彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㊾ 『それは、「罪」などではなくて』

 ガイウスやイルリア達が帰った後、バルネアとジェノと自分の三人で店の後片付けを終えたメルエーナは、今日の夕食を作ろうかと考え始めていた。

 

 いつもならバルネアが厨房で、『今晩は、何が食べたいかしら?』と聞いてくるのだが、彼女は自室から出てこない。

 それはジェノも同じで、今日はいつもの鍛錬を休み、部屋に籠もっている。

 

 きっと、サクリさんからの手紙を読んで、やるせない思いに心を痛めているのではないかとメルエーナは察する。

 それならば、一番元気な自分が食事を作って、二人に食べてもらおうと思う。

 

 だが、いざ調理に取り掛かろうとしたところで、バルネアが部屋から出てきた。

 

「ごめんなさいね、メルちゃん。気がついたらこんな時間になってしまっていたわ」

 いつもの優しい笑顔のバルネア。けれど、メルエーナは普段とは違うことにすぐに気づく。

 

「バルネアさん。目が赤いですよ。無理はなさらないで下さい。その、下手な料理で申し訳ありませんが、今日は私が夕食を作りますので」

「ありがとう、メルちゃん。……駄目ね。何度貰っても、亡くなった人からの手紙というものは、悲しいわ……」

 バルネアは寂しげに笑う。

 

 何度貰っても、と言う言葉が気になったが、それが触れてはいけないことであることは、メルエーナにも理解できた。

 

「でも、少し泣いたらスッキリしたわ。というわけだから、夕食は一緒に作りましょう。私よりもジェノちゃんの方がずっと辛いはずだから、元気がでる料理を作ってあげないとね」

「はい。分かりました」

 メルエーナはバルネアの提案を受け入れ、ジェノが元気を出せるように、普段以上に一生懸命に料理に取り組んだ。

 

 結果として、夕食時、ジェノはメルエーナ達の料理を美味しいと言ってくれた。

 だが、それだけだった。

 

 もともと言葉が多い方ではないが、ジェノは普段以上に寡黙だった。

 バルネアの様に目を赤くすることもなかったが、彼がショックを受けているのは間違いない。けれど、自分達に心配をかけまいと、努めて普段どおりを演じようとしているのが痛々しかった。

 

 やがて食事が終わり、ジェノは入浴を済ませると、再び自室に戻って行ってしまった。

 掛ける言葉を見つけられないメルエーナとバルネアは、彼を引き止めることができなかった。

 

 ジェノに続いてバルネアにお風呂に入ってもらうことにしたメルエーナは、皿洗いなどを終えて、一人厨房で考え事をする。

 

 何か、自分にできることはないだろうかと。

 傷ついたジェノの手助けはできないかと。

 

 長い時間考えた。バルネアが入浴を終えて、お風呂を勧められた。そして長風呂をしながらも考えた。しかし、なにもいい考えは浮かばない。

 

 入浴を終え、メルエーナは厨房の明かりを消そうと思ったが、そこで厨房に人影がある事に気づく。

 

 バルネアが何かしているのかと思ったが、厨房に居たのは、ジェノだった。

 

「ジェノさん。どうしたんですか?」

 メルエーナが声を掛けると、ジェノは静かにこちらを向いた。

 

「……大したことじゃあない。やり忘れていたことに気づいて、厨房に寄っただけだ」

 ジェノはそう言うと、手にしていた金型を静かに調理台の上に置いた。

 

 その金型の中には、真っ白なかたまりで満たされている。

 話を聞いていたメルエーナは、それがサクリさんの好きだったという、アーモンドゼリーだと気づく。

 

「ジェノさん。これは……」

「ああ。昨日の晩に作って、冷やしていたのを忘れていた。このままでは邪魔になるから、処分しようと思ってな。だが、一人で食べるには多すぎると困っていたんだ。

 メルエーナ。すまんが、協力をしてくれないか?」

「はい。私で良ければ」

 ジェノの思わぬ申し出に驚くメルエーナだったが、すぐに笑顔を浮かべて快諾する。

 

「助かる。待っていてくれ、すぐに取り分ける」

 ジェノがそう言って自分に背中を見せたのを確認し、メルエーナは口を開いた。

 

「ジェノさん。ひょっとして、そのアーモンドゼリーは、セリカ卿にお出しするものだったものですか?」

 こんな事は訊かない方がいいのかもしれない。けれど、メルエーナは嫌われることを覚悟で、敢えてそのことを尋ねた。

 

 ジェノの動きが止まる。そして、彼はしばらくの沈黙の後に口を開く。

 

「……さぁな。俺にもよく分からん。なんとなく、これを作っていた。あの時から、一度も作っていなかったんだが……」

 ジェノは振り向かずに言う。

 

「ジェノさん……」

 メルエーナが声を掛けても、ジェノは振り返らない。

 

「いや、おそらくお前の言うとおりだろう。俺は、サクリの母親に娘の好物を食べてもらうことで、救われたいと心のどこかで思っていたんだ、きっとな。まったく、自分の浅ましさが嫌になる……」

 自身への怒りのこもった言葉に、メルエーナは堪えられなくなり、ジェノの背中に縋り付く。

 

「……どうした、メルエーナ?」

「どうした、じゃあありません。それは私の台詞です。どうして、ジェノさんはそうやって自分を責め続けるんですか! ジェノさんは懸命にサクリさんを守ろうとしただけです。

 それなのにずっとその事で許せずに、自分を傷つけようとしています。そんなの、見ていられません!」

 メルエーナは感情を爆発させる。

 

「あのセリカ卿が悪いのではないんですか? 自分の生んだ子供に愛情の欠片さえ向けず、魔法の触媒にしたあの人が! ジェノさんに罪なんて、何も……」

 

 涙がこみ上げてくる。悲しくて。悔しくて。

 どうして、あんな親の資格もない女の人のせいで、ジェノさんが苦しまなければいけないのだと怒りを覚える。

 

「……優しいな、お前は。本当に……」

 ジェノは優しい声色でそう言ったが、更に言葉を続ける。

 

「だが、違うんだ。あのときは、頭に血が登って分からなくなっていたが、あのセリカという女は、わざと自分が俺達に恨まれるような態度を取ったんだ。行き場のない怒りの矛先を、自分に向けさせるために……」

「えっ……」

 メルエーナには、ジェノの言葉が信じられない。

 

「あの女は、冷徹なふりをしていただけだ。だから、店の中だということを忘れて、自分を痛めつけろと言った。セリカはあの時、冷静ではなかったんだ」

「そんなことだけでは分からないじゃあないですか! ジェノさんは優しすぎます!」

 メルエーナの指摘に、しかしジェノは「違う」と口にする。

 

「俺は優しくなんてない。ただ、サクリの手紙を読んで、自分の罪を誰かのせいにして逃げる訳にはいかないということに、ようやく気がついただけだ」

「……罪? 手紙で、サクリさんが何かジェノさんに文句を書いていたのですか?」

 信じられない。だって、サクリさんは笑顔でジェノさん達と別れたはずなのに。

 

「いや。何も文句は書かれていなかった。書かれていたのは、あの『聖女の村』での生活の事。そして、病状が次第に悪化してきたため、この手紙が届く頃には、自分はもうこの世にいないだろうという事。その上、最後は俺に対する感謝の言葉で〆られていた」

 ジェノの声は、ひどく重かった。

 

「……そんな。でも、サクリさんは、『聖女の村』についてすぐに……」

「ああ。儀式の触媒として殺された。だが、心配を掛けまいと、ありもしない未来の事柄を書いた。そして、この手紙は一年以上後に俺達の手元に届くようにしていたんだ。

 もう間もなく尽きる自分の人生の最後の時間を、自分のために使うべきそれを、俺達のためにサクリは使った。……使わせてしまったんだ……」

 

 ジェノの悲痛な声に、メルエーナはジェノの上着をきつく掴む。

 

「俺は、何も分かっていなかった。そして、無責任な言葉をサクリに言い、さらなる負担を強いてしまった。これが、罪でなければなんだというんだ……」

 

 ジェノの言葉は感情の吐露だった。

 答えが返ってくることを期待したものではなかった。だが、

 

「違います。それは『罪』ではありません。『優しさ』です」

 

 メルエーナははっきりとそう口にする。

 

「……どういうことだ?」

「言葉通りです。ジェノさんのサクリさんへの行動は、『優しさ』です。そして、ジェノさんに送られたその手紙の内容も、『罪』ではなく、『優しさ』です」

 

 メルエーナは静かにジェノの背中から離れる。

 すると、ジェノが振り返り、メルエーナの方を見る。

 

「ジェノさん。誰のせいにもできない事柄だからといって、自分を責め続けるのは間違っています。なぜなら、その行為は、サクリさんの『優しさ』を踏みにじることに他ならないからです」

「…………」

 ジェノは何も言わずに、ただメルエーナの言葉を待つ。

 

「サクリさんが最後に残した手紙は、ジェノさん達を心配させないようにとの優しい気持ちから書かれたものです。

 結果として、ジェノさん達はあの『聖女の村』での真実を知ってしまっているので、やるせなく思い、それを『罪』にして自分を責めようとするのだと思います。ですが、サクリさんはそんな事を望んでいません」

 

「……どうして、お前に分かるんだ?」

「簡単です。私も彼女も、『女』だからです」

 ジェノの問に、メルエーナは表情一つ変えずに答える。

 

「馬鹿な。そんな事が理由に……」

「なりますよ。男の人には分からないでしょうが」

 メルエーナは断言し、話を続ける。

 

「サクリさんは、その手紙を書いているとき、幸せだったんです。だって、最後に手紙を残せる、自分の生きた証を渡せる人がいたのですから。

 大切な友人を二人も失い、絶望して死を望んでいたサクリさんが、そのような気持ちになれた理由がわかりますか? 

 それは、ジェノさん達と出会えたからです。最後の時間を使ってでも、今後を気遣いたいと思えるほどの人に出会えたからです」

 

 メルエーナはそこまで言うと、にっこり微笑んだ。

 

「サクリさんとは笑顔でお別れしたんですよね? もしもサクリさんがジェノさんのことを少しでも恨んでいたのならば、笑顔でのお別れなんてできなかったはずです」

 

 これが、無理のある説得だというのは分かっている。

 今話した事柄がサクリさんの真意なのかは分からない。自分は、一度もサクリさんに出会ったことがないのだから。

 

 だから、先の事件のときに話題になった、男女の思考の違いを利用した。

 自分とサクリの唯一の共通点であり、決してジェノには分からない、『女』という事柄を盾にしたのだ。

 

 でも、本当に、彼女は幸せだったと思うのだ。

 なぜなら、きっと彼女も、ジェノさんのことを……。

 

「……そうだな。サクリは、俺達のことを気遣って手紙を残してくれた。そのはずだ」

 ジェノはそう言うと、口元を緩めた。

 

「温くなってしまうな。すぐに取り分ける」

 そう言うと、ジェノはアーモンドゼリーを別の器に盛り付ける。

 そして、それをいつものテーブルに運んで、二人で少し多めのゼリーを食べた。

 

「美味しいです」

 メルエーナは笑顔を浮かべる。

 そんなメルエーナに、ジェノは珍しく微笑んだ。

 

「……ありがとう、メルエーナ」

 その優しくもどこか悲しい響きに、メルエーナは自分の嘘をジェノが分かっていることに気づく。

 

 だが、彼女は笑みを絶やさない。

 大切な、大好きな人の笑顔のために、メルエーナは微笑むのだった。

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