バイオハッカー編の直後にこんな話があったらなあ、という妄想です

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バイオハッカー編 蛇足、またはとある悲劇の閉幕

 帳尻が合わなくて、どんなに駆けても間に合わなくて。でも、辿った足跡がどんなに歪であっても、零れ落ちるなんて受け入れられない。だから、走る。みっともなくてもいい。そんな程度の不幸で助けられるならいくらでも不幸になってやる。そう意気込んで。

 

 たかが不幸の一つで諦められる上条当麻ではない。

 

 とっくに夕日は落ちて、オレンジ色は暗い夜に隠されていた。未だに雲川や獄彩姉妹からの連絡はなく、そもそも上条自身の失態で携帯電話を落としてしまった。

 

(目印! 蜜蟻が逃げたとして、どこに逃げる?)

 

 上条は蜜蟻と一緒に行った場所を探していたが、ここにきて彼女と共にいられなかった時間を思い出す。松尾龍介に攫われ、第二一学区の山にある別荘に連れ去られた時、蜜蟻はどうやってあそこまで移動したのか。

 

 例えば車。いくらL.S.S.が生物関係を軸に事業を展開し、上条らを狙った時も生物兵器ともいうべきものたちが差し向けられたといっても、流石に学生一人を運ぶのに大仰なドラゴンなりフェニックスなりを使うわけもないだろう。

 

 必死にない頭の記憶をほじくり返して、かすかに大きな鉄塔が見えた事を思い出す。仮に蜜蟻が車に乗せられていた時に目撃していて、下山した時の目標としてそこに辿り着いたとしたら?

 

 今から間に合うか。確証なんてまるでなく、思いつきに過ぎない。第七学区から第九学区や第一五学区を通って戻るにしても、時間がかかりすぎる。

 

 それでも動いた。素人の上条ができる事など、最初からがむしゃらに動くしかない。

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 何か重たいものが湖に落ちるような飛沫を連想できる音が聞こえてきた。記憶にある鉄塔の場所に来て、ほんのわずかに視界で捉えられた入水する姿は、ここ何日かで見慣れたふわふわした髪と、雲川の家で拝借していた常盤台の制服ではなかったか?

 

「蜜蟻っ!!??」

 

 あるいはまったく別物かもしれない。蜜蟻ではない誰かである可能性を否定できる材料はない。人ですらなく、不法投棄された家電製品という可能性だってあるかもしれない。

 

 だからどうした。

 

 蜜蟻愛愉を助けるためにここまで来たとして、しかし目の前で全く関係ない誰かが危機に陥っているとしたら。

 

 上条当麻はどうしようもなく向かっていく。

 

 斜面を走って湖を見る。何か大きく重たいものが落ちて波紋が広がっていた。それだけで上条は飛び込んだ。少しでも上手くいくために白い制服のシャツを脱ぎ捨て、不格好に転がり落ちて先程の落ちた音よりも大きな飛沫を撒き散らした。専門的な知識もなく、装備もなく。ただ一心に落ちていった何かをすくい上げるために。

 

 外の闇夜よりも暗い湖の中で必死に目を開き、ついに見つける。

 

(蜜蟻だ!)

 

 どうしてここまで来て湖に飛び込んだのかは分からない。松尾龍介がそういうふうに思考を設定していた可能性もあるし、あるいはL.S.S.の協力者が始末するためにこうしたのかもしれない。

 

 考えている時間が惜しい。上条は何とか蜜蟻の綺麗な足を左手で掴んで手繰り寄せようと藻掻く。しかし異様に重たい。極限状態の中、蜜蟻の体を水の抵抗中で確かめると、服の中に石を幾つも詰めている事が分かった。

 

(こうなったら——)

 

 ブチブチィ! と水中でなければ音でも立てていただろう。水の中で蜜蟻のバッグから十徳ナイフを右手で取り出し、慎重に、しかし力を込めて蜜蟻の着ている制服を破り、石ごと湖に捨てる。ミニスカートもなくなりあられもない下着姿になった蜜蟻だったが、幸い水中に淀みながら出ていく赤い液体はなかった。とにかく上条には余裕がない。もう胸を触ってても気にする事もできず、しっかりと左腕で蜜蟻を抱きしめて上へ上へと昇っていく。

 

 暗い。湖の外も夜になっており、当然の事だった。長い間水の中にいた事もあり、水の抵抗がどんどん強くなっているような錯覚に陥る。どこまで上がってもこの水の中からは出られないんじゃないかと不安が頭をよぎる。

 

(ふざけんじゃねえ……)

 

 いい加減頭に酸素が回らなくなりそうな状況で、上条当麻は決意する。

 

(こんなところで蜜蟻が死んでいいなんて誰が決めた!? 俺は絶対に認めないぞ、こいつは誰かに弄ばれていい人間じゃないんだ!!)

 

 藻掻く、足掻く、逆らう。水と重力の二つに決して負けはしないと、何としてでもこの腕に抱いている子を助けると。冷たい物理法則なんかに命を奪わせてたまるかと、神様の思し召しだろうが何だろうが全部ぶっ壊してやると。

 

 上条当麻は上りつめた。

 

「ぷはぁっ!」

 

 久しぶりの空気の感触は、心地よいというよりひとまずの窮地を脱した安心感をもたらした。髪の毛が顔の周りにべたつく感覚も今は生きている証のように思えて不快にならない。

 

 だが。

 

「蜜蟻っ!? おい、蜜蟻!!」

 

 息をしていない。下着姿にされ、意識を失った状態で長時間湖の中にいたのだから当然だが、逆に上条はその当然を受け入れられないからここに来たのだ。急いで柵に覆われている非常用の出入り口がある岸辺まで泳ぎ、蜜蟻を陸に上げて仰向けに寝かせる。

 

 可愛らしい唇に耳を近づけても、呼吸の声も吐き出される空気も感じられない。

 

「ちくしょう!」

 

 気道を確保すればよかったか、水を吐き出させるにはどうしたらいいのか。今さらながらにこうした救急の知識をきちんと覚えていない事を悔やむ。

 

 例えばここに何でもできそうな先輩高校生の雲川がいれば。あるいは、どのような形であれ命を扱うプロである獄彩姉妹であれば。そんな考えがふっと湧き出てくるが、上条は慌てて打ち切った。もう変なところで躊躇する場面ではない。

 

 蜜蟻の成長途上で慎ましやかな胸に左手を下にして、体重を乗せて一押し。おそるおそるやってみたものの、一回では効果がない。もう一回、また一回。そうして何度も繰り返すが、一向に蜜蟻の呼吸が回復する気配がない。

 

 戸惑っている暇なんてなかった。

 

 肺いっぱいに空気を溜めて、蜜蟻の唇に己の唇を重ねる。精一杯に蜜蟻の肺へと空気を送り込む。ファーストキス、などとのたまうつもりはない。むしろこの一件で蜜蟻から蛇蝎の如く嫌われようとも構わない。今この瞬間、蜜蟻愛愉の生命が停止すれば、そんな不幸すら上条当麻には手に入らなくなる。

 

 もう一度蜜蟻が生きていけますように。誰に対して祈るでもなく、上条当麻の心はその思いで満たされる。

 

 何度も心臓を押して、何度も後輩の中学生に命の口づけをして。

 

 かは、と。おおよそ名門常盤台のお嬢様には似つかわしくない声が上条当麻の耳に確かに聞こえた。

 

 水を吐いた嗚咽だった。意識が戻ったわけではなく、ただ不要に体内にはいってしまった水を排しただけだろうが、上条にとって何よりも欲しかった蜜蟻の生きている証だった。

 

「よか、じゃない!」

 

 呼吸が完全に戻ったのかどうか、素人の上条には分からなかった。吐き出される水が再び蜜蟻に飲まれる事がないように、蜜蟻の顔を横に向けて再び心臓を動かそうと胸を強く圧迫する。唇を重ねて熱心に空気を送り込む事も忘れない。

 

 そうして懸命な努力が実ったのか。

 

 水を二、三度吐き出したのち、意識は戻らないまでも、きちんと胸が上下して呼吸をしてくれている蜜蟻が戻ってきてくれた。心臓も動いてくれているのか、冷たかった蜜蟻の頬にほんのり赤みが戻っているような気がする。

 

 どれだけ時間が経ったのかも分からない。時計も携帯電話も持っていない上、辺りに時間が分かる物も存在しない。実のところ、三十分も経過していないものの、今の上条には判断できなかった。

 

(とにかく、蜜蟻の体を温めよう。夏だからって今の姿のまま放置していたら体力がなくなっちまうかも)

 

 全身びしょ濡れの上条は羞恥心など知った事じゃねえといわんばかりに脱ぎ捨ててあった自身のシャツを下着姿の蜜蟻に被せ、自身は上半身にオレンジ色の肌着という格好で背中におぶって歩き始める。何だか警備員(アンチスキル)に見つかればただでは済まない格好だが、上条としては背中越しに伝わる蜜蟻の体温がまだ戻り切っていない事に気をまわしてしまう。前に背負った時よりも体重が減ったようにすら感じられて、焦燥感が上条の心を蝕み始める。

 

 連絡手段のない上条に取れる方法は一つ。

 

(あの鉄塔にも人が入る管理部屋くらいあるだろ。下山するくらいならそっちに助けを求めれば——)

 

 突然。

 

 上条の思考は中断された。グラウンド・ジオの地面に前のめりに倒れ、衝撃に口の中を噛む。

 

「な、にが」

 

 何が起こったんだ。そんな簡素な疑問も言い切れなかった。おそらく殴られた。だが誰に? なぜこの場面で? 誰にも問えない疑問が浮かんでは消えてゆく。

 

 目を開く事もできない。かろうじて足音が地面を通じて肌に伝わってきたような感じはするものの、本当にそうなのか保証はできない。

 

 だから、上条当麻にできる事なんてたった一つしかなかった。

 

 ぎゅっ、と。

 

 その右手は、最後まで背中にいる蜜蟻愛愉を掴んでいた。

 

 

 

『対象を確保しました』

 

 報告が電話を通して初老の男性に伝わる。

 

「ご苦労。丁重に扱ってくれ」

 

 夜なのに部屋にきちんとした明かりもつけず、初老の男性は形ばかりの労いと指示を送る。

 

『はっ。ところで、対象を湖から救出した民間人の学生がいます。処理しますか?』

 

 声の主は冷徹ですらなくそう言ってのけた。今まで通りの、普通の仕事だと言わんばかりに。仕事人としてはある意味、上条や蜜蟻が対峙した獄彩姉妹よりも完成されていた。

 

 ぎい、と優雅に椅子の背もたれを後ろに傾けて、初老の男性は口元を歪める。

 

「いや、放置しておけ。後で対象の死を偽装してやれば、勝手に間に合わなかったと思い込むだろう。全く、こういう時のためのアレなんだがな」

 

『了解しました。すぐに運搬します』

 

 電話は相手側から打ち切られた。笑みを抑えられず、初老の男性、蠢動俊三は独り言ちる。

 

「L.S.S.、いや松尾龍介か。まさか蜜蟻の確保のためにここまで回り道をさせられるとは。奴も発祥検体(ビギニングチャイルド)などという面倒なものを隠し持っていたようだが、俺の理想には扱いにくいあんなものは不要だ」

 

 まるで他人など自分のための道具であるかのような物言い。それを否定する人は蠢動俊三だけの部屋にいなかった。

 

 実際、バイオハッカー・松尾龍介の事件を引き起こした真の原因は蠢動だった。意図的に蜜蟻愛愉の超能力やパーソナルデータなどを松尾に気付かれる事なく松尾自身に教え込み、事を起こさせる。その事件を通して蠢動にとって都合のいいように蜜蟻を操る予定だった。

 

 だというのに、松尾はワイバーンだの暗殺のプロだのと必要のないものばかりを差し向けていた。最終的に蠢動自身のところへ戻ってきたからいいものの、危うくかつての過ちを繰り返すところだった。

 

「これでようやく、再開できる」

 

 悠里千夜も残ってはいる。蜜蟻愛愉も確保した。簒奪の槍(クイーンダイバー)も別口で馬鹿な学生共に供与できる。場合によってはL.S.S.が所有しているバイオテクノロジーさえ手に入るかもしれない。

 

 誰も見ていないのに豪奢なブランド品に身を包んだ一人ぼっちで王様気取りの老害は、それでも夢を見ていた。

 

「俺の理想(アイデアル)は終わらない」

 

 

 

 雲川芹亜が上条当麻の見舞いに訪れた時刻は正午も過ぎている頃だった。三日前から死線を潜り抜ける激戦ばかりで、雲川自身も未だに疲れが残っている。本音を言えば数ある自分の隠れ家の一つに入って炭酸水片手にだらけていたい。それでも行かねばならなかった。

 

 部屋の番号を確認し、からからと病室の扉を開ける。

 

「あ、先輩」

 

 それなりに元気そうな声であった。もうそれだけで雲川の心が満たされてゆく。

 

 清潔なベッドの上の上条当麻は頭に包帯を巻き、青みがかった入院着姿だった。上半身を起こしていた事から、基本的には問題なさそうだ。

 

 だが何も上条の無事を確認しに来ただけではない。たとえどんなに残酷でも、目の前にいる後輩に伝えなければならない。

 

「やあ後輩。見舞いに来てやったぞ。しかし全身だけでなく、一際大きく頭に打撲だって? 発祥検体(ビギニングチャイルド)を相手に山中を転がっていたようだけど、いったいどうしてそうなったのやら」

 

「……」

 

 上条が押し黙ってしまった。このまま話を続けてもよいやらと迷っていると、ぽつぽつと話し出してくれた。

 

「俺、グラウンド・ジオ? ってところで発見されたんです。そこに蜜蟻がいるかもって。そしたら蜜蟻が湖に飛び込んで、慌てて引き揚げて。どうにか息を吹き返してくれたって思ったら、いきなり誰かに殴られて。ほんと、情けないですよ」

 

 自嘲の言葉には雲川でさえ何もしてやれない念がこもっていた。

 

 上条に気取られぬよう、じっと奥歯を噛む。

 

「先輩、蜜蟻は……?」

 

 すがるような目つきだった。平時であればどれだけ胸を躍らせていた事だろうか。しかし今は違う。どんな悲劇であっても主役ヒロインは蜜蟻愛愉だった。

 

「……死んだ」

 

「……え?」

 

「蜜蟻はグラウンド・ジオの湖底で発見された。私が貸した服に石をしこたま詰めて、な。遺書は確認されてないし、お前も疑われるかもしれないけど。一応覚悟しておけ」

 

「ちょ、待ってください! 死んだ? 蜜蟻が? どうして!?」

 

「落ち着け!」

 

 上条の両肩を掴んで、両目を真っ直ぐ見つめる。動揺しすぎた眼にかすかに冷静さが戻ってくる。

 

「詳しい事は何もわかっちゃいない。今のところL.S.S.が仕掛けていたようすもなし。本当に手詰まりなんだ。ただ、蜜蟻は常盤台のごく普通のお嬢様だ。あれだけの事件に巻き込まれてショックで突発的に自殺してしまったのかもしれないな」

 

 自殺とはそこまで簡単な理屈ではない。雲川自身の予想ではまだ何かあったんだろうと思っているものの、正解かどうかは永遠に分からないのだ。

 

 だが、目の前のいたいけな後輩のためならどんな嘘だって平気でつくつもりだ。

 

「常盤台、というか学舎の園全体で今回の事は世間から隠すようだけど。それこそ学生達にも」

 

「隠す?」

 

「多感な時期に学友が自殺しました、なんて言ったら超能力開発にどんな悪影響があるか分かったものじゃないけど。超能力に着目しなくても、あのお嬢様学校の群れで蜜蟻の死はセンセーショナルすぎる。普通に精神面での悪影響が無視できないだろう」

 

 上条は納得したような、わだかまりがあるような顔をした。大人の事情なんて呑み込めない、けど大人の思いやりも払いのけたくない。おそらくはそんなふうだろう。

 

(裏の理由としては、お嬢様学校のブランドに大きな傷がつくからというのもあるがな。いくら超能力者(レベル5)が二人も在籍しているからって、突発的に自殺者が出てしまうような学校に愛娘を預けるようなご両親は少ない。理由が何であれ、いやあんな事件が理由だからこそだ。少なくとも獄彩達が常盤台に侵入できたのは事実だからな)

 

 とはいえ、そこを馬鹿正直に教える必要もない。呑み込めない事情は先輩である自分が呑み込めばいい。

 

 加えて今回の事件はあくまで蜜蟻が主役だ。関係のない枝葉は切って捨てる。

 

「少年に関しても、私の方から何とか上手い事を言っておく。ゆっくり養生するといい。とはいってももう退院できそうとは聞いたけど。耐久力が凄いな」

 

 微笑んでみても上条の表情は明るくならない。当然だ。蜜蟻に加え、黒幕であった松尾も悲惨な死体となって対面している。ドラゴンを操っていた研究員も獄彩姉妹が始末した。普通の中学生が経験するにはいささか人の死が重なりすぎている。

 

 こんな状態の男子の気を紛らわせる方法も思い浮かんだが、雲川自身も唾棄するような発想だった。彼を慕っていた後輩が死んだ時に、先輩の私がそんなふうに慰めて奪うなど、女としての矜持が許さない。

 

(結局私も救えなかった)

 

 だからこそ上条当麻に惹かれた。決して彼一人ですべてを成し遂げられるわけではない。それでも誰かが危機に直面していれば拳一つで立ち向かってくれる。雲川の場合は統括理事会のブレインという立場が逆に邪魔をする事だってあるけれど、上条はお構いなしに飛び越えて救い上げてくれるのだ。

 

発祥検体(ビギニングチャイルド)の方だが、伝手を使って何とかしているよ。今のところは落ち着いている」

 

「そうですか、よかった……」

 

 今日初めて上条の顔に安心を見た。さっきまでの辛さとは完全に別の表情がこの状況で出せる、それだけで嬉しく思ってしまう。

 

「全く、そういうところがあるから少年にときめいてしまう」

 

「?」

 

「何でもないよ。そろそろお暇しよう。……そうだ、携帯」

 

「あ、先輩それって」

 

「落としたんだろう? 街の中を随分と走り回ったようじゃないか。拾って警備員(アンチスキル)に届けてくれた誰かに感謝するんだな」

 

 拾った誰かが判明していたら、雲川芹亜は絶対にそんな物言いにはならなかっただろう。大人げなく地位を悪用して回収した上条の安物の携帯電話を渡すと、くるりと背を向ける。

 

「待ってください」

 

「どうした?」

 

「ありがとうございます。俺や蜜蟻をずっと助けてくれて。それにあの三人にも助かったって伝えてくれませんか? 俺だと連絡方法がなくて」

 

 お礼の言葉。ただそれだけだった。

 

 だけど、雲川芹亜の予想なんか超えていた。

 

 衝撃だった。結局事件を加速させたのは雲川だ。間違った判断だとは思っていないが、それでも事態を悪化させたのは雲川のはずだ。上条にも話しているし、事の次第によっては雲川が蜜蟻を追い込んだのかもしれないのに。獄彩姉妹にしてもそうだ。最初は蜜蟻を殺す仕事で敵としてかち合って、実際にガトリング砲や毒を向けられたのに。

 

 彼にとっては蜜蟻も、雲川も、獄彩の三姉妹も。

 

 悪い出会いではなかった。たとえ最後がどんなに救いようのない残酷な終わり方でも、上条当麻にとっては幸せな出会いだったのだ。

 

「……ふふ。ふははは!」

 

「せ、先輩? どうしたっていうんですか? まさか、ここにきてまだ何かあるっていうんじゃあ……?」

 

「そんなわけないだろう。ただまあ」

 

 振り返る。困惑顔の上条当麻のつぶらな瞳には、獄彩陸莉よりも妖艶な女になっていた雲川芹亜の顔が映っていた。

 

「感謝してくれるなら少年には責任を取ってもらいたくなった。ただそれだけだけど」

 

 

 

 人の数だけ、できごとの終わり方はある。そしてそれは新たな始まりだ。人生が続く限り、ずっと繰り返して進んでいく。

 

 あるいは、理想を追い求めてファイブオーバーの完成のために素養格付(パラメータリスト)で切り捨てられた学生達を凶行に及ばすようそそのかす事に繋がるかもしれない。

 

 あるいは、虚空爆破(グラビトン)事件で少女を助ける事に繋がるかもしれない。

 

 あるいは、かつて同じ研究所にいた友達の無念を晴らすための暗躍に繋がるかもしれない。

 

 あるいは、暗闇の五月計画の生き残りに関わる事件に繋がるかもしれない。

 

 あるいは、大切な誰かとの思い出をぽっと出の超能力者(レベル5)に穢された雪辱を果たす復讐に繋がるかもしれない。

 

 あるいは、あるいは、あるいは。

 

 しかし、そのどれであったとしても。

 

 もし、上条当麻がいてくれたなら。

 

 きっと、拳一つでどんな地獄や絶望にも立ち向かい、誰かを助けられるだろう。

 

 まだ誰も知らない、一年後の夏。

 

 上条当麻が誰かを助けた時、物語は再び始まる。

 


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