彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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予告編②+ 『思春期少女とハプニング』(後編)

 あれから懸命に勘違いを正すべく説明をしたところ、パメラ達に呆れられてしまった。

 

 それでも優しいリリィは、

 

「まぁ、上半身だけとは言え、いきなり裸を目の前にしたら驚くよね」

 

 と擁護してくれた。

 

 しかし、パメラからは、

 

「相変わらずヘタレねぇ。そんなことじゃあ、ジェノ君を盗られちゃうわよ」

 

 と嫌味を言われた。

 

 更にイルリアからは、

 

「その程度のことでもやもやしていたの? 欲求不満なんじゃないの? というか、ムッツリスケベというやつかしら?」

 

 と酷いことを言われた。

 

 メルエーナは本気で泣き出したくなった。

 

「メル。お詫びというのは大げさかもしれないけれど、ジェノさんに何かお土産を買って帰るのはどうかな?」

 遠慮がちに、リリィは自分の意見を言う。

 

「お土産ですか?」

「うん。手作りだと重すぎるから、市販の少し良いケーキでも買って帰るのはどうかな? そして、それを手渡して昨日はすみませんでしたって謝るの。

 メルからのものなら、ジェノさんも受け取ってくれるだろうし、そうしたらそこでその話は終わり。……これが一番じゃあないかな?」

「それは、素晴らしいアイデアです!」

 リリィの助言に、メルエーナは笑顔を浮かべる。

 だが……。

 

「温い、温すぎるわ、リリィ!」

 そこに、パメラが口を挟んできた。

 

「あっ、あの、パメラさん? 何か不味い点がありましたでしょうか?」

 リリィはパメラの迫力に気後れしながら尋ねる。

 

「全部駄目よ! それではジェノ君の裸なんて、その辺りに売っているケーキと同じ価値に過ぎないと言っているようなものよ!」

「あんな奴の裸なんて、それだけ払えばお釣りが来ると思いますけど」

 熱弁するパメラと冷静なイルリア。

 

 メルエーナはどちらに同意も不同意も出来ず、言葉に詰まる。

 

「メル。『目には目を、歯に歯を』よ。裸を見てしまったのなら、こちらもお詫びに一糸まとわぬ姿を見せてあげるしかないわ!」

「できるわけありません、そんなこと!」

「大丈夫。大丈夫よ。今、リーシス様は私に語りかけて、「行け」と仰っているわ!」

「そんな事を、本当に女神リーシス様が仰っているんですか?!」

 本来、神官様の言葉は重みがあるのだが、今のパメラは明らかに興奮して我を忘れているように見えるので、信用できない。

 

「後はやることを二人でしっぽり楽しんで、子どもが出来たらリーシス様は万々歳よ! 更に子どもも信徒になってくれれば言うことないわ! ああっ、素晴らしきかな、女神リーシス様!」

 パメラは明らかに自分の言葉に酔っている。

 

「ねぇ、メル。私と同じ、商売の神様に信仰変えしない?」

「はっ、はい。正直、前向きに検討したいと思ってしまいました」

 イルリアの誘いを、半分近く本気で考えてしまったメルエーナは、重いため息をつく。

 

 その後もパメラは熱弁を続けたが、彼女がいつまで経っても戻ってこないために探しに来た先輩神官たちに見つかり、強制的に連れ戻されていった。

 

 そしてパメラは、期間が終わったにも関わらずに、大好きな肉食を一週間禁止されることになったと、後日、血の涙を流さんばかりの形相で野菜づくしの料理を<パニヨン>で注文しながら嘆いていたが、まぁ、それはどうでもいい話である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 夏なので、まだ日は傾いていないが、随分と長い時間を喫茶店で過ごしてしまった。

 

 結局、メルエーナはリリィのアイデアを採用し、ケーキの専門店で少し高級なケーキを買い、それを手にして<パニヨン>に戻った。

 

 すると、すでに帰っていたジェノが、「おかえり」と出迎えてくれた。

 バルネアさんは、厨房でなにか料理をしているようだ。

  

 ジェノはもう汗を流したようで、部屋着を身に着けている。

 それを確認し、メルエーナは意を決して、ジェノに話しかけた。

 

「じぇ、ジェノさん!」

「なんだ?」

 ジェノのそっけない返答に気後れしそうになりながらも、メルエーナは手にしていた袋を彼に向かって差し出す。

 

「そっ、その! 昨日は本当に申し訳ありませんでした! その、こんなものでお詫びにはならないかも知れませんが、受け取って下さい!」

 メルエーナは勇気を振り絞って、ジェノの顔を伺う。

 

 すると、ジェノは僅かに首を傾げ、「昨日? お詫び?」と呟いて怪訝な顔をする。

 

「そっ、その、脱衣所で……」

 またあの時見てしまった光景を思い出し、顔を真っ赤にしながらも、メルエーナは差し出した手を引っ込めない。

 

「……ああ、あれか。すまん。忘れていた」

 ジェノのその言葉に、メルエーナは体の力が抜ける思いだった。

 

「うっ、うう。その、私……」

 なんだか一人で悩んでいた自分が馬鹿のようで、メルエーナの目に涙が浮かぶ。

 

「まったく、律儀だな、お前は」

 けれど、ジェノは何故か優しい笑顔を浮かべ、メルエーナが差し出し続けていた袋を受け取った。

 

「ふっ、はははっ」

 何が面白いのか、めったに笑わないジェノが、袋を受け取ってからも笑っている。

 

 メルエーナはその事に気分を害するよりも、不思議な気持ちでいっぱいだった。

 

「ああ、すまない。失笑だった」

 ジェノはそう言って笑うのを止めると、いつもの無表情に戻る。

 

「だが、メル。男は裸を見られた程度でどうとは思わん。そんなふうに気を使いすぎるな。……しかし、まさか、あの程度でお詫びとは……」

 無表情に戻ったはずのジェノだったが、また口元を綻ばして小さく笑う。

 

「むぅ。ジェノさん。そっ、そんなに笑わなくてもいいじゃあないですか……」

 流石に笑い過ぎだと思ってメルエーナが抗議すると、ジェノは「ああ、すまない」と言いながらも、なかなか笑うのを止めない。

 

「だが、そこがお前のかわ……いや、良いところだな。分かった。侘びは確かに受け取った。もうこの話はここまでにしよう」

 ジェノは今度こそ無表情のいつもの顔に戻り、頷く。

 

「よかった……」

 メルエーナは、ほっとして、胸をなでおろした。

 

「メルエーナ。そろそろ夕食の準備だぞ」

「あっ、はい。分かっています!」

 無表情ながら、ジェノの声は優しかった。

 そのため、メルエーナも上機嫌でそれに応える。

 

 そしてそれからは、気まずさはなくなり、またいつもと同じ楽しい時間が戻ってきたのだった。

 

 

 ……だから、この時のメルエーナは深く考えなかった。

 どうして、ジェノが笑ったのかを。それもあんなに微笑ましげに。

 

 それをメルエーナが理解するのはもう少し先の話。

 ジェノの忌まわしい過去を知ってからのことだった。

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