彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑥ 『特殊な魔法使い』

 夕食を食べた後、セレクトはマリアの護衛隊長のグンスと最後の打ち合わせをした。

 

 グンスはもう初老の域の男性だったが、セレクトの提案を快く受け入れてくれた。

 なんでも、彼も嫌な予感が胸から離れないのらしい。

 

 護衛の配置は全て彼に任せて、セレクトは屋敷の一階の踊り場で一人待機する。

 ここが一番、どのような事態にも対応がしやすい。

 

 マリアは自室で待機をしてもらい、彼女の護衛には、護衛隊の中でも腕利きのものが二人付いている。相手が武器での戦いを挑んでくるのであれば、彼らに任せておけば大丈夫だろう。

 

 ただ問題は、魔法を使う人間が相手にいるかどうか……。

 

 セレクトも魔法使いの端くれだ。魔法の恐ろしさはよく分かっている。

 一応、魔法使い相手用に、自分が考え得る最大の対抗手段を用意した。だが、効果が絶大である反面、その仕掛けに気づかれてしまうと、あっという間に破られてしまう物に過ぎない。

 

 相手の規模が分からない。目的も分からない。分かるのは、今晩、多くの命が失われるであろうということだけ。そして、きっとまた自分だけが……。

 

 そこまで考えたところで、セレクトは頭を振る。

 そんなことはさせない。自分の命に代えても、お嬢様とメイ達を、みんなを救ってみせる。

 

 相手にこちらが準備万端で待ち構えていることを悟られないように、明かりも普段と同じ最低限度のものしか点けていない。

 だが、各部屋に待機するみんなには、火種とランプを持たせてある。いざという時には、それを点けてもらい対応する。

 

「無防備に見えるはずだ。……頼むから、全員でこの屋敷に侵入してこい。一人でも頭が切れる者が待機してことの成り行きを見ていたら、私の立てた作戦はあっという間に見抜かれてしまう」

 

 セレクトは忙しなく鼓動する心臓の音を感じながら、踊り場の壁に背中を預けていた。

 そんな状態で、一時間が過ぎようとした頃。そう、時計の針が、夜の八時を指した頃に、それは起こった。

 

「グンスさん! 東門側から侵入者が三人。西門側から二人。正面からは五人が入ってきました!」

 セレクトは、自分がグンスに渡した<お守り>と呼称している魔力を通した石に向けて、声を飛ばす。

 

「正面は恐らくは陽動部隊。東門と西門からの侵入者の動きを逐次伝えていきますので、対応をお願いします」

 

『了解した!』

 今この場にいないグンスの声が、セレクトの頭に直接響いてくる。

 

 セレクトはその返事を聞き、今度は館で働く執事や侍女達の持つ<お守り>に声を飛ばす。

 

「皆さん、敵は西門と東門から侵入してきました。まだ距離があるので、慌てなくても大丈夫ですから、私のいる踊り場まで避難をして下さい」

 

『はっ、はい! 了解しました!』

『分かりました!』

 

 その返事を確認し、セレクトは頭の中でこの屋敷の敷地の地図を正確に脳内に広げて、リアルタイムで相手の動きを捉えていく。

 

 この手腕だけを見るのであれば、セレクトは凄腕の魔法使いである様に思える。いや、事実そうではあるのだが、彼の魔法は非常に特殊なものだ。

 

 彼が今、この屋敷の人間と会話を交わしたのは、事前に自らの魔力を通した石――<お守り>を介しての魔法だった。

 この<お守り>を介さなければ、セレクトは殆どの魔法を発現させることが出来ないのだ。

 

 その反面、彼は自分の魔力で管理できる範囲であれば、<お守り>がどこにあるのかを認識し、個別にそこに魔法を発現させることができるし、普通の魔法使いほどその維持に魔力を消費しない。

 

 そして今回、侵入者の存在を捉えたのは、敷地内の要所に埋め込まれた<お守り>のおかげだ。

 彼はそれらに<感知>の魔法を発現させ、相手の動向を感覚として認識している。

 

「グンスさん、東門から侵入した連中が、噴水近くにまもなく到着します。なんとかそれを抑えて下さい」

『了解した』

「相手が魔法使いだと判断した場合は、私に連絡を! そして、後は私の指示に従って下さい」

『了解! これより応戦する!』

 

 <感知>した侵入者三人と、グンスの部隊が交戦したことを把握し、セレクトは一旦、その情報に割く脳のキャパシティを他に回すことにする。

 

 計十人の侵入者が今どこにいるのかをセレクトは理解している。しかし、その全ての情報を捌くには、一人では難しい。

 だから、交戦が始まった箇所は、仲間を信じて任せることにし、他の部隊に<お守り>を介して指示を飛ばす。

 

 その結果、西門からの侵入者も護衛の別動隊が接敵し、交戦が始まった。

 さらに、正面の大人数の敵も正門を超えたところで、護衛隊と交戦し始めている。

 

 セレクトは仲間に侵入者のことを任せ、一旦すべての情報をカットし、もう一度、交戦が始まっていない場所に設置した、敷地全体の<お守り>に意識を集中する。

 

 今の侵入者全てが囮だった場合を危惧しての行動だった。

 

 できれば、これで終わって欲しい。

 杞憂であって欲しい。

 

 だが、得てして悪い予感というものは当たるものだ。

 

「……魔法使いが三人か……」

 魔法を使って正面から空を飛んで近づいてくる者をセレクトは感知した。

 

 すぐにでも罠を発動させるべきなのだが、あれは一度きりのもの。さらなる後続部隊が居た場合には、もう役に立たない。

 

 それに、空を飛んでいる奴らの『高さ』が問題だ。これでは必殺にならない。

 

 いろいろと不安要素はあるが、すでに飛行してくる者たちは、正門から屋敷まで半分ほどの距離に近づいてしまう。

 セレクトは、そこが限界だと判断し、罠を発動させた。

 

 事前に設置した庭に埋めておいた<お守り>が一斉に輝き出す。

 これはそこにセレクトの魔法の要が置かれていると周知しているのと同義だ。

 だが、それをしてでも代えがたい効果がこの敷地を包み込む。

 

 この瞬間、この敷地及び領空、土中を含めて、セレクト以外は魔法が一切使えなくなった。

 

 セレクトの最大の罠である、対魔法封じの<結界>と呼ばれる範囲指定魔法が発動したのだった。

 

 空を飛んでいた連中も魔法が使えなくなり、地面に墜落したのを確認した。

 だが、まだ生きているのが分かる。

 やはりあの高度からの落下程度では、致命傷にはならなかったようだ。

 

「だが、今が千載一遇のチャンス!」

 セレクトは駆け出し、懐に忍ばせておいた<お守り>に<光>の魔法を発現させ、屋敷を出て魔法使い三人が落下した箇所に向かう。

 

 一人で三人の魔法使いと相対する。

 普通であれば自殺行為であるが、今、奴らは魔法を使えない。それならば、このチャンスを無駄にすることは出来ない。

 

「そこの三人! ここがエルマイラム侯爵、レーナス侯の別宅と知っての狼藉か!」

 目的の場所にたどり着いたセレクトは、侵入者三人の姿を見て驚きながらも、はっきりとした声で警告する。

 

「投降しろ! これ以上罪を重ねるな!」

 そう言いながら、セレクトは墜落してきたであろう三人の姿を確認する。

 

 一人は、痛みに顔をしかめた十代と思える幼さの残る赤髪の男。もう一人は、セレクトと同じくらいの二十代半ばに見える金髪の痩せぎすの男。そして、最後の一人は、なんと十歳になるかならないかの黒髪の幼子だった。

 

「くそがぁ! てめぇの仕業かよ、この落下は!」

 言うが速いか、赤髪の少年がセレクトに向かって突進してくる。

 

 <光>の魔法を放つ<お守り>を持っているのとは反対の手で、懐から別の<お守り>を取り出し、セレクトはそれを少年に投げつけた。

 

 その投げつけた<お守り>から<氷>の魔法が発現し、少年の体を一瞬にして氷の中に閉じ込める。

 こうなってしまえば脱出する方法はない。

 呼吸困難で窒息死するはずだ。

 

 たとえ相手が子どもだろうが、相手が魔法使いであれば容赦はしない。そんな事をすれば、自分が殺される。

 それは、自分の主や教え子や仲間たちが危険にさらされる事に他ならない。

 

「お前達の魔法は全て封じている。最後の警告だ。投降しろ。この子供のように、氷漬けで死にたくないのであれば」

 セレクトの言葉に、しかし青年も幼子も、何故か笑い出した。

 

「聞いた、サディファス? こんなちゃちな氷で、フォレスを倒したつもりでいるよ、このお兄さん」

「やれやれ。私達の名前を相手に教えてあげる必要はないでしょうが」

 青年――サディファスという名前なのだろう――は、言葉では幼子を注意しながらも、さもおかしそうに喉で笑う。

 

「いいじゃない。あの女の人。ええと、マリアだったよね? それ以外は皆殺しにするんだから。死人に口なしだよ」

 子どもらしい無邪気な口調で笑うその姿に、セレクトは考えを改めた。

 

 危険だ。コイツラも今すぐに殺すべきだ。

 

 そして、セレクトは懐からさらなるお守りを取り出そうとしたのだが、そこで信じられないことが起こった。

 

「うざってぇ!」

 怒気を含んだ叫び声とともに、セレクトの作った氷が一瞬で蒸発したのだ。

 

「この野郎! 灰に変えてやる」

 赤髪の少年――フォレスと幼子は呼称していた――はまったくの無傷で、怒りに燃える目をセレクトに向け、その全身に炎を纏っていた。

 

「炎の魔法? 馬鹿な魔法は全て封じている。それに、あの瞳……」

 フォレスの纏う炎は、彼と彼の衣服には一切燃え広がる要素はない。明らかに魔法の炎だ。だが、どうして魔法が使えるのだ?

 

 そして、印象的だったのは、彼の瞳だ。

 彼の左目は茶色なのだが、右目だけがルビーを彷彿とさせるような真紅の輝きを有していた。

 

 いや、違う。彼だけではない。

 セレクトは横目でサディファスという名の男と幼子をもう一度見る。

 幼子は違ったが、サディファスの瞳も、左目が青で、右目がエメラルドを彷彿とさせるような深い緑色をしていたのだ。

 

「死んじゃう前に教えてあげる。魔法じゃないからだよ。これは『神術』っていうんだよ」

 幼子が得意げに言い、

 

「行こう、サディファス。僕、マリアって女の人に早く会ってみたいんだ」

 

 もうセレクトには興味がないと言わんばかりの口調で、セレクトの横を通り抜けようとする。

 

「行かせるもの……」

 セレクトは言葉を言い終わる前に、後ろに跳ぶ。

 

 次の刹那、彼が居た場所は炎の塊が立ち上っていた。

 

「なによそ見しているんだよ、この野郎。テメェは俺が殺す」

 フォレスは怒りを顕にし、炎の力をセレクトに向けて発射してくる。

 

 セレクトは<お守り>を炎に向かって投げつけ、フォレスの炎の霧散を試みたが、出来なかったため、再び後ろに跳ぶ。

 

「魔法ではない力だから、かき消すことは不可能なのか……」

 セレクトは別の<お守り>を出すと、

 

「お前達、これが防げるか!」

 と大声で叫び、<お守り>を地面に叩きつける。

 

 セレクトの言葉に、フォレスもサディファスも、幼子の視線もそれに集まる。

 その瞬間、眩いばかりの閃光に辺りが包まれた。

 

 セレクトは投げつけた瞬間、別の方向を見ていたため難を逃れた。

 だが、フォレス達は目がやられ、その場にしゃがみ込む。

 

 これが最後のチャンス。

 セレクトは懐から<お守り>を片手でつかめるだけ掴み、それを全て眼前の三人に向けて投げつけると、<爆発>の魔法を発動させたのだった。

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