みかづき荘に女オリ主ぶちこんで原作改変【完結】   作:難民180301

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ちりばなリービンホーム

 藤本ハナ家出事件の発覚は正午のことだった。

 

 やちよたちが出発して間もなくハナは体調不良を訴え、自室で横になっていた。さなはこまめに部屋を覗きにいったものの物音一つたてずぐっすり休んでいたので、そっとしておくことに。お昼に作ったおかゆをあーんして食べさせてあげようと、ベッドに近づいたとき異変に気づいた。

 

『ハナちゃん……!?』

 

 ベッドのシーツの下には万国旗がこんもりと積まれていた。ベッドの向こう側にある窓は開いていて、集中してみるとみかづき荘のどこにもハナの魔力はなかった。枕元には走り書きで『ごめんなさい』と綴られたメモ書きがあり、その横ではみかづきと八つの星をあしらった旗が床に倒れていた。

 

『洒落にならないだろ、それ……!』

 

 連絡を受けただちにみかづき荘へ戻ってきたメンバーたちは、さなの話を聞き血の気が引いた。ハナのメンタルとメモ書き、さらに家出と来れば嫌な予感しかしない。ももこを先頭に大慌てで捜索へ出ようとするが、それにやちよが待ったをかける。

 

『その必要はないわ』

『やちよさん!?』

 

 冷静な声音に全員が目を丸くする中、やちよは自信満々にスマホを掲げてみせる。

 

『ハナの携帯と財布には発信機を仕込んでいるの。アプリで場所が分かるわ』

『さっすがやちよししょー! 備えあればってやつだね!』

『さすがですやっちゃん!』

『おい』

 

 ももこやかなえが常識的な反応をするのに構わずアプリを起動。位置を探ってみると、みかづき荘の中だった。よく見ると、ベッドサイドテーブルに財布と携帯が放置されていた。色めき立った空気が一斉に白けていく。

 

『こんなこともあろうかと、靴にも仕込んでおいたのよ』

『やっちゃん、ワタシは信じていましたよ!』

『えぇ……いくらししょーでもそれはさすがに……』

 

 執拗な発信機作戦に鶴乃でさえ引いているが、やちよはめげずにもう一つのアプリを起動。位置を探ってみると、みかづき荘の玄関だった。ファッションに興味のないハナは通学用の運動靴一足しか持っていない。それが玄関にそろえて置いてあった。

 

『……これ、本気でヤバくないか?』

 

 ももこのつぶやきを契機に、みかづき荘チームの空気が戦闘時のそれに切り替わる。

 

 ハナは一度目の死によってみふゆの親戚ということになっており、みかづき荘を離れれば天涯孤独だ。そんな身の上で金銭も連絡手段も持たず、靴すら履かずに姿を消した。家出ではなく失踪と呼ぶべき事態だった。

 

『ハナちゃん、なんで……一緒にいようって……言ってくれた、のに……』

『みふゆ!』

 

 事の深刻さを理解してしまったみふゆは卒倒し、みかづき荘チームは手分けして神浜中を捜索した。しかしすぐに行き詰まることとなる。

 

『あの子ほとんど引きこもりじゃない!』

 

 ハナは出不精だった。外出先といえば買い出し先のスーパーか商店街で、後はみかづき荘にこもって住人と話したり、家事に従事しているか。家出の行き先になりそうな場所は誰も知らなかった。

 

 ほぼ全員で夜通し神浜市を駆け回り、翌日にはいろはとレナ、かえでにも連絡し捜索の輪を広げるが、見つからない。もう神浜市を離れどこか遠くへ行ってしまったのではないか。悩みや苦しみをずっと一人で抱えたまま、また命を使い捨てにしているのではないか。

 

 不吉な予感に必死で蓋をしながら、みかづき荘チームが奔走しているその時──

 

「なんでだろ」

 

 みかづき荘の玄関で、ハナは首をかしげていた。

 

 時刻は午後六時。失踪が判明してからちょうど三十時間後のことだった。いつもはリビングの扉越しに賑やかな団らんが聞こえてくるのに、しんと静まり返っている。ただ、ハナが首をかしげたのはそのことについてではない。どうして自分がここへ戻ってきたのか、分からないのだ。

 

 ハナは以前にも失踪を決めたことがあった。願い事の影響でみかづき荘の優しい人たちを危険に晒すことを危惧したからだ。しかし今回の失踪には、それよりもはるかに身勝手で自己中心的な理由があった。もう二度と合わせる顔がないと考えるくらいには。

 

 なのに戻ってきてしまった自分を理解できず、理解できないままにハナは中へ進んでいく。傷だらけになった裸足で汚さないよう、魔力で生み出した万国旗を足に巻き、リビングへ。

 

「はあ……」

 

 もう戻らないと決めたはずなのに、「おかえり」を期待していたことを自覚して、ハナはイヤになった。こんなに自分勝手で意味不明な子供を、誰が欲しがるというのか。優しいみんなだってきっと、イヤな気持ちを我慢してくれていたんだ。

 

 漠然とした失踪計画がにわかに具体性を帯び始める。まずは部屋に置いていった財布を回収し、中央区のターミナル駅で新幹線の片道切符を買う。北でも南でもいいからとにかく行けるところまで行って、行けるところまで歩いて、誰も知らないどこかでひっそり過ごせばいい。物理的に帰れない距離を空ければ、今度こそ誰にも迷惑をかけないから。

 

 そう考えたハナが、重い足取りで二階へ向かうと。

 

「みふゆ、本当に大丈夫? もう少し休んだ方が……」

「大丈夫ではないですが、今無理をしないと、一生後悔します。ハナちゃんを絶対に──」

 

 やちよとみふゆの二人と、鉢合わせした。

 

 卒倒したみふゆは半日以上目を覚まさなかった。いくら緊急事態とはいえこれを放置できるほどみかづき荘は冷酷ではなく、もっとも付き合いの長いやちよが看病することに。また、みかづき荘メンタル強度ランキングでは地味に最下位疑惑のあるみふゆなので、一人で目覚めればすぐにソウルジェムが穢れきり、ドッペルでみかづき荘が倒壊する危険もあった。

 

 やちよの慰め、励まし、叱咤を受けどうにかみふゆはメンタルを持ち直し、フラフラの体に鞭打って二人で降りてきた。

 

 そこで捜索対象に出会えばどうなるか。

 

「確保ぉー!」

「ひいっ!?」

 

 全力で確保にかかるに決まっている。

 

 すさまじい速度で突進してきたみふゆに対し、ハナはついスライディングで股下を抜ける。そのままごろごろと床を転がり、やちよ、みふゆの最古参コンビと相対した。

 

「どうしてスラるんですか!?」

「だ、だって、だって……!」

「みふゆ、コンビネーションよ!」

 

 やちよはみふゆと手を取り合い、魔力を共有する。コネクトと呼ばれる神浜独自の手法により二人の魔法が融合。やちよが水を凝結させ二人の幻影を生み出し、みふゆは幻惑の魔法でそれを乱反射させた。結果、十人近くのやちよとみふゆにハナが包囲される。

 

 上位の魔女にも効く幻惑でハナが目を回していると、

 

「捕まえましたっ!」

 

 あっさりみふゆが捕まえる。小さな体を傷つけないように、それでも二度と放さないように、強く優しく抱きしめる。みふゆに続いてやちよも、ハナの手をきゅっと握る。

 

「は、放してください!」

「放しません! もう二度と放すものですか!」

「まったく心配かけて……あなたみたいな悪い子には、お説教をしなくちゃね」

「……」

 

 ハナは突如黙り込んだ。

 

 ぬくもりを確かめるように強く抱いていた二人は、けげんに思い体を放す。すると、ハナは焦点の合わない目で虚空を見つめている。

 

「はい、悪い子です……ごめんなさい」

 

 暗く沈み込み、平坦な調子で紡がれる謝罪。その声音と表情を、やちよとみふゆは知っていた。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい』

 

 一度目の死から返ってきた折、ハナは泣きながらずっと謝り続けていた。あの時と同じように、心配をかけたことを謝っているのだろう。

 

 しかしそれは間違いだった。

 

「生まれてきてごめんなさい」

 

 ハナにとってやちよとみふゆはもう家族で、だから自然と口に出していた。

 

 謝ることこそハナのルーツで、家族に向けるべき言葉だった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「調整屋ぁ!」

「わひゃあ!?」

 

 同時刻。ももこ率いるハナ捜索チームは調整屋に押しかけていた。乱暴に開かれた扉に、報酬として徴収したスイーツをもさもさしていた八雲みたまは、フォークを取り落としてしまう。

 

 風評通りの振る舞いをするみかづきチームに眉をひそめる。

 

「何よ。悪いけど今は休憩中よ」

「悪い、でも聞かせてくれ。ハナの調整で何を見たんだ?」

「個人情報──」

「あいつ、家出したんだ! ごめんなさいって書き置き残して! 何か知ってるんだろ!」

 

 お決まりの定型句で追い返そうとしたみたまだが、切羽詰まったももこの言葉に状況を察した。

 

 探す当てのなくなったももこたちが最後に縋ったのは調整屋だった。みたまが魔法少女のソウルジェムを調整する際、対象の過去や願い事を不可抗力的に知ることは周知だった。ハナのソウルジェムを初めて調整するにあたり、みたまが卒倒してそれ以降も調整を拒否し続けていることも知られている。

 

 つまり、みたまはハナの過去を知っている。

 

 みかづき荘にこもっていつも笑っているハナがどうして失踪したのか。最近の悩みと関係があったのか。何一つ分からないももこたちに残された選択肢は、調整屋しかなかった。

 

 みたまはももこの言葉に目を細め、一度瞑目し、ゆっくりと口を開いた。

 

「家出、ね。やっぱりこうなっちゃうのね」

「やっぱり? どういうことだよ!」

「あなたたちみたいな優しい子たちと一緒にいること自体、奇跡みたいなものだったのよ」

 

 みたまは沈んだ声音で言った。

 

「あなたたち、あの子に優しくしてた? 好きだった? 大切だった?」

「当たり前だよ! 一緒にいると楽しくて、気を張る必要がなくて、たくさん笑い合って──親友なんだから!」

「ボクだって! 占いで人の役に立つヒントをたくさんもらいました! 料理も教えてもらって、命だって救われたんです! あの人はボクの大切な先輩です!」

 

 鶴乃、メルの言葉だった。まっすぐな目で語られる思いには微塵の偽りもない。ももこ、さな、かなえ、フェリシアも、口々に想いを告げる。

 

 それを聞いたみたまの目に浮かんだのは、憐憫の情だった。

 

「そんな風に想われることが、あの子には耐えられなかったんじゃないかしら」

「え……?」

 

 意味を測りかねたみかづき荘チームは口を噤む。

 

 みたまは「少し重い話になるわよ」と前置いた。仕事意識の強いみたまが顧客情報をただで教えることはないが、今回だけは例外だった。なぜなら、もう二度とハナが顧客にならない──戻ってこないことを確信しているからだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 再婚していた実父の家庭にハナが預けられたのは二歳の頃だった。父親はキャリアの汚点でしかないハナを忌み嫌い、サンドバッグやロボットと同等の存在として扱った。ハナは目立たない場所にあらゆる暴行を受け、邪魔だからとベランダに放り出されたり、意味もなく冷水に沈められたり、ご飯を与えられなかったりした。

 

 苦しくて辛くて、どうしてこんな目に遭うのかと思い始めた年頃に、「生まれた方が悪いんだろ」と父親が言った。その言葉は驚くほどすんなりハナの心に浸透し、理不尽への反骨心を説き伏せた。

 

 お前なんか産むんじゃなかった。当時は忘れていた母親の言葉が、さきがけになっていたのかもしれない。実の家族から与えられた二つの言葉が、ハナの根幹となった。どんなに辛い目に遭ったって、生まれたほうが悪いから仕方ない、と納得できるようになった。なってしまった。

 

 そうして納得と諦観で形成されたハナの人格は、第二次性徴期を迎えた折に生き方として結晶する。ハナのルーツ、心根と呼ぶべきその思想こそ──

 

 

 

ーーー

 

 

 

「だから──生まれてきてごめんなさい」

 

 訥々と、平坦に語られたハナの過去に、やちよとみふゆは唖然としていた。

 

 あまりにも酷い家庭への怒りもある。大切な仲間であるハナをここまで傷つけ追い込んだ大人たちに燃えるような怒りがある。これほどの闇を一人でずっと抱えさせていたことを、情けなく思う気持ちもある。

 

 ただそれ以上に、やちよたちにはハナが理解できなかった。

 

「そんなの、そんなのって……おかしいですよ」

「おか、しいですか? 笑えますか?」

「そうじゃなくて……そんな酷い目に遭っているのにどうして、ハナちゃんが悪いんですか?」

「そうよ! ハナは何も悪くないじゃない。悪いのは全部環境で、ハナが自分を責める必要なんてない。怒ってもいい、恨んでもいい、憎んだって構わない。なのに……」

「怒る……恨む……?」

 

 ハナはきょとんと首を傾げ、

 

「なんで恨むんですか?」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ほとんどのメンバーが絶句する中、もっとも早く復活したのはフェリシアだった。

 

「ふざけんな! 悪いのはアイツのとーちゃんかーちゃんだろーが! なんでアイツが悪いことになるんだよ!」

 

 そう言って憤慨するフェリシアの目には怒りだけでなく、恨みと憎しみの炎が燃えていた。偶然とはいえ自分を身寄りのない傭兵の境遇から救い出してくれたハナは大切な友達で、友達をひどい目に遭わせていた大人に我慢がならなかった。

 

 その場にいる全員の怒りを代弁したようなフェリシアへの返答が、「本人の性格」だった。

 

「あの子は誰も恨めないし、憎めないの。感情がないワケじゃないのよ。ただ、負の感情を外に向けられない。だって──」

「──怒りも悲しみも全部、生まれてきた方が悪いって納得しちゃうから」

「そうね」

 

 呆然とした鶴乃の推測通り、ハナは心が欠損していた。

 

 人並みに怒り、悲しみ、泣くこともあるし、イライラだってする。ただ、そうした感情の高ぶりから生じる憎しみ、恨みなどを外へ出せない。生来の性格なのか後から喪失したのかは定かではないが、ハナの心には人としてあるべき憎悪の機構がなかった。

 

 ノリと勢いに隠されていたハナの一面に絶句する中、鶴乃は「そっか、だから」と視線を伏せた。

 

「不思議だったんだ。ソウルジェムが半分しかないのにどうしてあんなに戦えるのかって。私たちより二倍穢れがたまりやすいはずなのに、そんなことはなかった」

 

 かといって戦いに消極的だった訳ではない。むしろ最近は「フラグ立てんのめんどい」と横着し、会敵と同時に大技を連発してすぐに決着をつけている。にもかかわらず、穢れのたまり方は鶴乃たちと同等か、それよりも遅いくらいだった。

 

「感情はあるけど、負の感情が溜まったら一人で呑み込んじゃうんだ。『生まれてきた方が悪い』って納得して……」

「んだよそれ、あんまりじゃねーか!」

 

 魔力は感情の振れ幅から生まれる。感情が高ぶれば多くの魔力が生まれるが、負の感情であれば同時に穢れも生む。ハナは負のエネルギーを無意識に『納得』の防壁で押さえ込み、結果的に穢れすら抑制していた。

 

「正直、どうして正気を保っていられるのか分からないわ。あそこまで自分の存在を否定しておいて、どうして平気な顔をしてられるのか。これも本人の性格なのかしらね」

 

 魔法少女には恵まれない境遇の子が多く、みたまはそういった過去には慣れっこだ。しかしハナのように生まれる前から存在を否定され続け、自身でも強い自己否定の念を保ちながら正気でいる魔法少女は特異だった。精神に触れたとたん防衛本能として失神してしまうほどに。

 

 強さの秘密と抱えていた闇。一度に受け止めるにはあまりにも重い仲間の過去に、一同は揃って沈黙する。

 

「って、あら? ちょっと待って」

 

 そんな中、みたまは思い出したように口を開く。

 

「ソウルジェムが半分ってどういうこと?」

「……ハナは──」

 

 この場のチームにおける年長、かなえが答える。ハナはすでに二度死んでおり、一度目の死の際、分割されたソウルジェムのうちの一つが砕けたこと。それに伴い体が縮んで今のサイズになったこと。

 

 すべてを聞いたみたまは目を丸くした。

 

「やけに小さい魂だとは思ったけど、精神構造といい無茶苦茶ねあの子」

 

 次いで、同情するように目を伏せる。

 

「でもそれなら、家出しようとしまいと、長くは一緒にいられなかったでしょうね」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「それが私だから……ここにいるのが辛くなったんです」

 

 ハナは口寄せ神社の一件以来、三年前の自分を思い出した。最底辺のゴミクズにも劣る存在価値のないカスとしての自分をだ。それは生まれる前から否定され続けることで形成されたハナの人格であって、他者に否定されることでしか生きられない精神だった。

 

『ハナ、おいで』

 

 やちよが優しく笑いかけ、呼びかけてくれるたび、

 

『ハナちゃん、一緒に寝ましょう?』

 

 みふゆが子供のように甘え、必要としてくれるたび、みかづき荘のみんながハナを肯定するたびに人格が否定されていく。およそ十年かけて培われた『否定』の人格は、みかづき荘で生まれた『肯定』の人格と深刻に衝突した。

 

「ゴミカスな私と、そうじゃない私が、二つに引き裂かれるみたいで。どっちも私だから、どっちも捨てられなくて、割り切れなくて……」

 

 これが家出の原因だった。必要とされるのは嬉しい。けれど同時に否定される自分もいる。割り切れない自己矛盾はあまりにも強烈で、『生まれてきた方が悪い』の一言で片付けられない初めての感情だった。

 

 すべてを吐露したハナは、嫌われると確信した。こんな訳の分からない自分語りをするチビは嫌われ、追い出されるに違いないと。そうやって否定されることを望んでいる自分が居て、そうじゃない自分もいた。

 

 しかしハナの期待に反し、やちよとみふゆから返ってきたのは、

 

「よく頑張りましたね」

 

 優しい抱擁と、

 

「やっと本音で話してくれた」

 

 頭を撫でる感触だった。

 

「肯定されるのも否定されるのも辛いですか。じゃあ、ワタシたちはどちらもしません」

「あなたのあるがままを受け入れる。生き方を変えられなくても、ただそばにいる。ほら、これで解決よ」

「解決じゃないですよ! それが、その優しさが──」

「優しさじゃありません」

 

 みふゆとやちよは安心させるように、にっこり笑う。

 

「ただのワガママです」

「私たちがただあなたと一緒にいたい。お調子者で、頑張り屋で、放っておけない妹分と」

「だからハナちゃんもワガママを言ってください。ワタシに全力でぶつかってきてくれた、あの時みたいに──」

 

 ハナの存在を否定も肯定もしない。けれど一緒にいたいと思うから、ただそばにいる。それが二人の思う家族のありようで、ハナの知らない形だった。

 

 ハナの心を思いやるための詭弁かもしれない。しかし家出を選んだ自己否定の人格に反し、ぬくもりを求めて無意識に帰らせた人格は確かにハナの中で生きている。三年間の優しさで形成された新たな肯定は、やちよとみふゆの言葉をスムーズに受け入れた。

 

「みふゆさん、やちよさん……っ!」

「まったく泣き虫なんですから」

「あなたにもうつってるわよ、みふゆ」

 

 みふゆの柔らかな体に縋り、むき出しの感情を露わにするハナ。その声は新たな家族を得た少女の産声であり──

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 断末魔の叫びでもあった。

 

 やちよとみふゆは眉をひそめる。二人はハナを決して否定しないし、辛いなら肯定もしない。今この場にいないみかづき荘のメンバーもきっと同じ答えに至るだろう。ハナはもう生まれてきたことを謝る必要はないのだ。

 

「またみんなを傷つけちゃう。一緒にいたいのに、もうダメだから」

「何を、言っているの……?」

 

 ハナの目は涙で濡れているが、光がない。焦点が合っていないようだ。

 

 悲しみと後悔に溢れた悲痛な声で、何度も「ごめんなさい」と繰り返したハナは、やがて混じりっ気のない笑顔を浮かべる。一切の強がりやしがらみを捨てた、とてもきれいな笑みだった。

 

「私、今すっごく生きてるって感じがします! 一度目と二度目に死んだ時よりずっと、生きたいって思えてます。だから──ありがとう」

 

 ふっ、とハナが前のめりになる。

 

 反射的に受け止めるやちよとみふゆ。慌ててハナの体を抱き起こすと、

 

「息、してない……」

 

 すでに事切れていることが分かった。

 

 ソウルジェムは半分ほど濁っているが健在。体に大きなケガもない。にもかかわらずハナは死んでいる。

 

「ハナちゃん、ハナちゃん!」

 

 みふゆが必死で名前を呼ぶ横で、やちよの脳裏には昨日の記憶が反響している。

 

『ふふっ、大丈夫です。やちよさんもみんなも、フラグは立ってません』

 

 この言葉に偽りはなく、誰にもフラグは立っていなかった。

 

 ただ、ハナの言うみんなにハナ自身が含まれておらず、当人の頭には強固な死亡フラグが立っていた。生存フラグよりも格上のそれを破壊する方法はなく、回収者は時間そのもの。確定した死にハナはとても安心していて、しかしみかづき荘で寿命を迎えるわけにはいかなかった。悲しませたくなかったからだ。

 

 結局帰ってきて、やちよとみふゆを悲しませることになった。けれどハナの表情は今までにないほど穏やかで、眠っているようだった。

 

 仲間に恵まれ、死亡フラグを回収し、誰かの役に立つ。生きていることや生まれてきたことの負い目からも解放され、遠い夢だったあの感覚──『生きている』実感を得た。

 

 死を願った少女の祈りは、四度目の死でやっと、十全に成就したのだった。

 

 

 

ーーー

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