みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】   作:難民180301

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かぞくダムネーション

 中央区、喫茶マギア。かつて神浜東西緊張の折、東と西それぞれの代表が顔を突き合わせて会談を重ね、古株の魔法少女たちの間ではひそかに有名になりつつあるこの場所にて、二人の魔法少女が対面していた。

 

「そうか、梓と二葉くん、それに藤本くんも勧誘を……」

「ええ。どうにか全員思いとどまってくれたけれど、際どいところだったわ。東の方はどうなの?」

「そちらと同じだ。魔女とウワサの被害が増え、魔女化を知る者達が勧誘を受けている」

 

 一人は七海やちよ。近頃プライベートな理由で表舞台から手を引いている梓みふゆに代わり、西の代表として活動する最古参の魔法少女だ。その対面に座しているのが和泉十七夜(かなぎ)。領土問題が先鋭化した頃には東の代表としてやちよたちと激しく争った。

 

 旧敵同士の二人がこの場所で対面していること、二人の間に漂う雰囲気が物々しいことは、東西の歴史を知る古い魔法少女にとっては一大事だ。しかしやちよと十七夜が表情を険しくする原因は、互いへの敵意ではなかった。

 

「マギウスの翼。やっかいな連中が現れたものだ」

「まったくね」

 

 マギウスの翼である。

 

 魔法少女を魔女化の運命から解放する目的を掲げ、そのために得体の知れないウワサや魔女を利用する過激派組織だ。数日前やちよのチームメンバーが勧誘を受けたのと同時、十七夜の治める東方でも活動が始まり、互いに情報共有の場を提案したのが会談のきっかけだ。

 

 ひとしきり東西の被害を確認すると、十七夜は一つためいきをつく。

 

「しかしあの姉妹も似合わないことをする。悪事のできる性格ではないだろうに」

「知り合いなの?」

「ああ。月咲くん、妹の方とな。こちらでも相当数の魔法少女に声をかけているらしいが、結果は散々だ。話がふわふわしすぎている、誰よアンタ、などと言って門前払いされている」

「それは……敵と言えど、少しかわいそうね」

 

 スカウト活動を統括する天音姉妹は頭の痛い日々を送っていた。

 

 みふゆとハナにマギウスの計画を思い切り情報漏洩したのが堪えた二人は、魔女化や解放の具体的方法を伏せて勧誘することに。結果、話がふわふわしすぎて信憑性が低下。二人が魔法少女として経験が浅いこともあって「頭のおかしな姉妹がカルトっぽいこと言ってる」と大東区では評判になっている。

 

 双子の現状を聞いたやちよの脳裏に、ハナが三度目の死を迎えた翌日のことがよぎる。

 

『天音月夜でございます!』

『同じく月咲だよ! みかづき荘への入居を希望します!』

『いいわよ。親御さんの同意書を見せてもらえる?』

『はいこちらに!』

『えっ、ウチそんなの持ってない……』

『えっ!?』

 

 潜入捜査のつもりだったのだろう。入居する気まんまんで旅行かばんと風呂敷を抱えてやってきた二人だったが、月咲が実家の許可をもらえずに断念。月咲ちゃんがいないなら私もちょっと、ということで二人は涙目で帰っていった。勧誘を受けたみふゆ、さな、ハナの三人はすごすご去っていく双子の背中をなんともいえない表情で見つめていた。

 

 んんっ、と十七夜が咳払い。敵方への同情を打ち切って、次の議題を口にする。

 

「笛姉妹についてはいいだろう。それより魔女とウワサの被害をどうする。犠牲の増えつつある現状、これは喫緊だぞ」

「そうね。うちのメンバーにも被害が出ている。東側も協力してくれるなら心強いわ」

「……被害? 誰かやられたのか」

「かなえのライブが中止になったのよ」

「……すまない」

 

 双子の勧誘活動によってマギウスの翼の規模は小さいままだが、魔女とウワサの被害は甚大だった。

 

 中央区の電波塔を使った特殊な宣伝広告により、魔女と魔法少女が神浜に集結している。急激な近代化で光と闇の落差が大きい神浜は魔女にとって楽園のようなもので、絶望と穢れに侵された人々が毎日のように凶行へ走っていた。展望台の屋上からの集団投身自殺、放火、密室での一酸化中毒自殺、立てこもり──ライブハウス『MAGICA』での刃物振り回し事件など。

 

 事件が起こったのはかなえの初ライブ前日で、みかづき荘全員が明日を楽しみにしていた。ハナはLOVE KANAEの旗を本当に作ってしまいかなえにコメカミをぐりぐりされ、ももこはそれをたしなめつつ独自のコールを披露して頭をはたかれ、鶴乃は「当日の楽屋弁当は万々歳で決まりだよーふんふん!」とテンションを上げ走り回っていた。そんな中かなえの携帯に入ってきたのがライブハウスでの凶行と延期の連絡だ。

 

『……コロス』

 

 キレたかなえが魔女とウワサを狂犬のごとく排除にかかったのは、当然といえよう。

 

「エンブリオ・イブとやらの正体は分からんが、なんにせよ過程が気に食わん。早々に本拠地を叩きたいところだが」

「それについてはみふゆにアテがあるらしいわ」

「梓が?」

 

 みふゆはかなえの一件以来、独自の手段でマギウスの翼のアジトを探っている。今すぐとはいかないまでも、一週間ほどあれば特定できるという。あの梓がそこまで言うなら、と十七夜も一任の意を示す。

 

「とりあえずこっちでは、市外から来た魔法少女をできる限り追い出しているわ。神浜の魔女を甘く見てエサになったり、魔女化したりしないようにね。できれば東も同じようにしてほしいのだけど」

「なるほど、理に適っているな。了解した、アジトが割れるまではこちらもそのように動こう。しかし──」

「どうしたの?」

 

 十七夜は口元に手を当て、くつくつと笑う。

 

「なに、剣呑な風評もある。魔法少女を締め出すのに苦労はいらんと思ってな。なあ──新西(しんせい)のドン」

「……はあ、やめてよ」

 

 十七夜の意地悪な笑みに、やちよは顔をしかめた。

 

 魔女被害防止のため市外の魔法少女を追い出すようになってから、みかづき荘の知名度はいっそう向上した。元々新西区でトップクラスの戦力が集中していたことや、グリーフシードカルテルのウワサがあったことも手伝って、魔法少女の締め出しは縄張り意識の激化と見られたのだ。

 

 やちよとしては不本意である。ただ、神浜の魔女に追い詰められているよその魔法少女を助けた後、『ここは神浜西のテリトリーよ。他の魔法少女のテリトリーで魔女を狩れば敵対行為になるって、キュゥべえに教わらなかった?』『神浜で生き残る実力があるか、試してあげる』などと威圧するのを何度か繰り返しただけだった。

 

「いや、それもう狙ってるだろう」

「よかれと思ってやってるのだけど……」

 

 結果、新西にはおそろしい魔法少女がいる。市外から来た魔法少女をシバき威圧し追い返す恐怖のベテラン──新西のドン、七海やちよ。という風評が出来上がったというわけだ。

 

「まあ、実際楽ではあるわね。最近は変身して他所の子に声をかけるだけで逃げられるのよ」

「さすがだな、ドン。神浜の内外問わず名を馳せるその実力、旧敵として誇らしい限りだぞドン。自分も見習いたいところだドン・七海」

「次ドンって呼んだらあなたのことフルシチョフって呼ぶわよ」

「偉人の名で呼んでもらえるとは光栄だ。是非そうしてくれケネディ・七海」

「誰がケネディよ……」

 

 やちよの疲れた声に、十七夜は「すまんすまん」と苦笑する。

 

 会談の張り詰めた空気はいつの間にか霧散し、テーブル席には東西の代表ではなく二人の少女がかけている。

 

「藤本くんが二度死んでからは、どこか気力に欠けたように見えたが。もう平気なようだな」

「ええ。あのおバカだけじゃなくて、みんな曲者ぞろいだから。気を抜いてる暇なんてないわ。ホンットにもう……」

 

 やちよの念頭には、最近発足したみかづき荘の秘密クラブがあった。メル、ハナ、鶴乃の三人で構成されるクラブは、みかづき荘では禁止されているメルの占いを主目的として夜な夜な実施されている。やちよが見つけるたびに摘発しているが手を変え品を変え密会を繰り返し、メルの占いとハナのフラグを合わせた独自のメソッド開発を試みているようだ。今のところ実害はないようだが、時が来れば容赦なく一斉検挙することをやちよは誓っている。

 

「言葉の割に、楽しそうだな」

「そうかしら?」

「ああ。──おっと、そろそろバイトの時間だ。そろそろお開きにしたい」

「分かったわ。今日話したこと、くれぐれもお願いね」

 

 席を立ち、伝票を持って、どちら持ちにするかで多少の口論になり、店の外へ。

 

 別れ際、十七夜が何かを思い出したように「そうだ、最後に」と言う。

 

「藤本くんのことだ。そっちで活動している、八雲経由で気になる話を聞いてな」

 

 珍しく言葉を探すように視線を泳がせ、眉間にシワを寄せて、十七夜は旧敵への忠告を口にするのだった──。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 一方そのころ、みかづき荘にて。

 

「ぶえーくしょい!」

「なんだよ風邪か?」

「いやー、誰かに噂されてるねこれは」

 

 藤本ハナが自然発生したくしゃみフラグをベタに回収していた。

 

 フラグとセットのお約束的セリフを口にしたのは、ソファに隣り合って座る深月フェリシアだ。つぶらな瞳でハナを一瞥して、テレビへ視線を戻す。彼女はみかづき荘の新しい住人兼傭兵であり、先日のソウルジェム遠投事件の被害者でもあった。

 

 ハナの死が判明してからチームメンバー総出でソウルジェムを探し回ると、ハナのソウルジェムを手にぷりぷり怒るフェリシアを発見。たんこぶをこさえたフェリシアへ穏便に事情を説明すると、いっそう怒りが強まった。

 

『こんな硬いもん投げるなよあぶねーだろ! ていうかソウルジェムってすっげー大事なもんじゃん、なんで投げるんだよ意味わかんねー! 頭おかしいんじゃねーの!?』

『……』

 

 正論過ぎてチームメンバーは何も言えなかった。

 

 それを好機と見てか、フェリシアは痛みで涙目になりながら『ん』と手を突き出す。

 

『ケガしたんだからいしゃりょーよこせ。千円でいいぜ』

『やっす!?』

 

 フェリシアはハナの命の恩人だった。もし魔女や使い魔の結界にホールインワンしていたり、マギウスの翼のメンバーに回収されていれば悲惨な結果は確実だ。千円ぽっちの慰謝料で話を済ましてはみかづき荘の仁義に悖る。というわけで後日改めてお礼すると約束し、陳謝の末解散。するとフェリシアは親なし宿無しの境遇であることが判明したため、三食昼寝つきで居候してもらうことになった。

 

『ご、ごはん! ごはん超うめー!』

『かっ食らってる……ねえ、やちよさん』

『みなまで言わないで』

 

 親なし宿無しの未就学児童という悲惨な境遇と、今までの食生活が偲ばれる食べっぷりにメンバー全員が感化。フェリシア本人の純真で子供っぽい性格も手伝い、すんなりとみかづき荘に馴染んだ。

 

「ハナー、このテレビつまんねーよ。アニメとかやってねえの?」

「この時間はワイドショーか通販しかやってないねー」

 

 魔女を見るや狂犬のようにかかっていくフェリシアだが、魔女がいなければただのぐうたら少女だ。昼下がり、休校でヒマなハナとともにソファに腰掛け、惰眠を貪っていた。

 

「ほんと、散々な言われようだね神浜」

「今更じゃね?」

「まーじか」

 

 ワイドショーでの話題は神浜のことばかりだった。テロップには「人外魔境」「魔窟」「テログループ」「カルト教団」などの物騒な字が踊る。

 

『えー、神浜市では連日集団自殺や暴行、変死、立てこもり事件などが発生していまして、政府は神浜市限定で緊急事態を宣言し、すべての学校に休校を要請しています。住民の皆様は不要不急の外出を控え──』

『SNS上では奇妙なコスプレ姿の少女たちが深夜に練り歩く写真が話題になっており、危険なカルト教団の存在が示唆──専門家の意見──』

 

 神浜は全国的に注目されていた。

 

 きっかけは中央区の展望台で発生した集団投身自殺だ。おそらく魔女の口づけに操られた人々が展望台の屋上から身を投げ、惨劇を作り出した。これをきっかけに神浜市の不審死、変死、失踪者の数が多すぎることが判明、たちまちメディアの標的となり、政府も休校や外出自粛を要請するなど対応に追われている。

 

「同じことしか言わねーからつまんねーよ。なあ、別のにしようって」

「じゃあ録画見よっか。鶴乃がアニメとか録ってるよ」

「アニメ! デカゴンボールは!?」

「あるある」

 

 フェリシアに急かされレコーダーのリモコンをいじるが、利かない。電池が切れかけているようだ。

 

 戸棚から予備の電池を探すものの、あいにく単4電池しかなかった。リモコンに要るのは単3だ。年代物のレコーダーなので、本体の電源スイッチは壊れてしまっている。

 

「こりゃ録画見られんわ」

「えー!? 同じ電池なんだからどうにかなるだろ!?」

「ならんでしょ……いや待てよ、頑張ればいけるか?」

 

 単3電池と単4電池は容量こそ違うが、電圧は同じだ。サイズの違いをどうにか克服すれば、代用できないこともない。不可能を可能とする魔法少女が二人居て解決できない道理もまた、ないだろう。

 

 フェリシアとハナは顔を見合わせて力強くうなずくと、リモコンのマジカルカスタマイズに取り掛かる。

 

「ここのぐるぐるをぐいってやればいいんじゃねーか?」

「それだ。ぐいっと行こうぐいっと」

「ぐいっと! あ」

 

 ぐるぐる、もとい導線が千切れた。導線の出ている基部ごと引きちぎれた。リモコンはただのガラクタと化した。二人の顔から血の気が引いた。

 

 レコーダーはみかづき荘全員で共用だ。かなえは音楽番組を、メルは深夜の胡散臭い占い番組を、ハナたち年少組は深夜の熱血アニメをしばしば録画する。リモコンが壊れれば録画したものを視聴できず、被害甚大である。

 

「お、お、オレ悪くねーし! ハナに言われてやっただけだし!」

「わ、私だって悪くないし! フェリシアがチンパン握力だって知らなかったし!」

「誰がチンパンだチビ!」

「んだとこれでも背伸びたんだぞう!」

 

 やいのやいのと掴み合い、キャットファイトを繰り広げる二人。頬をひっぱり、関節を極め、ぽかぽか叩きあって、最終的にはフェリシアがハナにマウントをとって決着した。フェリシアがハナの両手首をつかみ、上気した顔でにらみ合う。

 

「はあ、ごめんね」

「えっ?」

「リモコンのことは私が始末をつけるよ。フェリシアは悪くない。ごめん」

「な、なんだよ急に……オレだってちょっとは悪いと思って……」

 

 力の抜けたフェリシアを押しのけて立ち上がると、ハナは自室からポケットマネーを引き出した。リモコンの一つくらいならこれでまかなえるだろう。幸いやちよが東との会談から帰ってくるにはまだ時間がある。それまでに新調すれば勝利だ。

 

「というわけでフェリシアは留守番をお願い」

「なんでだよ! 一緒に行くよ! オレだって悪いことしたと思うし……」

「フェリシアは律儀で偉い子だなぁ」

「当たり前だろ! オレずるいのとか嫌いだもん!」

 

 ハナは黒い笑みを浮かべた。

 

「じゃあそんなフェリシアにお願いがあるんだけど」

「なんだ? なんでもやるぞ!」

「やちよさんがもし私より早く帰ってきたら──ごめん、しといて!」

「んなっ!?」

 

 悪いことをしたのを正直に謝る大役を任せ、ハナはみかづき荘を飛び出した。なんでもやるの言質があるためフェリシアは動けず、「きたねーぞー!」と叫びをあげるものの、ハナは無情にも去っていく。

 

 フェリシアを犠牲にしたわけではない。フェリシアはみかづき荘の面々から二人目の妹分ができたようだとネコかわいがりされているので、悪事がバレても甘く済むと見越してのことだ。けっして怒ったやちよが怖くて逃亡したわけではないのだ。これが適材適所ってものなのだ。

 

 ナノダナノダと言い訳を並べながら、ハナはそそくさと中央区の家電屋に向かうのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「結構したなぁ……」

 

 レコーダーのリモコンは想像よりも高かった。軽くなったお財布と新品リモコンを手に、重い足取りで帰路を行く。

 

「いてっ! もうなんなの……」

 

 すると急に体から力が抜け、ずっこけてしまう。最近よくあることなので気にせず立ち上がった。

 

 それからみかづき荘の最寄り駅の一つ手前で電車を降り、遠回りしながら魔女や使い魔のスポットを巡回していく。

 

 魔法少女の夢で宣伝広告を流すマギウスの翼の企みによって、神浜を訪れる魔法少女は増えている。そういった魔法少女が神浜の強力な魔女に遭遇し、エサにされたり魔女化してしまう事例もまた増えていた。これを防ぐための巡回である。

 

 ただ、最近はやちよを恐れ新西区に近づく魔法少女は少なくなっている。人外魔境と報道されている今の状況も考えると、神浜に新参の子がやってくることはないだろう。

 

 などと予想すれば反対に働くのがフラグの仕様だった。

 

「あの、あなた」

「ひぇっ!?」

 

 突如、後ろから声。

 

 振り返ってみると、見慣れない制服姿の女の子が、心配げにハナを見つめている。一切の魔力を感じないが、手元の指輪を見る限り魔法少女なのだろう。年齢はハナの実年齢と同じ程度だった。

 

「びっくりした……なんで気配消してるの? かくれんぼ?」

「え、だって新西区だよ? みかづき荘の人に見つかったら大変だもん。それより」

 

 女の子はかがんでハナに目線を合わせる。

 

「こんなところに一人でいたら危ないよ。迷子になったのかな? お父さんお母さんは?」

「……ええい! 背伸びたのに何よこの扱い!」

「ごめんね。でも本当に危ないから……」

 

 ハナは久しぶりにイライラしていた。せっかく背が伸びて幼女から童女サイズになったのに、というのが半分。もう半分がお父さんお母さんのワードだ。今の両親は海外へ飛んで音信不通、実の母親は二歳の時に蒸発したけどそれが何か? とキレそうになっていた。

 

 すーはーと深呼吸。眼前の女の子に悪意はなく、むしろ誠実に心配してくれている。そう思うと、怒りがまたたく間になくなっていく。

 

「ここじゃなんだし、表通りに出よっか。えっと近くの交番は──!?」

 

 折悪しく、周囲の景色が歪む。冷たいアスファルトとコンクリートがクリームのように溶解し、サイケデリックな空間へ再構成。神浜ではありふれた、使い魔との遭遇戦だ。

 

「これ、魔女の結界!? 私の後ろに隠れて!」

「え、あの……」

 

 女の子は瞬時に変身し、ハナを背にかばう。

 

 すると平均的な濃度の穢れをまとった、使い魔が一体姿を見せる。

 

 修道着を思わせる姿に変身した女の子は、腕に装着したボウガンを連射。くねくねと不規則な動きで接近する使い魔には大半が外れたものの、いくつかが直撃した。

 

「ぜ、全然効いてない!?」

「あのう……」

「大丈夫、大丈夫だからね! すぐにやっつけちゃうから!」

 

 女の子は無理をしているのが丸わかりな笑顔で一度振り返り、今度は連射から一撃に重みをおいた攻撃へ切り替える。しかし手数が減っては素早い使い魔に当たるはずもなく。

 

「うああっ!?」

「ちょ、ちょっと!? なんで避けないんですか!」

「へ、平気だよ、このくらい……!」

 

 なんなく接近してきた使い魔の一撃。女の子は回避の素振りも見せず体で受け、横っ飛びになった。

 

 苦しげに表情を歪めながらもまだ強がる女の子の目には、決意が見える。戦いに巻き込まれた小さな女の子を、絶対に守るという決意が。身を挺してでも守ってみせる覚悟が。

 

 それを見たとたん、ハナの体は勝手に動いた。

 

 変身と同時に優勝旗を生成、頭上でくるりと一回転。

 

「魔法、少女……!?」

「国旗掲揚!」

 

 とん、と地面に旗竿を立てる。

 

 すると使い魔の直下から旗竿が突き出し、串刺しにして縫い付ける。大樹のように極太な旗竿で貫かれた使い魔はすぐさま力尽き、みかづきに寄り添う九つの星をあしらった国旗が、竿のてっぺんではためいた。

 

 結界が崩壊するや否やハナは女の子に駆け寄る。

 

「しっかりして傷は浅いよトリアージは真っ白ぉ!」

「真っ白とかあるんだっけ……? ごめん、魔法少女だったんだね。私勘違いしちゃったみたい」

「謝るのはこっちの方。むしろありがとう。惚れた」

「ほ、惚れ……!?」

 

 目を丸くする女の子のソウルジェムに、非常用のグリーフシードをあてがう。「わ、悪いよ」と遠慮する女の子だがハナには聞こえていない。

 

 ハナは女の子に惹かれていた。明らかに自分では叶わない相手に一歩も引かないタフネス、メンタル、心意気。根本では違うものの、傷ついてでも他者を救おうとする行動にシンパシーを覚えていた。

 

 だからこそ警告する。

 

「戦いぶり見るに、市外の人だよね。すぐに出ていった方がいいよ。今の神浜は、ていうか常時そうなんだけど、危ないから。さっきのも魔女じゃなくて使い魔だし、このままだと早死しちゃう」

「さっきのが使い魔……!? ううん、ごめん。危険なのは分かってるの。でも私は神浜を去るわけにはいかない。だって──」

 

 いわく、神浜には妹がいる。女の子の記憶にしかなくて、両親にも忘れられた大切な妹がいる。どうして忘れられてしまったのか、妹の行方はどこなのか。その謎を解いて妹を取り戻すまでは、絶対に引けない。

 

「うう……っ!」

「え、ど、どうしたの!?」

 

 ハナは号泣した。先程のように死の危険を間近に感じてもなお折れない覚悟の強さ。大切な肉親のために尽くす姉の姿に涙を禁じ得ない。そうそう、家族ってこうじゃなきゃいけないんだよ。かつてハナの憧れた家族の姿がそこにある。

 

 突然泣き出したハナにあたふたする女の子の手を、両手でがっしりつかんで。

 

「お手伝いさせてください!」

 

 と、頭を下げるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 女の子は環いろはといい、神浜市から少し離れた宝崎市の魔法少女だった。社会科見学で神浜の美術館を訪れたとき小さなキュゥべえと接触し、忘れていた妹の記憶が蘇ったという。

 

 妹は新西区の病院に入院していて、いつの間にか誰からも存在が忘れ去られていた。存在が抹消されるとなれば魔法がらみの事件に巻き込まれたと見て、いろはは独自に調査を進めていた。

 

「テレビでも言われてるけど、神浜市の行方不明者ってすごく多いの。その原因だって言われてるのが、噂。都市伝説みたいなものだよ。ハナちゃんは知ってる?」

「知ってる知ってる、知り合いが絶交階段の噂に巻き込まれてたいへんだった」

「詳しく教えて!」

 

 魔女と違って、特定の条件を満たした者を強力な力で巻き込む噂は魔法少女にとっても脅威だった。実際、ももこが親しくしているレナとかえでは噂の条件に触れてしまい、かなえの通り魔的な加勢がなければ行方不明者リストに載っていたところだった。

 

「やっぱり、神浜の危険は魔女だけじゃないんだ……ういもそれに巻き込まれたのかも」

「かもね……今度来る時までに、めぼしい噂を探しとくよ。で、一緒に回ろう」

「そんな、そこまでしてもらうのは悪いよ!」

「気にしないで、休校になってヒマだから」

 

 ハナはネットから神浜市の地区別行方不明者統計を参照し、不明者の数が多い地区から順番にフィールドワークで噂をリスト化していった。学校を終えたいろはと夕方に合流し、怪しい噂を二人がかりで潰す日々が続く。

 

「ガツンと凹ますよっ!」

「えいっ!」

「す、すごい……!」

 

 ときには退屈したフェリシアや、ハナが心配になったさなも伴い、順調に噂を潰していく。そんな日々の中、フェリシアがあけすけに言った。

 

「いろはってよえーよな」

「はうっ!?」

「ふぇ、フェリシアさん!」

「こらっ、メッ、シャラップ!」

「んだよ、ほんとのこと言っただけだろー!」

 

 いろはは魔法少女としてそこまで強いわけではなかった。素質は高いものの本人の性格が戦いに向いてないこともあり、いざウワサと戦うとなるとみかづきチームに任せきりになることもしばしば。

 

 ひそかに気にしていたいろはは涙目になり、しゃがみこんでしまう。

 

「だ、大丈夫! どんな魔法少女も一発で強くなれる裏技があるの! だから元気出して、ね?」

「ほ、ほんとに……?」

 

 半べそをかくいろはを連れてやってきたのは調整屋だった。神浜市にはありふれた廃墟で経営中の、魔法少女のソウルジェムを強化する店だ。

 

 戦闘のできない店主に代わり用心棒を務めるももこが、ハナたちを見て気さくに手を上げる。

 

「よっ。その子がいろはちゃんか?」

「はい。みたまさんの手にかかればもうバッキバキですよね、ねっ!」

「バッキバキ……?」

「バッキバキのガッチガチだぞっ!」

 

 ハナの脳内がフェリシア語彙に侵食されていると、奥から店主が現れた。

 

 八雲みたま。大東区出身の魔法少女で、東のボスである和泉十七夜とも親交がある。グリーフシードや金銭を対価にソウルジェムを強化する調整屋その人である。

 

 みたまは訪れたいろはたちのうち、ハナを認めると満面の笑みを浮かべる。

 

「お帰りはあちらよ〜」

「ほなさいなら〜ってなんでですかっ!」

「ハナちゃんのソウルジェムは手に負えないのよ〜」

 

 みたまにとってのハナは顧客になりえない冷やかし専門である。というのも、初めてハナが調整屋を利用した際、ソウルジェムに触れたとたんみたまが卒倒したことが原因だ。みたまは「もう二度と触りたくない」と真顔で断言した。その理由については個人情報だからとはぐらかすばかり。

 

 ともあれ、今回はいろはの調整だ。

 

「じゃあ服を脱いでそこへ横になって〜」

「はい、服を……ええっ!?」

「そこのかごに入れてねー」

「靴下は履いたままが流行りだよー」

「うう、分かり、ました……」

「分かるな! それとハナは変なオプション付けるな!」

 

 若干の茶々入れはあったものの、無事いろはの調整は終わり。使い魔程度なら一撃で倒せる程度には、強くなれたのだった。

 

 いろはにとってハナ、さな、フェリシア、たまに手伝ってくれる鶴乃の四人は優しくて強い味方だった。神浜の外から来た自分の事情に無償で付き合い、力を貸してくれる恩人たち。危険なウワサを潰して回るのに付き合ってくれるばかりか、調整屋を紹介して力まで与えてくれた。借りを作りすぎて申し訳ない気持ちが湧くほどに、四人のことを好ましく思っていた。

 

 だからいろはは絶句するしかなかった。

 

「ウソ、だよね……? ここ、みかづき荘だよ……?」

「あっ、やば」

「おうそうだぞ。オレたちここで暮らしてんだ」

「いろはさん?」

 

 ウワサとの戦いが長引き、今から宝崎に戻れば真っ暗になってしまう。そこでハナが「ウチに泊まってけば?」と言い出し、神浜組の下宿に案内されたのだが──門扉の横に『みかづき荘』と刻まれたプレートがあるのを見て、いろはは呆然と立ち尽くした。

 

 そう言えばみかづき荘の評判って、と今更思い出したハナだがもう遅い。

 

 しばし目を見開いて硬直していたいろはは、一度目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。

 

「大丈夫……私がみんなを守るんだから」

「あのー、いろはさん?」

「ハナちゃん、フェリシアちゃん、さなちゃん。ドンのところに案内して。私が──ケジメをつける」

「あっ、なんだか既視感が……」

 

 どんな魔女やウワサを前にした時よりも力強い魔力と覚悟を胸に、いろはは変身する。それを見たさなは不思議な既視感を覚え、のんきに首をかしげた。

 

「みんなは優しくて強くて、すごくいい人たちだもん。みかづき荘にいるのは弱みを握られてるからだよね? 大丈夫だよ。私がなんとかするから」

「ちなみにみかづき荘って、どんなところだと思う?」

 

 みかづき荘の魔法少女は縄張り意識が異常に強く、外から来た魔法少女を半殺しにした末締め出すという。結束は強いからこそ去るものには厳しく、チーム脱退には過酷なケジメがあるとかどうとか。

 

「それなんてレディース」

「ハナちゃん、レディースってレベルじゃないと思うよ?」

「あっはっは! なんだそれおもしれー!」

「笑い事じゃないよ!」

 

 ひとしきり門扉の前で飛躍した勘違いとスレ違いを続けていると、ハナが一転、神妙な表情に変わる。

 

「いろはちゃん。それただの風評。嘘八百だから全部忘れて」

「ウソ? え、え? そうなの? ホントに?」

「うん。というか、みかづき荘のみんなはその、か、かか……かぞく、みたいなものだから。あんまり悪く言われると、悲しい」

「ごっ、ごめんね!? 私てっきりみんなが脅されてると思って……本当にごめん!」

 

 頷いて同意を示すさなとフェリシアに、言葉がつっかえて泣きそうになっているハナ。これを見ても分からないほどいろははおっちょこちょいではなかった。泣き出す寸前のハナの頭をなで、背中をさすり、ひたすら謝る。

 

「さっきから何やってるの、あなたたち」

「ひぃっ、ドン!?」

 

 すると本館からやちよ(ドン)が顔を出し、いろはは腰を抜かして。

 

 てんやわんやの末に、一晩泊まる了承を得たのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

(家族、か)

 

 賑やかな夜のリビングを見つめながら、ハナはぼんやり考える。

 

 ハナにとっての家族はクソだった。母親は二歳の自分を父親に託して蒸発し、父親は娘のことをサンドバッグか家事専門のロボット、または事故か事件の被害者にでもなって同情と保険金の種になる人形としてしか見なかった。初対面でかなえの目つきが気にならなかったのも、父親のようにモノを見る目をしていなかったからだ。

 

 家族はクソだった。頼んでもいないのに子供を生んで、苦しいだけの人生を押し付ける。苦しいのはお前が生まれるべきでなかったからだと、勝手な納得を押し付けてくる。

 

 けれど本当は違ったのかもしれない。

 

「ウワサ退治の方はどう?」

「順調です。四人でかかれば数で押し切れますから」

「そう。でも油断はしないように。危なくなったらすぐ撤退よ。無理はしないで」

「分かってます。もう、耳タコですよ」

「前科三犯が生意気言わないの」

「直近のアレは不可抗力ですって!」

 

 システムキッチンのカウンターに隣り合い、やちよと話すハナ。やちよの視線や声には、ハナを大切に思う気持ちがあふれていて。

 

 こんな風に話してくれる人たちのことを家族と呼ぶなら、きっと悪いものではなかったのかもしれない。自分がひねくれていただけで、一般的には正しい教育とか、しつけとかだったのかも。本当はお父さんも、血のつながってない母親も、思いやってくれていた。

 

 ふとしたきっかけで燃えだした希望は、ハナの口をしぜんに動かしていた。

 

「やちよさん。聞きたいことがあるんですけど」

「なーに?」

「私が一回目に死んだ時、両親に連絡したと、思うんですけど。何か、言ってませんでした?」

「──」

 

 やちよの瞳孔が開いた。冷や汗を流し、視線を泳がせ、口を開きかけては閉じるのを数度繰り返す。ウソを言いたくない誠実さと、言いたい優しさの板挟み。答えはどんな言葉よりも雄弁にハナへ伝わった。

 

「変なこと聞いてごめんなさい。もう寝ます」

 

 とてとてと二階の部屋へ引っ込んだハナは頭を抱える。みふゆが戸籍を世話してくれたことからも、察しはついていた。それでも聞かずにはいられなかった。

 

「ま、まだお母さんは分からないし。私クズじゃないもん、ゴミじゃないもん」

 

 両親には捨てられた。けれど蒸発した母親は分からない。二歳の自分を置いていくとき何かを叫んでいた気がするし、きっと仕方ない事情があったんだ。自分は、愛されていたんだ。

 

 言い聞かせ、思い込み、納得して眠りについた。納得することはとても得意だった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「口寄せ神社?」

「うん。今日はそこに行ってみようと思うの」

 

 ある日の夕方。西日に照らされるみかづき荘のリビングで、ハナとメル、いろはが顔を合わせていた。

 

 いろはの事情はみかづき荘で共有され、それぞれ都合のいい日にできれば手伝う形で合意した。この日はハナと同じく休校措置のとられたメルもヒマを持て余しており、宝崎からやってきたいろはを迎えていた。あいさつをそこそこにいろはが切り出したのが、今日攻める予定のウワサ、口寄せ神社だ。

 

 すでに日は没しかけていて、行くなら急がなければ真っ暗になってしまう。三人はみかづき荘を発ち、道すがら口寄せ神社の情報を共有した。

 

 水名区の悲恋伝説が元になったそのウワサでは、とある縁結びの神社で会いたい人の名を絵馬に書き、お参りすればその人に会えるという。ただし再会したことが幸せすぎて帰ってこられなくなるとか。

 

「で、その神社ってどこなの?」

「たぶん水名神社だと思う。失踪者が多すぎるって話題になってるから」

「……前々から思うですけど、隠す気ゼロですよね。マギウスの翼って」

 

 呆れるメルの言う通り、マギウスの翼は過激化の一途をたどっている。神浜全体が不穏な空気に包まれる現状は確かに感情エネルギーの回収に向いているだろうが、外出自粛や休校要請が徐々に効果を発揮し、新たな被害者の数は減りつつあった。

 

「魔法少女のテロ組織だよね。なんでこんなことするのかな?」

「……なんでだっけ?」

「さ、さあ。忘れちゃいました」

 

 いろはの疑念に二人はとぼけた。ただしハナは本気で忘れかけているのに対し、メルはきちんと記憶している上でとぼけている。魔女化の情報は取扱厳重注意に指定されているのだ。

 

 電車で二駅ほど移動し、水名区へ到着。駅を出ると瓦葺の屋根や漆喰の壁など、歴史ある武家屋敷風の町並みが目に入る。小奇麗な石畳で舗装された道の両脇には、観光客狙いの土産物点が軒を並べているが、連日の物騒な情勢を受けてかどれも閉店していた。

 

 水名神社に着いた頃にはもう空が藍色に染まって、星と月が顔を出した。

 

 三人は閉鎖された境内の入り口を飛び越え、侵入。絵馬の願掛けスペースにたどり着く。ここで絵馬を書いてから参拝すれば、ウワサが出現するはずだ。

 

 いろはの会いたい人は環うい。妹の名前。

 

 メルの会いたい人は、特にいなかった。

 

「あれ? 占いの創始者とか、尊敬する占い師とかじゃないの?」

「占いの起源って諸説ありすぎて分からないですよ。尊敬する占い師ならここにいますし」

「お、おうおう、私は占い師じゃないよーだ」

「ハナちゃん、耳赤いよ」

 

 いろはの指摘にハナは顔をそらした。ストレートな表現には弱かった。

 

 結局メルは深夜番組のインチキっぽい占いおばさんの名前を書くことに。ハナもさっと走り書きして絵馬を吊るし、参拝へ向かった。

 

 賽銭箱の前で作法通り、二礼二拍手一礼。

 

 瞑目して会いたい気持ちを願い、目を開けると。すでにウワサの結界が展開され、それぞれ会いたいと願った人が眼前に佇んでいる。

 

 朱塗りの反橋と鳥居が無数に建てられた、夕暮れの世界。反橋の中央には環ういと胡散臭い霊能占いおばさんが立っており、いろはは夢中で駆け出す。メルは「特に会いたいわけでも……」としぶしぶ足を踏み出した。

 

 一方、藤本ハナはというと。

 

「お母さん」

 

 実母と相対していた。

 

 どうして自分を置いて行ったのか。きっとどうしようもない事情があったから。確かめるすべはないはずだった。もう会うことはないはずだった。けれどないはずの不可能を可能にできるのが魔法であり、ウワサだった。

 

 あなたを愛していたけれど、ああするしかなかった、ごめんなさい。そんな言葉を期待して一歩踏み出すと、

 

「お前なんか生まなきゃよかった」

 

 救いのない現実がハナを横殴りにした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 口寄せ神社のウワサは、結界内に入った者の記憶を読み取り、記憶に沿った幻影を見せる。都合のいい記憶で彩られた幻影は甘言となって人々を結界内に縛り付け、幸せな感情エネルギーを恒常的に搾取する。

 

 しかし今回足を踏み入れた三人が惑わされることはなかった。いろはは壊れたスピーカーのように同じ文言を繰り返す妹を認められず、幻影と判断。メルは別に会いたいわけでもなかったので、占いおばさんと適当に話して切り上げた。

 

 そしてハナは、

 

「あっはっは、知ってた」

 

 居直っていた。改めて壊れた、と言ってもいい。

 

 二歳のころ自分を捨てていった実母が、去り際に叫んでいた言葉。記憶がおぼろげになっていたと思い込んでいたものは、結局暴言だったのだ。

 

 お前なんか生まなきゃよかった。お前を孕まされ、無理やり産まされたせいで職を失った。あの男をせいぜい苦しめろ。迷惑そのものになれ。忘れたと思い込んでいた記憶をウワサは正確に読み取り、会いたい人として現前させ、記憶どおりのセリフを再生した。

 

「はぁ……」

 

 まあ、そんなもんだよね。

 

 特に何も思うところはなく、踵を返したハナは力のない足取りで反橋のたもとに戻っていく。ちょうど別の反橋からメルといろはが戻ってきたところで、三人が合流する。

 

「いろはちゃん、妹さんには会えた?」

「ううん、ダメだった……二人は?」

「私は別に期待してなかったから」

「ボクも同じくです──な、何です!?」

 

 すると結界の世界が大きく揺れる。見ると、巨大なカラフルイモリのような化物が反橋の下からぬっと体を出している。ウワサの本体だ。

 

 見るやいなやハナが優勝旗を振りかざす。

 

「国旗掲揚!」

 

 旗竿の建立から、みかづきと八つの星をあしらう国旗の掲揚。ウワサを下から貫通したものの、すぐに傷がふさがってしまう。

 

「大漁祈願!」

 

 すさまじい数の大漁旗が生まれ、魚群のようにウワサへ殺到。圧倒的質量でウワサの体を削り取っていくが、すべてを削る前に抜け出された。

 

「万国招来!」

 

 ハナの優勝旗を中心に、色とりどりの万国旗が結界を彩っていく。別にそれ以上のことは何もなく、ウワサでさえ「ん?」と首をかしげた。

 

「……え? 最後のは何だったです!?」

「視覚効果。キレイでしょ?」

「魔力の無駄遣いっ! 正気ですか先輩!?」

「二人とも、ふざける場合じゃないよ!」

 

 ふざけてるのは先輩一人ですぅー! とメルの悲鳴を契機に、戦いが始まった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 戦いは終始いろはたちの劣勢だったものの、どうにか勝利に終わった。

 

 ウワサは願い事から生まれた魔法少女そのものに対して耐性を持っており、ハナの見敵必殺コンボを始めとして何一つ通用しなかった。その絶望感と、妹に会えず手がかりもないストレスでいろはのソウルジェムが穢れきり、魔女化──と思いきや魔女化回避システムのドッペルが発動。穢れと絶望の力でウワサを撃破し、三人はくたくたで帰路についた。

 

 意識のないいろはをメルが背負い、ハナはのんきな表情で横を歩いている。

 

「あれが魔法少女の解放、ですか。たしかに魔女化しなくていいのは助かりますが、たくさんの人を犠牲にしてまで……先輩はどう思います?」

「んー、星がキレイだねー」

「せ、先輩?」

 

 心ここにあらず。

 

 ハナの様子に、メルは焦燥。次いで違和感を覚える。

 

 一時間ほど前に見たハナのフラグに、何かあってはいけない変化があったような。

 

「ねえ、メル」

 

 メルが回想を終える間もなく、ハナは声をあげる。メルの名前を呼んでいるのに、その声はどこにも向いていなかった。

 

「やっぱ、家族ってクソだよ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

『八雲経由で気になる話を聞いてな。個人情報だから抽象的な言い方になるが、一応忠告しておく』

 

『心根というものは、簡単には変わらん』

 

『藤本くんには気をつけておけ』

 

 

 

ーーー


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