彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑫ 『ナイムの街を目指して』

「……マリア様。どうか、メイと一緒にお屋敷の中に」

「いいえ。亡くなった皆さんのお見送りをしないわけには行きません」

 セレクトは気を使ってくれたが、マリアはそう言って譲らない。

 

 マリアはセレクトに頼み、亡くなった屋敷の使用人とまだ遺体の残っている護衛の皆のそれを庭に集めてもらった。

 そして、これからその遺体を彼の魔法で焼いてもらう手はずになっている。

 

 メイには客間と飲み物の用意を命じて、席を外させている。

 こんな惨殺が行われた中、一人で部屋の準備をし、暗い厨房でお茶を淹れるのは酷だろうが、それでも、無残に殺された仲間の遺体を直視するよりはいいとマリアは考えたのだ。

 

「皆さん、申し訳ありません。侵入者への備えを怠った私の責任です。そして、このような略式での埋葬となることを、どうか……どうかお許しください。皆様の仇は、必ず私が取りますので……」

 マリアは亡くなった使用人達全員の名前を口にし、それから祈りを捧げる。

 

 それが一通り終わると、セレクトにお願いをし、亡くなった人々の遺体を魔法の炎で焼いてもらった。

 セレクトの魔法は凄まじく、全ての遺体は骨さえも残さずに灰になる。けれど、敷地自体は一切炎で焼かれることはなかった。

 

 本来ならば、一人一人、丁寧に埋葬したかった。

 けれど、今のマリア達にそのような時間はない。

 

「……終わったみたいだな」

 それまで屋敷の入口付近で事を見ていたアルバートが、マリアに近づいてきた。

 

「はい。お待たせしてしまい、申し訳ございません。客間の用意が出来ているはずですので、そちらでお話をお聞かせ下さい」

 マリアの顔に涙はない。代わりに、彼女の瞳には強い意志が宿っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 マリアの済む屋敷の襲撃から……。いや、マリアとセレクトとメイの三名を除いた、エルマイラム王国のルーシャンの街の住民が皆殺しにされた事件から五日が過ぎた。

 

 セレクトは乗合馬車から降り、ひとまずの目的地であるナイムの街までの行路が、ようやく半分踏破出来たことに安堵する。

 

 襲撃の夜に、アルバートという男から話を聞いたのだが、彼はあまり詳しい内容を教えてはくれなかった。

 

 教えてくれたことは、彼がユアリ達と仲間ではないということと、再び彼らの襲撃の危険性があることから、急いで近場の大きな街に行き、マリアの現在の父である、レーナス侯にこの事態を知らせるのが懸命だというアドバイスだけ。

 

 マリアの身にユアリが何をしたのかといったことや、ユアリたちとの関係性や、『神術』というものについての説明も拒否されてしまった。

 

「悪いが、俺の一存でそこまで話すわけにはいかないんだ。すまんな」

 とアルバートは言い、ルーシャンの街から一番近くの村までの護衛を引き受けてくれたものの、村に着くとすぐに姿を消してしまった。

 

「……マリア様のお体。今のところは何もおかしなことはないとのことだが、これからもなにもないという保証はない。それに、アルバートがあの時言っていた言葉も気になる」

 

 絶望を仕込んだ。

 アルバートは確かに、あのサディファスという男の行動をそう指摘した。

 

 だが、セレクトにはなんの事か想像もつかない。

 

「セレクト先生、どうかなさいましたか?」

 フードを深くかぶったマリアが、メイに手を引かれて乗合馬車を降りてくる。

 

 幸いというべきか、今回自分達が乗った乗合馬車に他の搭乗者はいなかったが、いかんせんマリアの容姿は目立ちすぎるので、普段は顔を隠してもらっている。

 マリアには不便をさせるが、御者の口から噂が広がらないとも限らないので仕方がない。

 

 もっとも、マリアはその事に不平一つ言いはしないのだが。

 

「セレクト先生。早く今晩の宿を取りましょうよ。昨日から芋料理ばかりだから、今日は魚かお肉を出してくれるとありがたいですよね」

「……ははっ、たしかに。でも、そろそろ海も近いから、魚も食べられるかも知れないね」

 メイの軽口に、セレクトは同意して笑みを浮かべる。

 

「あら、それはいいですね。贅沢を言える立場ではないですが、私も同じような料理が続いて、少々変化がほしいと思っていましたので」

 さらにそれにマリアが参加する。

 

 事情を知れば、自分の統治していた街の住民を虐殺されたと言うのに、不謹慎だと思う人間はいるかも知れない。

 けれど、セレクト達はあえてこのような気楽な会話をするように心がけている。

 

 セレクトもマリアもメイも、大切な領民を、家族を殺された恨みを忘れてはいない。けれど、人を憎み憤り続けるというのは、とてつもなく体力を消耗するのだ。

 

 ……そんな気持ちは、夜に、寝る前に、一人の時間に嫌というほど味わっている。だが、そんな気持ちのままでは旅などとても続けられない。

 だから、三人でいる時には、極力明るい話題を口にするようになっていた。

 

 特に、メイが率先してムードメーカーになってくれるので、セレクトとマリアはとても彼女に感謝している。

 唯一の肉親である母親を失い、何より悲しいのは、辛いのは、メイのはずなのに……。

 

 セレクトはメイが生き残ってくれた事に心から感謝する。

 自分とマリアの二人だけでは、きっと重苦しい空気を変えることはできなかった。

 

 そして、この身に掛けられた呪いめいたあの力が、今回は自分以外に二人の生存者を出したことから、影を潜めていることも、セレクトは救われていた。

 

「セレクト先生……。私とマリア様をじっと見つめて、どうしたんです?」

 メイに指摘されて、セレクトは宿に向かって歩いている間、自然と二人の少女の顔を見てしまっていたことに気づく。

 

「ああ、ごめん。ただ、僕は君たちだけでも無事でいてくれて、よかったと……」

 セレクトは素直な気持ちを口にする。すると、メイとマリアはニッコリと微笑む。

 

 課題は山積みだ。

 けれど、少ないながらも、あのユアリ達の能力の性質が分かった。

 今度戦えば、遅れは取らない。

 そして、この教え子二人を守り抜いて見せる。

 

 セレクトはそう心に誓う。

 

 

 そう、この時の彼は、確かにそう誓ったのだ。

 

 けれど、その誓いは……。

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