みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】 作:難民180301
高層ビルをなぎ倒し首都を蹂躙する黒き巨神。バルカン砲やミサイル攻撃をものともせず進む破壊神だったが、ついに人類の反撃が突き刺さる。河川敷に整列した最新主力戦車と迫撃砲の集中砲火だ。鋼鉄さえ貫く砲弾と榴弾が黒い表皮に直撃し、爆炎と煙に包まれる。これを受けて生きていられる生物はいない、と確信した作戦指揮官は高らかに言った。
『やったか!?』
やってなかった。当たり前のように破壊神は無傷の姿を見せ、絶望的なBGMと共に戦車を薙ぎ払うのだった──
「ああっ、生存フラグ! 魔法のせいで展開読めちゃう!」
「今のは私でも分かったよー復活の呪文だもん! あー逃げて逃げてー!」
「あああああ!?」
「うるさいわね……」
みかづき荘のリビング。金曜ロードショーの映画を居住者勢揃いで見ながら、ひときわ大きな悲鳴を上げる少女が二人。
一人は藤本ハナ。劇中の死亡フラグや生存フラグが可視化されるため常にネタバレ状態だが、気心の知れた仲間たちと見る映画は楽しい。もう一人の元気っ子、由比鶴乃とともに悲鳴を上げている。やちよはうるさそうに耳を押さえ、みふゆはまあまあと苦笑し、かなえは顔をしかめて自室に引っ込んでいった。
それを見た十咎ももこが呆れ顔を見せる。
「フラグとか関係ないだろ? 元から効かない設定なんだから」
「甘いですよももこさん! 映画や漫画における爆発、煙、やったかという呪文からなる生存フラグコンボ、これの生存率はなんと驚異の百パーセント!」
「え、本当に?」
「そんな気がしますたぶん!」
「適当かよ!」
なまじフラグを使いこなして魔女を討伐しているだけに、ハナの言葉を真剣に聞いてしまった。適当なこと言いやがってこの子は、とももこがジト目になるものの、気にせず鶴乃といっしょに騒ぐのに戻った。
やかましいけど賑やかなリビング。最近のみかづき荘の一幕である。
藤本ハナの一度目の死から一ヶ月。その間に神浜やみかづき荘には大きな動きがあった。
何者かによる東西の魔法少女への襲撃事件。以前やちよとみふゆがこぎつけた不可侵条約をないがしろにする事件であり、犯人を見つけなければ互いの憎悪だけが強まり東西が分断される危機だった。やちよとみふゆは調査に立ち上がり、かなえも手を貸すことに。当然ハナもフラグの力で協力しようとしたのだが、
『留守番をお願い』
と三人にそろって言われてしまい、事件にかかわることはなかった。一度捨て身になったことと幼女化したこともあり、みかづき荘の面々はハナに対し過保護になっていた。無事に事件は解決したものの、仲間はずれにされたハナはしばらくいじけた。
その事件よりほんの少し前、みかづき荘に入居したのが由比鶴乃と十咎ももこだった。それぞれの動機は大雑把にまとめれば『やちよさんに惹かれた』というもので、特に鶴乃はやちよをししょーと呼んで慕っている。
『ども、藤本ハナです。よろしく』
『はじめまして、由比鶴乃だよ! 中華飯店万々歳の看板娘にして最強の魔法少女だから、そこのとこよろしく!』
『おい、子供に変なこと吹き込むなよ……私は十咎ももこ。ハナちゃんは、小一くらいかな?』
『中一っす』
『えっ』
固有魔法のトラブルでこの姿になったといえば案外すんなり二人は信じた。魔法のなんでもありなところを知っているのもあるが、ハナが見た目の割にしっかりしていたのも説得力になった。
といっても鶴乃とタッグではしゃいでいるその姿はまさに小学生低学年そのものなのだが、この場合はそのテンションではしゃげる鶴乃の方に注目するべきだろう。ノリのいい二人はウマがあい、しょっちゅう周りにやかましがられている。幸いなことに鶴乃は自宅からみかづき荘に通っているので、夜通しうるさいことはあまりなかった。
(まあ賑やかなのはいいことよね。部屋も余ってたし)
人口密度の増えたリビングを眺めながら前向きに考えるやちよだが、彼女はまだ知らない。この状態に更にもう一人追加されることを。
ーーー
「ボクの名前は安名メル! 趣味特技は占いです。お近づきのしるしにみなさんの未来を占ってあげるですよー」
大東区からはるばるやってきた彼女、メルは居住初日にそう言った。小柄な体で胸を張り、堂々とタロットカードを取り出す。軽音部に顔を出しているかなえ以外の面々が、リビングに勢揃いしていた。
メルは独自のメソッドによる占いをキュゥべえに願っており、その結果得た占いの的中率は百パーセントを誇る。手際よくタロットを繰り運命を占った。
「うわ、えっぐ」
「どうしました、ハナさん?」
それを見たハナはドン引きした。というのも、
「占った瞬間全員にフラグが立ちました」
「えっ」
「成功フラグ、要は占いが的中する未来なんですが……えぐい能力ですね」
「ま、待ってくださいです! まさかハナさんにも占いの力が!?」
「いやそうじゃなくて──」
かいつまんでハナは能力を説明すると、
「やっぱり占いじゃないですか!」
「ええー、そうなのかな?」
「そうですよ!」
メルに同類と見られた。確かに未来を見る占いと、特定の条件または無条件により確定した未来を観測するフラグ管理能力は未来を見る点で共通している。言われてみれば占いなのかもしれない。
ともあれ、同じような力なら同類同士仲良くなれるだろう。そう見込んだハナに対し、メルは高らかに宣言した。
「占いでは絶対に負けませんです! 占い勝負をするですよ!」
「勝負する要素あるぅ?」
ライバル宣言だった。
しかし占いに勝負要素あるの? というハナの意見にぐっと口ごもり、「と、とにかくハナさんはボクの商売敵です! 絶対に負けませんですよ!」と言い返すメル。
「……おっけい、かかってきな!」
「いざ尋常に!」
「いや何をする気なのよ。メルも悪乗りしない」
「「はーい」」
やちよにたしなめられながらも、こうしてメルとのライバル関係が始まるのだった。
ーーー
メルの占いはことごとく的中した。やちよ、ももこ、みふゆの三人には吉兆を占い、その通りの幸運が訪れた。
「メル、あなたの力は未来にどう影響するのか知れない。あまり多用するべきではないわ」
「でもやちよさんは幸運に恵まれたです!」
「悪い結果が出たときが心配なのよ」
やちよは慎重だった。ハナの一件で、未来に影響する能力の恐ろしさを知っていることもあり、メルが占うたびにたしなめる。メルは軽い調子で聞き流し、ハナに勝ち誇った。
「ふふん、どうやら占い勝負はボクの勝ちですね!」
「ふ、やるじゃない……これからは、君の時代だ……」
ハナは何らかの条件で確定した未来を読み取ることしかできないので、自発的に占うには向かない。普通に負けだった。
しかしメルはどこか不満げにむっつりしている。
「せっかくのライバルなのに歯ごたえがないですね……そうだ、いっしょに占いの勉強をしましょう! ハナさんの力に合った占い方がきっとあるですよ!」
「めんどくさいっ! ヤダ!」
「そんなこと言わずに!」
速攻で断ったハナだが、メルは初めての同類にもっと付き合ってほしかった。この日からハナの後をちょこちょこ追い回すメルの姿が日常化する。
事件が起こったのはそんな日々のうちの一つだった。
「お、重いです。買いすぎだと思うです……」
「育ち盛りの女子三人分ともなるとこのくらい一瞬よ。それに今日はポイント十倍。買い込むにはこの日しかない」
新西区の業務スーパー。この日も放課後にみかづき荘で顔を合わせるなり追いかけ回してくるメルの習性を利用し、買い出しに連れ出した。魔法少女の怪力でもなお重い量を抱え、二人はえっさほいさと帰路につく。
「出過ぎたマネは控えよ、じゃないと重い苦労にあうと占いにあったです……」
「めっちゃ的中してるじゃん。よっ、占い日本一」
「今日ばかりは外れほしかったです……ハナさん?」
ハナは不意に立ち止まり、ある一点を凝視していた。視線の先にはT字路と横断歩道。どこにでもある普通の交差点だ。見た目は小学生のハナと同じくらいの子どもたちが信号の前で談笑している。
その子どもたちの一人に、フラグが立っていた。
性質は死亡。回収時期はほどなく。そして交差点に遠方から直進してくるのは、蛇行運転中の乗用車だ。おまけに目を凝らして見てみれば、運転者の首元には魔女の口づけまでされてある。フラグの回収者が何者かは明らかだった。
「ごめん、先に帰っといて。遅くなる。おーい、危ないぞー!」
「ちょ、ハナさん!」
考えるまでもなくハナは動いていた。
乗用車は変わらず歩道の子どもたちに迫りつつある。ハナの声で周囲を見回した子どもたちは車の存在に気づくが、間近に迫る死の危険に硬直して動けないようだ。
子どもたちとハナの体格は同等。全員を魔法少女の腕力で抱えて逃げるのは難しい。であれば手段は一つだけ。
「スラァァァ!」
「えーっ!?」
スライディングである。
あんまりにも原始的な方法で子どもたちを蹴っ飛ばすと、歩道に乗り上げた車が電柱に直撃、悲鳴があがった。子どもたちはパニック状態だがケガはない。誰かが警察と救急をすでに呼んでいるのでじきに事態は収束するだろう。
電撃的なマジカルスライディング・レスキューだった。
ーーー
さて、レスキューで子供を助けてついでに下手人の魔女も二人でさくっと退治し、買い物もきちんと済ませて万事安泰、一件落着。
というわけにはいかなかった。
「ハナ、そのケガどうしたの!?」
「あっやば」
「隠さないで! 手当するわよ、来なさい!」
「後生なので消毒液はご勘弁を!」
アスファルトの上で人をふっとばすレベルのスライディングタックルをかましたため、ハナの足にはひどい擦り傷ができていた。その時初めて気づいたメルは目を丸くする。
「ど、どうしたんですか!?」
「何が、あった……!?」
リビングで治療していると、ハナの無茶ぶりを知っているみふゆとかなえが血相を変えてやってくる。ハナ本人は「いたたた痛い痛い死ぬぅ!」と悲鳴をあげるのに忙しいので、代わりにメルが説明した。
交通事故の発生直前に居合わせたこと。スライディングレスキューをかましたこと。下手人の魔女は帰りに狩ってきたことなど。
すべてを聞いたやちよたちは「まったく」と困ったようなため息をつく。
「死亡フラグが見えたのね?」
「はい」
「お人好しなのは知ってるわ。正しいことをしたと思う。でもね、あなたが傷つくと悲しむ人がいるってこと、忘れちゃダメよ」
「……はい」
から返事である。やちよたちが何を言っても、自分が最低のカスだと強く思い込んでいるのは変わらない。それを変えれば、自分が自分でなくなってしまうからだ。カスな自分の命を他の誰かの命のために消費する。ハナの根幹をなす信念だった。
ハナの目つきから伝わってないことを読み取ったのだろう、治療を終えるとやちよは八つ当たり気味に包帯を軽く叩いた。ぬあーっと悲鳴を上げるハナに、苦笑するみかづき荘の面々。
その中で一人だけ、メルだけは浮かない表情のままだった。
ーーー
それからというもの、メルはハナに絡まなくなった。どこか沈んだ表情でみかづき荘の面々を占い、いい結果の的中したメンバーがメルを褒め称え、どこか懐疑的なやちよとやちよに従う鶴乃がなんともいえない顔で傍観する。
「ハナ、構ってほしいのが丸わかりよ」
「そそそそんなことないですし」
一方、メルに構ってもらえなくなったハナは手持ち無沙汰だった。家事をこなす最中スキあらばメルの方をチラチラ見るので、傍から見ると寂しげだ。
そんなある日、事件が起こった。
「みんなずるーい!」
いい結果が的中していい思いをするみかづき荘のみんなに我慢がならなくなったのだろう、鶴乃がやちよの言いつけを破りメルの占いを受けたのだ。しかし結果は悲惨で、ついには万々歳の食中毒事件発生まで危惧された。結局ピタゴラスイッチ的に出来上がった下剤入りラーメンを自ら食すことで、鶴乃一人がお腹を下して落着したのだが、やちよが確信をこめて言う。
「メル。もう占うのはやめなさい。あなたの固有魔法はおそらく占いの強制的な成立。いい結果ならともかく、悪い結果まで今回みたいに引き寄せてしまうのよ」
「そ、そんな! ボクの生きがいが!」
占いと同時に確定した未来そのものであるフラグが発生することを考えれば、妥当な推測だった。フラグの危険性を知っているからこそ、それを禁じるのも妥当だ。実際言い出しっぺのやちよのほか、みふゆもかなえも頷いていた。
しかしメルは占いが大好きだ。禁止されたくらいでやめる根性ではない。
禁止令発令を横でぼさーっと聞いていたハナを、ぐいと引き寄せる。
「なら悪い結果は必ず回避してみせます! ハナ先輩の根性メソッドで!」
「えっ」
「フラグは確定した絶対の未来と聞いたです。でもハナ先輩は気合と根性で悪い結果を回避しました。オリジナルなメソッドの占いで、人の役に立つ占い師になりたい──ハナ先輩はボクの野望を体現しているです!」
「メル、早まるのはやめなさい」
「最悪死にますよ」
「マネ、ダメ、絶対……」
「散々な信用だなぁ!?」
やちよたちは割と真面目にメルを止めにかかるが、ハナは憤慨してメルとスクラムを組む。先輩と誰かに呼ばれたのは生まれて初めて、ましてや幼女になってからそう呼ばれるなんてありえないと半ば諦めていた。一度は捨てた先輩呼びの野望を叶えてくれたメルは、かけがえのない同志なのだ。
「我々は都合のいい未来だけを受け入れる! 最強のメルハナメソッドで世の中をもっと明るくしてみせましょう!」
「そうですっ! ボクの占いと先輩のド根性メソッドがあれば不可能なんてないですよ!」
「……最悪のコンビだわ」
「悪夢です……」
「……」
ノリと勢いで活動するハナはメルを後輩として受け入れた。一方のメルは例の事件について葛藤した末、ハナの立場をライバルから先達へと格上げし、この上なくハイになっていた。メルの方が見た目も実年齢も年上なのを忘れるくらいに。
かくして、未来への干渉を恐れる古参組の懸念をよそに、メルとハナによる占いメソッドの開発が始まったのだ。
「フラグは立った時点で破壊不能。だけど回収者を倒すか回避すれば運命を捻じ曲げることができる。ここまではいい?」
「ハイです! でもどうやって回収者を見分けるです?」
「簡単だよ、フラグをよく読み取ればいい。たとえば私の脳天に今立ってるこれはなんのフラグ?」
「むむむ、ぜんっぜん見えないですー!」
「まずは可視化から覚えないとだね。ちなみにこれは──大失敗フラグ。たぶん、メソッドの開発が大失敗するんだろうね」
「なるほど……って、えええー!?」
「まーじか」
初っ端から開発計画は暗礁に乗り上げていた。固有魔法の性質上、むしろ座礁から転覆沈没まで確定していたかもしれない。戦々恐々で二人の無謀な試みを見守っていたみかづき荘の面々は、固有魔法の合体事故のようなメソッドが生まれる未来は回避されたと見て、ほっと胸をなでおろした。
ハナとしては別に失敗してもよかった。その場の勢いで動いただけだったので、メルがいくら練習してもフラグが見えないと嘆いても、そんなこともあるさとおおらかに構えていられた。
が、そうもいかないのがメルである。
「先輩、ボク……才能ないんでしょうか」
練習開始から三日目、メルはどんより落ち込んでいる。その淀んだ雰囲気と微妙に穢れのたまったソウルジェムから「あ、これガチなやつ」と気づき、ハナは全力で励ました。
「そんなことない。私だってタロットの意味一つも覚えられないし、これくらいが普通だって」
「でも先輩はタロットが読めなくたってフラグが読めるですし……」
「あー、うー」
「……ボク、占いが大好きなんです。大好きな占いで、みんなの役に立ちたいんです」
メルはぽつりぽつりと語りだした。占いに惚れ込んだこと、オリジナルの占いを願い事にしたこと。いい結果はそのまま伝え、悪い結果は回避の方法まで伝えたい。けれど今の方法では悪い結果ほど回避が難しくなってしまう。その時光明になったのがハナの根性回避メソッドだったと。
「先輩みたいに具体的な未来が見えるようになれば、ボクの占いはもっとよくなると思ったのに……ぐす」
「な、泣かないで」
嗚咽を漏らし始めるメル。占いに対してどこまでもまっすぐに向き合うメルの姿勢が見えた。その反面、軽い気持ちで手を貸したハナは冷や汗タラタラだった。
ともあれ、フラグの可視化はハナの固有魔法だ。他人にマネできないことは最初から決まっていた。決まりきったことを努力でどうにかしようとして、案の定失敗し落ち込む──大失敗フラグが成立した瞬間である。
ハナは落ち込むメルを部屋まで送ると、自室にこもって枕を濡らした。
「まーじか……」
ーーー
「ハナ先輩、こんな感じでいいですか?」
「そうそうそんな感じ。初めてなのに、手先器用だなー」
「伊達に毎日タロットをさばいてないです」
キッチンで野菜の仕込みを手伝うメルは、誇らしげに胸を張った。微笑ましいドヤ顔に対しハナは笑みを浮かべつつ、「じゃあ次は」と指示を出す。そんな二人の様子を見ていたやちよ、みふゆ、かなえにももこの四人。そのうちの誰かがつぶやいた。雨降って地固まる、と。
オリジナル占いメソッド開発計画はものの見事に頓挫した。大失敗フラグの回収を果たしたことでひどく落ち込んだ両者だが、メルもハナも強靭なメンタルの持ち主であり、何よりも気が合ったのだ。
習得こそ叶わなかったものの、メルはハナのことを依然リスペクトしていた。確定した悪い未来が見えてもそのまま受け入れず、自分の力でねじ伏せにいく姿勢へのあこがれは、一度や二度の失敗で消えるようなものではなかった。
ハナの方は──寝たら立ち直った。メルの気持ちはよく分からないけれど先輩呼び継続ならおーるおっけー、との考えだ。結果、小学生程度の幼女を先輩と呼んで慕う中学生のコンビが出来上がり今に至る。
「丸く収まってよかったわ。ねえ、みふゆ?」
「やっちゃん、分かってて言ってますよね?」
みふゆはソファの背もたれによりかかり、うらめしげな視線をキッチンに向けていた。
「ハナちゃんがとられました……」
「うお、みふゆさんが子供っぽいぞ!?」
「あの子のことになるとこうなのよ」
大人っぽいみふゆがすねた子供みたいに頬をふくらませる姿はそこそこの衝撃だった。
みふゆにとってハナは、愛する妹でありマスコットであり、甘やかしてくれる母でもある。新参のメルに構ってばかりで最近話してくれないことに、大きな不満を抱いていた。
呆れ顔のやちよがみふゆをたしなめ、それを見たももこが「意外と子供っぽいとこあるんだなぁ」とほっこりする。放課後のみかづき荘は、どこまでも平和だった。
ーーー
が、平和は永遠には続かない。
メルがすっかりみかづき荘になじんだある日。占い禁止令の熱烈な支持者であるやちよが起床してくる前に、メルはリビングで今日一日の運勢を占っていた。禁止令ごときでやめるようじゃ先輩の度胸に近づけないぜの精神である。
朝食を用意しながらメルを見守っていたハナの目には、フラグの成立する様が見えた。
「出ました。今日の運勢は──超絶ラッキーデー! 最高の幸運に恵まれると出たですよ!」
「メル、占いは止めなさいといったでしょう?」
「し、しまった!」
タイミング悪く現れたやちよに追いかけ回されるメルを見ながら、ハナは首をかしげた。
メルの占いが成立すると同時に占いの成功フラグが立つ。これはいつものことなのだが、今回のフラグはおかしい。
たしかにメルの脳天にぶっ刺さったフラグは大成功を示している。とんでもない幸運がメルを待っているのだろう。しかし同時に、死亡フラグのそれに似た禍々しさが滲んでいるのだ。幸運と死。相反する属性のフラグにハナは混乱するばかりだ。
はたしてメルに立ったフラグの示す意味とは──。
ーーー
放課後、新西区某小学校。仲良しグループを組んで笑顔で校門を出ていく小学生たちにまじり、無表情なぼっちが一人いた。藤本ハナである。
ハナは一度目の死で社会的に死んだことになっており、みふゆの実家のコネを使って新たな戸籍を取得。小学生として学校生活をやり直していた。
もともと精神が幼いので子どもたちとも初めは仲良くやれていたのだが、体育の時間がまずかった。体操服に着替える際、うっかり傷だらけの体を見られてしまったのだ。あいつスジモンかよヤベーヤベーなどと悪評が広まり、今ではすっかりぼっちである。
そんな悲しき年齢詐称ぼっち小学生に、声がかかる。
「あ、ハナちゃん」
「さなちゃん。会いに来てくれたの?」
「う、うん。今日は早めに終わったから」
校門前で待機していた声の主は二葉さな。水名女学園の中等部に通う生徒であり、ハナが死ぬ前のクラスメイトだ。
能天気で軽いハナと、気弱で怖がりなさなは性格が違えどなぜか気が合い、同じぼっち族だったこともあって教室ではぼっちのハナさなと呼ばれるほど仲が良かった。
『ハナちゃん、ハナちゃん……!』
『ぐえっ』
そのため死亡扱いのハナが幼女化して再会に来たときには、危うくハナが窒息しかけたこともある。
中学と小学では終業時間が違うものの、テスト期間などで時間があえばこうして会いに来る。二人は仲良しだった。
「それでね、かわいいネコさんを見つけてね。少し遠いけど、今から会いに行くの。ハナちゃんもどうかな?」
「んー、ごめん。今日はちょっと外せない用事があって」
「そうなんだ……」
しゅんと肩を落とすさな。かわいい野良猫を見に行く誘いは魅力的ではあったけれど、今日だけはダメだった。
「また今度、明日でも明後日でも暇だから。その時案内してよ」
「……うん! 約束だよ。絶対いっしょに会いに行こうね!」
「指切りって今日日やるもんなんだ」
指切りげんまんで再会を約束し、さなと別れる。そうして向かった先は戦場だった。
「お待たせしました」
「これで全員ね」
待ち合わせ場所の公園には、学校を終えたみかづき荘の面々が顔を揃えていた。大東区から流れてきた強力な魔女がそこに居座っており、確実にここで仕留めると先日から打ち合わせしていたのだ。グリーフシードのストックもすべて持ち出し、メンバーは家の都合でどうしても来られない鶴乃を除いた六人が万全の状態で揃っている。
新西区の最高戦力であるやちよとみふゆに加え、実力者ぞろいの布陣。欠員はいるものの、今日を逃せば他の地区に逃げられさらに被害が出る恐れもある。チームみかづき荘は現状の戦力すべてを投入し、魔女との交戦を開始した。
だが──
「くっ、なんて力……!」
「これは、あまりにも強すぎます!」
その魔女はかつてないほどの強敵だった。実力者ぞろいの神浜で、複数の区をまたいで生存していることが示唆する通り、あまりにも強すぎた。
波濤のようなやちよの連撃。目の眩む幻惑的なみふゆの猛攻、まっすぐ行ってぶん殴るかなえの大火力──それらを結集しても微々たるダメージしか入らない。
攻めあぐねているうちに全滅させた使い魔たちが復活し、またそれらの防衛戦を突破する必要が出てくる。四時間にも及ぶ長期戦ですでにグリーフシードは尽きていた。
「メルっ、危ない!」
「え──」
魔力切れの近いメルは後方から散発的なタロットの投擲で援護を行っていた。そこに迫る使い魔の一体。元より前衛向けではないメルは、迫り来る致命の一撃に呆然とし──
「ほいさっ!」
優勝旗がひらめいた。
幾何学模様の旗は使い魔を簀巻きにして地面へと叩きつけ、旗をくくりつけた槍の穂先で貫く。
「兆しのない死はご法度だよー!」
「せ、先輩! た、助かりました」
「なんのなんの」
余裕ぶって笑うハナだが、実はギリギリである。魔力の半分まで使い切っているため、強制的な死亡フラグの成立という切り札は捨て身でも使えない。後衛を援護しながら時に槍を投てきするくらいしかできることはなかった。
「……限界ね。撤退よ」
「悔しいですが、仕方ありませんね」
「ああ、こればかりは……」
「な!? あとちょっとだろ! チャンスのがしていいのかよ!」
「あとちょっと、で誰か死ぬかもしれないのよ」
「それは……」
撤退が宣言された。
ももこが反駁した通り、魔女は後一歩のところまで弱っていた。ほんのひと頑張りで倒すことができるだろう。しかしグリーフシードのない現状では、そのひと頑張りのせいで誰かのソウルジェムが穢れきることもあり得る。どんな事情があってもそれだけは避けなければならない。ももこは言葉を飲み込み、「分かった」と考えを切り替える。
魔法少女特有のテレパシーで撤退の旨を後衛に伝え、結界最深部からの脱出が始まる。
幸い浅い部分の使い魔は復活しておらず、脱出は容易かに思われた。
その思いがフラグだったのだろうか。
「やちよさん、危ない!」
「え──」
結界のもっとも浅い部分。全滅させたと思っていた使い魔は、一体だけ生き残っていた。
その一体がやちよの気が緩んだ瞬間、死角から迫って──
とっさに飛び出したメルの体を、あっけなく貫いたのだった。
ーーー
「メル、しっかりして!」
「すぐに血を止めます。絶対、絶対大丈夫ですから!」
「頑張れ……」
「……」
魔女の結界からどうにか撤退したチームが直面したのは、新たな絶望だ。
メルの腹部に穴が開いていた。使い魔の一撃は内臓ごと貫通し、とめどなく血が溢れ出ている。メルの体から見る間に生気が失われ、痛みと死への恐怖からソウルジェムが黒く穢れていく。
やちよたちの必死の手当と励ましも虚しく、肉体はどんどん死に近づきソウルジェムの穢れは増す。このままでは肉体が先に死ぬか、ソウルジェムの穢れがたまって砕けてしまうかの違いしかない。
ハッとしてももこが弾かれたように立ち上がる。
「鶴乃がいくつかグリーフシードを持ってたはずだ! すぐに貰ってくる!」
みかづき荘は強敵との遭遇戦に備え常に一人ひとりがストックを持ち歩いていた。しかしここから鶴乃の自宅までは若干の距離があり、到底間に合うとは思えない。それでも一縷の希望を求め、チームはももこを送り出した。残されたやたよたちは少しでもメルの命を伸ばすため、懸命に手当を続ける。
「何がラッキーデーよ……最悪じゃない!」
「ラッキーですよ。やちよさんを守れた、ですから……尊敬するリーダー守れて、ボク幸せです……」
「──! 馬鹿なこと言わないで! メル、お願いしっかり……!」
その言葉に最期の力を込めたのだろう。体から力が抜け、ソウルジェムにたまった穢れははちきれそうになっている。メルの脳天に立つフラグは、今まさに回収されようとしている。
ではこの場合の回収者は誰か? メルに直接の傷を与えた使い魔か、使役していた魔女か、それとも不意打ちを許してしまったやちよだろうか?
答えはどれも違う。
「なっ、これは!?」
「ハナちゃん!?」
「ハナ、お前……なんのつもりだ!?」
藤本ハナ、その人である。
ふいにハナの優勝旗がやちよたちを絡め取り、固く拘束する。ほとんど魔力の尽きたやちよたちは振りほどけない。
ハナがもう一本の優勝旗を生成してメルの体を見下ろしたとき、やちよは猛烈に嫌な予感を覚えた。
誰よりもメルと仲の良かったハナ。命を捧げてまで仲間を救ったことのあるハナがどうして、今まで一言もしゃべらなかったのか。そしてメルを見下ろすあの清々しい表情の意味するところは何なのか。聡明なやちよとみふゆ、一瞬遅れてかなえは同じ結論に至った。
「あなたまさか、また……!? ふざけないで!」
「ハナちゃんのソウルジェムは、今は一つだけなんですよ!?」
「約束を、破るつもりか……!」
「ふざけてないし、一つだけなのはメルも同じ。それと約束はしてないです」
捨て身の救命。ハナの決意するところはそれだった。フラグが決定していた運命の通り、ハナは今度こそ死のうとしていた。それこそが死亡とも幸運とも区別のつかない、不可思議なフラグの正体だったのだ。
メルの言った通り、尊敬するリーダーであるやちよをかばって死ぬことは幸運だったかもしれない。ただ、メルの占った超絶ラッキーは死だけではなかった。仲間を守って死に、けれど命は助かること。死亡と幸運の性質が複雑に絡んだフラグは、この運命を指し示していた。
そして最終的にこのフラグを回収するのは──決定されたメルの死を覆す、ハナだったのだ。
(長かったなぁ)
自分の死亡フラグを回収して美味しい死に方をしたい。そう願ったのはたった半年前のことだけれど、とても充実して何十年も生きた気分だ。最後は自分ではなく他人のフラグを回収して死ぬあたり、少し齟齬があるけれど。
残った魔力をすべて優勝旗に込めながら、短くも濃厚な人生を回想する。
『どうしてお前はそう使えないんだ』『役立たずが』『しょせんは売女の娘か』『使えないゴミめ』『サノバビッチ』『生まれてこなければよかったのに』
最初から望まれた存在ではなかった。父親が世間体を保つための人形でしかなく、人らしい扱いは受けたことがなかった。テレビでその扱いが当たり前ではないと知った時『どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの』と思った。
お前が使えないゴミだからだと言われた。だから納得した。生まれるべきではなかった最底辺のゴミクズ少女だから、こんな扱いを受けるのは当然だと納得した。納得せざるを得なかった。
「なんであなたはいつもそう、勝手なのよ!?」
「やめなさい──!」
「やめろ──!」
「私は死んでいいヤツだから」
その納得が壊されようとしている。いや、すでに壊されていたのかもしれない。
涙を流すやちよたちの絶叫が、慟哭が、願い事に歪められた関係性から来るとは思えない。最初はそうだったとしても、間違いなくハナを愛しており──自分はゴミクズではないのではと、ハナに思わせてしまう。
それではダメなのだ。ゴミクズだからと納得していなければ、過去のトラウマが押し寄せてくるから。
「じゃ、逝きますか!」
優勝旗をくるくると回し、メルのフラグと突き合わせる。
旗表面の幾何学模様が生き物のようにうごめき、『ALIVE』の文字を形成したかと思うと、不自然な煙がハナとメルを包み込んだ。
「生存フラグっ!」
煙に覆われた空間内部には、生と死の概念が矛盾せず同時に存在していた。人為的に打ち立てた生存フラグはたった一言つぶやくだけで回収され、同じくメルのフラグも回収されるだろう。
もう十分生きた。これ以上は蛇足だし、何より納得の防壁が壊されてしまう。過去のトラウマに向き合う覚悟はなかった。
たとえ仲間がそばにいても?
「ははっ……」
ふとした自問に乾いた笑いをもらす。確かに今のハナは一人ではない。過去を打ち明け、共にトラウマと戦ってくれる優しい仲間はたくさんいる。絶望する必要はない。
が、メルには生きてほしい。
メルは純真ないい子だった。大好きなことに正面から向き合い、真剣に取り組んで得た技術でみんなの役に立とうとしている。そのひたむきさはハナとのメソッド開発に失敗した、あの時の涙からも分かる。
つまりはハナのわがままだ。勝手な都合でメルにはまだまだ生きてほしかった。生きて自分の大好きを追求してほしかった。
迷いを捨てるとともに生存フラグのALIVEがひときわ強く輝いて──
「『やったか!?』」
死の運命を破壊した。
ーーー