彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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プレリュード
① 『それは、語られていなかった物語』


 氷だった。

 その日の夕方、シュゼン王国の謁見の間は、氷に包まれた。

 

 それは謁見の間に他の者が入れないようにするための手段であり、余計な犠牲を出さないための配慮でもあった。

 

 だが、謁見の間は、すでに多くの人間が絶命させられていた。

 

 多くの命を奪ったその力は、何十の鋭利な氷の槍を自由に操る力。

 そしてその槍は、最後に生き残った罪人の男を貫かんと、それを作り出した銀髪の少女の指示を待っている。

 

 十五、六程度の美しい少女に凄まれて、最後の生き残りである中年男は失禁し、何度も頭を下げて命だけは助けて欲しいと懇願する。

 

「ガブーラン、でしたね。この国、シュゼン王国の国王にして、あの力を弄んだ張本人」

 少女は罪状を読み上げる。その姿が、実年齢以上に少女を大人びてみせる。

 可愛らしいという言葉よりも、美しいという言葉が似合うのはそのためだ。

 

 銀色の長い髪は美しく、若さにあふれる瑞々しい肢体が、実年齢以上の色気を醸し出す。けれど、彼女はただの少女ではない。

 

 懸命に命乞いをするこの哀れな国王の側近であった勇猛な騎士五人と、お抱えの魔法使い一人を、すでに彼女は氷の槍を操って殺しているのだから。

 

「あの力を弄ぶことが、どれほど罪深いことか、貴方には分かっているのですか?」

 言葉こそ丁寧だが、少女の顔に怒りの表情が浮かぶ。

 

「なっ、何者なのだ、お前は! その左右で色の違う瞳は、いったい……」

 

 美しさ以上に目を奪われるのは、少女の瞳だ。

 左右の瞳の色が違う人間など稀有な存在だ。

 そして、左目は茶色のごく普通の瞳に思えるが、右目は明らかに異質な輝きを宿している。

 

「誰が、質問を許可したのですか?」

「まっ、待って、待ってくれ! わっ、我は……」

 少女の右目が、ライトブルーの瞳が輝いた瞬間、空中に停止していた槍の一本が、ガブーランの右肩に突き刺さった。

 

 ガブーランは悲鳴を上げ、痛みに悶える。

 

「ぐぅ、うううっ……。なっ、何故、抗魔力のアミュレットが効かない……」

 首にかけられた宝石を確認し、ガブーランはそれがまるで作動していないことに気づく。

 どんな魔法からでも身を守ると言われて、彼は肌見放さず持ち続けていたのに。

 

「本当に貴方は、あの力のことをまるで理解していなかったようですね。まぁ、それが嘘でも、どちらにしろ貴方は私に殺されるしかないのだけれど」

 少女は彼女自身が操る氷以上に冷たい視線をガブーランに向ける。

 

「ただ、私がこれからする三つの質問に答えるのであれば、命だけは助けて上げましょう。貴方は、これから私がする質問の答えだけを口にしなさい」

 少女の言葉に、ガブーランはコクコクと首を縦に振る。

 

「一つ目の質問は、貴方は誰から<霧>を提供されたか。答えなさい」

 少女の命令にガブーランは答える。

 だが、すでに絶命した魔法使いの男が知己より手に入れたと言って、紹介されたということしか分からなかった。

 

「二つ目の質問は、貴方が<霧>の研究を取りやめたのは、それを取り込んだ人間が、誰一人として人間の姿を保てずに、化け物になってしまったからで間違いないかしら? ただ一人の成功者もいなかったということね?」

 ガブーランは何度も首を縦に振る。

 

「最後の質問は、聖女と呼ばれたジューナという女性が使った禁呪について。それに関わる資料を貴方達は持っているか答えなさい」

 少女の問に、ガブーランは、「そのようなものは無い」と答えた。

 

「そう。それならば、あの事件の主要人物で唯一生き残っている、ナターシャという女を問い詰めるしか無いみたいね」

 少女はそう結論づけると、媚びへつらうような視線を向けている惨めな男を一瞥し、そこに全ての氷の槍を飛ばして突き刺した。

 

 はじめから少女は、ガブーランを助けるつもりなどなかったのだ。

 

「ジューナの故郷に撒かれた<霧>は、やっぱり……」

 今まで無表情だった少女は、そう呟くと苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「仕方がない。これ以上広がってしまったら、余計にあの人を……」

 血を吐くような気持ちで、少女はいつもの方法で<霧>を除去するしか無いという結論に達する。

 

 もしも、聖女ジューナが使った禁呪とやらが分かれば、子ども数名と術者の命程度で済むはずだったのに。

 

「……どういうこと?」

 少女はそこでようやく違和感に気がついた。

 殺したものだと思って氷を全て消したのだが、あるべき場所にガブーランの死体がなかったのだ。

 

「変わった魔法だねぇ。まさかこの俺に解呪できない魔法があるとは思わなかった。いや、魔法ではない力と考えたほうが良さそうだな」

 薄茶色の髪のにやけた笑みを浮かべた同い年くらいの男が、いつの間にか少女の近くに立っていた。そして、彼の近くには、殺したはずのガブーランが床の上で気絶している。

 

「どうやって、この部屋に入って……。いえ、そうですか。貴方も魔法使いですか」

「ああ、どうやら同業者のようだな。俺の名はリット。お嬢さん、良ければ名をお伺いしても?」

「……ビレリア」

 少女は端的に名を名乗る。

 

「おお、教えてくれるんだ」

「それで、貴方と余計な争いにならないのであれば、名を告げるくらい安いものでしょう」

「……なるほどね。相手の実力を分かるくらいの腕はあると。まぁ、そうは言いながらも、この天才魔法使いを前にしても、自分が勝つつもりなのは少し腹立たしいが、特にあんたを殺さなければいけない理由はないんでね。いいぜ、見逃してやるよ」

 リットと名乗った男は、あからさまに挑発をしてきたが、ビレリアはそれに乗るつもりはない。

 

「そうですか。私の用件は済みました。貴方がその男をどうしようが貴方の自由。私は、帰らせて頂きます」

「ああ、いいぜ。安心しろ、きちんと殺しておくさ。あんたに殺されたほうがマシだったと思える方法でな」

 リットが言葉を言い終えると、ビレリアは<転移>の魔法を使い、謁見の間から姿を消した。

 

 あの男が、ガブーランという名の大罪人が、どのような死に方をしようが、ビレリアには興味はないのだから。

 

 だが、ビレリアは思いもしなかった。

 このリットと名乗った男の仲間が、聖女ジューナの愛弟子をすべて殺したため、<霧>を消す禁呪を再現することができなくなったことを。

 

 そして、その人物こそが、やがて<霧>に対抗する術を持つただ一人の人間となることを。

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