彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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予告編②+ 『思春期少女とハプニング』(中編)

 どうしてこうなってしまったのだろう?

 

「で、どういうことなのかなぁ、メル」

「パメラさんのいうとおりよ。しっかり説明して、メル」

 

 パメラの青い目とリリィの茶色い目は、キラキラ……いや、ギラギラと輝いている。

 

「うっ、うう……」

 メルエーナは助けを求めるように、イルリアの方を見たが、彼女は「諦めなさい。タイミングがあまりにも悪かったのよ」とにべもない。

 

 ここは、パメラの勤めている神殿の近くの喫茶店<優しい光>の一番奥の席である。

 

 つい先程まで<パニヨン>に居たのに、メルエーナはここに連行されてきたのだ。

 

 こんなはずではなかった。

 そう嘆いても詮無きことだが、メルエーナは嘆くのを止められなかった。

 

 

 ◇

 

 

 当初の予定通り、<パニヨン>に少し遅めの昼食を食べに来たイルリアに、メルエーナは、食事が終わってから相談したいことがあると持ちかけた。

 そして、面倒見のよいイルリアはそれを快諾してくれた。

 

 ここまでは予定通りだったのだが、そこに、メルエーナ達の共通の友人で、女神リーシスに仕える神官であるパメラと、これまた共通の友人であるリリィが仲良く連れ立って店に食事に来たのだ。

 

「バルネアさん、お肉を食べさせて下さい! 私の体はお肉を求めています!」

 お客様が見知った顔しか居ないとは言え、パメラは店に入ってくるなり、神官にあるまじき俗っぽい注文をバルネアにする。

 

「いらっしゃい、パメラちゃん。お肉を食べてはいけない期間が終わったのね。任せて。美味しい料理を作って上げるから。豚肉、牛肉、鶏肉をそれぞれ使った料理を作るわね」

「はい! 今の私なら、牛一頭分のお肉を食べられそうです!」

 神殿で説法をしている時の凛々しい姿は、今のパメラにはまるで感じられない。ここにいるのは、肉に飢えた、食欲の権化の年若い女性だった。

 

「リリィちゃんも、同じでいい? それともあっさりとした物のほうがいいかしら?」

「私も同じものでお願いします。ここに来るまでに、パメラさんに肉料理の話を聞いていたので、すっかり口がお肉を食べる準備をしてしまいまして」

 少し恥ずかしそうに、リリィはリクエストをする。

 

 バルネアはにっこり微笑み、材料を取るために食料庫の方に向かっていった。

 

「いらっしゃいませ、パメラさん、リリィさん」

 メルエーナは、友人二人の来店を歓迎し、手近なテーブルに案内する。

 

「あら、こんにちは、メル。今日も可愛いわね。お姉さんは嬉しいわよ」

「こんにちは、メル。少しご無沙汰だったけれど、元気だった?」

「はい。私は元気です」

 メルエーナは内心の不安を隠し、笑顔で答える。

 

「そう、良かったわ。なんでも、ジェノさんを狙うライバルが現れたなんて話を聞いたから、心配していたのよ」

「……あっ、いえ、そんなことは」

 リリィに痛いところを突かれ、メルエーナの笑顔が曇る。

 

「あらっ、メル? その顔は、ジェノ君と上手く行っていないの?」

「そっ、そんなことはないですよ」

 メルエーナは笑顔でそう返したが、そこでパメラは「嘘ね」と断言する。

 

「こう見えても、私はリーシス様にお使えする神官。私に嘘は通じません。水臭いですよ。なにか困っていることがあるのであれば、真っ先に私に相談なさい。迷える者を救うことこそ、私の喜びなのですから」

 居住まいを正し、コホンとパメラは咳払いをしてよそ行きの笑顔を浮かべる。

 

 その笑顔には品があり、年若いながらも立派な神官に見えるだろう。

 ……先程の、肉を求める発言さえ聞いていなければ。

 

「あっ、いえ、その……」

「何ですか、信徒メルエーナ。もしや貴女は、リーシス様の教えに背く悪行を行っているのですか?」

「いっ、いえ、決してそのようなことは……。それに、あれはただの事故なので……」

 つい昨日の自分の失態を思い出し、メルエーナは余計なことを口走ってしまった。

 

 瞬間、パメラの、いや、リリィとイルリアの目にも好奇の光が宿る。

 

「どうやら、貴女は罪を犯してしまったようですね。大丈夫です。私はリーシス様に仕える神官として、貴女の懺悔を受け入れましょう。……昼食が終わってからになりますが」

「あっ、私も知りたい。後学のために!」

「まぁ、私には初めから話してくれるつもりだったのだから、参加しても問題ないわよね?」

 三人に迫られ、メルエーナは嫌と言うことが出来ず、彼女たちの昼食後に、馴染みの喫茶店に半分拉致されるように引っ張られて行くことになったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 馴染みの喫茶店、<優しい光>の最奥の席に陣取ったパメラ達三人が対面に座り、一人で彼女達の視線を受けるメルエーナは、まるで罪人になったようだと思った。

 

 そして注文した飲み物がやってくると、いよいよメルエーナは三人に詰め寄られ、泣く泣く昨日の一件を話さざるを得なくなってしまった。

 

「えっ? 浴室に押しかけて、ジェノ君の裸を覗き見したの?」

 一連の説明を聞いたパメラが、驚愕の表情で尋ねてくる。

 

「そんな不埒なことはしていません! ただの事故だと説明したじゃあないですか!」

 メルエーナはそれに断固として抗議する。

 

「そうよね。同じ屋根の下で暮らしていれば、そういうこともあるわよね。でも、ジェノさんの裸か……」

 リリィは何を想像したのか、顔を真っ赤にして「きゃあ~」と声を上げる。

 

「あのねぇ、メル。あの馬鹿はまるで気にしていないんでしょう? だったら貴女も気にしないで放っておけばいいじゃあないの」

 リリィとは対象的に、イルリアは冷めた口調で言う。

 

「いや、ちょっと待ちなさい、イルリア! メルがここまで悩んでいるのは、もしかして、メルが見たジェノ君の裸で、何か見逃せない事があったのかも知れないわ!」

「……えっ?」

 メルエーナには、パメラが何を言わんとしているのか分からない。

 ただ、彼女の鼻息が随分荒くなってきていることだけは分かった。

 

「……あの、パメラさん?」

「大丈夫よ、メル。無理に言葉にしようとしなくても。私が必要なことを質問するから、貴女はそれに答えるだけでいいわ」

 

「あっ、あの、ですから……」

 メルエーナは説明を求めようとしたが、パメラは「大丈夫よ、分かっているから」と一人で納得し、手をメルエーナの前において、何度も頷く。

 

「それじゃあ、メル。私の質問に答えて。その、ジェノ君てば、やっぱり、おっ、大きかったの?」

 鼻息の荒いパメラの問。何故かそれを聞いているリリィも、食入り気味にメルエーナに顔を近づけて詰め寄る。

 イルリアはつまらなそうに紅茶を飲んでいるが、耳がこちらを向いているような気がするのは気のせいだろうか?

 

「なっ、何を訊いているんですか!」

 メルエーナはジェノの逞しい裸を思い出してしまい、抗議の声を上げる。

 

「何を言っているのよ! すごく大事なことよ。相性ってすごく大事なんだから! そのせいで分かれるカップルの話は一つや二つではないのよ!」

 息を荒くするパメラの目は座っている。

 その目が、いいから答えなさいと言っているようで、メルエーナは恐怖を覚える。

 

 そこで、メルエーナは端ないと思いながらも、ジェノの裸をもう一度思い出す。あの、鍛え上げられて見事にカッティングされた男性らしい素晴らしい裸身を。

 

 そして、自分の貧相な女らしいとは言えない体をそれと比較し、がっくりと肩を落とす。

 自分は背も大きくなく、長身のジェノとはバランスが取れないのは確かだろう。そういう意味では、自分と比較してジェノの体は圧倒的に大きいといえる。

 

「……そっ、その、すごく大きかったです。私なんかとは比較にならないくらいに……」

 メルエーナは羞恥を堪えてそう答えると、パメラは「そっ、そんなに?」と上ずった声で尋ねてくる。

 さらに、リリィまで呼吸を荒くして、こちらを見ている。

 正直、かなり怖い。

 

 イルリアに目をやると、彼女は普段と変わりない様子だったが、その耳がぴくぴくと動いているのはどうしてだろうか?

 

「そっ、そんなに逞しいの、ジェノ君?」

「あっ、その、はい……。私のお父さんもすごいですけれど、ジェノさんは更に逞しくて……。それに、その、正直、素敵だと思ってしまいました。あまりにも立派でしたから……」

 

 鍛えに鍛え抜いた男性の体というものは、あれほど立派で美しいものとは知らなかった。

 

 メルエーナは恥ずかしくは思いながらも、あまりにも真剣なパメラにはっきりと答えなければと思い、正直な気持ちを吐露する。

 

「すっ、素敵? そっ、それに、りっ、立派! 立派なの?」

「メル、その辺り、もう少し詳しく!」

 息がかかる距離までパメラとリリィの顔が近づいてくる。気のせいか、座っているイルリアの体も先程より近い気がする。

 

「おっ、落ち着いて下さい! どうしてそんなに皆さん、怖い顔をしているんですか?」

「怖い顔なんてしていないわよ! こっ、これは、決して好奇心ではなくて、悩める信徒の懺悔を聞くために懸命になっているからよ……」

「そっ、そうよ。後学のためもあるけれど、私もメルの事を心配して……」

 

 鼻息の荒い二人に詰め寄られ、メルエーナは思わず椅子に座ったまま後退りする。

 だが、不意に彼女の椅子は動かなくなった。

 いつの間にか彼女の後ろに回ったイルリアに、椅子を掴まれて動きを封じられてしまったのだ。

 

「いっ、イルリアさん?」

「逃げ場はないわよ。いいから、全て話しなさい。子どもを産めるかどうかにも影響するんだから、しっかり相談しておいたほうがいいわ」

 イルリアの呼吸もやや荒くなってきている。

 

 その事に不安を覚えながらも、メルエーナはそこでどうして『子ども』などという単語が出てくるのかが分からなかった。

 

 何かが、根本的な何かがずれている気がする。

 メルエーナはようやくその事に気づく。

 そして、先程までの自分の会話と彼女達の、この興奮しきった状態から、メルエーナは一つの仮説に行き着いた。

 

 ……行き着いてしまった。

 

 瞬間、メルエーナの顔が茹でダコのように真っ赤になり、

 

「違います! 皆さんは、大きな誤解をしています!」

 

 そんな絶叫が、喫茶店<優しい光>に響き渡ったのであった。

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