キールくんの両親は行方不明になり、
クレーメルケイジをプレゼントした結果、
犯罪に加担する違法晶霊術士になりました。
ラシュアン村の消滅から10年が経ちました。村の跡地であるクレーターから離れた場所に、村は再建されています。さすがに10年も経つと、私を探す人は居なくなったようです。山奥に引きこもっていた私も生活用品を手に入れるために、ラシュアン村へ下りて行けるようになりました。
最近は体の動きが鈍くなって、飛んだり跳ねたり出来ません。10年前のように射出したフリーズランサーを踏み台にして、空を走るなんて軽業は難しいでしょう。それ以前の問題として、走ると息が切れます。20年前はトレジャーハンターだった私ですけれど、そろそろ山暮らしは厳しくなってきました。
そんな時の事です。空が光ったと思って見上げると、流れ星を見つけました。その流れ星は、かつてラシュアン村だった方向に落下します。あの辺りは人が住まなくなったので草木が伸び放題な荒れっぷりです。でも、あの山には英雄レグルスの像が残っているため、その像へ続く山道は残っています。
このインフェリアという大地に宇宙はありません。空にあるのは海面と、その向こう側にあるセレスティアという大地です。空から星が落ちてきたのではなく、セレスティアから人が飛んできたのでしょう。インフェリアとセレスティアにロケットを撃ち合って交流する伝統はないので、主人公組の一人であるメルディがやってきたに違いありません。
再建されたラシュアン村の様子を探ります。すると新村長宅で爆発が起こりました。セレスティアから来た、メルディに対する追っ手が来たのでしょう。言葉の通じないメルディを発見した「猟師のリッドくん」と「格闘家もとい農民のファラ」が応戦しているはずです。そう思っていると村の一部で大地が爆発し、土砂を巻き上げました。
あれは見た感じ、地系中級晶霊術のグランドダッシャーでしょう。あの追っ手に対する基本戦術は、晶霊術の詠唱を行っている間にダッシュで逃げて、晶霊術の発動が終わったら近付いて攻撃します。最初は効果範囲の狭いサンダーブレードしか使わないから楽なものです。
それにしてもグランドダッシャーですか。氷系中級晶霊術であるフリーズランサーと似たような性質の技です。あの晶霊術は難易度でマニアを選択すると使ってきます。マニア未満の難易度における追っ手は、サンダーブレードばかり使うアホの子です。それなのに難易度マニアになると、足を止めれば死ぬ晶霊術を連発してくるのです。おまけに追っ手は瞬間移動します。
つまり、この世界の難易度はマニアなのですか。ノーマルの上がハードで、ハードの上がマニアです。特に最初の追っ手は、その前の山道でレベル上げを行わなければ勝てない上に、装備を買い替えられない上に、ライフボトルもとい復活アイテムは3本しかない上に、まだファラも回復技を覚えていません。ないない尽くしです。
この世界の主人公組も普段から、グミもとい回復アイテムは持ち歩いていないでしょう。武器も防具も良い物ではありません。おまけに主人公組にとって、追っ手は未知の敵です。その結果、リッドくんとファラは死に瀕していました。いきなり物語が終わりそうです。
それは兎も角、村を破壊されるのは困ります。生活用品を仕入れられなくなるじゃないですか。戦うのは村長さんの、家の中だけにしてください。とは思うものの、グランドダッシャーなんて無差別攻撃を行えば、屋内で済むはずがありません。まもなく、村で唯一の商店だった「旅人の店」は、グランドダッシャーによって倒壊しました。
「小人さん」
暗い声でボソッと呟いた私の正面に、回転する魔法陣が現れます。その魔法陣は回転しながら大きくなり、薄くなって宙に消えました。そして、そこから氷の槍が生まれます。空中からニョキッと先端を出した槍は、次の瞬間、村で暴れるアホの子に向かって射出されました。撃ち出された氷の後部から散った粒が、キラキラと輝きます。綺麗でしょう?
「ぎゃっ!」
命中しました。そのまま追っ手さんはバタリと倒れ、動かなくなります。あれ? 一撃ですか? 10年前の村長さんは、何十発受けてもピンピンしていましたよ? 不可解です。まさか、この程度で終わりなんて事はないでしょう。そう思っていると、やはり追っ手さんは立ち上がりました。
「邪魔するな!」
やはり元気そうです。なので私は片手をあげ、視界一杯に魔法陣を展開しました。そこから無数の槍を生み出します。そして「さあ撃ち出そう」とすると、追っ手さんの姿は消えました。瞬間移動でしょう。そう思ってサッと勢いよく背後を振り返ったものの、誰もいません。辺りを見回しても、追っ手さんの姿は見当たりません。あれ?
えっ、逃げたのですか? あの程度で? とんだチキンさんです。この無数に展開した槍は、どこに撃てばいいのでしょう? イラッとした私は、山に向かって撃ち放ちました。氷の槍が山へ突き刺さると共に、カカカカカッと無数の小さな音が鳴り響きます。その結果、氷で形作られた異様な針山が出来上がりました。ちゃんちゃん。
「ありがとー! 魔女さーん!」
ファラが御礼を言っています。意図して貴方を助けた訳ではありません。貴重な商店を破壊されて不機嫌になっただけの事です。なんて余計な事は言いません。私は村を救った英雄として恩を売る事にしました。地系のグランドダッシャーやら雷系のサンダーブレードやらを受けた村は、全体が半壊している状態です。
「また、お前達か。またお前達が災いをもたらすのか!」
村長さんがハッスルしています。どうやら「子供達のせいではない」という前村長さんの遺言を忘れているようです。しかし忘れている事を、私は指摘しません。私の役割は10年前に、子供達に遺言を伝えた時に終わっています。あとは主人公組で何とかしてください。
「出て行け! この村から出て行け!」
「そんな!」
「村長! 昔のことは関係ねぇだろ!」
おっと、言葉の通じないメルディだけではありません。村長はファラとリッドくんも追い出すつもりのようです。家の壁を壊された程度ならば、メルディを追い出す程度で済んだのでしょう。でも10年前に再建した村が、再び壊滅の危機に晒されたのです。この責任を他人に被せなければ、村長さんの責任になります。
そんな訳で主人公組は、村を出て行くことになりました。プンスカしているファラはメルディを連れて行き、その後に混乱しているリッドくんが続きます。メルディは私はチラチラと見て、なにか言いたそうにしていました。なんでしょう? もしかすると戦力として、私に期待しているのかも知れません。
行きませんよ。面倒くさいじゃないですか。私はフリーズランサーを撃っていれば幸せなのです。「フリーズランサーが最強である事を証明する!」とか「ネレイド神にリベンジする!」なんて思っていません。誰にも見られる事なく世界の片隅でコソコソと、私は好きな事を出来ればいいのです。私の世界は、私自身の内側で完結しています。
とりあえず生活用品を買いましょう。そう思って、さきほど倒壊した商店を掘り出します。すると店主の死体を発掘しました。ああ、違います。1時間以内に死にそうな状態ではあるものの生きていました。私は割れていないライフボトルを探します。その売り物を店主に振りかけて復活させました。
「あー、死ぬかと思った。魔女様、命を拾っていただき、有りがとうございます」
「私も貴方が生きている事を、とても嬉しく思っています」
だから早く買い物をさせてください。むりやり奪っても良いんですよ? なんのために貴方を助けたと思っているんですか? なんて事は言えません。そんな事を言えば、これまでに培った信用にヒビが入るじゃないですか。ニコニコと笑顔を浮かべた私は、内心で焦れていました。
「買い物のために下りてきたのですが、大変な事になっていました」
「すみません。お求めの物は、おそらく」
そこで店主は言葉を切り、倒壊した商店に視線を向けました。ああ、そうですか。そうでしょうね。そんな事だろうと思っていました。仕方ありません。ここにある分が使えなくなったとすると、レグルス道場へ行かなければなりません。レグルス道場の周辺にある店に在庫はあるでしょう。
しかし今から行くと、間違いなく主人公組とルートが重なります。ここは先に行くべきです。主人公組は団体なので、進行速度は遅いでしょう。なので後から行くと、主人公組を追い抜いてしまうに違いありません。そうと決めた私は早速、レグルス道場へ向かいました。
なんて思っていたら、川にかかる橋の辺りで追い付かれました。私は主人公組の実力を低く見積もっていたようです。格闘家のファラは準備運動だけで、レグルス道場を数百周するそうです。さらに猟師のリッドくんは極光術の素質の影響か、猟師として生活しているだけでファラの身体能力を上回っています。メルディも極光術の素質を有しているので、常人よりも身体能力が優れているのかも知れません。もしくは闘争社会で暮らすセレスティアンは、鍛えられているのでしょう。
いいえ、そんな理由は言い訳です。事実を認めましょう。私は歳を取りました。体力が落ちています。若い主人公組と比べた事で、ハッキリと自覚しました。昔の私ならば主人公組に追い付かれる事はなかったのでしょう。でも今の私は、自分で思っている上に衰えています。
『大丈夫か?』
「ええ、若い人には負けられません」
気遣われるとイラッとします。親切にしているつもりなのでしょうけれど、私を下に見ないでください。力を貸してもらわなくても、私は自分の力で立ち上がれます。そう思った私は気合いを入れて、前に足を進めました。そんな私をリッドくんとファラは、不思議そうな目で見ています。
あれ? いま私に話しかけたのは誰ですか? そう思って横を見ると、メルディがいました。私に話しかけたのは「セレスティアン」のメルディのようです。セレスティアとインフェリアは言語が異なるので、「インフェリアン」のリッドくんとファラは、メルディの言葉を理解できません。
『バイバ! あなた私の言葉が分かるか!』
「クククク、クイッキー!」
しまった、地雷を踏みました。おのれ、セイファート! 神様の仕業に違いありません、そういう事にしておきましょう。そうしましょう。そう思っている間にキャッキャッとメルディは喜び、ペットの小動物と共に私の周りをグルグルと回ります。メルディと言葉が通じるのは、20年前に大学から奪ったピアスのおかげです。このピアスは晶霊に限らず、セレスティアの言語であるメルニクス語を用いる人と意思を交わす事もできます。
『メルディが言ってる事が解るか?』
「ノーコメントです」
『お願い! あなたの助けが必要だよ!』
「あーあー、聞こえませーん」
『あぁっ、ひどい!?』
「魔女さん! もしかして、その子の言葉が分かるの!?」
「まったく分かりません。適当に相槌を打っているだけです」
『ウソだよ! この人ウソ言ってるよ!』
「でも、なんか、こう、通じてるんじゃないかな?」
「偶然です。期待に沿えなくて申し訳ありません」
ギャーギャーと騒ぎながら、レグルス道場に到着します。さっそく目的の物を入手するために主人公組と別れようとすると、メルディに引っ付かれました。ペットの小動物と共に、私の体に取りすがって離れません。「無理いっちゃダメだよ!」と言ってファラが引き離そうと手伝ってくれたものの、私の体がズルズルと引きずられる有様です。
ええぃ、私は主人公ではありません! 「闇の極光術」の素質を持つメルディに引っ付かれてもキラキラ光らないという事は、私は「光の極光術」の素質を持っていないという事なのです。たとえば「光の極光術」の素質を持つ主人公のリッドくんならば、「闇の極光術」の素質を持つメルディに引っ付かれるとキラキラ光ります。
『世界を救うには、あなたの助けが必要だよ!』
ついにメルディは泣き出しました。泣くなんて卑怯ですよ!? これでは私が悪者みたいじゃないですか! 本編として知っているメルディの性格を考えると嘘泣きではなく、本当に泣いているのでしょう。世界の滅びを止めるという大きな使命を負って、インフェリアに一人で来たメルディは必死なのです。メルディが死んだら世界が滅ぶ、と言っても過言ではありません。
困りました。まさか、メルディを打ん殴って黙らせる訳には行きません。周囲を見回すと、泣いているメルディが人々の視線を集めていました。しかし泣いているメルディを見つめるのは気まずいらしく、その代わりとして私が責めるような目で見られています。私が悪いんですか!?
「分かりました。あなたの言葉を理解できる人が見つかるまで、一緒に行きましょう」
具体的に言うと、学問の町ミンツの先にある大樹の村モルルまでです。王都まで行ったり、海を渡ったりはしません。大樹の村モルルまで行けば、私の付けている物と同じピアスを入手できるでしょう。私のピアスはあげませんよ? これは小人さんと交信するために必要な物なのです。これを奪おうとするのならば、殺してでも守ります。これは私にとって、命に等しい物なのです。
ねー。
<おだいじですか?>
うふふ、もちろんです。
▼『雑種犬』さんの感想で、「クィッキーが居ない件」を指摘されたので追記しました。超わすれてました。
「クククク、クイッキー!」
メルディは喜び、私の周りをグルグルと回ります→メルディは喜び、ペットの小動物と共に私の周りをグルグルと回ります。
メルディに引っ付かれました。私の体に取りすがって離れません→メルディに引っ付かれました。ペットの小動物と共に、私の体に取りすがって離れません。
▼『雑種犬』さんの感想を受けて、「翻訳ピアスの性能を誤解していた件」に気付いたので修正しました。メルニクス語を翻訳する以上の機能は、ゲーム内で明確にされてなかったと思います。たとえば、動物のクイッキーと交信できるか否かとか。
言葉の通じない人と意思を交わす事もできます→セレスティアの言語であるメルニクス語を用いる人と意思を交わす事もできます。
▼よく考えたらクイッキーは翻訳ピアスを付けてないじゃん。翻訳ピアスは双方が着けていないと効果がないのです。いや、でも「メルニクス語を用いる晶霊やセレスティアン」ならばピアスがなくても翻訳してくれるのか。うがー。