彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉝ 『友達』

 リニアは先程までとは異なり、不敵な笑みを浮かべている。

 傷は完全にふさがり、肩の血の跡が方とドレスに付着しているのみだ。

 

「馬鹿な……。すでに精魂が尽きていたはず……」

 男の驚愕の声は、まさしくジェノが抱いていた感想だった。

 

「貴方に手の内を明かしてやる義理はないわ。それに、知ったところで、誰にも話すことは出来ないでしょう?」

 リニアはその言葉とともに、男に向かって突進する。

 坂道を駆けているのに、その速度は狼達にも劣らない。

 

「くっ!」

 男は、出現させていた狼全てを襲いかからせる。

 けれどリニアの目にも留まらぬ剣撃が、瞬時にそれらと変化した紙を斬り裂いて消滅させていく。

 

 あっという間に距離は詰められ、男はさらなる狼を作り出そうと、懐に手を入れて紙を取り出そうとしたが、それはあまりにも遅かった。

 

 懐に入れた男の右腕は、肩の付け根辺りから、胴体と切り離されたのだ。

 

 痛みを感じるよりも早くに切り落とされたのだろう。

 男は、何が起こったのか理解も出来なかったはずだ。そして、それを理解するよりも先に、今度は反対の腕が切り落とされた。

 

「たしか、私の生徒の手足を引きちぎって、苦しめて殺すとか言っていたわよね?」

「くそっ!」

 全ての狼を失い、男はリニアを睨みつけることしか出来ない。

 だが、すぐさま両足を切断され、うつ伏せに倒された男は、それさえも不可能になる。

 

「うっ、あっ……」

 手足を奪われた男に立ち上がる術はない。

 男は土を齧りながら、絶望する。

 

「俺が……、女に負けるとは……」

「最後の言葉にしては、お粗末ね」

 

 リニアは背中から男の心臓を剣で突き刺す。

 その一撃で、男は絶命した。

 

「これで、本当に終わりだといいのだけれどね」

 リニアは剣を引き抜き、振って血を払うと、静かに鞘に収めた。

 

「先生……」

 ジェノが声をかけると、リニアは笑顔で山道を下ってくる。

 

「ごめんね、ジェノ。心配させてしまって。でも、相手の油断を誘うには、これしか方法がなかっ……」

「先生!」

 ジェノはリニアに駆け寄ると、彼女が言葉を言い切る前に抱きついた。

 

「僕、先生が死んでしまうと思った。……ロウみたいに、先生まで……」

「……そうよね。ごめんなさい。心配させてしまって」

 リニアはジェノの頭を優しく撫でる。

 

「リニア殿。いったい貴女は何をしたのですか? それと、先程のジェノ君の発言は……」

 ローソルは、ダンの事をロディとカールにまかせて、リニア達の元にやってきて尋ねてきた。

 

「ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。休憩がてら、そのあたりのことはお話しさせて頂きます」

 

 

 

 

 

 

 道の端に腰をおろし、休憩をする。

 

 やがて意識を失っていたダンが途中で目を覚まし、不甲斐なさを謝ってきたが、リニアは「いいえ。ダンさんがおられなければ、子ども達が危なかったです」と笑顔を返す。

 

「先生……。ダンさんが目を覚ましたら、話してくれる約束だったよね」

「ええ、そうね」

 リニアは隣に座るジェノの頭を撫でると、みんなに襲撃者の事を話し始めた。

 

「まずは、皆様にお詫びしなければいけないことがあります。私は、この誕生会でおそらく襲撃があるであろうことは予測していました」

 リニアは一人立ち上がると、皆に頭を下げる。

 

「襲撃を予想していた?」

「すると、ジェノ君が言っていたように、この襲撃は彼を狙ったものだと?」

 

 皆の視線が、ジェノに集まる。

 けれど、ジェノは目を背けない。先生の言いつけを破ったのは自分だ。これは、自分が受けなければいけない罰なのだから。

 

「半年ほど前から、この子を、ジェノを狙った襲撃が頻発しておりました。私は隠れてこの子を悪漢の手から守って来ましたが、その事に業を煮やした連中が、この人目の少ない別荘へ行く機会を見逃すはずがないと思っていたのです」

 リニアは当たり前のように言うが、ジェノはリニアに守られていたことなどまるで気づいていなかった。

 どれだけ自分が先生に迷惑を掛けていたのかを理解していなかった。

 

「なんと、それは……」

 ローソルが苦い顔をする。ダンも同じだ。

 

「言い訳にもならないことは承知ですが、私はこの子の母親代わりである方と何度も相談をし、今回の誕生会への出席を取りやめさせて頂けるよう、マリアちゃんの家にお伺いを立てましたが、あいにく受け入れて頂けませんでした。

 誘いを拒否するのは認めないとの一点張りで、なんとか帯剣を認めて頂くのがやっとでした」

 この話も初めて知らされることだ。

 先生とペントが、自分のために頑張っていてくれたことを、ジェノは知らなかった。

 

「この子が自分が狙われている事を知ったのも、今日の話です。私がそれまで秘密にしておりましたので。ですので、この子に罪はございません。全ては、私の至らなさが原因です。どうか、糾弾は私にお願い致します」

 リニアはもう一度頭を下げた。

 

「違うよ! 悪いのは僕だよ!」

 ジェノは我慢ができずに立ち上がる。

 

「ごめんなさい。僕のせいで、皆さんに怪我をさせて、怖い思いをさせてしまって。そして、たくさんの人や馬も犠牲になってしまって。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」 

 ジェノは頭を下げて、友人とその護衛達、そしてリニアに謝罪する。

 

「僕がいなければ、こんなことにはならなかったのに……」

「ジェノ! 馬鹿なこと言うなよ!」

 それまで黙っていたロディが、大声で言う。

 

「悪いのは、あの狼を使っていた奴らだろうが!」

「そっ、そうだよ! それに、お前は一生懸命みんなを守ろうとしたじゃあないか。僕は怖くて震えていたのに、お前は剣を抜いて、頑張って……」

 カールもロディに賛同する。

 

「ロディ……。カール……」

 ジェノには、二人のその言葉がとても嬉しかった。涙が出そうになるくらいに。

 

「……ローソル殿。もしもジェノ君を虐めたら、我々は雇い主に嫌われて、職を失うかもしれませんよ」

 ダンは苦笑し、少しおどけた声で言う。

 すると、ローソルも小さく嘆息し、苦笑する。

 

「カール様。我々は、マリア嬢の誕生会で、狼のようなものを操る謎の襲撃者に襲われました。そして、救援を求めるために、リニア殿とダン殿。そして、ロディ君とジェノ君を加えた六人で、襲撃者を逆に撃退し、救援にも成功した。……というのが、今回の事件の結末です。よろしいですかな?」

 ローソルがそう告げると、カールは「うん。そう父上達に話そう」と笑顔で頷く。

 

「皆さん、ですがそれでは……」

 リニアが口を挟もうとしたが、ダンが「いえいえ。ここはそういう話にしておきましょう」とそれを遮る。

 

「リニア殿は、その襲撃者に心当たりがあるようですが、一介の護衛風情が聞いていい話ではないでしょう? それに、聞いたところで、我々に不利益こそあれ、利益はなさそうだ」

「ええ。余計なことに首を突っ込まない。それが、護衛なんてものをやっている人間の処世術なのですよ」

 ダンとローソルはそう言って笑みを浮かべる。

 

「でも、それじゃあ……」

「いいんだよ! 俺達で悪い奴らをやっつけたって話だ。話を難しくするなよ」

 そう言ってロディは、バンバンとジェノの背中を叩く。

 

「ただ、怪我をして、疲労困憊だったリニア殿が完全復活したのは気になりますな」

 さらに、ダンがそう言って話題を変える。

 

「あっ、それは僕も気になります」

 それにカールが乗っかり、話は完全にそちらに移った。

 

「むぅ。そこまで求められては仕方ありません。乙女の秘密ですが、特別にお教えしましょう! ただ、長くなるので歩きながらにしましょう。山を降りなければいけないのですから」

「そうですね。そろそろ出発しましょう」

 ローソルも同意し、皆が立ち上がる。

 

「ジェノ。いいお友達を持ったわね」

 リニアは隣に立つジェノの頭を優しく撫でる。

 

「……うん」

 ジェノはそれに満面の笑顔を返すのだった。

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