彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑭ 『幼子』

 幸い、というべきなのだろうか?

 今日のまかないとしてジェノが作ってくれたのは、海老のグラタンだった。

 

 子供にも人気のある料理なので、オーリンが連れてきた子供も、そしてオーリン自身も本当に美味しそうに熱々のグラタンを頬張り、満面の笑みを浮かべる。

 

「すまない。すぐに代わりを作る」

 自分とメルエーナのまかないを、突然の来訪者に出してしまったことを謝るジェノ。だが、メルエーナは気にしないでくださいと言って微笑む。

 

「ジェノさんはお話をして下さい。私がなにか作りますから」

 さらにそう提案したが、ジェノは首を横に振る。

 

「どうせ食べ終わるまで時間がかかるだろう。少し多めに作ったから、もう一人分はある。あとは焼くだけだから、それほど時間はかからない。待っていてくれ」

 きっとそれは外出しているバルネアさんの分だったのだろう。だが、ここで意固地に断っては気遣ってくれたジェノに悪いと思い、メルエーナは「はい」と頷いた。

 

 ジェノは「すぐに作る」と言って厨房に戻っていく。

 

「おお。それなら、嬢ちゃん……え~と、たしかメルエーナだったな」

「えっ、はい。メルエーナと申します」

 

 まさか自分の名前を初対面のオーリンが知っているとは思わず、少し驚いたが、メルエーナは笑顔で再度挨拶をする。

 

「うんうん。わしはオーリンという。この街の冒険者ギルドの最高責任者で、ジェノの上役と言ったところだ。そして、この坊主はコウという名前だ」

 

 ジェノ達が所属している冒険者ギルドというものの事をよく知らなかったメルエーナだったが、オーリンの説明で、ようやくこの初老の男性とジェノの関係が理解できた。

 

「ところで、さきほど言いかけたことなんだが……」

「はい」

「これからジェノの奴に、この坊主の依頼を説明しなければいけないんだが、よければお嬢ちゃんもそれに参加してくれないか?」

 

 あまりにも突然の申し出に、メルエーナは再び驚く。

 

「いや、何もなにか発言をしてほしいということではない。ただ、わしもサポートはするが、ジェノと一対一では、この坊主が萎縮してしまうのではないかと心配でな。ほらっ、あいつは無愛想この上ないからな」

 芝居めいた口調で、「まったく困ったもんだ」と言って笑うオーリン。

 

 その笑顔がとても柔らかく、心安い雰囲気のものだったので、メルエーナはついつられて笑ってしまった。

 

「なぁ、坊主。この優しいお姉さんが一緒に話を聞いてくれたほうが、お前さんも話しやすいだろう?」

 グラタンに夢中になっていた少年――コウは、フォークを置いて少し考えていたが、やがて小さく頷いた。

 

「というわけだ。申し訳ないが頼まれてくれないか?」

 オーリンの申し出に、メルエーナは二つ返事で「はい」と頷いた。

 

 もちろん、この幼い男の子のためになりたいと言う気持ちもあった。だが、それと同じくらいに、自分の知らないジェノの仕事を知りたいという好奇心も刺激されたのだ。

 

「感謝する。ありがとう、メルエーナ」

 オーリンは礼の言葉を口にすると、食事を再開する。そして、本当に美味しそうな顔で料理に舌鼓を打っていた。

 

 

「待たせたな」

 少し時間をおいて、ジェノがメルエーナの分のグラタンを運んできた。

 

 だが、そんな彼に、メルエーナは自分の顔の前に右手の人差指を置いて、静かにしてくれるようにジェスチャーで伝える。

 グラタンを綺麗に完食したコウは、ジェノを待っている間に、睡魔に負けて眠ってしまったのだ。

 

 酷く憔悴していたのが顔色で分かっていたメルエーナは、奥に行ってタオルを持ってきて、彼に掛けて上げた。

 

「疲れたんだろうな。まぁ、子供の足では、北区から冒険者ギルドまではかなり距離がある。無理もないだろう」

 オーリンは穏やかに寝息をたてるコウに、好々爺然とした優しい笑みを向ける。

 

 寝付いたコウを起こさないようにと、メルエーナ達はテーブルを移すことにする。

 そしてジェノとオーリンは向かい合って座り、コウが起きてくるまでの間に情報交換を始めようとしたのだが……。

 

「ああ、構わんから、嬢ちゃんも一緒に座ってくれ。食べながらでいいから話を聞いて欲しいんだ」

 メルエーナはジェノが作ってくれたグラタンを受け取って、奥に引っ込もうとしたのだが、オーリンにそう言われてしまったので、無作法だと思いながらも食事をしながら話を聞くことにする。

 

「メルエーナまで巻き込まないでくれ。彼女はギルドとは無関係なんだぞ」

「ああ、それはすまないと思っている。事が済んだら、お嬢ちゃんにも詫びはするから許してくれ」

 オーリンの言葉に、ジェノは嘆息する。どうやら本当に彼はこのオーリンが苦手なようだ。

 

「それで、俺に紹介する仕事というのはいったいなんなんですか?」

「ああ。まず、あの坊主の名前はコウという。そして……」

 

 ようやく話の本題に入ろうとしたそのときだった。

 

「うっ……あっ、あっ……」

 静かな寝息を立てていたコウが、突然うなされだしたのは。

 

 怖い夢でも見てしまっているのだろうか? そう考えたメルエーナだったが、コウの苦悶の声は次第に大きくなっていく。

 

「あっ、あああああああああっ! くっ、来るな! 来るなぁぁぁっ!」

 

 やがてそれは絶叫に変わり、メルエーナは慌ててコウのもとに駆け寄って、彼を抱きしめて宥める。だが、コウは半狂乱になりながら手足を動かして抵抗する。

 

「大丈夫。大丈夫よ、コウくん」

 メルエーナはコウに顔や体を殴打されながらも、決して手を離さなかった。

 しばらくの間コウは暴れていたが、やがて目を開いて覚醒すると、次第に落ち着きを取り戻していった。

 

「……あっ、ああ。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 コウは自分がメルエーナに抱きしめられていることに気づいたのか、涙で顔を濡らしながらメルエーナに謝罪する。

 

「大丈夫よ。謝らなくてもいいの。怖い夢を見たのね……」

 メルエーナはコウの顔を胸に抱き、彼の頭と背中を優しく撫でてあやしていく。

 

「オーリンさん。一体この子は?」

 少し怒気を含んだジェノの問に、オーリンは静かに答えた。

 

 この坊主は、今起こっている通り魔事件の、最初の被害者の息子だ、と。

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