みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】 作:難民180301
みかづき荘において、藤本ハナは愛されていた。
『ふ、藤本ハナです。掃除洗濯炊事その他家事全般なんでもできます、ナンデモ……』
『七海やちよよ。そう固くならないで。家事ができるのは助かるわね』
『梓みふゆです。大いに頼りにさせてもらいますね』
『コラ、みふゆ』
初対面では捨てられた子犬のようにビクビクしていて、やちよとみふゆの機嫌を伺うようにオドオドしていた。その態度といい小学五年の女の子を一人置いてキャリアのため海外に行く両親といい、少し複雑な背景があることは二人とも察していた。あまり踏み込まない間柄になるだろうと。しかし──
『あら、その指輪。それにこの魔力』
『藤本さんも魔法少女なんですか?』
『あ、はい。普段はコソコソ学校帰りに魔女狩りやってます』
『買い食いみたいなノリなのね』
『良ければ一緒に行きませんか? 神浜の魔女は強力ですし、一人よりも安全ですよ』
同じ魔法少女であると知れてからは関係が一変。共に死線をくぐるにつれ、しぜんと距離は縮まっていった。
『敗北フラグ成立っ! からのー……勝利のBGM! あーああー♪』
『ぷっ、や、やめなさい! 戦闘中よ!』
『ハナさん真面目にやりましょう!』
『なぜぇ!?』
固有魔法の性質上戦いの最中にシュールな絵を提供したり、オンチ過ぎて戦闘後にはほっぺたをつねられることもあった。得物である優勝旗は時に目くらまし、時に硬化して盾や拘束具になるなど普通に強いため、変にフラグ成立を狙わなくてもいいじゃないとツッコミを入れたりもした。
素質はあるけれど、どこか抜けていて放っておけない後輩。
同時にみかづき荘の癒やしでもあった。
『今日も外交おつかれさまです。ご飯はできてますし、お風呂も準備おっけーですよ』
『お風呂いただくわ……』
『同じくです……』
魔女の減少による東西緊張と、それに伴う会談、協定の調整。冷戦中の外交官じみた活動は二人の負担になっていたが、ハナはおばあちゃんとともに献身してくれた。
かけがえのない存在で、だからこそみふゆは先走るように距離を詰めてしまった。浴室でのラッキースケベ事件だ。華奢な白い肌につけられた、執拗で深い傷。一生残ることは確実だと、みふゆにも分かった。
結局ハナの方がおちゃらけてうやむやになったものの、やちよとみふゆはおばあちゃんにも相談し、「決して傷をえぐらない」と約束した。
『ろけんろーる!』
『うるさい……』
『あ、はいスイマセン』
浴室事件からしばらく経ち、雪野かなえが新たに入居してからは、ぎこちなく気遣うような雰囲気は消えていた。
ハナはかなえのコンプレックスでもある目つきはまったく気にせず、頻繁に絡んだ。
『藤本さんは私のこと、怖くないの?』
『? どこに怖い要素が?』
『ど、どこって……まあいいけど』
本当に分からないという風に首をかしげるので、かなえも追及せずよく話すようになった。
やちよ、みふゆ、かなえ、ハナ、おばあちゃんの五人は家族のように毎日顔を合わせた。学校でこんなことがあった、あの教科だけは本当に苦手、あの先生は目つきがイヤらしい。全員違う学校に通っていたものの、夕食の場で話が尽きることはなかった。
『ふうん、このアニメまだ続いてたんだ』
『今日が最終回なんですよ。一緒に見ます?』
ある日、やちよとハナは二人であるアニメを視聴することになった。少年漫画原作の2クールアニメ、その最終回。
『なんか、あっさり人が死ぬわね』
『なんでや!』
視聴終了後、ハナは荒れた。主人公の昔のライバルキャラ、ハナのイチオシでもあるキャラが、最終決戦であっさり死んだのだ。特に伏線もシナリオ上の必要性も、フラグによる必然性もなく、脚本の都合上で退場させられたとしか思えない死に方で。
『キャラクターの死ってのはそういうものじゃないでしょ! 見せ場を与えてフラグを整えて死なすとか、長いこと伏線を張っておくとか、死後の影響とか──もっとこう、あるでしょ!』
『フラグで魔女退治するあなたが言うと説得力あるわね』
普段からハナは、フラグの強制力は絶対とうそぶく。魔女退治では戦闘の推移やジンクスなどの条件が整えばフラグが成立し、一度成立したものは絶対に変えられない。条件を満たさずフラグを立てることはできるが、それは世界の禁忌であると。
その禁忌を犯している展開に、ハナはひとしきり怒った。
『はあ、結局……世の中さくっと死んでいい人と、そうじゃない人で分かれてるんですね』
そう言っていじけるハナの背中は小さく、今にも消えてしまいそうで。抱こうにも触るだけで傷つきそうな脆さがあって、やちよは何も言えなかった。
あの時が分かれ目だったのだろうか。
そうじゃない、そんな悲しい二分なんてない。万が一あったとしても、あなたが死んでいいはずはない。そう反論できたなら。
「ハナ、ハナっ! しっかりして!」
「ハナさん、目を開けてください! お願いです!」
「ハナ……!」
眼前の現実を避けられたのだろうか。
やちよ、みふゆ、かなえの三人は、動かないハナの体にすがりついていた。
必然性のないフラグの強制的な成立と即時回収。フラグ管理能力の切り札によって魔女は結界ごと消滅し、内部の魔法少女たちは人気のない路地裏に投げ出された。
「どうしてなの……体のどこにも怪我はないのに……」
「魔力の使いすぎなのかもしれません! 今すぐグリーフシードを使えば──」
「……ソウルジェムは?」
グリーフシードを取り出すみふゆだが、かなえのつぶやきに動きを止める。冴えないどどめ色をしたハナのソウルジェムがどこにも見当たらないのだ。
慌てて周囲を見回しても見つからず、焦りが募る。その時、聞き慣れた声。
「藤本ハナのソウルジェムは、魔力の過剰使用で砕け散った。探しても無駄だよ」
「キュゥべえ……どうして、ハナは動かないの。どうしてこんなに、冷たいの……?」
自分たちを魔法少女にした張本人。地球上のどの生物とも合致しない奇妙な獣、キュゥべえがそこにいる。
一縷の希望を求めて三人はキュゥべえの返答を待つが──
「ソウルジェムは魔法少女の魂そのものなんだ。それを失ってしまえば、死は避けられない」
「魂、そのもの……」
返ってきたのは残酷な現実だった。
魔法少女の本体はソウルジェムであり、肉体が無事でもソウルジェムが砕かれれば死ぬ。逆に言えば肉体がどんなに傷ついてもソウルジェムさえ無事なら活動できるのだが、それはやちよたちにとってなんの救いにもならない情報だった。
呆然とする三人に背を向け、キュゥべえは一つ言い残していく。
「とはいえ、藤本ハナのケースはとても珍しい。もし彼女の復活を願うなら、彼女の部屋に数日間肉体を安置しておくといい」
ーーー
ハナを失った翌日は土曜日。やちよはモデルの仕事をすべてキャンセルし、みふゆとかなえは部活動を休んだ。とても何か活動するような気にはなれなかった。
どんよりした空気が漂う中、リビングにやちよの声が響く。
「はい、はい、ですから──はい? ちょ、ちょっと待ってください。まだ話は──」
ブツリ、と乱暴に切られた音と共に途切れる通話。信じられないような目で受話器を見つめるやちよに、みふゆが目を向ける。
「ハナさんのご両親は、なんと?」
「……藤本ハナなど知らない。葬儀代は家賃に色をつけて振り込んでおくから、二度と連絡するなって……」
「……くそっ」
どん、とかなえがソファの肘掛けを叩く。みふゆは両手で顔を覆い、やちよは長い髪に表情が隠されている。
ソウルジェムの真実とハナの死、ハナの抱えていた闇の一端──三人が受け止めるにはあまりにも重い現実が、みかづき荘を押しつぶすかのようだった。
せめてやちよの祖母がいれば話は違ったのだが、以前倒れたのと同様の症状で最近入院したばかりだ。今相談して心労をかけるわけにはいかない。
それでもやちよたちは折れずに立ち上がった。
「もう、昼ね。お昼を作りましょう」
「……そう、ですね」
「ああ……」
キュゥべえの助言。復活を信じるなら遺体を部屋に安置しておけという内容の通り、ハナは部屋に寝かせてある。ソウルジェムのことを黙っていたキュゥべえの言葉を全面的に信じるのには抵抗があるが、すがらないわけにはいかなかった。
一縷の希望を糧に、三人は日常を過ごそうとした。お昼を作り、掃除をして、お風呂をわかして、ベッドに入った。キッチンの調味料はハナの裁量で整理されており、洗剤や掃除道具も同様で、それを認識するたび彼女たちは膝をついた。
そうして二日たった朝のこと。
奇跡は起こった。
「あっ……」
遺体の顔を拭くためやちよがハナの部屋を訪れると、ハナが当たり前のように立ち上がっていたのだ。
いたずらしようとしてるのが見つかった、やばい。そんな表情で冷や汗を一筋たらすハナ。
「──っ!」
「あいったたた!? 痛い痛いよ遺体だけにぃ!?」
ああ久しぶりに会ったのにこの寒さ、この抱き心地。間違いなくハナだ。やちよの心はすでに容量いっぱいで、ハナの体が縮んでいることや悲鳴をあげていることなどお構いなしだった。
「今の声って──!」
「ハナ……!?」
「つ、追撃……っ!」
懐かしい声を聞きつけたのだろう、階下からみふゆとかなえが駆けつけ、復活したハナを見るや飛びつく。
そして三人がかりでもみくちゃにされたハナは、
「もうダメ……」
目を回してぶっ倒れるのだった。
ーーー
ハナの復活騒動から一時間後。
ハナはリビングに下ろされ、フローリングに正座させられていた。
「なるほど。かなえに死亡フラグが、私とみふゆに敗北フラグが立っていたのね」
「その運命を覆すには回収者を倒すしかなかった」
「回収者とは最初から刺し違える覚悟だった、と」
やちよ、みふゆ、かなえの三人による事情聴取である。ハナの奇妙な言動をこの数日で回想していた三人は、ハナが死を覚悟していたのではと疑念を持ったのだ。
再会を喜ぶのもそこそこに確認してみれば案の定で、三人は声をそろえた。
「このおバカ」
「バカですか」
「大馬鹿だな」
「ひ、ひどいよぅ……」
涙目になるハナに畳み掛ける。
「そんなに強固なフラグが立ってるならどうして相談しなかったの。私たちはチームなのよ!?」
「どんなに絶望的な運命だろうと、みんなで立ち向かう。それが私たちだと思います」
「私も同意見だ。それとも……私たちは、頼りないか?」
「違いますっ!」
即座に否定したハナはもごもごと口ごもる。
「相打ちには確実に持っていけると思いましたし、それ以外に手が浮かばなかったので……相打ちしますって言ったら、止められるかなぁと……」
「当たり前でしょ」「当たり前です」「当然」
「ほらぁ! じゃあ言えるワケないじゃないですか!」
「他に手がなくてもみんなで悩むのがチームだと言っているの!」
「悩んで案が浮かばなかったら?」
「その時はその時考えるのよ!」
「むちゃくちゃぁ!」
怒り心頭のやちよに代わり、みふゆがハナの正面に立つ。するとハナの肩がびくりと跳ねた。みふゆの瞳が涙で揺れていたからだ。
「ハナちゃん。理屈じゃないんです。仲間が一人で大きな悩みを抱え、苦しんでいる。そんなのあんまりじゃないですか。相談してほしい、頼ってほしいって私は思います。この考えはおかしいと思いますか?」
「お、おかしくは、ないです……」
「ね? だから約束してください。もう一人で抱え込まない。辛いときは私たちを頼るって」
言葉が切れた。しんと沈黙する三人は、まっすぐな瞳をハナに向けている。その視線によこしまな感情はまったくなくて、腫れぼったくなった目元はハナが死んでいた数日間の悲しみを示唆していた。
三人は本当の仲間としてハナに語りかけている。そう、ハナは認識した。認識してしまった。
(なんだこれ)
これではまるで本当に大切に思われているみたいじゃないか。こんなの、生まれるべきじゃなかったド底辺のゴミクズ少女が受けていい扱いじゃないじゃないか。なんで生きてるんだ、ゴキブリみたいにしぶといなこの害虫めって、蔑むのが普通の反応なのに。
「ハナちゃん!?」
ハナは視界が歪んだ。とめどなくあふれる涙とともに、口からは一つの言葉が繰り返される。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何に謝っているのか分からない。それなのに涙は止まらず、ごめんなさいも壊れたスピーカーのようだ。
「私たちも、済まなかった。お前の苦しみに気づいてやれなくて……」
かなえはそう言って目を伏せた。
「私たちを助けるために、頑張ってくれたんだものね。謝ることはないわ。むしろ私たちが感謝しなきゃ」
やちよは優しく頭をなでた。
「ハナちゃん。私たちを助けてくれて、ありがとう」
みふゆは両手をとって、涙を拭ってくれた。
けれど涙はずっと止まらず、約束もできないままだった。
ーーー
藤本ハナは自分がド底辺のクソにも劣る最低のクズ女だと確信している。
そうでなければ、ならなかった。