みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】   作:難民180301

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かちこみプロポーザル

 みかづき荘二階の一室は照明が落とされ、暗い空間を弱々しいランプが照らしている。テーブルの上には怪しげなカードが裏向きに並べられ、三人の少女が神妙な顔つきで向かい合っていた。

 

 そのうちの一人、メルがカードをめくっていく。一枚、二枚……三枚目に手をかけたところで、対面に座る鶴乃とハナの表情を見やった。

 

「鶴乃さん、この一枚であなたの運命が決まるです。本当にめくってもいいですか……?」

「当たり前だよ! この最強魔法少女の由比鶴乃様に、不可能はないんだから!」

 

 言葉とは裏腹に冷や汗を流し、ごくりとつばを呑む鶴乃。

 

 メルは一度瞑目し、意を決して最後の一枚をめくる。はたして占いの結果は──

 

「おめでとうございますです! 今日一日幸運! これで連続三回目の成功です!」

「よっしゃああ!」

 

 みかづき荘でひそかに活動する秘密クラブ、メルハナ占い研究所の一幕である。

 

 メルとハナ独自の占いを研究するにあたり、実験台の役目を自ら希望したのが鶴乃だった。メルの占いが結果に応じて未来を引き寄せることは知っているし、その恐ろしさも体験済みの鶴乃だが、だからこそだ。カードを数枚めくるだけで一日の運勢が決まり、幸運なら幸せな一日をるんるん気分で過ごし、不運ならいつ来るとも知れない不幸に恐々として過ごすハメになる。

 

「この解放感はたまんないよね! もう占いなしじゃ生きられないよ!」

「ボクとしては占いの本義から外れてる気がしないでもないですが……まあ喜んでくれるならいいのです! ね、先輩。先輩?」

 

 気軽に天国と地獄を味わえるスリルが、鶴乃を虜にしていた。

 

 占いジャンキーの鶴乃に微妙な気分のメルは、ハナに目をやる。心ここにあらずと言った風に、ぼんやり肘をついていた。

 

「先輩ってば!」

「……へっ?」

「へ、じゃないですよ。どうですか、フラグは立ちそうですか?」

「あ、ああうん。いい感じに必然性が上がってる。後はトリガーを引くだけだね」

 

 クラブの目的は鶴乃の息抜きだけでなく、メルとハナの連携占いの開発もある。占いの効かないハナが同席しているのはそのためだが、ハナは気もそぞろな様子だった。メルは鶴乃と心配げな視線を交わし合う。

 

(一体あのウワサで誰に会ったです?)

 

 口寄せ神社のウワサ以来、ハナの様子がおかしいことはみかづき荘の全員が気づいていた。表面上はいつもどおりノリと勢いでおどけているように見えるものの、ふと焦点の合わない目で虚空を見つめていることがある。帰り際の家族批判も気になり、メルはやちよに相談した。

 

『家族……何かのきっかけで、過去を思い出したのかもしれないわ』

『過去? 過去に何かあったです?』

 

 やちよもすべてを知っている訳ではないものの、慎重な口調で知っている範囲のことをメルに語った。体の傷、一度目に死んだ後の連絡、そのことをやちよに初めて尋ねたことなど。

 

 普段おちゃらけているハナからは予想もつかない過去にメルは絶句。そして憤慨した。

 

『そんなものを家族とは呼ばないです! ただの血のつながった他人、ていうか犯罪者ですっ!』

『その通りよ。でもあの子はまだ割り切れていない。私もみふゆもかなえも、あの子を家族のように思っていても、踏み込めないでいる。情けないわよね……』

『そんなこと……!』

 

 優しく思いやるからこそ踏み込めない。知られたくないかもしれないし、下手に踏み込めばもっと傷つけてしまうから。やちよと同じ気持ちに至ったメルは悔しげに黙り込み、いつでもハナの味方でいることを誓いあった。

 

「じゃ、今から実験しよっか」

「……そうですね。占うのは鶴乃さんの明日の運勢にするです」

「私の明日がモルモットに!?」

 

 胡乱げなハナの言葉を受け、メルはタロットの準備を整えていく。カードの向きと種類を調節し、物理的には幸運な結果しか生まない都合のいい山札が出来上がった。この幸運限定デッキとハナのフラグを合わせた占いが、実験の主目的だ。

 

 今までの結果と行動によって積み上がった必然性をベースに、ハナがフラグを構築して──

 

「入るわよ」

「ぴゃー!?」

 

 唐突に扉が開かれた。

 

 顔をのぞかせたやちよは、ハナにつられて変な悲鳴を上げた三人を見てため息。

 

「またやってたわね」

「な、なんのことです?」

「ボクたちはただその、ガールズトークしてただけですよ」

「そうそう! やましいことは何もないよ、ふんふん!」

 

 白々しく身の潔白を主張する三人にやちよは目を細める。やちよの特別な許可がないメルの占いは、みかづき荘家訓において家事全般一週間の懲役が科される犯罪行為だ。主犯格にはやちよのお説教とかなえのこめかみぐりぐりのおまけがついたりつかなかったりする。すでに前科のあるこの三人組にはさらに重いバツがあるかもしれない。

 

 現行犯逮捕を考えるやちよだが、さすがに今はその時でなかった。

 

「……はあ。全員下に来て。お説教じゃないから」

 

 まさかの温情に占いトリオは顔を見合わせ、リビングへ移動。すると、最近何かと不在がちだったみふゆが、みかづき荘のメンバーに囲まれピースサインをしていた。

 

「マギウスの翼のアジトを突き止めました!」

 

 メルハナ研究所よりも優先度の高い検挙対象──もとい殲滅すべき組織の本拠地が、ついに判明したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 敵対組織を探るにあたり、まずみふゆが目をつけたのは水名女学園だった。みふゆの母校であるそこには数名の魔法少女が在籍しており、みふゆの人望もあってコネも多い。

 

「梓先輩、ごきげんよう! またお会いできて嬉しいです!」

「ええ、ごきげんよう」

 

 頼れるOGとして後輩の歓迎を受けながら、私物置き場になりつつある部室で標的を待つこと数分。休校措置で想定よりも日子を浪費してしまったものの、ついに標的が姿を現した。

 

「あ、梓みふゆ、さん……」

「ごきげんよう。少しお時間よろしいですか?」

 

 筝曲部の部員にしてマギウスの翼幹部、天音月夜である。みかづき荘を訪ね門前払いされた時は制服姿だったし、そもそもみふゆを勧誘したのがみふゆの卒業式だったこともあり、水名女学園に在籍していることは明白だった。

 

「よ、よろしくないでございますっ!」

「まあまあそんなこと言わずに」

「放してほしいでございます!」

 

 即座に逃げようとする月夜の腕をがっしり掴み、笑顔で校内のカフェスペースに引きずっていく。人望のあるみふゆの手を人目のある中で振り払うわけにもいかず、月夜はあれよあれよと言う間に着席させられ、みふゆと向き合っていた。

 

「じ、尋問でございますか、拷問でございますか?」

「それはあなたの返答次第ですね」

「ひぃっ!?」

「うふふ、冗談ですよ」

 

 みふゆはニコニコ笑顔のまま、震える月夜を見据えている。

 

「マギウスの翼として、熱心に頑張っているそうですね」

「……ええ。魔法少女の解放は、私たちの宿願でございます」

「はい、その思いには共感できます。しかし少々過激ではないですか? これではテロと変わりません」

「必要な犠牲でございます。未来の魔法少女のための礎となるなら、被害者の方々も本望でございましょう」

「……なるほど」

 

 神妙にうなずくみふゆ。一方、月夜は苦々しい思いだった。最愛の妹とともに魔法少女の宿命から解放される。そのために必要なこととは分かっていても、今の神浜でマギウスの翼がしていることは非道そのものだ。無関係な一般人を巻き込み、休校や外出自粛など社会をさえ混乱させている。魔女化の恐怖と悪事の罪悪感は、月夜の良心をきしませている。

 

「非難をしに来たでございますか? ならば無駄でございます。覚悟の上でございますから」

「いえ、そうではありません。一度マギウスの三人と直接話してみたいと思いまして。連絡先か本拠地の場所を教えていただきたいのです」

「話にならないでございます」

 

 あまりにもあけすけなみふゆの言葉に、月夜は呆れて席を立った。マギウスの三人は解放を主導する中核だ。敵対しているみかづき荘のみふゆに教えるはずがない。

 

 どうにかマギウスに消されることは避けたものの、月夜は情報漏えいの失敗が身にしみていた。ボロが出る前に立ち去ろうとするが──

 

「月咲さん、でしたか。妹さんのお名前」

 

 妹の名に動きを止め、

 

「実は先程使い魔の結界で鉢合わせしましてね。これを落としていかれたので、渡しておいてくださいますか?」

「──っ!」

 

 みふゆの手に妹の篠笛が握られているのを見、呼吸が止まった。

 

 その篠笛は月夜と月咲が変身後に使う魔法少女の武器だった。落としたり忘れたりすることはありえない半身だ。ほのかに漏れ出る魔力を見るにただの篠笛で騙っているわけではない。敵対するみふゆにそれほど大切なものを預ける道理もない。

 

 であれば答えは一つだった。

 

「月咲ちゃんに何をしたでございます!?」

「あらあら急に大声を出して、何のことですか? まったく心当たりはありませんが──ああ、やはりワタシが渡しておきましょう。月咲さんはお姉さんほど口が固くないといいのですが」

「く、くうっ……! 紙とエンピツでございますっ!」

「どうぞ」

 

 月夜はプリンターも真っ青な筆さばきで紙に一つの住所をつづった。マギウスの三人がたまり場にしている、とある資産家の別邸だ。地下室にはアリナの結界で隠されたエンブリオ・イブも眠っており、あらゆる点で中枢と言えるだろう。

 

 みふゆはその住所と、脳内に記憶しているウワサと魔女の分布図を参照。次いで涙目で身を乗り出している月夜の態度からある程度の信憑性を担保して、にっこり笑みを浮かべた。

 

「わざわざご親切に、ありがとうございます」

「月咲ちゃんは、月咲ちゃんは無事なのでございますか!?」

「無事とかどうとか、さっきから何のお話ですか?」

「白々しいでございます! だってその篠笛は月咲ちゃんの……しの、ぶえ……」

 

 みふゆがテーブル上に置いたはずの篠笛。最愛の妹が敵の手に落ちた証拠であるそれは、どこにもなかった。月夜は話している最中もずっと篠笛を視界に収めていたのに、まるで最初からなかったかのように霧散していた。

 

 と、そこで月夜の脳裏に梓みふゆの情報がよぎる。キュゥべえから聞き出したみかづき荘全員の願い事と固有魔法の情報はマギウスにも評価され、これのために双子は懲戒を免れた。その情報によるとみふゆの固有魔法は──

 

「悪い夢でも見たのではないですか? 目が覚めて幸せですね」

「な、な、なあああ!?」

 

 幻覚だ。それも五感を支配するほどの。

 

 大慌てで携帯を取り出し月咲に発信。コールの二回目で出るや否や「月咲ちゃん、無事でございますか!?」「へ? 別に何もないけどどうしたの?」などとやり取りし、無事を確認すると共にいっぱい食わされたことも確信した。

 

 わなわなと肩を震わせ、みふゆを睨みつける月夜。

 

「よ、よくもこんな卑劣な……!」

「それですよ、その気持ちです」

「意味が分からないでございます!」

「いいえ、分かっているはずです」

 

 割とえげつない手法で謀ったみふゆだが、まったく悪びれないどころか逆に身を乗り出してくる。月夜は謎の気迫に押され「うっ」とたじろぐ。

 

「今、大切な人を失うかもと思いましたね? その恐怖を与えた誰かを卑劣だと思った。あなたたちは街中の人たちにその思いをばら撒いているんですよ」

「そ、それは……」

「それは、何です?」

 

 月夜も月咲もマギウスの翼が正しくないことは分かってはいた。自分たちだけ救われるために無関係な人たちを犠牲にするやり方が正しいはずはない。頭で理解していたことを、失う恐怖で強制的に分からされてしまった。それは仕方のないことでございます、と反論できなかった。

 

「そ、それでも怖いものは怖いでございます! 魔法少女の呪縛、魔女化から解放されるためなら私たちは──」

「何でもしますか? 希望ではなく、あなたが味わった恐怖を多くの人にばら撒きますか? そこまで決意が固いなら何も言えません。ですが──解放の名目で恐怖と絶望を撒き散らす。それはすでに魔女の所業ではないですか?」

 

 月夜の体から力が抜けた。テーブルに突いた手はだらりと垂れ下がり、中腰になっていた下半身がストンと椅子に落ちる。呆然とした目にはもう光がない。

 

 ひょんなことから魔女化の事実を知り、妹と二人で慰めあった。そこに示された魔法少女解放の選択肢こそ、月夜の希望だった。絶望と穢れを撒き散らす魔女にならず、妹とずっと仲良く過ごせる希望の糸。しかしそれに縋った時点で、あれほど恐れた魔女と同じレベルまで堕ち切っていたのだ。

 

 妹を失う恐怖から始まったネガティブスパイラルは穢れを生み、月夜のソウルジェムを汚染していく。寒くもないのに体の震えが止まらなかった。

 

「大丈夫ですよ」

「あ……」

 

 ふわりとした柔らかい感触。みふゆが月夜を優しく抱いている。

 

「そうして悔いる心があるなら、あなたはまだ大丈夫。マギウスの翼からは手を引いて、私たちのところに来なさい」

「で、でも私……怖くて……」

「大丈夫。あなたが魔法少女になって得たもの、変わったこと。その中で一番大切なものを考えてください」

「月咲ちゃん……」

「本当に仲が良いんですね。今みたいに辛い時、悲しい時、月咲ちゃんのことを考えて。そうすればほら、心が軽くなりませんか?」

 

 言われるがまま、月夜は最愛の妹のことを考えた。両親の都合で生き別れた双子の妹。お互いの存在を魔法少女の願いにするほどに、想い合う相手のこと。そんな相手が自分にはいるんだと強く思い込んでみる。すると不思議なことに、本当に心が軽くなった。

 

「未来の絶望を直視して、それでも翳らない希望の今を想う。そうすれば私たちは、普通の女の子と変わりません。考え方一つで解放されるんですよ」

「うう、ぐすっ、はい、はい……!」

「ね? だから悪いことなんか止めましょう?」

 

 とどめとばかりに月夜の頭を優しく撫でると、月夜はみふゆの胸に頭を埋め、赤子のように涙を流した。何事かと注目していた水名女学園の生徒は目を丸くした後、あらあらうふふと頬に手を当て、優しい微笑みで二人を見守るのだった──。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「というわけで、二人はしばらくウチに匿うことにしました。内通者になってもらうには少し不安ですから」

「みふゆ、あなた……」

 

 アジト捜索の顛末を聞いたみかづき荘の面々は、絶句していた。やちよは引きつった笑みのまま二の句が告げない。七年間魔法少女として戦い続けた胆力とカリスマ性、東西分断の時代に外交役を勤め上げたみふゆの話術は、やちよをもってして恐るべきレベルに達していた。

 

 みふゆは話を促すようにやちよへ視線を送る。これでみかづき荘と、協力関係にある東の有志たちがマギウスの翼へアプローチできるようになった。その方向性を決める必要がある。

 

 アイコンタクトで正確に意思を受け取ったやちよは、敢然と言い放つ。

 

「カチコミよ」

「やはり、そうなりますね」

 

 同意したみふゆだけでなく、その場にいる全員が力強く頷いた。

 

 マギウスの翼の目的が正当であることは誰もが認めるところだが、手段が外道極まりない点もまた事実だ。かなえのライブやももこと親交のあるレナとかえでが被害に遭っており、みかづき荘は間接的な損失を強いられたと言ってもいい。神浜市の平和のためにも総力をもって潰すのが最善と思われた。

 

「といっても、出会い頭に暴力を振るうのはいただけないわ。まずは私が一人で対話を呼びかける。殴り込みはそれが決裂したらの話よ」

「穏便ですね。でも悠長にはしていられませんよ。外出自粛や休校で被害者は減っています。しびれを切らした相手が更に過激化する恐れもあるんですから」

「ええ、時間稼ぎには応じないわ」

「いよいよ決戦ってわけだな」

「ふんふん、燃えてくるね! マギウスのせいで万々歳の売上も落ちてるんだから、その分の責任はとってもらうよ!」

「それってマギウスのせいなんでしょうか……?」

「さなちゃんどういう意味かな!?」

 

 戦いを前にみかづき荘が士気を高めていると、みふゆが双子から聞き出した敵戦力を説明していく。強力な魔法少女であるマギウスの三人と、双子が頭を下げてどうにかスカウトに成功した少数の黒羽根たちに、マギウスの一人が捕獲している魔女数体。みかづき荘の人員と東の有志たちを合わせれば、数的有利は確実だろう。すると、やちよはその情報に気になる点を聞きつけた。

 

「里見灯花と柊ねむ? それって確か」

「いろはちゃんが探してた子たちじゃない?」

「まさかマギウスになってるなんてね。妹さんのことを何か知ってるかもしれないわ」

 

 すぐに鶴乃がいろはに連絡する。メッセージに既読がついてから逡巡するような数分を経て、「一緒に行かせてください」と返信。チームに新戦力が追加された。

 

 着々と進んでいく殴り込みの打ち合わせ。その様子を一歩離れたところで見守っていたハナに、やちよが歩み寄る。

 

「ハナと二葉さんは留守番をお願いね」

「えっ」

「分かりました。ハナちゃんと待ってますね」

「えー!?」

 

 まさかの戦力外通告に悲鳴をあげるハナだが、みかづき荘チームはとっくに承知済みだった。お調子者の仮面で分かりにくいといってもこれだけ長い時間いれば、ハナが何かに傷ついていると察するのは容易だ。鉄火場に連れて行くわけにも一人にするわけにもいかない。

 

 決定事項のような場の雰囲気にハナは慌てて声をあげる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。私だって──」

「ハナ」

 

 小さくとも、ハナの強がりを止めるには十分な優しい声音だった。やちよは困ったように笑いながらハナの頭を撫でる。さらりとした黒髪が指を過ぎていく。

 

「このタイミングになったのは、きっとももこのせいね」

「うおい!? 私かよ!」

「でもすぐに帰ってくるから。そしたらみんなでたくさんお話しましょう? 神浜が静かになって、あなたの悩みを話し合って。それから全員そろってかなえのライブに行くのよ。ね、かなえ?」

「……ああ。今度こそ、みんなで」

「この戦いが終わったら、全部元通り。必ず戻ってくる。だから──いい子で待ってて」

 

 ハナはポカンと口をあけて、やちよに撫でられた頭に手をやった。強がっていたのも凹んでいるのも全部見通されていて、心配ばかりかけている。肝心な時に役に立てない。けれどそこに手を触れると、救われたように胸が苦しくなった。

 

 面映い空気がリビングを満たす。その時、鶴乃とフェリシアがおずおず切り出した。

 

「あのさ、やちよししょー」

「今の完っ全に死亡フラグだぞ」

「……えっ!?」

 

 この戦いが終わったら、のフレーズで始まるセリフはフラグの必然性が非常に高い。それも性質はたいてい死亡か生死不明などの深刻なものばかりだ。日頃からアニメを愛好する鶴乃とフェリシアには、見えないはずのフラグが立ったような気配がした。やちよたちはハッとして頭に手をやる。

 

「ふふっ、大丈夫です。やちよさんもみんなも、フラグは立ってません」

「そ、そう。ハナが言うなら間違いないわね」

「もうやっちゃん! 戦う前にヒヤヒヤさせないでください!」

 

 そうだそうだ、もっとアニメを見て勉強しないからこうなるんだとここぞとばかり反撃する鶴乃、フェリシア。珍しくバツが悪そうにするやちよと、苦笑するももこ、かなえ、メルにさな。

 

 その様子を見守るハナの表情は、緊張が抜けきったように、とても穏やかだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 大東区某所。西と比べて開発の遅れている東では、経営不振で潰された倉庫や工場などの土地が叩き売りされており、ある程度財力のある富裕層には手軽な別荘地として有名だった。寂れた旧家の町並みから世界が変わったかのように、ある一線を境にして真新しい邸宅が並んでいる。

 

 そんなどこか歪な一角に、マギウスのアジトはあった。上品な白い塀には「SATOMI」と洒落たフォントで刻まれ、小奇麗な庭と西洋風のお屋敷が建っている。

 

「アリナ的には、今いる羽根たちはみんなイブのエサでいいと思うワケ。どうせすぐ辞めるならその前に使い切るべきだヨネ」

「だーかーらー! ただでさえ人手が少ないのにそんなことできるわけないでしょ、この分からず屋!」

「あなたに言われたくないヨネ」

 

 屋敷の執務室では二人の少女が声を荒らげていた。

 

 一人はアリナ・グレイ。アートのためには自分を含め死すら厭わない極めて熱心なアーティストだ。エンブリオ・イブの孵化を至上のアートと捉えており、そのためには倫理などかなぐり捨てる勢いである。

 

 アリナの無茶な提案に反論するのは里見灯花。自然科学分野に類まれな才能を持つ天才であり、その頭脳をもってイブの孵化計画を主導している。

 

「し、失礼します……お二人共、イブの移送の件でご報告が……」

「シャラップ!」

「後にして!」

「ひええ!?」

 

 おずおずと報告へやってきた黒羽根をすげなく扱い、二人の口論は激化。やがてアリナの方がこれみよがしなため息をつき、「付き合ってらんないヨネ」と出ていってしまった。激昂する灯花と気まずい空気の中残された黒羽根は涙目である。

 

「んもー! アリナってちょっと頭がおかしいところあるよね! で、報告って何!?」

「ふぇ、フェントホープの用意ができましたので、アリナ様に結界の手配をお願いしたいのですが……」

「そんなの知らないもん! 勝手に追っかけて頼めばいいじゃない!」

「そんなあ……」

 

 黒羽根は無情にも部屋から追い出され、ご機嫌斜めなアリナへ直接お願いしに行く。後に残った灯花はぷっくりと頬を膨らませ、ぷんすか怒っている。

 

「このままだとわたくしたちの完璧な計画に支障が出ちゃう……なんでこんなにうまく行かないのよー!」

 

 天才的な頭脳と並外れた魔法少女の力から生まれたマギウスの計画は完璧なはずだった。魔女とウワサをばら撒き人々の感情エネルギーを回収し、イブを孵化させてあらゆる奇跡を可能にする。当初は魔女やウワサを管理する人手が足りなかったものの、電波塔を利用した天才的な夢広告でかなりの黒羽根(てした)が集まり、後は組織を運営するだけだった。しかし──

 

『あのう、灯花様……魔法少女を救うために魔法少女を死なせてたら、本末転倒なのでは?』

『くふっ、凡人は発想力がないにゃー。未来に生まれる何千、何万の魔法少女のために命を捧げられるんだよ? そのために数百人死ぬくらい必要経費だし、むしろ光栄だよね。でしょ?』

『ヒェッ』

 

 灯花が優しく質問に答えた翌日には数人の黒羽根が姿を消し、

 

『あ、アリナ様。魔女を捕らえてきたので管理をお願いしたいのですが』

『……ナンセンス。こんな駄作渡されても困るんですケド。さっさと元あったところに戻してきてヨネ』

『そんな! 私頑張ったのに!』

『アナタの頑張りとかアリナ的にノーインテレスト。今度アリナの時間を無駄にしたら、魔女のエサだヨネ』

『ヒェッ』

 

 アリナの日常的なパワハラで次々に黒羽根が散っていった。

 

 灯花はただ当然の道理を説いているだけで、アリナは有象無象がいくら消えようが知ったことではない。もう一人のマギウス、柊ねむはこの大量辞職の原因に察しがついていたが、ウワサの創造で体力を消耗しているため、対策はとれず。結果として、マギウスの翼は非常に小規模な組織に収まっていた。

 

『灯花様、予定通り今から移送作業を開始します』

「しっかりやってよ! 失敗したら懲戒免職なんだからっ!」

『はいぃ!』

 

 先程の黒羽根から届いたテレパシーへ即座にそう返す。

 

 まとまりはなくとも、全員が過激化の方向で一致していたためだろう。一般の被害を顧みず魔女とウワサでテロを続けた甲斐あって、エネルギーの回収は順調だった。エンブリオ・イブは肥大化し、新たな収容施設へ移転準備を進めている。

 

 執務机を指でトントンしつつ、灯花は眉根を寄せた。

 

「うーん、自粛ムードのせいで回収効率が落ちちゃってるし……これからどうしよう」

 

 自粛ムード、いわゆる不謹慎ムードみたいなもので、効率よくテロれるイベントやスポットがことごとく自粛されている。これからのエネルギー回収は難航すると思われた。

 

「そうだ! 電波塔と基地局の電波で、伝説の魔女を呼び寄せれば……人手が足りないよねー」

 

 天才的頭脳が自然災害クラスの魔女を呼び寄せる方法をはじき出すものの、すぐにリソース不足と結論が出る。せめてみかづき荘の七海やちよか梓みふゆクラスの大ベテランを引き込めれば、旗頭にして人材募集もできたのだが。

 

 新西区で活動するみかづき荘チームはマギウスにとって頭痛の種だった。貴重なリソースである魔女やウワサをあっさり倒す実力もさることながら、魔女化の真実を全員が乗り越えている。つけ入るスキがないのだ。

 

 うーん、としばらく執務室に唸り声を響かせていると、乱暴に扉が開かれる。

 

「灯花様! みかづき荘のドンが来ました!」

「ドン? あーっ! ドン・七海!」

「まさか敵にまで浸透しているなんてね」

 

 黒羽根を押しのけ執務室に入ってきたのは、念頭にあったみかづき荘のトップ──新西のドンと名高い大ベテラン、七海やちよだった。

 

「よくこの場所が分かったねー。今お茶入れてもらうね」

「あら、わざわざありがとう」

 

 黒羽根に目配せし、テーブルと椅子、ティーセットからなるお茶会道具をセッティングさせる。同時に地下で作業中の黒羽根へ作業を急ぐ旨のテレパシーを飛ばしておく。計画の要であるエンブリオ・イブさえここから脱出させれば後はどうにでもなる。

 

「あいたっ! な、何なの?」

 

 黒羽根はよほど焦っているのか、何もない場所ですっ転ぶ。彼女が部屋を去ると、ドンとマギウスの二人が残された。

 

「美味しい。いい趣味をしてるのね」

「パパ様のもらいものだよ。ここに来たってことはもう知ってると思うけど、私は里見灯花。マギウスの一人だよ、よろしくね!」

「七海やちよ。新西区の魔法少女よ」

「知ってる、有名人だもんね。で、あなたみたいな偉い人が何の用かにゃー?」

「警告と提案よ」

 

 やちよは静かにカップを置いた。眠たげな瞳が鋭く細められ、歴戦の風格漂う眼光が灯花を射抜く。

 

「これ以上のテロ行為は辞めなさい。さもなければ力に頼らざるを得なくなる」

「ふうーん……いーーやっ!」

 

 灯花は悪ガキらしく笑い、やちよの額に青筋が浮かぶ。

 

「私たちの計画は知ってるよね? 知った上でそんなこと言うなんてひどくない? 魔女化しなくてよくなるんだよ?」

「手段の問題よ。どんな目的も、無関係の人たちを巻き込んでいい理由にはならない」

「分っかんないかにゃー? 顔も名前も知らない人なんて、ただの数字と変わらないよね。巻き込まれた人たちの名前覚えてないでしょ。ね? ただの数字なんて活用して切り捨てるのが正解なんだよ。こんなの小学生でも分かるよね」

「あなたや私にとってはただの数字でも、そうじゃない人たちだっている。これだって小学生でも分かるわよね」

「凡人の考えは分かんなーい。わたくし天才だもん」

 

 無邪気に笑っている灯花の頭に、「移送完了」のテレパシーが入る。了解の返事とともに執務室へ集まるよう指示を飛ばした。

 

「というか今の、ブーメランって言うんじゃない?」

「何の話?」

「自分と他人で受け取り方が違うって話。あなたたちみかづき荘の人たちはみんな、魔女化のことを受け入れてるんだよね。そうじゃない人たちのことを考えたことあるの?」

「当然よ。未来の絶望より希望の今を想う。考え方一つで乗り越えられる」

「それってただの先送りだよ。わたくしたちみたいにもっと未来を見なくっちゃ」

「違うわ。未来の絶望を直視して、それよりもなおまぶしい希望を今に見つける。できないならみんなで支え合うの。提案というのはそのことよ」

「提案?」

 

 やちよはティーカップを置き、険しい表情をわずかに緩める。

 

「あなたたちが過激な行為を止めると約束すれば、私たち神浜東西の魔法少女が全面的に協力する。魔女化回避のための穏便な方法を、一緒に探しましょう」

「……ふうーん」

 

 一考の価値がある提案だった。

 

 大量の魔女とウワサを利用する以上、どうしても人手がいる。七海やちよを筆頭とした神浜の代表的人物が協力するとなれば、人手の確保には困らないだろう。どこかのピーヒョロ営業のように具体性にこそ欠けるものの、東西の協力が得られるメリットは大きい。

 

 マギウスの三人が神浜限定ですでに魔女化を回避しているように、フラグ管理士の少女が二度も死の運命を破壊しているように、魔法少女の祈りから生まれた固有魔法は、時に条理を覆す。東西の協力のもと人材を募れば、やちよの目指す穏便な具体案が浮上することもあり得る。

 

 数秒間の思考の後、灯花は答えた。

 

「いーやっ!」

 

 もちろん否である。

 

「リスクって時間をかければかけるほど高くなるんだよ。ベテランさんのふわふわした提案を呑んで潜在リスクを上げるより、わたくしたちの案を急いだ方が効率的だよね」

「……そう。ごちそうさま。とても有意義な時間だったわ」

 

 灯花も同じ意見だった。イブを移送する時間は稼げたし、みかづき荘とマギウスの思惑がどうしても一致しないことを確信できた。穏便ではないが、決裂もまた会談の効果の一つだ。

 

 やちよが席を立つと共に、灯花は変身。魔法少女としての戦闘服を身にまとう。次の瞬間、執務室の扉から数人の黒羽根たちが姿を現し、やちよを取り囲む。

 

「見送りにしては物騒ね」

「くふっ、こんなところまで来て、ただで返すわけないよね。ウワサで洗脳して、解放のお手伝いをさせてあげる!」

「……残念よ」

 

 やちよも変身するがもう遅い。灯花は魔法少女として反則級の素質と固有魔法を備えており、いくらやちよがベテランといえど一対一で負ける要素はない。それに加え一応は魔法少女である黒羽根の加勢もあれば、生け捕りにして手駒とするのは容易だった。

 

 勝利を確信した灯花たちがじりじりとやちよへ接近していき──すっ、とやちよが片手を上げる。

 

「手を上げろ、なんて言ってないよ?」

「残念よ、本当に。まさかあなたのような子供に──こんな手を使うハメになるなんて」

 

 ホールドアップの意思表示ではない。掲げられたやちよの指先は中指と親指を強くこすり合わせる形で力がこめられている。その力が弾けると同時、パチンと小気味よい音が鳴り響く。

 

 すると執務室全体に霧のようなモヤがかかり、それが晴れた時には。

 

「……ふぇっ?」

 

 二十数名の魔法少女が、灯花たちを囲んでいた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 やちよたちは最初から穏便な話し合いだけで済むとは期待していなかった。しかし何の警告もなく殴りかかるのでは相手方への誠意に欠けると判断し、一応は会談の体裁を取った後で、決裂してから外に待機させた本隊を突入させるのが当初の案だった。

 

 が、これに待ったをかけたのがみふゆだ。

 

『それでは万が一やっちゃんに危険が迫った時手遅れになります。私の幻覚を使いましょう』

 

 なんといっても相手は間接的に多くの人々を手にかけるテロ集団だ。何が起きてもいいようにと、みかづき荘プラス東の有志たちからなる二十数名の魔法少女はやちよと共に執務室へ入り、幻覚の下で息を潜めていた。去り際の黒羽根に衝突した時には一同ヒヤリとしたものの、何かにつまずいたと思ったのだろう。問題なくやり過ごした。

 

 つまり、最初から灯花は包囲されていたのだ。

 

「いい夢だったでしょう。覚めないほうが幸せでしたね?」

「な、な……!?」

 

 発案者のみふゆは人のいい笑みを浮かべ、灯花は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。

 

「こ、この外道! 子供を騙して取り囲んで、恥ずかしくないの!?」

「何か言ってるわよ」

「騙すって、敵の本拠地に仲間を一人で行かせる方がおかしいでしょう?」

「おガキ様の癇癪なぞ聞く価値もない」

「ガキじゃないもんっ!」

「ひええ……!」

 

 黒羽根たちは腰を抜かしていた。最古参のやちよとみふゆだけでなく、新西区の最強チームと名高いみかづき荘の面々。その上東の代表である十七夜と東の実力ある魔法少女たちに突如として包囲されたのだ。元々は力の弱い魔法少女だった黒羽根たちからすれば前触れなく地獄に落とされたのと同じだった。

 

 灯花たちを容赦なく包囲し距離を詰めていく魔法少女たち。そんな中、みかづき流のやり口にドン引きしているいろはが控えめに手を挙げる。

 

「あのう、やちよさん」

「ああ、そうだったわね。聞いてみていいわよ」

「は、はい。ねえ灯花ちゃん。私だよ。環いろは。灯花ちゃんねむちゃんと一緒に入院してた、環ういの姉で──」

「知らないよっ! 誰あなた!?」

「そ、そんなあ」

 

 追い詰められて涙目の灯花にすげなく一蹴され、いろはしょぼんと肩を落とす。慰めるように肩を叩くと、やちよは今度こそ最後通牒を突きつける。

 

「さあ選びなさい。悪巧みを止めるとここで誓うか」

「尻を出してお尻ぺんぺんで許してもらうか」

「ただし回数に限りはありませんが」

「ぐ、ぐぬぬ……そんなの……」

 

 瞬間、爆発的な魔力の奔流が吹き荒れる。灯花の振りかざした日傘から放たれたエネルギーは屋敷の屋根を吹き飛ばし、数人の魔法少女を気絶させた。

 

「第三の選択肢! 徹底抗戦に決まってるよーっだ!」

「これがエネルギーの変換……すさまじい能力ね」

「さすがに首魁、伊達ではないな。もう百や二百では済まさんぞ」

「こっちこないでっ!」

 

 ベテラン勢とみかづきチームはやはり初撃を回避しており、灯花を追い込みにかかる。最強クラスの魔法を持つとはいえ数の力は大きく、灯花は魔法少女になって初めて本気で力を使いながら、鬼ごっこを強いられるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 数時間後。

 

「まったく、やってくれる」

「ここまで無茶をするとはね。みんな無事?」

「ああ、こっちは大丈夫だよ」

 

 十七夜が悪態をつき、やちよが仲間たちに安否を問う。すぐに答えたももこの言う通り、全員衣服の所々が焦げ付いているものの、深刻なケガはないようだ。

 

 東西連合はマギウスの本拠地から数キロの距離を置く、雑居ビルの屋上へ退避していた。そこからは先程まで灯花と戦っていた屋敷が見通せる。そこには瓦礫と骨組みが煙を上げているだけで、立派なお屋敷の影は今やどこにもなかった。

 

『ビッグクランチからのー、ビッグバーン!』

 

 数の暴力で次第に追い詰められていた灯花が、最大火力で自爆したからだ。

 

 爆発の寸前、高まる魔力に危険を感じたベテラン勢が全速退避の号令を下し、危うく巻き添えになりかけていた黒羽根たちを抱えてどうにか無事に避難して今に至る。

 

「やちよさん。灯花ちゃんは無事なんでしょうか?」

「心配しないで。だいぶ遠いけど、魔力を感じるわ。この感じならケガもないでしょう」

「そ、そうですか、よかった……」

 

 ほっと胸をなでおろすいろは。

 

 しばらくやちよと並んで遠方の廃墟を眺めていた。サイレンと報道ヘリの騒音で町がにわかに騒がしくなっていく。また神浜市の風評が悪くなることをやちよが憂い初めたとき、いろははおずおずと切り出した。

 

「あの、お話の最中、私とフェリシアちゃんは耳を塞がれてたんですけど……一体何を話してたんですか?」

「あなたたちには刺激の強すぎる話よ」

「そ、そんなに怖い言葉で灯花ちゃんを脅したんですか!?」

「違うわ。ちょっと、距離をとらないでよ」

 

 いろははハリウッド映画並みのセリフ回しで灯花を脅すやちよを想像しドン引きしていた。魔法少女の真実を知るにはまだ早いとの気遣いから耳を塞いでもらったのだが、やはり気になるらしい。

 

 いずれ話せる時が来るからと言ったのにいろはが頷いたその時、十七夜がやってきた。

 

「黒羽根の心を読んだ。いいニュースと悪いニュースがあるぞ」

 

 十七夜の足元には爆発の衝撃で目を回す黒羽根が転がっていた。固有魔法の読心で引き出した情報を、簡潔に語った。

 

 悪いニュースは、敵方の悪巧みの中核であるエンブリオ・イブが別の場所へ移送されていること。いいニュースは、マギウスの計画が深刻に行き詰まっていることだった。過激化のために神浜市民の警戒心が上がり、今後のエネルギー回収のめどが立たないらしい。

 

「説得には失敗したが、あいつらの計画を遅らせることはできた。痛み分けといったところか」

 

 十七夜は最後にマギウスが逃げた先のことを語る。ホテルフェントホープと呼ばれるそこは敷地から建物まですべてウワサになっており、今回のように簡単にはいかないだろう、と。

 

 なんにせよやちよたちに追撃するだけの余力はない。やちよが十七夜に視線を送ると、それを受けた十七夜が「みなご苦労だった。首魁には逃げられたが、おそらく今後しばらくは──」と話し出す。

 

 ひとしきり労をねぎらい、成果を強調して解散が宣言されると、少女たちは三々五々散っていく。「おつかれー」「中央区の新しいクレープ屋寄ってく?」「せっかく東に来たし観光していかない?」「それならボクが案内するですよ」などとそれぞれの日常へ戻っていく。毎日のように日常と非日常を行き来する彼女たちの切り替えは速い。

 

 しかしみかづき荘チームの非日常はまだ続く。

 

 和やかな解散ムードの中、やちよの携帯に着信が入った。発信者は『みかづき荘』。さなかハナのどちらかだろう。

 

「もしもし?」

『やちよさんっ! たたた、大変です!』

「……何があったの?」

 

 声の主はさなだった。

 

 相当焦っているのだろう。息をつまらせ、舌は噛み噛みで、徐々に涙声に変化していく。ゆっくり落ち着いてとなだめているうち、やちよの心中に嫌な予感が生じていく。

 

「ハナちゃんが、ハナちゃんが──」

 

 そしてその予感は、やはり的中することになる。

 

「家出しましたっ!」

 

 やちよの手から携帯電話が滑り落ちた。

 

 みかづき荘の非日常はまだまだ終わらない。

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