東方黒鉄録   作:五百蔵鼎

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二話目です。

ガールズラブのタグどーすっかな……まあいいか。

それでは、お楽しみ頂けたなら幸いに。


第二話・SMOKE/吹き荒れるは線刃の嵐

 くぐもった銃声が止み、空薬莢が地を跳ねて互いにぶつかる僅かな軽い音が響いた。

 竹林に静寂が戻る。

 数拍の間、竹林は風に揺れる葉音に満たされ、先程の耳に障るくぐもった銃声は大気に溶けて消えた。

 「──死んだか?」

 黒塚部隊の一人が口を開いた。

 七人──一人合流したから八人──の男が視線を向ける先、赤黒い血の海に沈む少女─名を月見里燈火と言う─がある(・ ・)

 居る、ではない。

 百を超える小口径弾(5.56㎜徹甲弾)に穿たれ引き裂かれ、物言わぬ物体となり果てているからだ。

 弾痕、銃創、裂傷、最早無傷である部位を見つける方が難しい。

 ただ一つ、救いと呼ぶべきは彼女の美しい顔は、自らの血化粧以外の傷がない事か。

 燈火の横たわる傍ら、半ばスクラップとなったAR-57が転がっている。

 「あれだけ5.56㎜浴びせたんだ。いくら妖怪だって死ぬさ」

 「ハハッ。違いない」

 燈火の死体を、AI ASM338を担いだ男が蹴った。

 肉を打つ鈍くいやな音が僅かに、しかしはっきりと響く。

 「馬鹿をやっている場合ではない。総員マガジン交換後、撤退する」

 脚を撃たれた隊員に応急処置を施しながら隊長が言う。

 了解、と短い言葉を返答とし、FN SCAR-Lのマガジンを交換する音が連なった。

 「…………」

 応急処置を終えた隊長は燈火を見る。

 光を映さぬ彼女の瞳は半ば閉じられ、ただ虚空の一点を見つめている。

 彼は何を言うでなく燈火の目を閉じさせた。

 一瞬の黙祷。狩りである彼が何を思い、目を閉じさせたか。

 真意を知るのは彼のみ、だ。

 目を閉じさせた後、彼は隊員に告げる。

 「黒塚部隊撤退。特六○六師団に合流後──」

 

 〝──く、も──〟

 

 「!」

 突然の声、この場に居るはずのない妙齢の女の声。

 葉の擦れる音に掻き消されそうな程極僅かな声だったが、黒塚部隊総員の耳には確かな響きを持って耳朶を叩いた。

 

 〝よくも〟と。

 

 怨磋の込められた言葉を理解した瞬間、唐突に変化が起きた。

 「───」

 AI ASM338狙撃銃を担いだ男の首が、ゆっくりと前にズレた(・ ・ ・)

 ごどん。鈍い音をたてて首が地面を転がる。

 数瞬の後、思い出したかのように首から上を無くした胴体が紅い噴水を撒き散らしながら傾ぎ、頭と同じ運命を辿る。

 「敵襲! 総員散開!」

 隊長が叫ぶ。

 刹那、発煙弾が爆ぜたような、一寸先も見据える事かなわぬ密度の濃霧の如き白煙が、嵐のような暴風を伴って吹き荒れた。

 散開した黒塚部隊が暴風に煽られて大きく体勢を崩す。

 白煙が収束して形を成した。

 形を成したそれは、見た目二十そこそこの、質素な着物に身を包む妙齢の女性──伊織だった。

 彼女は質素な着物に不釣り合いな、鋼鉄の装甲が施された特殊なグローブを両手につけている。

 憤怒に満ち満ちた彼女は、全身に殺意を漲らせていた。

 「よくも、よくも燈火様を――!」

 「発砲開始!」

 伊織の言葉を遮り、隊長が声を張り上げた。

 ほぼ同時に銃声。

 サウンドサプレッサーは熱に焼けて最早使い物にならず、激しいフルオートの絶叫が響き渡る。

 しかし、徹甲弾が伊織を穿つ事敵わず(かな)、煙のような彼女の体を素通りし、揺らめかせるだけだった。

 伊織の妖怪としての種族名は〝煙々羅(えんえんら)〟といい、白煙に似た体を持つ妖怪である。

 基本的に戦う事はせず、人畜無害な妖怪だ。

 しかし、一度敵に回れば非常に面倒な敵となる。

 何故か、答えは簡単。

 煙の体に単純な物理攻撃など、特定条件下以外では(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)全く通用しないからだ。

 事実、5.56㎜徹甲弾の雨に晒されても、伊織の体を揺らめかせ、突き抜けるだけで効果は全くない。

 『黒塚部隊、総員撃ち方止め! 障害物を盾にし散開しつつ弾を再分配しろ!』

 隊長がインカムにて命令を下せば、伊織への銃撃が止む。

 その瞬間を好機とし、彼女は仕掛けた。

 「────」

 伊織が、緩く右手を振るう。

 一瞬、暗闇に捻れた細い線のような光が僅かに明滅した。

 空間を、ひいては大気を断ち切る笛のように高く、僅かな音を伴って何かが走り──着弾(・ ・)

 瞬間、脚を負傷しつつも走っていた隊員の体が輪切りになった。

 自分が死んだ事に気付く(いとま)も、断末魔を上げる暇もなく三つに断たれた男は、滑らかな肉の断面から血の雨を降らせて地に転がる。

 「……外しましたか、第一次世界大戦の頃のようにはいきませんわね。狙ったのは貴方なのですが」

 伊織の右手指が岩陰に隠れた隊長を向けられ、彼女が指を鳴らす。

 「───!!」

 再び笛のような僅かな音、一瞬の湾曲した線光(せんこう)

 木を(やすり)で削ったような音と金属音が綯い交ぜになった音が響き、隊長が身を隠していた岩と、周りの竹十数本が斜めに真っ二つとなる。

 間一髪、数瞬でも判断が遅れていれば、隊長は胴体と下半身が泣き別れていただろう。

 「…………」

 ちらと、右手に握ったFN SCAR-Lを見やる。

 機関部半ばから先が無くなったそれは、内部機構の断面を曝している。

 触れれば指を切りそうな断面だ。

 使い物にならなくなったFN SCAR-Lを放り捨て、ホルスターからシグ・ザウエルP226を引き抜いた。

 SCAR-Lは使い物にならないが、一つ分かった事がある。

 それは、

 「……成る程、一六式金属製極細線刃(ワイヤーブレード)ですか」

 彼女の使う武器の名だ。

 名称を一六式金属製極細線刃という。

 極めて細く頑丈で、凄まじい切れ味を有するそれは大戦時、極僅かに製造され、極一部の人間のみに支給された対人用の暗殺武器である。

 防刃繊維で編まれ要所に金属板を施されたグローブに、手首の部分に隠された三号電気式小型ワイヤーリールで一セットのそれは、細い細いワイヤーの先端に比重の高い小さな金属の(おもり)をつけ、極近距離から中距離の戦闘を視野に設計され、切れ味と携行性、隠密性にこそ優れてはいたものの、扱いの難度とその製造コストにより極々少数の製造しかされず、極々少人数のみが所有するだけとなり、これを知り得る者も僅かとなった。

 伊織の扱うそれは、元々は燈火の私物であったが、彼女が伊織にあげた物だ。

 「明察ですわ。(わたくし)が燈火様より賜ったものです。扱いやすくて気に入ってますの──よ!」

 右腕で大きく空を薙ぐ動きは、明確な殺意と切断力を持って竹林とその余波で風をぶった斬った。

 ワイヤーブレードの捻れた線光が虚空で弾ける。

 十メートル圏内の竹が一度に切断され、傾いで地に身を横たえる。

 その際、身を屈めて逃げていた黒塚部隊の一人が竹に脚を巻き込んだ。

 「隙有り。首、取りましたわ」

 腕を振るえばワイヤーが空を突っ走る。

 銃口閃(マズルフラッシュ)の代わりとして捻くれた線光が暗闇を掻き毟った。

 「取ったのではありませぬ、取られた(・ ・ ・)のです」

 声が後ろから来る。

 それは、伊織にとっての一瞬の油断だった。

 倒れた脚を取られた黒塚部隊の一人、それに気を取られたコンマ数秒程の隙。

 隊長は、その隙に食らいついた。

 伊織の後ろに回り込み、背後を取り、今まさに彼女の喉を掻き斬らんとナイフホルダーのナイフ、それのグリップに手を掛ける。

 しまった、という(いとま)もあらばこそ、伊織は仕掛けた。

 右足を軸に体を右反転、左手のワイヤーに遠心力を乗せ、それを持って必殺の斬撃と成す。

 対する彼は、オンタリオ社製タクティカルナイフを逆手に持ち、最小の動きを持って必殺の刺突(しとつ)と成す。

 

 ──煙々羅である伊織は煙に似た体を持ち、煙となっている彼女に対し打撃・斬撃・銃撃、いずれも彼女の命を狩り取るには至らない。

 水面に映る満月に石を投ずる事、自らの影を踏みつける事に等しい。

 無意味も良いところである。

 しかし、弱点が無いかと問われればこの限りではない。

 体を煙と化す前後にコンマ数秒程の肉体の硬直があり、それと移動こそ出来るものの、一切の攻撃を受け付けない代わりに一切の攻撃が出来ないのである。

 裏を返せば、伊織が攻撃を行う場合は必ず実体を持つ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ことに他ならないのだ──。

 

 一瞬で決着がつくであろうその戦闘は、二人にとっては永遠に等しい程に長く永く感じられた。

 伊織の振るった左手、ワイヤーの数は現在三本。

 大気を切り裂いて走るそれは、斬撃の滑った軌道に僅かな真空の道を作り、絞るような音と共に薄い霧が散った。

 しかし、隊長の動きは寸毫(すんごう)の差で早かった。

 無駄な動きの一切を殺した最小にして必殺の一撃。

 ナイフの切っ先が狙うは伊織の喉、今現在において実体を保たざるを得ない彼女にとっての致命傷(バイタル)ゾーンである。

 だが、伊織のワイヤーが隊長を切り裂く事も、彼のタクティカルナイフが彼女の喉に届く事も無かった。

 

 「そこまで(・ ・ ・ ・)

 

 言葉には明確な「圧」がある。

 声として発した瞬間からそれは確かな色と形を持ち、聞いた者に何かしらの影響を与える。

 二人の間に差し込まれた凛とした声は、耳朶(じだ)を叩いた瞬間から二人のみならずその場に居た者達の脳髄に畏怖という形を持って突き刺さり、その者達の(しん)(しん)を硬直させた。

 勢いを殺されたワイヤーがくたりと地に横たわり、手から離れたナイフやSCAR-Lが地に落ちて音を立てる。

 その音によって我に返った者達は、一斉に声の元へと目を向けた。

 そこには──

 

 「僕、ふっか──うわぉ」

 

 ──自らの血溜まりで滑って転ぶ、燈火の姿があった。




燈火ちゃん復☆活☆

次の話かその次で幻想郷に入る予定です。

次話の投稿は未定なり。
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