ボッチの俺がいつのまにか最強認定されていた。……え、なんで?   作:高倉

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第五話 勘違い警報発令。

 曽根川さんが俺の上の階に住んでいると気付いたのはゴールデンウィーク最終日のことだ。

 

 夕方、干していた洗濯物を部屋に直していると、曽根川さんがこの建物に入って来るのが見えたのだ。

 

 え、どういうこと? と思っていたら、足音がそのまま上へと昇っていき、扉が閉まる音が聞こえた。

 

 気になって郵便ポストの表札を見たら曽根川って書いていたのだ。まじびっくり。

 これが、俺と彼女のとある縁、である。

 

「下の階の佐藤って、佐藤君のことだったんだ」

「う、うん」

「あれ、その感じ……もしかして知ってた?」

 

 上目遣いで尋ねてくる彼女はとんでもなく可愛い。

 俺のライフをゴリゴリと削っていく。

 あっ、駄目。惚れそう。

 

「う、うん。ゴールデンウィークの時に、ベランダから帰って来るのが見えた」

「え!? ゴールデンウィークって……うわっ、もしかして泣いてるとこ見られてた!?」

「あっ、や、まぁ、そうかな。ごめん」

「いやいや、気にしないで! まぁ、でも……見られてたかぁ、恥っず……っ!」

 

 手の甲で口元を隠し、コロコロと表情を変えて会話する曽根川さん。

 そんな彼女に視線が俺の顔へと向かい——。

 

「あれ? 何か怪我してる?」

「え?」

「ここ、頬っぺたのところ」

 

 ツンツン、と自分の頬を指さして教えてくれる曽根川さん。可愛い。可愛いな。

 いや、本当に可愛い。なんでこんなに可愛いんだ? 神様の最高傑作じゃないだろうか?

 

「あっ、ホントだ」

 

 彼女に言われた通りの場所に触れてみると、軽く血が手に付着した。

 リンチにされたときに切ったのだろうか。

 気付かなかった。

 

「家に絆創膏とかある?」

「あー、ない……かも」

 

 運動するつもりもなかったし、当然喧嘩するつもりもなかった。

 何なら風邪薬も何もない。

 

 そんなことを察したのか、曽根川さんは苦笑を浮かべると「ちょっと待ってて」と言って階段を上っていく。

 

 一分もしないうちに彼女は戻ってきた。

 その手には絆創膏と消毒液。

 

「とりあえずこれ。傷口洗ってから張ってね」

「え、いいの?」

「うん、これくらい何でもないよ」

 

 マジかよ。この子は天使かな?

 

「じゃ、じゃあ遠慮なく」

 

 受け取る。その際、彼女の手にタッチしてしまったのだが、超絶すべすべだった。

 俺なんかが触って非常に申し訳ない気持ちになる。

 

「それじゃあ、私これからバイトだから」

「あ、うん」

 

 バイトしてるんだ。偉いな。

 

 手を振って階段を下りていく曽根川さん。

 彼女の背中を見て——そうだ、と口を開いた。

 

「さっきガラの悪い奴ら見つけたから、気を付けてね」

「うん、ありがと!」

 

 そうして走り去っていく曽根川さんを見送り、俺は部屋に入る。

 

 そのまま風呂に直行し、全身を洗った。

 

 今日はマジで疲れた。

 

 風呂を上がったら傷口を消毒だけして、すぐに寝よう。

 

 不良にリンチされ、その後に全力疾走で逃げ、よくわからんがり勉に懐かれた。

 

 最後の曽根川さんイベントが無かったら今まで生きてきた中で、おおよそ最悪と言っていいほどの日だったのではないだろうか。

 

 寝る寸前、上へ登っていく足音が聞こえた。

 曽根川さんが帰ってきたのだろう。

 

 彼女の笑みを思い出しながら、俺は眠りに着いた。

 

  †

 

 僕、幾花幸正が家に帰ると、姉貴が出迎えてくれた。

 

 身内目線から見ても美人で、そして何よりそこらのグラビアよりでかい胸が特徴の姉貴——幾花玲愛(れあ)

 

「幸正。遅いぞ?」

「……すまん姉貴」

「はぁ。まぁ無事ならそれでいい、が——何かあったのか?」

「え?」

「何やらものすごい笑顔だからな。何かいいことでもあったのかと思ったんだ」

「いいこと……」

 

 ああ、確かにあった。

 いや、会った。

 

 それは、兄貴——佐藤景麻さんと出会えたことだ。

 

 身体を張って僕を守ってくれた上に、実はその実力はとんでもなく強いと来た。

 

 なのにそれを威張ろうともせず、出来るだけ目立たず、人目のある場所では弱者のふりをする。

 問題を大きくしたくなかったのだろう。

 

 端的に言ってカッコいい!

 

 お礼をしようとしても、それほどのことはしていないと言う。

 優しい!

 まさに尊敬するに値する凄い人だ!

 

「実は、凄い人と出会えたんだ」

「ほう?」

「六人の不良に絡まれていた僕を助けてくれて、お礼を言おうとしたら大したことはしていない、って——すごく、優しくてカッコいい人だったんだ!」

「む、不良に絡まれたのか? 助けられたって、どうやって?」

 

 どうやって……弱者のふりをして、なんて、兄貴の沽券にかかわる。

 言いたくない。

 

 でも、兄貴が実力者であることは兄貴との約束で言えない。

 

 ——でもでも、相手は姉貴だし……いいかな?

 

「実は、不良を秒殺したんだ! それこそ目にもとまらぬ速さで!」

「なんだ、力任せの危険な奴じゃないか」

「そうだけど……でも、兄貴は危険なんかじゃないんだ!」

「ちょっとまて、兄貴? 兄貴とは何だ!」

 

 あぁ、もう! 上手く伝えられないことがもどかしい!

 

「とにかく、凄く強くて凄く優しい人が助けてくれたってこと!」

「そ、そうか」

 

 若干引き気味の姉貴。

 

「あ、そう言えば桜越高校の生徒だよ。兄貴」

「……ふむ、そうなのか? そういえば、今日、私も学校で親切にされたな。落としたノートを拾ってくれた」

「へー」

 

 姉貴が顎を擦りながら言うけど、まったく興味ない。

 もっと、もっと兄貴の魅力を語りたい。

 

「そんな人より絶対兄貴の方がカッコよくて優しいよ」

「カッコよさはともかく、優しさは平等だろ」

「でも、でも兄貴はとにかくすごいんだ!」

 

 僕は兄貴のことを語り続けた。

 と言っても、駅前での無様な姿のことは言わない。

 

 兄貴がどれだけ強くて、そして優しいかだけを僕は姉貴に話した。

 

「そう言えば、その兄貴さんの名前は何というのだ?」

「あれ? まだ言ってなかったっけ?」

 

 思い返せばずっと兄貴兄貴と言っていた気がする。

 神聖なその名前を、僕は噛み締めるように告げた。

 

「佐藤景麻さん、だよ」

「佐藤、景麻……か。よし、お前の姉として、そして桜越高校の生徒会長(・・・・)として、明日にでも感謝を言いに行くとしよう」

 

 姉貴はどこか楽しそうにそう言った。


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