彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉞ 『帰路にて』

 もう、夜の帳が落ちそうになっている。

 けれど、何台もの馬車が多くの護衛と松明に囲まれているので、進む速度は遅いものの、比較的安全に街まで行くことができるだろう。

 

 

 狼使いを撃退してからというもの、襲撃はなかった。

 ジェノ達は山を降りて、セインラースの街に向かおうとしたが、主人の帰りが遅い事を心配し、マリアの家臣が走らせる馬車と遭遇することが出来た。

 

 リニアは彼らに状況を説明し、同行している護衛の人間も当然騎乗していたので、彼らの一人に今後の手配を頼み、一足先に街に戻って新たな馬車を用意してもらうことにしたのだ。

 

 また、馬車は大きめの六人乗りのものであり、乗っていたのは一人だったので、ローソルが空いていた御者の席の片側に移動し、ジェノ達は馬車に乗せてもらって再び別荘に戻った。

 

 歩いて下る時はあれほど苦労したと言うのに、あっという間に馬車はジェノ達を別荘まで送り届けてくれた。

 そして任務を達成した旨を、ジュダン=レーナス侯に報告し、それから救援に来た新しい馬車に乗って、高位の貴族達から順番に下山していった。

 

 最後尾は主催者であるマリアの父達が乗る馬車が。ジェノ達は最後から二番目だ。

 けれど、ジェノは一番の功労者であるリニアと一緒であったため、多くのものが相席をする中、小さな馬車とはいえ、師弟二人だけで乗せてもらうことが出来た。

 

 そのため、ロディとカール達とは別荘で分かれた。

 そして、別荘では、何故かマリアの姿を見つけることが出来なかった。

 

 けれど、ジェノは疲れ切っていた。

 だからマリアには、明日以降にまた会って話せばいい。

 そう思っていた。

 

 それに、今は何より……。

 

「先生……」

 馬車に乗ってからというもの、無言だったジェノが口を開いた。

 

「んっ? どうしたの?」

 向かいの席に座るリニアは、笑顔で尋ね返してくる。

 

「僕は、先生みたいにはなれないんですか? いくら努力しても……」

「……そうね。私とまったく同じには、なれないわ」

 リニアははっきりとそう言いきった。

 

「それは、僕が、先生みたいな魔法使いになれないから?」

「うん。こればっかりは生まれ持った才能だからね。それと、私は魔法使いではなくて魔術師よ。似ているようで、その二つは違うものなの」

 リニアの言葉に、ジェノはがっくりと肩を落とす。

 

 先の狼との戦いの最中、リニアは傷を負い、体力を使い果たして倒れた。けれど、狼を操る人間が出てきた途端、彼女は瞬時に傷を癒やし、体力を回復させたことが不思議でならなかった。

 それは、ジェノと一緒に戦ったロディ達も同じで、リニアに説明を求めたところ、彼女は自分が魔術師であることを明かしたのだ。

 

「……でもね、ジェノ。私が魔術を使ったのは今回だけ。それも癒やしの魔術だけ。それ以外は全て、修練を重ねた剣技なのよ」

「はい。それは分かっています。けれど……」

 ジェノにとって、リニアはいつの間にか自分の憧れる姿になっていた。

 

 先生のような剣士になりたい。

 その気持ちがどんどん膨らんでいき、それが目標になっていた。

 

 だから、ジェノは努力すれば自分も同じことができるようになるのか尋ねた。だが、リニアの答えは、否だったのだ。

 

 自分では、決してリニアのようにはなれない。

 それが、たまらなく辛かった。

 

「……魔術の力を使えないのが悔しい?」

「はい。魔術というものが使えないと、先生のようには……」

 ジェノは素直な気持ちを吐露する。

 

「そっか……。うん。その気持ちはよく分かるわ」

「でも、先生は!」

 つい大声になってしまったジェノは、唇の前に人差し指を置くジェスチャーをして苦笑するリニアに無言で窘められてしまう。

 

「私は確かに癒やしの魔術を使えるわ。でも、下山の時に話したように、この一つしか使えないし、自分の体にしか使えないの。だから、これを身に着けて、魔法攻撃から身を守るようにしているの」

 リニアがそう言って指差したのは、ロディたちから返してもらったイヤリングだ。

 

「今回みたいに、この癒やしの術に救われたこともあるわ。でも、私は他人にも使える癒やしの魔術がほしいと何度も思い続けてきた。

 そうであれば、助けられた命がいくつもあったのにと、神様を恨んだわ」

 リニアは目を閉じ、少しの沈黙の後、口を開く。

 

「今回だってそう。私が他人に掛けられる癒やしの魔術を使えたら、ダンさんの傷を治すことも出来た。それに、なにより……」

 そこまで言うと、リニアは膝の上においていた拳を握りしめた。

 

「私が魔術師ではなく、いくつもの力を使いこなせる魔法使いであれば、自分が精魂尽きて倒れた芝居をし、貴方達を囮にして、狼達を操っている人間を探すなんて危険な手段を取らずに済んだのにって、悔しくて仕方がなかった……」

「……先生……」

 悔しさを顕にするリニアに、ジェノはなんと声をかけていいのか分からない。

 

「ジェノ……。結局、他人が羨む力を手に入れても、人間て強欲だから、もっと強い力がほしいと願うようになるの。だから、その気持ちは決してなくならないの。けれど、人間には限界がある。悔しいけれどね」

 そこまで話すと、ふぅっと小さく息を吐き、リニアは微笑む。

 

「でもね、ジェノ。私と同じ悩みを抱くのはまだまだ早いわよ。まずは、私と同じだけの剣技を身に着けてみなさい。

 剣技一つでも、救える命もある。そして、それを更に極めれば、新しい道も拓けるかもしれないわ」

 リニアの笑顔にジェノも少しだけ頬を緩める。

 だが、それも僅かな間のこと。

 

「はい。僕、先生のような剣技を身に着けられるように頑張ります。そうすれば、これ以上、先生や他の人達に迷惑を掛けないで済むようになれると思うから……」

 ジェノは、今日、目の前で失われてしまった命を悼み、自分の不甲斐なさを責める。

 

「ジェノ、それは違うわ」

「違わないよ。だって、僕のせいでたくさんの命が奪われてしまったんだから。それに、先生にもずっと大変なことをさせてしまっていたんだから……」

 ジェノは顔を俯ける。

 だが、不意に体を引っ張られ、心地いい温もりに包まれた。

 

「ごめんなさい。貴方が狙われていることを話したから……」

 リニアが、ジェノを自分の席に引き寄せて、抱きしめたのだ。

 

「ううん。先生は間違っていないよ。もしも最初に聞いていなかったら、僕はきっと戸惑うばかりで、何も出来なかったはずだもの」

「いいのよ、それで。貴方は子どもなんだから。それで良かったの。それなのに、私が余計なことを……。本当にごめんなさい」

 リニアの謝罪に、ジェノは「謝らないで。先生のおかげで、僕は大切な友達とダンさんとローソルさんを失わなくて済んだんだから」と言って微笑む。

 

 そして、子供らしからぬ悟ったような表情で、

 

「……先生。一つだけ正直に答えて。僕を攫おうとしている人って……僕のお父さんなんだよね?」

 

 そうリニアに問いかけるのだった。

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