彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑰ 『笑みと涙』

 リットはナイムの街を飛び回る。そう、文字通り彼は宙を舞っているのだ。

 もっとも、下にいる人間には鳥にしか見えないように魔法で偽装しているので、それを知るものはいない。

 

「しかし、どうしてこんなに他人の事を気にかけるのかねぇ」

 リットは呆れた口調でそう言いながらも、口元には笑みを浮かべる。

 

 こうしてリットが空を飛んでいる理由は、単純なものだ。

 昨日、ジェノに協力することを決めた彼だったが、去り際に更に頼み事をされたのだ。

 そばに居るメルエーナにも聞こえないような小声で、「街に異変が起きていないか調べてくれ」と。

 

 その一言と、先の話で聞いた猿に似た化け物という単語で全てを理解していたリットは、快くジェノの頼みを引き受けた。

 もしかするとまた楽しいことが起こるのでは、という期待感があったからだ。

 だが、残念ながら今回は空振りのようだ。

 

「う~ん、少しだけ期待はしたんだけれど、別段おかしな魔力の流れはないか……。ああ、残念だ。またあの時みたいに、大量の化け物が現れでもしてくれれば、面白いんだけどなぁ」

 物騒な冗談を口にするリット。そう、今のは冗談だ。半分くらいは、だが。

 

「仕方がない。この事を報告して、後はジェノちゃんが化け物を見つけるのを待つとしますか。ああ、待つのって、本当に嫌いなんだけどなぁ」

 リットはそうぼやいたが、すぐにまた楽しそうに口角を上げる。

 

「さてさて。幸運の女神様は微笑んでくれるかな? 怪物を倒すだけではなく、さらにガキまで救いたいと願う、強欲な正義の味方なんかにさ」

 ジェノの無茶な作戦を思い出し、リットはさも楽しげに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 今日はバルネアの店の定休日。

 そして、偶然にも自警団との巡回も休みだった。

 だからメルエーナとバルネアは、できることであれば、ジェノにしっかり休んでほしいと思っていた。だが……。

 

「すみません。遅くなりました」

 そう言ってジェノが家に戻ってきたのは、どっぷりと日が暮れてからだった。

 彼は今日も朝から晩まで街を巡回し、今回の事件の犯人だという化け物を探し続けていたのだ。だが、手がかりはまだ何もないらしい。

 

「ジェノちゃん。無理をしては駄目よ」

「そうです。少しは休んで下さい」

 

 随分と遅い夕食を食べるジェノに、バルネアとメルエーナが心配して声をかけると、しかしジェノは「ええ。明日は自警団との巡回があるので、もう一度、近くを周ったら休みます」と答える。

 

「ジェノさん、このままでは倒れてしまいます。本当に、少しは休んで……」

 懇願するメルエーナに、しかしジェノは首を縦には振らない。

 

「昨日の晩は、ここの近所で被害者が出た。じっとしている訳にはいかない」

 ジェノはそう言うと、残っていた夕食を手早く平らげ、席を立つ。

 

「メルエーナ。家の中なら大丈夫だとは思うが、警戒は怠らないでくれ」

 ジェノはメルエーナにそう言うと、今度はバルネアに頭を下げる。

 

「すみません、バルネアさん。事後報告になってしまいましたが、明日の晩から念の為、イルリアにきてもらおうと思っています。

 バルネアさん達も気を使わなくていいでしょうし、それに、あいつなら俺も安心してここの守りを任せられ……」

 

 ジェノの言葉は最後まで続かなかった。

 

 それは、バルネアが彼を不意に抱きしめたからだった。

 

「ジェノちゃん。これがジェノちゃんのお仕事だというのはよく分かっているわ。でもね、私達のことはいいから、少しは自分のことも大事にしてちょうだい。

 そうしてくれたほうが、私もメルちゃんも嬉しいの。ジェノちゃんが無事に帰ってきてくれることが、私達には一番嬉しいの。それを忘れないで……」

 

 バルネアの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

 ジェノは少しの間動かずに居たが、すぐに「すみません」と謝り、バルネアの腕から離れる。

 

「俺は大丈夫ですから。それに、バルネアさんこそ疲れているはずです。どうか早く休んで下さい」

 

 ジェノはバルネアに背を向けて、

 

「すまないが、バルネアさんを頼む」

 

 そうメルエーナに言い残し、再び暗い夜に飛び出していってしまうのだった。

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