど全勝だってことだけは覚えてるわ」
「クソが。少しは旦那を立てようとかそういうのはないんですかね」
「誰が旦那よ誰が。そういう彼氏面やめなさいよゾッとするわ」
そういうのマジでやめて欲しい。悪寒がするんだよね。こちとら精神テンションは男のそれと変わってないからね。そういう趣味もないんで、俺の女扱いとかされると怖気が走るわ。縁談の件だって、今は全く想像がつかないからスルーしてるけど絶対嫌だかんな。
それにな、なぁにが愛しの許嫁だ。こちとらこやつと顔を合わせてかれこれ6-7年経つが、一度として胸がときめいたことなぞないわ。こいつとチューとかするくらいだったらアロガシアとやった方が万倍いいね。
せめて俺より強くなってから出直して欲しい。無理だろうけどな!
.........まあ、顔を立てろっていうのは分からんでもない。こいつにはこいつの立場もあるし、いざとなればこっちが折れて負けてやらんでもない。そういう理解はあるよ俺にも。
「でもアンタ、私が手を抜いたら拗ねるでしょ?」
「当たり前だろ。本気のエンヴィに勝たなきゃ意味ないし。つーわけで、もっかい!!!」
「嫌よ。今日はもう疲れたし。私、女の子よ? そういうとこ労わってくれるのが男の甲斐性ってもんじゃないの?」
「なぁにが女の子だよ。ゴリラの分際で人に優しさを求めるな。寧ろお前が俺を労わるべきだ」
「アンタ死にたいんだってね???」
むっかつくなぁ~このガキンチョ。いつまで経っても可愛げ無い。こんな黒髪美少女を指さしてゴリラ呼ばわりとか情けなくないんですか?
「なぁにがゴリラよ。私が強いんじゃなくてアンタが弱いのよ。自分の貧弱さを棚に上げて人を非難しないでもらえるかしら」
「俺が弱い訳ないだろ馬鹿かお前は。なんなら1回お前の兄貴に勝ったことだってあるんだからな」
さも当然のように悪びれもなくそんな事を宣うシリウスに、思わず鼻で笑ってしまった。
お前、ここ数年ずぅっと剣術やり込んでるくせして今の今まで何もやってこなかった素人娘の俺に負けてる時点で言い逃れは利かねえんだよ。才能が無いとしか言えない。
それにお兄さまに勝ったって、そりゃわざと負けてくれたに決まってんだろ。お兄さまは俺とは違っておっとなーな聖人君子だから、無才のお前にお情けをくれてやったに決まっとるだろうが。そういう意味なら俺だって勝たせてもらったこと有るわオタンコナス。
「.........なんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ。人のこと馬鹿にしてんの表情見てたら分かるんだからな」
「いや、別に。見た目通りのお気楽な頭だなって感心してただけよ。他意はないわ」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃないか。剣を取れ、思い知らせてやる」
「やんねーって言ってんでしょうが。しつこいったらありゃしないわね」
ぐいぐい迫ってくるシリウスを面倒くさげに追い払う。本気で面倒くさいのもそうだけど、一々疲れるんだよな。特にこいつも最近は小賢しい手を使うようになってきたからダルいったらありゃせん。
ま、何度やっても結果は変わらんだろうがね。
「にしてもアンタは相変わらずいつもいつも勝負勝負って飽きないわねぇ~。そんなに私に負けたままでいるのが嫌なの?」
そこんとこ俺も男だから気持ちが分からんでもないがね。女に力勝負で負けるってのは結構プライドが傷つくことだし。この世界、中世っぽいからなのか男尊女卑の傾向あるし、全然おかしくはない。
負けりゃ悔しいのは当然だ。俺だって万が一にシリウスに負けることがあれば即リベンジマッチを申し込むだろうしな。
ただまあ、ずっと負け通してたら流石に萎えるっていうか。分からされるもんじゃないかな。普通、諦めるだろう。
その点、この執念はどっから湧いてくるのか結構気になるところである。負けん気で言ってんなら大したもんだ。
そんな心づもりで聞いたのだが、意外にもシリウスは顔を俯けてそっぽを向いたように口を閉じてしまった。
.........なんだよ。気になる反応するじゃねぇか。
「なによ、いきなり黙りキメちゃって。なんとか言いなさいよ」
「.........違うよ。そんなんじゃないよ」
「別に黙秘するってなら構わないけどね、それならそれでこっちはアンタが口開くまで永遠に追及し続けてやるからね。今日は寝れないって覚悟しときなさいよ」
「お前も大概しつこいなぁ!!! 分かったよ、言えばいいんだろう!!!」
ちょろい。大概の男はこうやって顔近づけて、身体を寄せてやれば口を開くってメイド長のオバさんが言ってたが間違いないな。大抵口を割る。観念したように口を開くシリウスを見ると本当にそう思う。やったことあるの今んとここいつだけだけど。
「.........お前、魔法使えないんだってな」
「.........あー」
言いづらそうに、そんなふうに話し始めたシリウスの言葉を聞いてだいたい察した。
このこと、わざわざ言って馬鹿にされるのもアレなんでこいつに直接話したことは無かったんだが、一応許嫁なら別口で話が行っててもしゃーないな。
だいたいンな落ちこぼれの、しかも女に剣で負けるなんざ他の連中に示しがつかないとかそんな感じの理由なんだろうってことは読めた。
「一回、それで破談の話も出たんだよ。そんな奴を寄越してくるなんて無礼だって」
いいじゃん。破談。こちとら望むとこだよ。多分、今まで被った面倒の中で唯一の朗報だよそれは。そのまま進めちゃっていいぞ。御破算になったんだろうけど。
「それでさ、お前って結構敵が多いんだろうなって思ったよ。舐められてるって言うのもそうだけど、お前世渡りあんま上手くなさそうだしな。沸点低いから」
「余計なお世話よ。一番舐めてんのはアンタでしょ」
敵が多いのは否定せんが、目下最大の敵はお前だからな?
さも俺は違うって言いたげだけど、お前が俺の部屋に虫ばら撒いたの忘れてねえから。あれ後始末クソ面倒だったんだぞ。メイドには白い目で見られるしよぉ。踏んだり蹴ったりだったわ。
「だから、将来一緒になる俺が守ってやんなきゃなって思って」
うん。うん? 話が突然飛躍してない???
「だから、だから、その肝心のお前に負けてちゃ格好がつかねえんだよ!!! もっかい勝負しろやオラァ!!!」
「やんねえつってんでしょうが。無理矢理繋げてこないでよ鬱陶しい」
なんか恥ずかしさ紛らわすように啖呵切ってるけど恥ずかしいのは俺の方だよ。
なに、その俺様の女アピール。やめてくんない。サブイボが立ったわ。こいつ昔からこういうこと臆面もなく言えるからキショいんだよなあ。本当の女の子だったらこういうのに憧れたりするんかね。俺はしないが。
「それに、アンタなんぞに守って貰わなくても自分のケツくらい自分で拭けるわ。こっちから聞いといてアレだけど、一人盛り上がってもらっても私としちゃいい迷惑なのよ」
善意っちゃ善意でものを言ってもらってるのは分かるが、これは俺の問題なんでね。辛辣な物言いをして悪いんだが俺もかつては男の端くれ、他人に自分のことをどうこうしてもらうにはプライドがありすぎる。どうかすっこんでいてもらいたい。
「.........そんなの、分かってるよ」
拗ねたように小声で呟くシリウス。本当に分かってるんかね? まあ、こいつが俺の本心を理解してようがしていまいがどっちでもいいんだが。.........少しキツく言いすぎたかな。フォローしとくか。
「でもまあ、アンタが私より強くなってくれるんだったら、それもありっちゃ有りね。期待しないで待ってるわ」
俺はお前のこと嫌いだけど、女の子のためになんかやろうって決意は嫌いじゃなかったぜ。そこだけは認めてやる。
まあガチで全く期待してないけどね。