ボッチの俺がいつのまにか最強認定されていた。……え、なんで? 作:高倉
曽根川さんが俺の上の階に住んでいると気付いたのはゴールデンウィーク最終日のことだ。
夕方、干していた洗濯物を部屋に直していると、曽根川さんがこの建物に入って来るのが見えたのだ。
え、どういうこと? と思っていたら、足音がそのまま上へと昇っていき、扉が閉まる音が聞こえた。
気になって郵便ポストの表札を見たら曽根川って書いていたのだ。まじびっくり。
これが、俺と彼女のとある縁、である。
「下の階の佐藤って、佐藤君のことだったんだ」
「う、うん」
「あれ、その感じ……もしかして知ってた?」
上目遣いで尋ねてくる彼女はとんでもなく可愛い。
俺のライフをゴリゴリと削っていく。
あっ、駄目。惚れそう。
「う、うん。ゴールデンウィークの時に、ベランダから帰って来るのが見えた」
「え!? ゴールデンウィークって……うわっ、もしかして泣いてるとこ見られてた!?」
「あっ、や、まぁ、そうかな。ごめん」
「いやいや、気にしないで! まぁ、でも……見られてたかぁ、恥っず……っ!」
手の甲で口元を隠し、コロコロと表情を変えて会話する曽根川さん。
そんな彼女に視線が俺の顔へと向かい——。
「あれ? 何か怪我してる?」
「え?」
「ここ、頬っぺたのところ」
ツンツン、と自分の頬を指さして教えてくれる曽根川さん。可愛い。可愛いな。
いや、本当に可愛い。なんでこんなに可愛いんだ? 神様の最高傑作じゃないだろうか?
「あっ、ホントだ」
彼女に言われた通りの場所に触れてみると、軽く血が手に付着した。
リンチにされたときに切ったのだろうか。
気付かなかった。
「家に絆創膏とかある?」
「あー、ない……かも」
運動するつもりもなかったし、当然喧嘩するつもりもなかった。
何なら風邪薬も何もない。
そんなことを察したのか、曽根川さんは苦笑を浮かべると「ちょっと待ってて」と言って階段を上っていく。
一分もしないうちに彼女は戻ってきた。
その手には絆創膏と消毒液。
「とりあえずこれ。傷口洗ってから張ってね」
「え、いいの?」
「うん、これくらい何でもないよ」
マジかよ。この子は天使かな?
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
受け取る。その際、彼女の手にタッチしてしまったのだが、超絶すべすべだった。
俺なんかが触って非常に申し訳ない気持ちになる。
「それじゃあ、私これからバイトだから」
「あ、うん」
バイトしてるんだ。偉いな。
手を振って階段を下りていく曽根川さん。
彼女の背中を見て——そうだ、と口を開いた。
「さっきガラの悪い奴ら見つけたから、気を付けてね」
「うん、ありがと!」
そうして走り去っていく曽根川さんを見送り、俺は部屋に入る。
そのまま風呂に直行し、全身を洗った。
今日はマジで疲れた。
風呂を上がったら傷口を消毒だけして、すぐに寝よう。
不良にリンチされ、その後に全力疾走で逃げ、よくわからんがり勉に懐かれた。
最後の曽根川さんイベントが無かったら今まで生きてきた中で、おおよそ最悪と言っていいほどの日だったのではないだろうか。
寝る寸前、上へ登っていく足音が聞こえた。
曽根川さんが帰ってきたのだろう。
彼女の笑みを思い出しながら、俺は眠りに着いた。
†
僕、幾花幸正が家に帰ると、姉貴が出迎えてくれた。
身内目線から見ても美人で、そして何よりそこらのグラビアよりでかい胸が特徴の姉貴——幾花
「幸正。遅いぞ?」
「……すまん姉貴」
「はぁ。まぁ無事ならそれでいい、が——何かあったのか?」
「え?」
「何やらものすごい笑顔だからな。何かいいことでもあったのかと思ったんだ」
「いいこと……」
ああ、確かにあった。
いや、会った。
それは、兄貴——佐藤景麻さんと出会えたことだ。
身体を張って僕を守ってくれた上に、実はその実力はとんでもなく強いと来た。
なのにそれを威張ろうともせず、出来るだけ目立たず、人目のある場所では弱者のふりをする。
問題を大きくしたくなかったのだろう。
端的に言ってカッコいい!
お礼をしようとしても、それほどのことはしていないと言う。
優しい!
まさに尊敬するに値する凄い人だ!
「実は、凄い人と出会えたんだ」
「ほう?」
「六人の不良に絡まれていた僕を助けてくれて、お礼を言おうとしたら大したことはしていない、って——すごく、優しくてカッコいい人だったんだ!」
「む、不良に絡まれたのか? 助けられたって、どうやって?」
どうやって……弱者のふりをして、なんて、兄貴の沽券にかかわる。
言いたくない。
でも、兄貴が実力者であることは兄貴との約束で言えない。
——でもでも、相手は姉貴だし……いいかな?
「実は、不良を秒殺したんだ! それこそ目にもとまらぬ速さで!」
「なんだ、力任せの危険な奴じゃないか」
「そうだけど……でも、兄貴は危険なんかじゃないんだ!」
「ちょっとまて、兄貴? 兄貴とは何だ!」
あぁ、もう! 上手く伝えられないことがもどかしい!
「とにかく、凄く強くて凄く優しい人が助けてくれたってこと!」
「そ、そうか」
若干引き気味の姉貴。
「あ、そう言えば桜越高校の生徒だよ。兄貴」
「……ふむ、そうなのか? そういえば、今日、私も学校で親切にされたな。落としたノートを拾ってくれた」
「へー」
姉貴が顎を擦りながら言うけど、まったく興味ない。
もっと、もっと兄貴の魅力を語りたい。
「そんな人より絶対兄貴の方がカッコよくて優しいよ」
「カッコよさはともかく、優しさは平等だろ」
「でも、でも兄貴はとにかくすごいんだ!」
僕は兄貴のことを語り続けた。
と言っても、駅前での無様な姿のことは言わない。
兄貴がどれだけ強くて、そして優しいかだけを僕は姉貴に話した。
「そう言えば、その兄貴さんの名前は何というのだ?」
「あれ? まだ言ってなかったっけ?」
思い返せばずっと兄貴兄貴と言っていた気がする。
神聖なその名前を、僕は噛み締めるように告げた。
「佐藤景麻さん、だよ」
「佐藤、景麻……か。よし、お前の姉として、そして桜越高校の
姉貴はどこか楽しそうにそう言った。