セイファートキーを渡され、
リッドくんは夢を見て、
真意を知りました。
俺とファラは、メルディとキールが同居しているという家を訪れる。学問の町ミンツへ帰ると言っていたキールだったが、旧ラシュアン村の近くにある山小屋に残っていた。そこで見たのは、キールの股の上に座っているメルディだ。俺とファラは見なかった事にして、そっと扉を閉めた。
「リッド、ファラ、待て! 助けてくれ! 僕は、こいつに監禁されている!」
よく見えるとキールの体は、紐でベッドに縛り付けられていた。なんだよ、驚かせやがって。メルディとキールの家に入り直した俺達は、2人から話を聞く。それによるとキールがメルディに金を貢がせ、用がなくなるとメルディを捨てたらしい。それはキールが悪いんじゃねぇか?
「それは兎も角キール、あの人と戦う事になると思うから力を貸してくれ」
「あの人と? よく分からないが、僕を助けてくれたら無料で手伝ってやる」
おそらく戦う事になるのだろう。戦わないという手段もあるが、それは問題を放置するという事だ。心の中に淀みを抱えたまま生きる事になる。俺はファラと2人で平穏に暮らしたいんだ。だが、この問題を解決しなくちゃ平穏に暮らせねぇ。だったら、あの人に会うしかない。そして会えば戦いになるだろう。まぁ、ファラと一緒に死ねるんなら、どこだっていいさ。
「経緯は分かった。どうりで最近、変な夢を見るわけだ。それで、作戦は考えてあるんだろうな?」
「あの人の居る場所は、夢で見る場所だろうな。たぶん、王都の近くだ」
「つまり、どう戦うのかは考えていない訳か。そんな有様じゃ負けるぞ。僕は負け戦なんてやりたくない」
「じゃあ。お前は何か考えでもあんのか?」
「注意するべき点としては、あの人の晶霊術だ。おそらく、あれは晶霊術じゃない」
「晶霊術じゃなきゃ、なんだってんだよ?」
「それは分からない。あの人自身は「小人さんに力を借りている」なんて言っていたな」
「小人さんって何だよ。そんなもの見た事ねぇぞ?」
「僕も無いさ。本人が言うには「氷の中位晶霊」らしいが、そんな物はあの人の周囲に存在しない。もちろん、あの人の体内にもな。もしも在れば、晶霊術士である僕にも分かる」
「でも、あの人は実際に晶霊術を使ってるよな?」
「先に分からないと言っただろう。とにかく、通常の晶霊術と思わない方がいい」
「今さらな話だろ。あの人は王都を一人で壊滅させたんだぜ?」
「まぁ、そうなったら大晶霊の力を借りるしかないな。何度も大晶霊の力を借りる事はできないから、目標は短期決戦だ」
メルディを説得して、キールを連れて行く、キールを連れて行くと、メルディも付いて来た。そうして俺達は、あの人の居る場所へ向かう。名前の刻まれていない墓の前に、あの人はいた。おそらく、ロナという女性の墓なのだろう。肉体は目の前にあるから、墓の中は空っぽだ。
「皆そろって、どうしたんですか?」
「あんたに聞きたい事があるんだ」
「そうですか」
「あんたは何が起こるのか、全部しってたのか?
10年前に村長が何かに憑かれる事も、
セレスティアからメルディがやってくる事も、
王都で死刑になりかける事も、
セレスティアへ行く方法も、」
「ええ、知っていました」
「知ってたんなら、どうにか出来なかったのかよ。未来の危機に備えようと思わなかったのか? 回避しようと思わなかったのか? なんで教えてくれなかったんだよ? なんで黙ってたんだ? あんたが全て話してくれていれば、こんな事にはならなかったんじゃねぇのか? 10年前の事件も止められたのかも知れねぇ。俺の父さんもファラの父親も、村の皆も死ななかったかも知れねぇだろ? メルディが来る事を教えてくれれば、準備だって出来たかも知れねぇ。ちゃんと話してくれれば、俺達だってメルディを信じられた。あの時、あんたは教会の前で足を止めたよな? 何が起こるか気付いてたんなら、俺達に注意してくれれば良かったんだ。そうすれば国王を殺す事もなければ、村に兵士が来る事も、村が滅ぼされる事もなかったかも知れねぇ。あんたが、もっと積極的に行動していれば、傷つく奴は少なくて済んだ。どうして俺達に「本編」とやらを、すべて話してくれなかったんだ!?」
俺の言葉に、あの人は溜め息を吐いて答える。
「それで貴方は私の敵ですか?」
あの人にとって重要なのは、その一点だけだった。敵であるか、敵でないか。あの人にとって敵の反対は「味方」じゃない。あの人にとって敵の反対は、「殺してはいけない人」だ。あの人にとって他人は「殺してもいい人」と「殺してはいけない人」に分類される。例外は、ロナという女性だった。
あの人は、俺の質問に答える気はないらしい。俺達の事なんて、どうでも良いと思っているのだろう。これまで取り繕っていた態度も、今は崩れつつある。取り繕う必要がなくなったと思っているのか? あの人の冷たい視線が俺達に向けられる。きっと、あの人は俺達の事を、絵本に登場するキャラクター程度にしか思っていない。
「ああ、敵だ。俺は、あんたの敵だよ。他人が死ぬと分かってて、見過ごしたのは許せねぇ。あんたが「知っていた」ことを俺は知ったんだ。知ってしまったから、もう見過ごせねぇ!」
「あなた達は、いつも、そうですね。関われば「邪魔だから関わるな」と言い、関わらなかったら「悲劇を見過ごした」と責めるのです。いいえ、そんな事は如何でもいいのでした。そんな事は如何でもいいのです。私の敵だと言うのならば、殺してさしあげます」
そう言ったあの人の背後に、空中から氷が湧き出る。冷たい輝きを放つ槍は、視界一杯を埋めつくした。何百本あるのかも分からねぇ。あれが放たれれば、一瞬で俺達は全滅する。でも予想の範囲内だ。どういう訳か、あの人はフリーズランサーしか使わない。攻撃パターンを読むのは簡単だった。
「たのむぞ、メルディ!」
『はいな! イフリィート!』
あいかわらずメルディの言葉は分からねぇ。だが、「オージェのピアス」を付けているキールならば、メルディと言葉が通じる。そのキールの合図を受けて、メルディが火の大晶霊を召還した。巨大な炎の魔人が、俺達の前に出現する。桁違いの出力を有する大晶霊は、そこらの晶霊とは比べ物にならない。
『我が灼熱の魔手にて、灰燼と化せー!』
あの人へ向けて火球が放たれる。小さな太陽にも似た炎は、あの人の放つ氷の槍を蒸発させた。しかし次の瞬間、あの人の作り出した巨大な氷によって火球は防がれる。さらに出現した巨大な氷が、炎の魔人に直撃した。ところが炎の魔人は氷を掴み、あの人へ向かって投げ飛ばす。そうして投げ飛ばされた巨大な氷は、別の氷によって撃ち落とされた。キラキラと氷の破片が舞い散る。
あの人と炎の魔人が戦っている。本来ならば必殺の一撃を放った後、炎の魔人は消えるはずだった。しかし、必殺の一撃を防がれた魔人は、あの人に一撃を当てようとムキになっている。これは良い誤算だ。その間に俺とファラは、降り注ぐ氷や炎の隙間を駆け、あの人に接近する。
そうしていると、あの人に気付かれた。氷の槍が俺達へ向けて放たれる。炎の魔人と戦ってるのに、まだ俺達を攻撃する余裕があるのかよ!? 俺とファラは槍を避け切れない。その瞬間、ファラが無事な片手に握っていたオールディバイドというアイテムを発動させた。オールディバイドは味方に限らず、その場にいる敵の受けるダメージも半分にする効果がある。
「鳳凰天駆!」
俺は炎を纏って、氷の槍による弾幕を突破する。無傷という訳には行かなかったが、突破した。そして目前にいる、あの人を斬りつける。1撃目は氷の槍を当てて逸らされた、2撃目も氷の槍で逸らされた、3撃目も逸らされた。しかし、あの人は体勢を崩している。これで決める!
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「しまっ、これはっ!」
あの人は俺の技に気付いた。見た事のないはずの技を、なんで知っているのかは聞かなくても分かる。「本編」とやらで「知っていた」のだろう。だが、対応できなければ意味がない。知識があっても、それに対処しなければ意味がないんだ。あんたは、これまで、知っていながら見過ごしてきた。これからだって、そうなんだろ!
「 緋 凰 絶 炎 衝 」
俺は一気に駆け抜ける。あの人の体を駆け抜けた。あの人は防具なんて着けていない。鋼のような体も持っていなかった。俺の愛用している斧は、あの人の体を難なく斬り裂く。ベチャリと、あの人は地面に倒れる。漏れ出た血が、辺りに広がった。あっけないもんだな。
Re
ひさしぶりに主人公組とあったら、不当な罪を被せられました。なんだかグチャグチャと良く分からない事を、リッドくんはおっしゃいます。もっと簡単に纏めてくれませんか? そんなに長々と話されても分かりません。ようやく話が終わると私は溜め気を吐いて、リッドくんの話を短く纏めました。
「それで貴方は私の敵ですか?」
すると主人公組は、いきなり大晶霊を召還しました。開幕から大晶霊を打っ放すなんて酷いですね!? バカみたいな出力の大晶霊に何とか対抗したものの、その隙を狙ったリッドくんに私は斬られます。ボタンを連打するだけで何度も使える、お手軽な秘奥儀によって私は倒されました。そこまでやりますか!?
あー、これはダメですね。もう助かりません。私は諦めて眠る事にしました。すると何処からか声が聞こえます。もしやリッドくん達でしょうか? と思ったものの違うようです。裏切りからの仲間入りフラグは消えました。私の中から、その声は聞こえます。ネレイド神ですか。ラスボスフラグですね。分かります。
『汝の心を我にゆだねよ』
ちょうど良いところに来てくれました。ネレイド神の力を借りれば、私は助かるでしょう。ラスボスのシゼルさんなんて、マシンガンに全身を撃ち貫かれても復活していました。驚きの蘇生力です。でも、私の心は私の物です。私の意思をおかす事だけは、絶対に許しません。ねぇ、ロナ。
『掌握』
だから貴方が私に従え
Re
あの人を倒したと思った。だが、倒せていなかった。あの人の体から「黒いモヤ」が立ち昇る。この黒いモヤには見覚えがあった。夢の中で見た、ファラの父親に憑いていたモヤだ。まさか、10年前にファラの父親がオカシクなったのは、あの人が原因だったのか!?
『バイバ! ネレイドだよ!?』
「ネレイドだと!? たしかに、あの黒いモヤには見覚えがあるな」
「おい、キール! ネレイドって何だよ!」
「グランドフォールを起こしている犯人の名前だ!」
「なんだって!?」
じゃあ、あの人がグランドフォールを起こしていたのか!?
「ぐわぁ!」
「きゃ!」
「うおっ!」
『バイバ!』
俺達は黒い衝撃波に吹き飛ばれた。あの人の背中から氷が生えていく。その氷は黒く染まっていた。黒い氷だ。それは幾重にも重なり、空高く伸びた。氷の槍を集めたかのような状態で、大きな翼のような形になる。そして、黒いモヤを纏ったあの人は、空へ飛び上がった。
あの人の巨大な翼が、地面に影を作る。それでも翼は成長を止めず、地平線の彼方まで伸びて行く。世界でも覆うつもりなのかよ? そう思って呆然として見上げていると空間が歪み、空に巨大な氷が現れた。一つや二つじゃない、氷の群れが空を、隙間なく埋め尽くしていた。笑っちまうぜ。
「ははは、こいつは如何しようもねぇな」
「おい、諦めるなよリッド! メルディ、出せる大晶霊はいないのか!? なんでもいい!」
『えーと、えーと、ヴォルト!』
メルディによって雷の大晶霊が召還される。すると閃光が空を走り、空を埋め尽くす氷の群れを破壊した。しかし壊したと思ったら、すぐに新しい氷が形成される。大晶霊の攻撃が、時間稼ぎにしかならなかった。おまけに大晶霊によって壊された氷の破片が降ってくる。その破片だけでも、俺達を簡単に押し潰せるだろう。やっぱり無理だぜ。
『一掃しなさい』
あの人の声が響き渡る。ゾッとした。空を埋め尽くす、巨大な氷が降ってくる。その先端は尖っていた。そんなこと、どうでもいいか。尖っていようと何だろうと、当たれば即死だ。そもそも、これは人に対する攻撃なんてレベルじゃない。俺達の足下にある大陸すら、割り砕く恐れのある攻撃だ。どうしようもねぇよ。
カッ!
だが、巨大な氷の群れは、横から来た黒い光に薙ぎ払われた。正確に言うと、俺達の真上にあった氷だけだ。遠くの方を見れば降り注いだ氷が轟音を鳴らし、大地を粉砕している。こんどは何だよ!? そう思って黒い光の来た方角を見ると、空に浮かぶ人影が見えた。その人影は俺達の近くに降り立つ。
『無事か、メルディ』
『シゼル!?』
『今のお前達では、奴には勝てぬだろう。退け』
2人が何を言っているのか分からねぇ。だが、メルディの言葉が通じるキールは驚いている。呆然としていると、俺達は黒い球に包まれた。そして宙に浮き、その場から遠ざかって行く。今の奴は俺達を助けてくれたのか? 混乱している俺は、状況が理解できねぇ。いいや、そうじゃない。落ち着いてたって分からねぇよ。いったい何が起こってるんだ?
あの人を遠くから見ると、その大きさが分かる。シャボン玉のような黒い球の中から、俺達は戦いの様子を眺めていた。空から落ちる槍が、大陸を削って行く。地上から昇る黒い光が、空を消し飛ばして行く。あの2人の戦いが世界を削って行く。空間が耐え切れず、バリバリと悲鳴を上げていた。助けられて言うのは難だが、一つ言いたい事がある。
あいつら人間じゃねぇよ