シグザール王国歴307年、俺は錬金術アカデミーに入学した。
(確かマリーの特別試験が開始された年だよな。この世界でもマリーは留年してイングリド先生に怒られているんだろうか……)
ドルニエ校長の長い話を聞きながらそんなことを思う。
この時代はまだ工房を持つアカデミー生はマリーだけ。マリーの試みが成功したからエリーは成績が悪くても工房生としてアカデミーに在籍できた。
俺は寮生だ。
この時代はまだ入学試験はさほど難しくない。参考書が読めるかどうかと素材を量ったり必要量を計算する程度の計算力が求められるだけだ。
ただ、創立から14年もたってだんだん希望者が多くなっているのと、他の道に進めない子供が錬金術とは何かも知らないまま取りあえずで入ってやめていく例も出ていたため、来年あたりからは基礎知識の試験が行われるらしい。
試験が易しくて良かったと思うべきか、意欲がない同級生がいる可能性に嘆くべきか。
何にせよ、今日から俺はアカデミー生なのだ。
「それでは教科書を受け取って退出してください」
イングリド先生の言葉で入学式は終わり、『絵で見る錬金術』を受け取って寮へ戻った。
これから4年間、ここで勉強して錬金術師になり、マイスターランクに入って錬金術マイスターになるのが俺の夢だ。
ゲームの中でプレイヤーは誰でも簡単に賢者の石や金が作れた。
素材を集めるのが大変だったり、部屋の掃除やMPや疲労の管理には気を付けなければいけないけれども、レベルを上げて誰もが伝説の錬金術師になれた。
現実ではどうだろう。
俺の目の前には調合のメニューボタンはない。
レベルや経験値、HPMPや疲労を数値で表したものはない。
セーブもロードも存在しない。
参考書を読み込み、内容を理解し、この両手で地道に調合を行っていかなければならない。
俺はちゃんと賢者の石を作り上げることができるのだろうか?
本を読みながらそんな不安が脳裏をよぎる。
「うじうじしてても仕方がない。気分転換に外行こう!」
えいやっと気合を入れて立ち上がって寮から出る。
アカデミーの中でも探検しよう。
俺はまず図書館へ向かった。
図書室は二つある。購買でも売っている参考書が置いてあるものと、ある程度のレベル以上向けの貴重な文献が置いてあるものだ。
今の俺が入れるのは前者だけだ。
扉をくぐると想像していたよりたくさんの生徒が机に向かっていた。
そして棚は空っぽだ。
「朝いちで来ないと確保できないのかよ……」
思わずつぶやくと、通りすがりの上級生が教えてくれた。
こちらの図書室のルールは1冊1時間までらしい。暗黙の了解で、読みたい場合は読んでいる人の右隣に座って待つのだとか。1時間の砂時計を机の前に置き、砂が落ちたら棚へ戻すか隣の人へ渡さなければならない。ルール破りが過ぎると誰も本を渡してくれなくなるらしい。怖っ。
お礼を言って今日のところは図書室を出る。
レシピを書き写すだけならともかく、内容を理解するには1時間は足りない。
教科書はなんとかして買わないと。
飛翔亭に通って資金を貯めるか。
そんなことを思いながら購買に向かって歩いていると、前から歩いてくる一人の女性にどこか見覚えがある。
金髪のナイスバディなお嬢さんがどよ~んとした擬音をぶらさげながらとぼとぼと歩いていた。
現実で見ても露出度高すぎだよ、この人。
胸に見とれて避けるのがちょっと遅くなってしまった。なんとか正面衝突は避けるが肩がぶつかってしまった。
「ぅあっと、ゴメンナサイ!」
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
アホだ、俺……。
「ごめんなさい、イングリド先生に怒られて落ち込んでたら前を見るのを忘れていたの。あなたは新入生?」
(推定)マリーは笑顔を作って謝ってくれた。ああ、今イングリド先生から最後通告を言い渡されてきたのか。
これから無事に(?)特別試験が始まるわけだ。
さて、偶然だが会ったわけだし、アトリエの場所くらい聞いておくか。
「ハルトムートです。今日入学したてほやほやです。先輩の先生はイングリド先生なんですね。いいなぁ」
「あははは……。はぁ」
少し笑顔が引きつっている。ええ、知っています。怖いんですよね、イングリド先生。
「あたしはマルローネ。今度職人通りにお店を持つからそのうち見に来てね」
「はい。俺も早くいろいろ作って店を持てるようになりたいです」
「うん。……(ぼそ)あたしは強制的だけどね……あなたはちゃんと頑張って卒業してね。……とほほ、あたし、この子より後に卒業かぁ……」
色々小声での本音が透けて見えてます、マリー先輩……。
お店の場所を確認して別れた。
2,3か月してから行く方がよさそうだな(苦笑)
購買で値段を確認し、調合室を覗いてからアカデミーを出る。
夕方までまだちょっと時間があるから飛翔亭まで行ってみるつもりだ。
調合室の乳鉢やろ過器の数に絶望。一学年100人を超えるくせに20個ぐらいしかないってどうよ。
まだまだ発展途上中なんだな、アカデミー。
適当に在籍する予定の奴らはともかく、俺は日々錬金術に明け暮れる予定。
参考書だけじゃなくて器材も自分で全部揃えないとなぁ。
授業料も寮費も無料とはいえ、金を稼ぐ手段は依頼以外ない。親から援助を受けられる貴族や大商人はともかく、しがないパン屋の息子は自分でどうにかするしかない。当たり前だけどな。
「先は長い……」
歩きながら深々とため息を吐いた。