三下系TS悪役令嬢   作:はなぼくろ

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アロガシアの年齢を7歳から11歳へ変更。流石に幼すぎた。




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 俺は今、絢爛な装飾が至るところに施された無駄にだだっ広い廊下を肩をいからせて進んでいる。いつもなら自室に華麗な直帰をキメてベッドの上で微睡んでいるとこだが、今日は事情が違った。というのも、この屋敷のどっかにいるはずのお兄様を探しているのだ。

 

 なんでそんなことしているかというと、シリウスの奴に頼まれたからだ。

 いい加減ガキんちょとのチャンバラお遊戯にも疲れたからさっさと帰ってお昼寝したかった私は、私が抜ける代わりにお兄様を連れてこいと宣うシリウスの代替案をあっさりと受け入れた。ウチの前途有望な長男を呼び出せとはふてぇ野郎だなとは思ったが、話を蹴るとまた駄々を捏ねそうだったので俺は早々にお兄様を売ることにしたのだ。あの二人は仲がいいらしいし、お兄様も無下にはすまいと思ったのもあるがね。

 

 にしても、いつも思うのだがウチの屋敷はなんでこうも必要以上にデカいのか。生まれてこのかたずっとここに住んではいるが、未だに迷うときがある。昔聞いた話が本当なら来客用の寝室だけで数十あるらしいし、ここを建てたっていう先祖サマは何を考えてこんな迷宮もどきを作り上げたのやら。

 そんな訳で、ここで人探しをしようってんならもう最悪だ。自室に居なかったらぶっちゃけ総当りしか手は無い。そしてお兄様は気分転換とかいって毎日部屋を替えてるそうだから無理ゲー。場所知ってそうな使用人を探してはいるのだが、これがなかなか捕まらんしでクソ。

 これはもう長期戦を覚悟せにゃならんかなって思ってたときだった。

 

「むっ」

「げっ」

 

 お散歩中のアロガシアと鉢合わせてしまった。いや、ただ歩いてたってだけで本当にお散歩中だったかは知らんけど。

 

「これはこれは、ごきげんようお姉様。先程までシリウス様と庭で野蛮な遊びに興じていたと思っていたのですが、もうお済みになったので?」

「ああ、見てたのアンタ。もう店仕舞いよ、流石に疲れたわ。んでお兄様にパスしようと思って探してたんだけど、知らない?」

「さあ、どうでしょう」

 

 如何にもお嬢様ってな感じでスカートの裾を摘んで瀟洒に挨拶をキメてきたアロガシアに、俺は面倒くさげに手を振るだけで返す。

 いつものごとく嫌味な奴だ。まあ、知らないのは本当なんだろうが。

 

「あっそ。んじゃアンタの方はこんな所で何してんの」

「それをわざわざアナタに言う必要がありまして?」

「つまり暇ってことね?」

 

 ぴしり、と。アロガシアの表情が固まる。図星をつかれたのか知らんが、少しは感情を顔に出さない術の一つや二つ覚えるべきだと思うよぼかぁ。

 

「ちょうどいいわ、お兄様探すの手伝ってくれない? 一人で探してたら日が暮れちゃうわ」

「は、はぁ? なんで私が」

「んじゃ、任せたわよアロガシア」

 

 そう言ってすかさず元来た道へUターンをキメる俺。返事を待たずに速攻で離れるのがコツだ。断る隙を与えてはならない。

 こうすると変に真面目な我が妹は義務感に駆られてか大抵言うことを聞いてくれる。素直じゃないアロガシアはこうでもしなきゃ頼みなんて聞いてくれないしね。こんなやり方しか知らない俺を許して欲しい。

 ちなみに俺はこの後とっとと自室に戻る予定だ。面倒ごとは他人に押し付けるに限る。これが俺の処世術だ。

 

「ちょっと! まだ返事もしてないでしょ!」

 

 ただまあそうは問屋が卸さなかったらしい。すぐにアロガシアが追いついてきた。

 むぅ、早めに撒こうと魔力操作の要領で多少速力を上げてたんだけど。ちょっとは速くなったなコイツも。

 

「一応言っておくけど拒否権はないわよ。いや、あることにはあるけど。断ったら私も約束フケるつもりだから。そしたらシリウスは今日一日待ちぼうけくらうことになるわね」

「タチ悪.........っ! そういうのお願いじゃなくて脅迫って言うんじゃないのっ」

「そうとも言うわ。あと、微妙に口調崩れてるわよ」

 

 指摘してやると慌てて口元を押さえるアロガシア。こいつ、変に生真面目なとこあるし責任感も強いのでこういう言い方すると断れなくなるのよな。操りやすいことこの上ない。多分、前世の世界にいたら社畜になって身体壊すパターンの人間だ。そういうとこ好感は持てるが、ちと心配になるとこでもある。

 

 ともあれ、ここで私が折れることはない。この交渉の前提条件として、私が『やらないと言ったらマジでやらない人間』であるということをアロガシアには信じて貰わなきゃならん。信用と言い替えてもいい。これを崩して、俺が『口先だけの人間』だと思われてしまえば今後アロガシアがお願いを聞いてくれなくなるであろうなので、絶対に譲歩はできない。

 俺は自身の快適ライフのために『やらないと言ったらやらない俺』を証明し続けなければならないのだ。だから情に流されて折れる気はサラサラない。

 そんな俺の硬い意思を感じ取ってくれたのか、アロガシアは深ぁ~~~いため息をつくと「分かりました」と諦めたように呟いた。

 

「分かりましたとも。探せばいいんでしょう、探せば。長い間シリウス様を待たせてしまうのも偲びないですし、やりますわよ。やりゃあいいんでしょう。全くもう」

「流石、私の妹ね。話が分かる奴で助かったわ」

 

 「手間がかかるお姉様ですわ」なぞと嘯きながら妙に嬉しそうに口角が微妙に上がったアロガシアを見て、なんだコイツと思いながら気のない謝意を述べておく。

 まあアロガシアがこんな調子で折れるのはいつものことだ。気にすることじゃない。

 

「んじゃま、頼んだわ」

「ええ、頼まれましたとも」

 

 いい返事だ。ウンウンと満足して改めて踵を返して歩き出す。行き先? 俺の部屋だが?

 果報は寝て待つに限る。アロガシアが任されたと言うのならそれを信じるのが姉というものだ。信じるというなら俺も相応の行いをしなければならない。つまりはそういうこと。信頼っていうのは行動で示すものだと、俺は、そう思うのである。

 そういう訳なので早速帰路に就いたわけだが、どういうことかアロガシアが何故か付いてくる。多分、たまたまアテの場所へ行くための道が被っただけだと思うので特に触れない。廊下を曲がる。

 同じくアロガシアも廊下を曲がる。俺と同じように。.........まだ偶然の可能性はないこともない。

 意味もなく道を逸れる。同じくアロガシアも。.........うん。

 

「.........どうして付いてくるのかしら? 二手に分かれて探した方が効率的だと思うんだけど」

「舐めないでくださいな。私にアナタの意図が読めないと本気で思っているのなら大間違いですわ」

 

 .........。

 

「分からないわね。なんのことか」

「惚けるならそれで結構。でも万一、私だけが苦心してアナタは怠けて遊んでいるなんて事態になるのは非常に癪なのでね。逃がしはしませんわよ」

「.........好きにしなさい」

 

 ふっ、所詮ただの鴨だと思っていたが我が妹よ。なかなかどうして成長しているようで姉ちゃん嬉しいよ。クソが。

 まあサボろうとしてたのは事実だし、信用なくすことしかやってこなかった俺が全面的に悪いので強く言うことなんて出来ないんですけどね。だから死なば諸共精神で監視がてら張り付かれるのは別にいい。

 いいんだが___。

 

「................」

「................」

 

 こうなるんだよな。沈黙が痛い。俺ら仲悪いから普通に話せってなったら結構困るんだよ。話題ない以前にどう話しかけりゃいいか分からん。そもそも向こうに俺とおしゃべりする気があるのかも分からんし。気安く話しかけて無下にされたらちょっと傷つく。

 なので黙りを決め込んでいるわけだが、それはそれで気まずい。空気が妙に重い気がする。どっち選んでもなかなか地獄だ。

 

「シリウス様とは」

 

 なにか話を振るかどうか迷っているとアロガシアがおずおずとそう切り出してきた。

 

「とっくに婚約は解消されているものだと思っていましたわ」

「私もそう思ってたわよ。でも相変わらずあのアホ面下げて来てるってことはそうならなかったみたいねぇ」

 

 魔法適性の有無は貴族間の交流の中でもそれなりに影響が出る。ある程度それが血統に依るものであるというのもそうだが、単純に舐められやすくなるというのがある。

 家の格というのは保有するチカラによって決定される。それは財力であり、権力であり、戦力。形はいくらでもあるが、魔法の力というものはその中でもかなり分かりやすい。視覚化されているからだ。さながら神話の神々の振るう奇跡の如く、そのチカラを魔力を持たない人々は信奉している。

 ある意味、魔法適性が群を抜いて高い家が貴族となってそういう連中の上に立つのは必然だった。人間は自分の及ばないチカラを持つ存在を畏れて敬う生き物だ。闇夜に紛れて光に群がる蛾のように自分より強い存在に惹かれて従う。盲信といってもいい。

 つまり、貴族社会の者共にとって魔法とは人々を従えるためのツールなのだ。それを失えば少なからず混乱を招きかねない以上、下手なリスクは取るべきではない。

 ある意味、美醜や教養よりも優先されるべき事項なのだ。魔法適性というやつは。

 

「理解に苦しみますわね。お姉様のような不良物件、タダでも要りませんのに」

「なに、喧嘩売ってんのアンタ? 買うぞゴラ」

 

 それはそれとしてンな言い方されてキレない訳じゃない。人の感情というのは事実に則さないものなのだ。

 

「でもまあ、理解不能っていうのは賛成するわ。実際、そういう話も出てたらしいけど。シリウスの奴が蹴ったってさ。代わりに面倒な条件でも出されたんじゃないかしら?」

 

 一応、チカラは代替が利く。俺を娶る代わりに何かしらの功績を立てるみたいな妥協案を出すか出されて、それを飲んだって感じじゃないかな。知らんけど。そうまでしてこんな可愛げの無い小娘が欲しいもんかね。逆に迷惑だわ。

 

「随分と余裕ですわね。その条件とやらが達成出来なかったら晴れて婚約は破棄。いき遅れ確定のお払い箱になるというのに」

 

 そりゃ余裕よ。結婚すんのやだし。あーでも、そうなったらどこぞの小汚いオッサンのとこに出されるようになんのかな。そいつはヤダな。キモいし。

 まあ、でも。

 

「多分だいじょうぶっしょ」

「.........その楽観の根拠は?」

 

 眉をひそめてアロガシアが尋ねてくる。根拠という根拠でもないし、楽観的であることは否めないが理由は簡単だ。

 

「あれでもアイツ、約束破ったことないからね。だから何とかするんじゃないの?」

 

 その点については俺はあの小僧を信用している。たとえ達成は出来なくとも、最大限の努力をした上で手を尽くすだろう。アレはそういう男だ。そこまでやってダメだったなら、それはしゃーないので責めるつもりはない。

 

 俺としてはそういうことを結構軽いノリで言ったつもりだったんだが、思いのほかアロガシアの表情がキツいものになった。ホンットに悔しげに歯を食いしばるなどしている。

 え、なんで? もしかしてこの娘、シリウスのことが好きだったりするんのかな。俺への当たりが強いのもそれが原因だったりして。

 一応こいつにも婚約者がいるんだが、以前会った時はロクでもない奴だったし、然もありなん。そういえばアロガシアの俺への態度が変わったのもあのときだったけな。

 んー別に俺としてはこいつとシリウスがくっつくのは全く問題がないんだが。なんならクソ親父にでも打診してみようかな。政略結婚ってなら俺じゃなくてアロガシアでもいいだろうしな。

 

「アロガ____」

 

 そんなことを口にしようとした時だった。

 

「やっ。二人とも!」

 

 それは一瞬だった。考えるより先に肉体が反射行動を起こしていた。

 

 咄嗟に背後で聞こえた声。左肩に乗せられた手。それを認識した瞬間、ただ頭が真っ白になった。

 

 ショック。

 

 恐慌。

 

 そういう症状。

 

 ただ、敵がそこにいることだけが分かった。

 

 左腕を振り上げてのっけられた手を弾く。

 

 同時に、左足を軸にその場を駒のように回転する。

 

 くるりと。回転する視界。敵を認識する前に右拳を振り回す。回転エネルギー。遠心力。腰を入れて身体ごと巻き込んで、そういうものが蓄積された拳は勢いを伴って今にも敵に叩きつけられようとして_____

 

「お姉ちゃん!」

 

 悲鳴にも似たアロガシアの絶叫に我を取り戻した。そして気付く。敵の正体。自分が攻撃の最中にあることを。

 やっば。多分、そう思った頃には遅い。肉体と思考のスピードは同速ではない。思考を挟んでは対応が遅れるので、基本俺は反射で身体を動かしている。

 だから咄嗟にわざと体勢を崩して倒れ込む形で勢いを殺そうとしたのは反射的にとった行動なのだろう。

 

 倒れ込む身体。目まぐるしく状況が動いたので未だに混乱の最中にある俺。受け身は取れない。

 そんな俺をそっと支える存在があった。優しく俺の体を抱きとめたのは先程俺に触れてきた人物。

 

「すまん。まだダメだったか。冗談でもやるんじゃなかったな」

 

 俺とアロガシアの兄。バニタス・オブセシオンだった。

 

 


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