彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑯ 『軽薄な男』

 昨日もジェノは、夜通し自警団のメンバーと一緒に巡回に参加していた。

 帰ってきたのは夜明けころになってから。それなのに、彼は僅か数時間の仮眠を取ったかと思うと、すぐに出かけてしまった。

 そして、昼食時も過ぎても帰ってこない。

 

 メルエーナは店の掃除をしながら、ジェノの事を案じていた。

 

 昨日、冒険者ギルドの最高責任者であるオーリンに仲介されて、ジェノがコウと契約を交わした。だが、そのことは秘密にしてほしいと頼まれていたため、彼女はバルネアとイルリアにも何も相談できず、ただ一人で心配を募らせる。

 

 もちろん、ジェノの気持ちは分からない訳ではない。

 父親が怪物に襲われた時のことが頭から離れずに、悪夢に怯える幼子の憔悴しきった姿を目の当たりにしたのだ。一日も早く彼の依頼を達成して安心させてあげたいと思うのは当然だろう。でも、だからといって、自分の身が削られる事を厭わない彼の行動は、メルエーナには痛々し過ぎる。

 

 どうにかコウを救う方法があればいいのだが、現状、打つ手がないのが現状なのだ。

 

 メルエーナの故郷の小さな村とは大違いの、大都市であるこのナイムの街だ。いくつもの神様を祀る神殿が多数あり、信奉する神様の司るものの差異はあっても、人を癒やす魔法を使える者がそこには存在するという話をメルエーナも聞いたことがあった。

 

 だから、昨日、コウがオーリンに連れられて家に帰ったあとに、それをジェノに提案してみたのだが、彼は首を横に振った。

 

「コウの傷は肉体的なものではなく、心の傷だ。だが、心を癒やす、つまり精神を安定させる魔法というのは精神が未熟な子供に使うのは危険らしい。後々思わぬ障害を生むこともあるそうだ。だから、それは最後の手段だろう」

 それが、ジェノの考えだった。

 

「でも、それでも、あの子に、コウ君にこれ以上無茶をさせるよりは……」

 先にジェノがコウに突きつけた交換条件を思いだし、メルエーナは堪らなくなって、テーブルを拭いていた布巾を握りしめてしまう。

 

 どんな意図がジェノにあるのかは分からない。メルエーナが尋ねても、彼は説明をしてくれなかったから。けれど、あれはいくら何でも危険過ぎる。

 

 メルエーナがそんな事を考えていると、店の入口のドアが開かれる。

 来店を告げるベルとともに店に入ってきたのは、ジェノと彼の仲間の男だった。

 

 その男の名前はリット。淡い茶色の髪と青い瞳が印象的。ジェノと並んでも遜色が無いほどその顔立ちは整っている。

 服装は白地のシャツにスイングトップとズボンという、取り立てて珍しいものではないが、最近の流行りも取り入れた配色でコーデされた格好は非常に決まっている。ただ、いつも口元に浮かべている笑みのせいで、何処か軽薄な感じが拭えない感じだ。

 

 彼はジェノと同い年の幼馴染らしい。そして、類まれなる魔法を操る事ができる凄腕の魔法使いだとイルリアに教えてもらった。

 だが、それ以上に、大切なことをメルエーナはイルリアに教わっている。

 

『いい、メル。絶対にリットに近づいたり、心を許したりしては駄目よ。孕まされてから後悔しても遅いんだからね』

 

 冗談でも何でもなく、真顔でそうイルリアに注意されたこともあり、メルエーナは極力彼に話しかけたりはしていなかった。

 また、リットもたまにしかこの店を訪れないので、あまり彼のことは知らないし、知りたいとも思わない。

 

 だが、彼の悪い噂は、枚挙の暇がないほどメルエーナも知っている。

 そして、その噂の殆どが女性絡みだ。

 

 結婚まで間近だったカップルから女性を奪って、玩具にして捨てただの、恋を知らぬ生真面目な女性神官をたぶらかし、彼女は元より彼女の所属する神殿の若い女性全てに手を出しただの、本当に悪評ばかり聞く男なのだ。

 

 どうしてジェノが未だに彼と交友があるのか、メルエーナには理解できない。

 

「久しぶり、バルネアさん。なにか美味しいものを食べさせてよ」

 

 リットは、店の奥で食材の仕込みをしていたバルネアに気安く声をかける。かと思うと、

 

「おお、また可愛くなったな、メルちゃん。都会での生活を続けていくと、垢抜けしてくるもんだな。いいねぇ、うん、いい感じだ」

 

 そんな軽口をメルエーナにも掛けてくる。

 

 不躾にこちらを値踏みするような視線に、メルエーナは顔をしかめる。

 

「あらっ、リットちゃん、久しぶりね」

 だが、そんな彼女とは異なり、人が良すぎるバルネアは、笑顔でリットのもとにやってきて、彼を歓迎した。

 

「残り物を使ったおまかせ料理になってしまうけれど、それでも大丈夫?」

「ええ、それはもう。バルネアさんの料理なら、美味いこと間違いなしだからさ」

 そんな調子のいいことを言ってバルネアに微笑みかけるリットに、メルエーナだけではなくジェノも顔をしかめる。

 

「軽口はそのあたりにしろ、リット。仕事の話があると言ったはずだ」

「分かっているよ、ジェノちゃん。でも、<パニヨン>にやってきてバルネアさんの飯が食えないなんて、拷問以外の何物でもないぜ」

「リット……」

 ジェノの声が低くなる。すると、リットは肩をすくめて苦笑する。

 

「はいはい。仕事ね。まぁ、俺も退屈していたから、話くらいは聞きますよっと」

 そう言って、手近な席に腰を下ろすリットに、ジェノは嘆息して彼の正面の席に座る。

 

「でっ、わざわざこの俺の力を借りたいほどの仕事っていうのは、なんなんだい?」

 バルネアが料理のために厨房の奥に行ったのを確認し、ジェノは口を開こうとしたが、不意にリットが「待った」と口にしてそれを止める。

 

「ジェノちゃん。メルちゃんはいいのかい? 仕事の話を聞いてもさ」

「ああ。オーリンの爺さんのせいで、メルエーナも巻き込まれてしまったんでな」

 ジェノの答えに、リットはさも楽しげに笑う。

 

「へぇ~。あのオーリンが関わっているのか。そいつは面白そうだ。まぁ、そういうことなら、ここに座りなよ、メルちゃん」

 リットはそう言って自分の隣の椅子を引いてそこに座るように促してきた。だが、メルエーナは「いえ、ここで」と言ってジェノの隣に座る。

 

「やれやれ、つれないねぇ」

 リットは苦笑して椅子を戻す。

 

「事の経緯は順序立てて話すが、その前に言っておく。俺は自警団を出し抜かなければいけない。一応犯罪にならないように手を打つことにはするが、汚名を着ることは間違いない。

 それを嫌うのであれば、この話を聞かずに断ってくれ」

 ジェノはそう前置きをしたが、リットはより興味深そうに話に食いついてきた。

 

「ほうほう。お上品なジェノちゃんが誹りを受けることになってもやりたいことか。いいぜ。話を聞こう」

 ジェノは簡潔に今までの経緯を説明した。そして、これからの作戦も提示する。

 

 話を一通り聞いたリットは、さもおかしそうに喉で笑い、やがて堪えきれずに声を上げて笑う。

 

 ジェノがコウのためにしようとしていることを笑われて、メルエーナはカチンときてしまった。だが、ジェノが何も言わないので、自分も文句は口にしない。

 

「なるほど。こいつは大掛かりな作戦だな。やりがいがありそうだ。それに、自警団に喧嘩を売るってところも気に入った。いいぜ。この天才魔法使いのリットさんが力を貸そう」

 

 リットは簡単に協力を了承し、「ところで、バルネアさんの飯はまだかな?」とすぐにこの話から興味を失ったように、厨房の方に視線を移す。

 

 そんないい加減な態度にメルエーナは不安を覚えたが、ジェノは彼女とは対象的に安堵の表情を浮かべていたので、メルエーナは何も言わなかった。

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